「さて、それでは問答といきましょう。ちょうど三人いらっしゃいますし、おひとつずつ」
中継が終わり、秘書を除いた三者の視線がアズラエル理事へ向く。理事は黙って三人を見返している。私達三人は誰から、何処から語るべきか。見合わせた後、一番下の私に譲られた。
「ご結婚の経緯についてお尋ねしてもよろしいですか」
他はISに関わる政治的に重要な案件だ。学園長と生徒会長を置いて私が問い質すのもおかしな話だろう。アズラエル理事は苦笑いで答えてくれた。
「まぁ、表に出さない妻子がいる、という情報は発信しましたし、そういうアピールも定期的に行ってきましたよ。それが束博士だとは極々一部の人間にしか伝えていません。アメリカ大統領や財閥の重鎮くらいですね。……というか、公に言えないでしょう? 彼女はいろいろと問題だらけでしたし」
それはそうだ。国際指名手配されていた束博士をアメリカの大手企業が確保しているなどとなれば、当然世界が荒れるだろう。
「馴れ初めはいつ頃でしたか?」
「直接顔を合わせたのは彼女がISを発表した直後ですね。僕もまだ成人になって間もない頃でしたが、当時は実に酷かった。学会に参加したお偉方の大半は未成年が作った物をどうやって自分達の利権として取り込むか、束博士を利用して実利を得るにはどうするべきかばかりを話し合っていましたからね」
「理事は違ったのですか?」
「いえ? 僕もたいした違いはありませんよ。当然、利益重視です。ちょっとだけベクトルは違いましたけど」
ベクトルが違う?
「他は地球上、これまでの常識の範疇で利用する気でした。僕はね、宇宙開発が利益になると踏んでましたよ。ま、当時の彼女には僕も同じ穴の狢にしか見えなかったようですが」
……そうか、コズミック・イラを知るアズラエル理事なら、投資に対するリターンが不確実で信用しきれない他の人達と違って宇宙開発は確実な利益になると理解している。金儲けが目的でもISを宇宙開発に使う点にはなんら問題無かったということか。
「今の話だとあまり良い印象は得られなかったみたいですが、なぜ結婚に繋がったのでしょうか」
「白騎士事件の後、束博士は逃走したでしょう?」
「ええ、そうですね」
「それからしばらくして、彼女の方から僕を訪ねて押し掛けてきたんですよ。結婚してくださいってね」
「ええッ!?」
まさかあの束博士が。興味関心の無い人間は識別しないと言われていたあの束博士が……!?
「フッ……いいですか、フレイさん、更識さん。君達が将来誰と結ばれるか知りませんが、これだけは言える事があります」
「な、なんでしょうか……」
真剣な眼差しで私と更識会長を見つめたアズラエル理事。何を言われるのか、二人で次の言葉を待つ。
「夫にしたい相手の手掛けた裏取引の情報や会社の最重要機密文書の情報を全世界のマスコミやライバル企業に対して送信する準備を整えた上での『結婚してください』は、絶対に告白ではありません。世間一般では脅迫と言いますからね。あなた方は気を付けるんですよ?」
「ぶふッ!?」
更識会長が吹き出した。でも私は笑えない。あまりのえげつなさにドン引きしていた。なぜならアズラエル理事の献金でパパは政治家をやれている訳で、彼がそこで破滅していれば、私にも多大な影響があったはずだ。下手をすればIS学園にも来れなかった可能性もある。
「ちなみに相手に何処が好きになったか聞かれてもストレートに『財産、それとコネクション』と答えるのもダメです。せめてオブラートに包んでください」
学園長と秘書の女性も笑い出しこそしないが共に憐みの目をアズラエル理事に向けていた。
「ハハハ。あー、これは私なりの解釈ですが、束博士なりに自分の失敗した部分を補おうとした結果なのでしょう。当初は随分と頭を抱えましたが、最終的にはWin-Winの関係を結べて、メリットはありましたので形式上は結婚手続きをしましたよ。いわゆる仮面夫婦という奴です」
「じゃあ子供がいるというのは……?」
「束博士の連れ子兼助手の少女です。僕は好きじゃないですけど、一応はアズラエルの跡取り候補になる訳で、経済学の教育もさせていますよ」
この時の私は知らなかったが、のちにその少女がラウラより前に誕生した遺伝子強化試験体のクロエ・クロニクルという少女であると知った時は驚いた。アズラエル理事が脅迫の結果とは言え、コーディネイターに近しいデザイナーベイビーを身内として認めていたとは思わなかった。
……もしかして、束博士は彼女の将来も考えてアズラエル理事と結婚したのだろうか。
閑話休題。
