僕、シャルロット・デュノア改めシャルロット・アルスターはアズラエル・インダストリの宿舎でちょっとだけ暇を持て余していた。
アメリカに渡米した初日はワシントンD.C.のアルスター邸で養父となってくれたジョージ・アルスターさんと直接顔を合わせ、快く歓迎してもらえたのは嬉しかったし、翌日にはデトロイトに移動してアズラエル・インダストリへ初出社。姉さんのルージュと僕のウィンダムの整備点検をスタッフにお任せする予定だったけど、ラウラも言っていた噂のレイ主任の実力が知りたくて声を掛けたら本人達よりも周囲が盛り上がってしまい、僕のウィンダムと彼が自分用にカスタムした赤褐色のホバー付ダガーと急遽模擬戦が組まれることになっていしまった。
……試合内容は思い出したくない。射撃に射撃を合わせて撃ち落としながら肉薄するのは、ISの様々な補正無しで人がやっていいことじゃないよ。当然ながら試合後は肉体以上に精神が疲労してしまい、一時間前の自分の好奇心旺盛さを恨んだりもしたけれど、宿舎に戻った後で姉さんが甘やかすように励ましてくれたのでプラス収支である。優越感に浸りたかったのでイギリスで僕達と同じようにお勤めを果たしているセシリアに、僕が姉さんに膝枕されてる写真をメールで送っておいた。その後、一休みする為に電源切っている間に、すごい数の国際着信が届いていた。セシリア、どれだけ姉さんに飢えてるんだろう。これくらい別にいいじゃないか。寮室が一緒のセシリアならいつでも頼めるじゃないか。
そして三日目の今日。完全オフの一日だが、姉さんはアズラエル財閥本社へ一人で出かけてしまった。宿舎でゆっくりしていれば良いと言われたが、暇だ。IS学園から夏季休暇中の課題も出ているが、姉さんと一緒に進める予定なので、あえて放置するのだ。ウィンダムの整備と実働データの吸出しは明日までかかるそうなので、会社に赴いても邪魔になるだけだし、寝て過ごすのも勿体ない気がしてくる。
「せっかくの機会だし、街を散策したいかな……」
ただデトロイトは治安があまり良くないとされている。女子ひとりで出歩くのは間違いなく良い結果に繋がらない。そこで警備に連絡して、案内人兼護衛を出してもらう。VIPみたいだと思うだろうが、実際に僕はアズラエル社専属のISテストパイロットであり、養子とはいえアルスター家の令嬢だ。自分勝手に出歩く方が色々とまずい。
昼食を済ませ、外出用の私服に着替えを済ませた僕が指定された時間と場所に向かうと一台の外見は一般的な見た目だが護衛用に耐久性や拡張性をカスタムされている普通自動車とガラの悪い青年三人組が待っていた。一人は運転席で携帯ゲーム機を弄り、その横の座席ではワイヤレスヘッドホンを付けた青年が気だるそうに空を眺めている。もう一人は運転席の後ろで文庫本を読んでいる。
えぇ……? あの三人じゃないよね? 右左を確認、他に該当しそうな車両や人物はいない。その場から動かない僕に気付いたのか、後部座席の青年が文庫本にシルバーのブックマークを刺して前の座席を蹴りつける。運転席の青年が悪態をつきながらゲームを止め、クラクションを鳴らして、こちらに手を振ってきた。流石に無視する訳にもいかず、僕は警戒しながらも近付いた。
「えっと、その……」
「シャルロット・アルスターさんですね? ご依頼を受けてまいりました
「……シャニ・アンドラス」
「オルガ・サブナックだ」
やっぱり彼等で合っていた。
「よ、よろしくお願いします」
「いやぁ、ごめんねー。所属している女性社員は出払ってるか、休みでさ。待機してたのが俺達か厳めしい顔のおっさんしかいなくて。おっさんだとハイスクールの子と並べたら犯罪臭が酷そうだったから僕達が担当することになったけど、問題無いかな?」
「あ、はい。急な連絡でこちらこそすみませんでした!」
事前に予定を組んでいなかった僕が悪いのだから、不満を口にするのは筋違いだ。三人も迷惑だったはずだ。
「構やしねぇよ。どうせ待機中も事務仕事なりトレーニングなりでつまんねぇしな」
「ダルい」
