シャルが襲撃されたと聞いた時は息を吞む思いで、本当に何事もなくてよかった。あの場での話を打ち切られた為、束博士とアズラエル理事が協働で何を企んでいるかは確認できなかったが、少なくともラウラ達の安全に関する言質をとれたことは大きな成果だ。口約束など普通であれば信用以下の価値だが、アズラエル理事はビジネスマンとして、どのような契約でも大切にする事を矜持として持っている。余程の事態にならない限りは前言を撤回することは無い、そう願いたい。
私のやるべきことは織斑先生に対する出自に関する厳重な口止めとラウラへの一般常識の刷り込みである。前者はともかく後者は常識知らずの軍人とか、能力以上に悪目立ちする要素は無くしておくべきだろう。そして、もう一人の該当者である一夏は織斑先生曰く何も知らないらしい。知らずにいれるのであれば、そのままの方が間違いなく幸せだろう。唯一気になる点があるとすれば、コーディネイターは遺伝子の相性が良い相手でなければ出生率が悪いという問題を抱えていた。一夏が全く同じとは限らないが、箒や鈴、もしくは今後現れるかもしれない意中の相手への影響が無ければ良いのだが。
さてはて。同時多発テロの調査と事後処理に追われるアメリカから再び離れ、IS学園に私達は戻ってきた。箒の実家である篠ノ之神社の夏祭りに参加したり、レジャープール施設ウォーターワールドに遊びに行ったりなど、学生の夏らしいイベントを経て始まった新学期。最初の全校集会にて学園祭の開催と各部対抗一夏争奪戦を更識楯無会長が発表した。どうやら一夏の部活所属を巡った水面下での抗争が過激化してきた為に、ここで決めてしまおうという話らしい。テニス部は参戦する気満々だが、私は心底どうでもいい。本人の希望を無視して無理矢理押し込んだところで長続きはしないし、退部に関する条件も存在しない。つまり最悪の場合、強制入部の権利を得ても一夏が別の入部先を決めて退部すればそれで終わりである。多くの生徒が視野狭窄に陥っているが、形は歪なれど盛り上がっているのだ。水を差すつもりは無い。
そして一組の出し物だが……一夏推しは分かる。分かるが、彼がいなければ成り立たないイベントばかり挙げるのは駄目だろう。結局ラウラが副隊長から仕込まれたと思われるメイド喫茶改めご奉仕喫茶が選ばれたものの、執事としてひたすら需要が見込まれる一夏の負担は間違いなく大きい。クラス代表の一夏には、自分が休めるようにちゃんとシフトを組みなさいと伝えておいたが心配だ。
「……それで本日はどのようなご用件ですか、更識会長」
学園祭まであと二日といったところで寮室に再び潜伏していた生徒会長。今日はまともな格好、つまりは制服姿だ。でもやっていることは完全な不法侵入なので内容次第では織斑先生に訴える。司法は勘弁してあげよう。
「シャルロットちゃんとセシリアちゃんが絶賛したという膝枕、私も経験……さ、せ、て?」
「織斑先生に通報しますねー」
「待って待って待って! 冗談、冗談だから!」
双方なにかあれば連絡し合うという事で私と織斑先生はプライベート番号を交換しているが、今掛けようとしている番号は寮監への連絡用だ。残念、通話ボタンを押す前に会長に奪われてしまった。
「もう、少しくらい気晴らしに付き合ってよ。……学園祭初日にアズラエル氏が来るの」
「え……私は初耳なのですが」
本社からは何も言われてない。どういうことだ。
「昨日、急に決まったの。学園祭初日に生徒会の出し物の代わりとしてISに関する重大発表の場が設けられる予定よ。……せっかく用意したシンデレラ用の舞台準備が台無しよ!」
「IS学園で、アズラエル理事が何を発表するんです?」
「正確には彼の連れてくる人物が、よ。内容は私にも知らされていないわ。そして発表会見はあらゆる回線を導入して世界中へ同時中継放送される。日本政府は更識に、IS委員会は学園上層部へ協力要請を通達してきた。当日は自衛隊からも警備の人員が派遣される予定よ」
「なんですか……その学園祭にあるまじき規模は。まさか篠ノ之束博士絡みとか言いませんよね」
