見間違えようが無かった。ロゼンタ・デュノア。アルベール・デュノアの正妻であり、僕の継母だった人だ。でも彼女は二ヶ月前にフランスで間違いなく逮捕されたのは確かであり、なぜ今になってアメリカに現れたのか、なぜラファールを持ち出せたのか。疑問のタネは尽きないが、今、僕の手元に対抗手段が無い。ひたすら逃げるしか選択肢はないのだ。
クロトさんは後方から放たれるIS用ライフルの射撃に対して車両を左右にランダムに振りまくる形で逸らす。たまに車体に掠めて揺れるが直撃弾だけは逃れている。シャニさんも気休め程度だが助手席のグローブボックスからスモークグレネードを取り出して後方へ投擲する。
「ISを出さない? 正気かよ! サザーランドのおっさん!」
「今は私が貴様等の直属の上司だぞサブナック、γ-グリフェプタンの枷が無いとはいえ、言動には気を付けろ。それと
「こっちは実際にISから追われてんだよ! どうしろってんだ!」
「ダガーを手配する。お前達で対処しろ」
「ふざけ……ッ! 切りやがった! アズラエルの腰巾着が!」
先程シャニさんから強引に通信機兼用ヘッドホンを奪ったオルガさんがどこかとやり取りをしていたが、良い返事はもらえなかったようだ。
「で、僕達はどこ行けばいいのさ!」
「デトロイト川のコンテナヤードに向かえ! そこの保安部署にダガーがあるからそれでどうにかしろだとさ!」
「はぁ!? 正面からISとやり合えって? 僕はごめんだね!」
それはそうだ。対策も無しにISと渡り合えるとは露程も思わない。ただ……
「……EOSでも大丈夫、かもしれないね」
「どういう意味だ、それ」
「あいつ、ヘボだぜ」
「あぁん?」
僕とシャニさんは後方から追いかけてくるロゼンタ夫人の様子を伺っていたが、先程までのライフルによる射撃から逃げ切り、射線が一度切れて以降の挙動がおかしいのだ。
今は僕達を低空飛行で追撃しているが、それなりに距離が離れている。周辺に車がなく、僕達の移動速度が衰えないとはいえ、ISが本来出せる速度や建物を超えられる高度を活かせば地上をルート通りに走行するしかない車両に追いつくなど余裕のはずだ。それなのに僕達が追いつかれていない理由は、彼女の操作が非常に拙いからだ。直線でも真っ直ぐには飛べず、頻繁に左右のスラスターを噴かせてバランスをとる心許ない飛び方だし、加速して距離を詰めたかと思えばコーナーを曲がり切れず、周辺の廃墟へ突っ込むこともあった。明らかに動きがぎこちない。完全にIS初心者の動かし方だ。
「連中、なんであんなのを送りつけてきたんだ?」
「しらね」
「……たぶん彼女が僕個人を狙ってるからだよ。裏で糸を引いている人の本命がアズラエル理事なら、こっちは失敗しても良い陽動。質なんてどうでも良かったんじゃないかな」
「つまり、あの女は最初から捨て駒か。車での尾行もまともにISを動かせなかったから機会を狙ってた訳だな」
「贅沢な捨て駒なこと。そんじゃあ急いで歓迎準備を整えるとしよう! しっかり掴まってないと怪我するよ!」
クロトさんが更に速度を上げて、ロゼンタ夫人を置き去りにする。ハイパーセンサーがある以上、距離を離したところで追跡の手は逃れられないだろうが、それでも多少の時間稼ぎにはなるはずだ。
アズラエル社が管理するコンテナヤードには工場から直送されたばかりのEOSダガーが四機存在した。三機はストライカーパック無しのダガー。一機だけあるストライカーパック付きは両側に物理シールドを装備した、打鉄を彷彿とさせる実弾防御重視の仕様だ。既に連絡が行っていたのだろう、保安部所属の技術員からそれぞれの機体の起動コードを渡された。
「武器は?」
「暴徒鎮圧用で非殺傷設定のスタンロッドにテーザーガンがメインです。設定を弄ればIS相手でも有効です。殺傷性の高い武器は『スティレット』を搭載しています。これは投擲して使う短剣型噴進対装甲擲弾ですが機動戦闘中では使い勝手が悪く、開発部としては動かない、動けない目標の破壊を考えているようです」
「んだよ、ゴミみてぇな火力だな。ビームライフルかバズーカくらい寄越せっての」
「そんなもんコンテナ警備で使ったら貨物が吹っ飛ぶだろうが、バーカ」
「アホかよ」
「冗句に決まってんだろ! 本気な訳あるか!」
軽口を叩き合っているが、三人ともそれぞれのEOSに繋がる端末に設定を打ち込む手を止めていない。OSが比較的簡略化されているとはいえ、即座に自分に合った機体の調整できるなんて意外とインテリな面もあるようだ。手持ち無沙汰になりつつあった僕にオルガさんから声がかかる。
「で、お前はどうする」
「僕……?」
「護衛対象だからな。ここの連中と一緒に逃げるなら今だぞ」
「あ、そっか……逃げてもいいんだ……」
無意識に逃げるという選択肢を潰していたことに気付かされた。追っているのは僕の継母で、追われているのが僕だから、相対するのも僕がいなければと思い込んでいたようだ。