「そいつはいつもやる気ねぇから無視していい」
「う、うん。分かったよ」
「さっさと乗れよ。別に取って喰いやしねぇ」
緊張しながらも、空いているオルガさんの隣の席に座らせてもらう。
「んで、何処に行きたいって?」
「えっと、デトロイトは初めて来たから、よく分からなくて。おすすめの場所とかあれば案内してもらえると助かるな」
「……おい、お前ら。この辺だと何処か当てあるか」
オルガさんの問いに前の二人が即答した。
「ゲームショップ」
「CDショップ」
「てめぇらが行きたい場所聞いてんじゃねーよ! この馬鹿共!」
「んじゃそっちが代案出せよ!」
「…………………………書店」
「同じだろうが! むしろ時間かけた分、オルガが間抜けだね!」
「うざい」
「うっせーよお前ら! 俺は基本買い物はPXで済ませんだ! 街ン中の名所なんざ知るか!」
「ふふふ……じゃあその三ヶ所でお願いね」
いけないいけない。ジャパニーズマンザイみたいでつい笑ってしまった。あれ? なんで三人してこっちを見るのかな。
「おい、マジで言ってんのか?」
「元々気晴らしで計画性なんてないもの。だったら案内役が詳しい場所に連れていってもらった方がマシでしょう?」
「ほらほら、本日の主役のお嬢様がご希望だってさ。順番に回るからそれぞれエスコートするんだよ。当然シャニもだぞ!」
「……めんど」
「コイツの分は飛ばすか」
「チッ……デスメタルでいいの?」
「えっと、経験が無いから軽めの奴でお願いします」
「わかった」
その後は最初の不安は何処へやら。ゲームショップでは『IS/VS』最新版の体験コーナーで僕のラファール対クロトさんのテンペスタが良い勝負をしたり、CDショップでデスメタル以外にもいろいろと詳しかったシャニさんのおすすめ曲を視聴、書店では今まで読まずにいたジュブナイル小説の種類の多さに驚き、オルガさんが物語の登場人物に感情移入して泣くことがあるとクロトさんが暴露して喧嘩になったりと。楽しくデトロイトの街を散策できた。
「んじゃ帰るけど、いいよね?」
「はい。ありがとうございました」
楽しい時はあっという間に過ぎて夕方。移動中はクロトさんがドライブ気分で運転、シャニさんは上の空でヘッドホンから流れる購入したばかりの音楽を聴いている。オルガさんはジュブナイル小説の文庫本を開き、目を通す。相変わらず護衛の仕事中らしくない姿だが……どうやら完全に仕事を放棄している訳では無かったようだ。
「……おい、クロト。後ろの三台目。四つ前の交差点から付いてきてるぞ」
突如オルガさんから、不穏な言葉が飛び出した。僕達が尾行されている……? 反射的に身体ごと振り向きかけたが、オルガさんに抑えられた。
「振り向くんじゃねぇよ。こっちが気付いたってバレるだろうが」
オルガさんは文庫本に付けたシルバーのブックマークを小型ミラーとしてずっと背後警戒をしていたらしい。自然体だったから、普通に読書しているんだと思ってた。
「シャニ、本部に連絡いれとけ」
「わかった」
シャニさんもヘッドホンを弄ると、そのままどこかと連絡を取り始めた。それ、通信機としても使えるんだね……
「クロト、狩場まで誘導しろ」
「りょーかい、っと」
クロトさんが更にいくつか交差点を曲がって、目的地まで向かうが、相変わらず追跡者は付かず離れずの位置で追ってきているようだ。ただし、この周辺は人気が少なく、既に他の一般車の姿はない。
「あいつら、好きにやっていいってさ」
「はっ! マジかよ。連中、何処のバカだ」
「どこだっていいよ。さっさと終わらせて帰ろうぜ?」
シャニさんからの報告に、今まで見せた事のない凶悪な面構えで笑うオルガさんに対してクロトさんは退屈そうだ。
「あの、クロトさん。やってもいいって……?」
「僕達を追ってる奴等は全員殺してもいいってことだよ」
「ころ……!?」
「別に今時は足の引っ張り合いからの殺し合いなんて珍しくもねぇ。次、曲がったところで仕掛けるぞ」
「はいよ」
「シャルロット、足上げろ」
「え? わ、わかった……」