「……そのまさかよ。当日は専用の待機部屋を用意するわ。あなたは私と轡木学園長と共に来賓を迎えて頂戴」
気楽な学園祭を楽しむ予定が消し飛んだ。断りたいところだがわざわざ更識会長が一応生徒である私を誘うくらいだ。本社からも追って通達があるに違いなく、面倒事の予感に頭を抱えたくなった。
学園祭当日、生徒会からの呼び出しという形で一組の繫忙極まる接客地獄からひとり抜け出した私は更識会長と共に学年別トーナメントと同じくアズラエル理事と女性秘書を迎え入れたが、肝心の束博士は同伴していなかった。更識会長も学園祭の運営委員として、警護の必要性から彼女の所在を問うた。
「アズラエル理事、本日の主役がいらっしゃらないようですが、どちらに……」
「彼女は別口で来ます。警護は万全ですので気にせずとも結構」
「かしこまりました。ご案内します」
案内した来賓室には織斑先生と用務員のおじさん……と見せかけていた轡木十蔵学園長が下座にて待機していた。普段見かける女性の学園長は奥さんらしい。ともかく、学園長とアズラエル理事が互いに挨拶を交わして席に着く。女性秘書は会釈をするが席には着かず、理事の斜め後ろに控える。更識会長は学園長の隣へ。私も会長の隣に腰掛ける。
「さて、詳しいお話は後にしましょうか。そろそろ時間ですな」
学園長が端末を操作すると部屋にあるモニターから会場の映像が投影される。客席はほぼ満員。ただし束博士の姿は見えない。
「……会場からの報告ではまだ博士は到着されていないそうです」
「そりゃあ、彼女はまだ島に来ていきませんからね」
それはどういう意味か。更識会長が尋ねようとしたところで会場の正面スクリーンが切り替わる。映しているのはIS学園のある人工島の全体映像だ。なぜそんな場所を映すのか、疑問に答えるかのように視点が動いていく。方向は空へ。青空が広がり、雲もほとんどない快晴だ。太陽も映像越しでフィルターがかけられている為、明るいとは感じるが、眩しくはない。そこで違和感に気付く。太陽を背景とした小さな黒点が徐々に巨大化してゆくのだ。時間と共にシルエットも判明する。ローマ字のY字状に見える構造が特徴の大型飛行物体。それがIS学園に向けて悠然と降下を続けているのだ。会場は騒然となるが外部警備を担当している自衛隊や学園教師が乗るIS部隊は動かない。どうやら事前に伝えられていたようだ。私はその飛行物体の正体を知っていた。
アークエンジェル級そっくりの形状。色は黒を基調とした、強襲機動特装艦ドミニオン。その雄姿が映し出されていた。
「アークエンジェル級
「……アズラエル社はあんなものまで実用化に至っていた、と?」
「はい。ネームシップのアークエンジェルは別の職務に付いてますよ」
アークエンジェル級が複数存在することに驚く周囲をよそに、私はこれまで閉じていた口を開いた。
「アズラエル理事」
「なんでしょうフレイさん」
「ドミニオンの艦長はどなたですか?」
「
今の言葉で学園長と更識会長は開発者と思われる束博士が艦長だと思っただろう。だけど、彼は私に対して直接的ではなく、含みを持たせて返した。つまり、あのドミニオンの艦長はコズミック・イラであの艦を運用していたナタル・バジルール少佐だ。……だけど彼女がヤキン戦の最中、艦橋での口論の末に理事に小銃で撃たれた事実を知っている身としては驚きを隠せない。二人が和解した?いったい何があったというのか。会って話をしてみたいが、機会があるかどうか。
「それで、あれは宇宙開発プラットフォームと言いましたな……」
「そうです。束博士により新造されたISコア三個を同期させることで艦内全てを1G環境に調整し、大気圏降下離脱どちらも単体で行える航宙艦。いえ、万能艦になりました」
一隻にISコアを三つ。とんでもなく贅沢な使い方だ。アークエンジェルにも使われているなら最低でも計六個の未登録コアをアズラエル理事は握っていることになる。映像の中のドミニオンの周囲にはエールダガーの直掩部隊が多数展開していた。中央には生身の束博士がSFSレイダーの上部に乗った姿も見えている。ISの発表で世界を変えた篠ノ之束。彼女はいったい何を語るのだろうか。