「そん時は二人で足止め、一人が同伴だな」
「べつにたおしてもいいんだろ?」
「シャニ、そういうのはフラグっていうだ。僕はやられないけどね」
「僕は……うん、僕も残るよ。いい加減、あの人の相手はうんざりなんだ。初めて会った時は一方的に叩かれたんだ。関係の終わりには今度はこっちが殴っても良いよね!」
「お、おう……」
「いいんじゃね?」
「お嬢様のご要望通りに」
ちょっと僕らしくない、三人の暴力性に引っ張られたかのようなテンションの上げ方だけど、これからはアルスターとして生きていくんだ。姉さんに迷惑をかけない為にもデュノアとの因縁は僕自身で終わらせるんだ。
「追い詰めたわよ、小娘!」
「それ本気で言ってるなら笑えるよ、ロゼンタさん」
僕はやや開けた場所でシールド付きのダガーに乗ったオルガさんと共にちんたら追ってきた彼女を待ち受けていたのだ。情けなくなるくらいラファールの性能を全く使いこなせていない。……ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは僕にとって会社から与えられた鎖であり、拠り所だった。別に愛着があった訳じゃない。だけど、姉さんのルージュを考えればあの機体にもコア人格があるはずだ。二度と巡り合う予定も無かったから聞かなかったが、僕と敵対する事態になった彼女は今、何を思っているのか。
「わざわざフランスの牢屋から抜け出して、アメリカでテロに加担するほど僕と母が憎いですか」
「ええ、ええ! お前とお前の母親は絶対に許さない! 私からアルベールの心を盗んだ泥棒猫の血なんて残させない!」
「フランス女性は情が深い分、嫉妬の感情も重いと言われてますけど、ロゼンタさんは中でもとびきりですね」
「ハッ、くだらねぇ。おい年増、抵抗せずに投降するなら痛い目見ずに済むぜ」
「……随分と品の無い護衛ね。フランスを捨ててアメリカの小娘に媚びた尻軽にはお似合いだわ。類は友を呼ぶ、だったかしら。つまりはその小娘も同じ穴の狢なんでしょう?」
よし殺そう。ちょっとは残っていた良心の呵責や抵抗感は完全に吹っ切れた。長年の孤独で摩耗していた僕の心を救い上げてくれた姉さんに対して言ってはいけない事を言ったこの女は全力で仕留める。
僕は無言で構えたテイザーガンを射出する。当然ISに機能するレベルに設定を切り替えてある。流石にここまでの搭乗である程度は動かせるようになったようだ。目の前の女はテイザーガンの電極を避けて滞空、そのまま距離を取る。
「レイン・オブ・サタデイ!」
「やらせねぇよ!」
連装ショットガンを呼び出したロゼンタは僕に銃口を向けて撃ち放つ。オルガさんが即座に前に出て両肩のシールドを前面に展開する形で壁となる。ラファールに搭載された武器は変更がなければ実弾のみだ。物理シールドは有効に機能する。それでも衝撃までは完全に殺せない。連射されるショットガンの直撃にダガーのパワーアシストが耐え切れず身体ごと後ろに弾かれる。テーザーガンを腰部にマウントした僕が背中を支えて耐え忍ぶ。
「アハハハ! 一方的じゃない!」
嗜虐心でも芽生えたのかシールドに対してそのままショットガンで削り切るつもりのようだ。せっかく多種多様な装備が搭載されているというのに、無駄が多くて呆れてしまう。だが作戦の為には都合がいい。更にこちらに意識を向ける為にあの女の弱みで煽ってやる。
「あなたが僕を嫌いな本当の理由を知っています」
「なんですって?」
「子供、作れないんですよね。不妊症ですか」
「……ッ!」
「別に探った訳じゃありません。普通に考えて、十数年連れ添った夫婦に一子もいないなんて、想定できる可能性は僅かですから」
「黙りなさいッ!」
「黙りませんよ。あなたの癇癪が原因で僕はデュノア社に拾われてからの数年、ずっと迷惑を被っていたんです。正直、僕もあなたが嫌いでした」
「お前! お前! お前ぇ!」
「僕は……私はアルスターとしてこれから生きていきます。だから……私の為にもここで消えてください」
僕に意識を向け過ぎだ。周囲情報を把握するハイパーセンサーからの情報を拾い損ねたロゼンタは隠れていたクロトさんとシャニさんについぞ気付かなかった。コンテナでできた死角から投擲されたスティレットがラファールのカスタムウイングとスラスターに突き刺さる。
「爆発!」
「ドーン、ってな」
「な……あぁッ!?」
信管が起動して背面を吹き飛ばす。これでISと言えども、簡単には飛べない。……結局のところISが通常兵器に対して圧倒的な優位性を持つのはSFチックな特殊技術や耐久性ではなく、縦横無尽に空を駆ける飛行能力、機動性にこそある。そして初心者が操る飛べない状態のISは
「ウラァァァッ!!」
「滅殺ッ!!」
「ハッハーッ! 俺も混ぜろよ!!」
「ひぃ……ッ!」
「さようなら、ロゼンタ・デュノア!」
袋叩きの時間だよ?