言われて足をあげるとオルガさん座席の下、引き出しとなっている部分から、大型の鉄筒と専用の砲弾を取り出した。その正体に気付いた僕は絶句するしかなかった。
「カ、
軽量歩兵砲。今でも世界で対戦車砲として重用されているそれをオルガさんは素早く組み立て、発射準備を整えていく。
「相手の足ごと潰すならこれに限るぜ」
「いやいやいや! ここ、街中だよ!?」
相手がアズラエル社に対する敵対組織の構成員だとしても過剰防衛が過ぎる。僕の不安を感じ取ったクロトさんが笑って答えてくれた。
「安心して良いよ。デトロイトのこの辺りは昔からゴーストタウンさ。まともな住人なんて一人もいないし、この辺りでのドンパチは全部事故扱い。警察や司法も黙認するんだよ」
癒着どころではない。アズラエル社が牛耳っているデトロイトの街は想像以上に危ないところだったようだ。
「でも無反動砲は完全にオルガの趣味。昔っからバカスカ考え無しで火力をぶっ放すの好きだったからね、コイツ」
「それですぐ弾が切れて逃げる。マジだっせえ」
「うっせぇぞ! シャルロットは頭下げて、念の為に耳塞いで口も開けとけ!」
オルガさんが発射準備を完了した直後、建物の陰に車が入る。一瞬生まれた死角を利用してクロトさんがギアを上げて加速させる。それに気づいた追跡車両が速度をあげて追いかけてくるが、それは悪手だ。再度コーナーに飛び込んだところで、オルガさんが窓から身を乗り出した。
「馬鹿が! 喰らいやがれ!」
射出された砲弾は速度の乗った追跡車両を的確に捉えてフロント部分を直撃、爆発の衝撃を受けた車両は吹き飛ばされてひっくり返って、燃え盛り出した。あれでは運転手は即死だろう。目の前で簡単に人が死んだ事実に震えるが、もしかしたら、追跡に気付かなければ死んでいたのは僕達の方かもしれないと思い込むことで、現実逃避した。
「はっはー! サイコーだぜ!」
「ま、これくらいは当然ですね」
「よくもえてる。きれいだな」
停止した車両から降りたオルガさんが砲筒片手に高笑いしているし、シャニさんとクロトさんも大して気にも留めていない。つい先程までガラは悪くとも普通の青年達だと思っていた人達が急に凶暴性剥き出しの危険人物へと早変わりしたことに、僕は驚きを隠せない。
「あの、人を殺した罪悪感とかは、無いんですか?」
「あん? 殺されるより殺す方がマシだろ?」
「そうそう。誰でも自分が一番可愛いんだ。赤の他人の命なんて気にしてられないね」
彼等と僕では価値観が違う。デトロイトの街を回っていた時は少しだけ近付いたと感じた心の距離感が再びわからなくなる。
「ん? なにあれ?」
炎上する車両をずっと見ていたシャニさんがなにかの違和感に気付く。その瞬間、燃え盛る車両からドアが蹴り破られた。
中から出てきたのは、
「……なんで、あれが?」
ずっと付き合ってきたからこそ分かる。あれは、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだ。フランスのIS委員会に返却したあの機体がなぜ、ここにあるのか。目の前の現実が信じられなくて、煙と炎で未だに見えない搭乗者の顔を確かめようとするが、その前に車外へ出ていたオルガさんが車に飛び乗ってきた。
「飛ばせクロト!」
「言われなくても!」
「ま、待って! 誰が乗っているのか確認しないと……!」
「そんな暇があるか! 対IS装備なんて手元にゃ用意してねぇぞ! どうなってやがるクソが!」
停止していた車が急発進し、出現したラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから遠ざかる。相手は逃げる僕達の車を見て……いや、あれは、車じゃない。僕を見ているのだ。
だって、視界を遮っていた煙と炎が一瞬消えて僕と目線が交わった操縦者の瞳には僕への、そして
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは本作投稿者をグレースケールで連続腹パンする権利がある