「やあやあやあ! 世界中の凡人諸君、お久しぶりー! 天才の束さんだよー! 今日この場には三つの重大発表を持ってきたよ!」
壇上へとあがった束博士。周囲にはダガーを纏った護衛が直立している。
「まずはひとつめ!」
世界中が固唾を吞んで見守る中、最初に語られるは。
「束さん、結婚しました。ぶい!」
慶事であった。職員室で飲んでいたコーヒーをむせる世界最強。
「お相手はアズラエル財閥の御曹司。ムルタ・アズラエルさんです! 玉の輿だよ! ちーちゃん! 箒ちゃん! やったぜ!」
クラスのスクリーン越しに名指しで呼ばれた妹は破天荒な姉と結婚の二文字がイコールで繋げず、混乱している。
「じゃ、次の発表でーす!」
まだ最初の発表を吞み込めていない世界を置き去りに天災は進む。
「
沈黙、呆然、発狂、現実逃避。いろいろな反応が世界各地で巻き起こる。現在ISを起動させている者は自分のISの表示にカウントダウンが追加された事に気付けただろう。
「なんでISを使えなくするのかって?そんなの決まってんじゃーん!」
世界の大混乱を前に束博士はご機嫌だ。
「……お前等がいつまで経っても地べたを這いずり回ってるからだよ」
顔は笑顔のままだ。ただ、声音と目だけで会場を凍てつかせる。
「空を、宇宙を目指して作ったISはお前等凡人共がしがみつくせいで目指すべき場所を飛べなくなった。確かに束さんの学会での発表や白騎士事件は軍事的側面を見せ過ぎたよ。だから……十年は待ってやった」
ISが世に出て十年。普段は他人を有象無象と小馬鹿にする彼女は、ほんの僅かであったが
「でも未だに宇宙を飛ぶ為の開発なんて姿形すら無い。ぜーんぶ、軍事利用目的だ。モンドグロッソはスポーツ利用? 所詮は各国の兵器開発の隠れ蓑、言葉遊びじゃないか」
この世界の人類は未熟だった。コズミック・イラと並ぶほどの愚者しかいなかった。故にISを取り上げる。分別もつかない子供に銃を持たせる危険性が分かっているから。
「だから無理矢理路線を変更させる。お前等の費やしてきたこの十年を私の十年で否定してやる」
スクリーンに映像が映される。月の裏側と暗い闇、宇宙に浮かぶ、空想科学作品でよく見かけるシリンダー型のスペースコロニー。
「そしてこれが三つ目だ。私はこの十年間でアズラエル財閥の協力のもと、完全循環型環境を整えた月面基地とスペースコロニーを完成させた」
十年。
「そして、この二ヶ所を国土とする宇宙開発国家『ロゴス』の建国を宣言するよ」
人類初の宇宙国家の誕生。ロゴスはギリシャ語で、言葉、理性、真理という概念を指す。
「すべてのISは今後、このロゴスに帰属して宇宙開発と人類発展の為の活動に専念してもらう。そしてロゴスを中心とした国連とは別の世界統治機構『地球連合』の設立も同時に行う。この同盟に参加する国はこれまで私が提供したISコアを全てロゴスに返還する代わりに、EOSダガーとその後継機の永続的ライセンス生産権、災害発生時にはロゴスからISを現場へ派遣させてもらおう。それ以外にも守ってもらうルールがあるけど、ここでの詳細は省くよ。詳しくは窓口になる予定のアメリカやアズラエル財閥に問い合わせてね」
これまで固まっていた何人かの有識者が絶叫しながら篠ノ之束を批判する。それはISを盾とした脅迫、実質的な独裁であると。
「知ったことか。別に参加したくなければしなければいい。こちらから強制はしないと明言しよう。もちろん、困った時に手を差し伸べてやる義理もないけどね。世の中は持ちつ持たれつが基本だろ? ISの返却が惜しいなら持っておけばいい。三年後には本当に希少価値が高いだけのファッションアクセサリーになるだけさ。以上、束さんによる発表終わり」
誰も彼女を引き留められず、世界を再び混乱に陥れた篠ノ之束は護衛と共に会場から立ち去っていった。
盟主王。本当に王様になるの巻