「で、殺したのか?」
夏休み明け。アメリカでの同時多発テロに巻き込まれた私の話をラウラが聞きたがったので、話せる範囲で説明を終えたところだ。殺したいくらいではあったんだけど、ねぇ。
「一発顔を殴ってやったところで気を失ったから、そのまま縛って豚箱に放り込んだよ。今頃アメリカで重犯罪者として服役してる。私怨であの女を殺して姉さんや義父さんに迷惑かける訳にはいかないじゃない?」
「……シャルロット、少し雰囲気が変わったか?」
「そうかな? そうかもね。だって数年分の鬱憤を晴れせたんだもの。私の気分は上々だよ。デュノアの悪意とは完全に縁を切れた」
「そうか。だから一人称も戻したのか」
「『僕』は元々デュノア社の陰謀の為に習慣付けさせられただけ、アルスターの養子としては『私』に修正した方がいいと思ってね。姉さんはどっちでも好きにしなさいって言ってくれたけど、この機会を逃すとずっと続きそうだったから」
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡもフランスの管理能力に疑いありとされ、IS学園における学生主導の技術試験用テストベッドとして利用されることが決まっている。あの後、ルージュにラファールのコア人格について聞いてみたら、沈黙で返された。どうやら私は聞かない方が良いらしいが、何を考えてあの女に手を貸したのだろうか。考え事をしながらもアメリカで増えた私物を寮室の収納にしまい込んでいく。それを見ていたラウラが、私が新しく持ち込んだ見慣れない品の数々に興味を示す。
「ジュブナイル小説にデスメタルのCD。……これは携帯ゲーム機か? 随分とサブカルチャー色の増した荷物が増えたな」
「うん。事件でお世話になった人達とちょっと仲良くなったんだ。今度会う時にでも話題作りになるかなと思って」
「だがこうも趣味趣向が違う相手に合わせるのは大変ではないか?」
「あの人達とは価値観が違うのは分かっているけど、それで諦めたら絶対に相互理解なんてできないしね。これも一種の心機一転だよ」
あと、疲れたら姉さんに甘えられるし。
「そうそう、ジュブナイル小説は今では種類も豊富だから探せばラウラの感性に引っかかるものもきっとあるよ。どれか読んでみる?」
「……そうだな、日本の学生モノはあるか? クラリッサに聞いてばかりでは迷惑だろうから自習しよう」
ラウラ、貸してもいいけどそれはフィクションだからね! マネしちゃ駄目だよ!
「はぁい、ジプシー。秘書業務はどうかしら?」
「最高よ、スコール。夏場にエアコンの効いた部屋は抜け出せなくなるわ。アズラエル様々ね」
「あー、その話し方、やめない? スピーカーにしてたから、後ろで聞いてたオータムが爆笑してるんだけど」
「…………はん、大した実力も無いバッタが随分とまぁ粋がってるみたいだね。また遊んでやろうか」
「あの子、いつになったら蜘蛛扱いされるのかしら。指導するにしても、傷が残らない程度にしてよ」
「海兵隊の辞書に加減なんて言葉、載っちゃいないよ」
「元、でしょ。アズラエルの秘書兼、アズラエルの護衛兼、アメリカ対IS部隊の隊長さん?」
「最後の仕事はほぼ副隊長任せだよ。新任の艦長も優秀みたいだしね。で、テロ事件の星は?」
「女性権利団体。予想通り過ぎてつまらないわ。福音の件で報復したいのに誰も手を貸してくれないものだから、アズラエルに恨みがある旧デュノア社の連中を引っ張ってきたみたい」
「ハッ! そりゃあそうだ。亡国機業とアズラエルが世界の裏と表、両方で睨みを聞かせている中で誰が手を貸すもんかい」
「各地でシンパや敵対者を暴れさせてアメリカ本国の身動きを封じて、女性主義者のIS複数機でアズラエルの首をとる。策そのものは悪くはなかったわね」
「連中の失策はアズラエルの子飼い連中が女尊男卑主義者を上回る狂信者集団だと見抜けなかったことさ。本命の襲撃者は一人も生きちゃいないよ」
「青き清浄なる世界の為にって奴ね。団体指導層の処分はどうするの?」
「IS学園の学園祭で派手な花火を打ち上げる予定さね。それまでは連中にはいつ落ちてくるか分からない、見えないギロチンの刃に怯えていればいい」
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ
「人生諦めてるシャルロットちゃんの曇り顔かわいい。また歪ませたいなぁ」
ルージュ
「知らない方が良いこともあるよね」