二人の結婚についてはこれで十分だろう。更識会長もどうやら落ち着いたようだし、二つ目の質問を任せる事にした。
「コホン。では、ここからは真面目にいきましょう。……アメリカは『宇宙条約』を無視するおつもりですか?」
宇宙条約。月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約である。宇宙空間における探査と利用の自由、領有の禁止、宇宙平和利用の原則、国家への責任集中原則などが定められている。『宇宙憲章』と呼ばれることもある。
大まかに内容を説明すると、
①天体を含む宇宙空間の探査および利用は「すべての国の利益のために」「国際法に従って」全人類が自由に行うことができる。
②天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない。
③核兵器など大量破壊兵器を運ぶ物体(ミサイル衛星等)を地球を回る軌道に乗せたり、宇宙空間に配備してはならない。また、月その他の天体はもっぱら平和目的のために利用され、軍事利用は一切禁止される。
④宇宙活動を行うのが政府機関か非政府団体かに関わらず、自国によって行われる活動については国家が国際的責任を負う。打ち上げられた宇宙物体が他国に損害を与えた場合、打ち上げ国には無限の無過失責任が発生する。
更識会長は月面基地、スペースコロニーによる領有の宣言やISの集中運用など。あらゆる要素がこの条約の規定を破っていると言っているのだ。
「まさか。領有権を主張しているのは、アメリカではなく、宇宙国家として生まれたばかりのロゴスです。宇宙条約もあらゆる国際法もまだ批准していませんよ?」
「屁理屈ではないですか。こんな暴挙を各国が黙っているはずが……」
「今頃アメリカを始めとして、各国が地球連合への参加表明の準備を整えてますよ。アメリカの仮想敵国だった中国や君が所属するロシアもね」
「……私は、ロシアから何も知らされていません」
更識会長が納得できないのも当然だ。これまでアメリカに対して様々な方面で衝突してきたユーラシアの大国、中国とロシアまでが協調路線に踏み切ったとアズラエル理事は確信しているのだから。特にロシア代表である彼女に何も通達されていないのはおかしいと言いたいのだろう。
「不思議でもなんでもないです。 ロシア政府が信用していない君に、重要案件が伝えられる訳がないじゃないですか」
「それはっ!」
更識会長は言いよどむ。ロシア代表のIS操縦者が国から信用されていないというのはどういう意味なのか。私の困惑を見抜いたのか、アズラエル理事が説明を付け足してくれた。
「簡単な話です。人材の宝庫とまで言われているロシアが自由国籍権を使った他国の、それも裏側の人間を採用する動機。更識楯無という人物があの土地に受け入れられたのは彼女の実力や遠い血筋が理由じゃない。真の目的はロシアが保有する戦力を隠蔽することであり、彼女はその為の表向きの看板って奴です。ま、他にもその立場を利用していろいろと仕事が用意されていたみたいですがね」
そういう事情があったのか。アズラエル理事に隠し事は無駄だと悟ったのか、更識会長は肩を竦めて溜息を吐く。
「確かに私は北方領土問題で確執があったロシアと日本が、ISの登場によって更なる関係の悪化を防ぐ為に双方の利益を調整する役割として今の立場を得ました。……だからこそ今の状況は不自然です。万が一に備えて戦力を温存した大国が、自分達の頭上を抑えつけるロゴスを容認するとは到底思えない。今日の発表会見の情報を事前に握っていたのであれば、彼等は武力による介入でご破算にする選択を選んでもおかしくないでしょう」
「まぁ、普通はそうですね。……つまりね、普通じゃないんですよ」
「普通じゃ、ない?」
「ブルーコスモス、ご存知ですか?」
「噂だけは。アズラエル財閥が後援する遺伝子工学反対派の環境保護団体……の皮を被った私兵集団ですね。最近はダガーの優先配備で戦力化も進めていると聞き及んでいますが」
「流石更識さん。よく情報を集めています。……現ロシア、中国政府の上層部は
目の前の人物がアメリカのみならず他国首脳陣にまで手を伸ばしていた衝撃の事実に、更識会長は本気で驚いていた。
「私が、更識が調査した限りではそのような兆候は全く見られませんでした。いつの間に関係を……?」
「さぁ、いつでしょうね。もしかしたら前世の縁故かもしれませんよ」
更識会長を茶化したような言い方だが、これは私向けの言葉だろう。ヤキンドゥーエ戦はニュートロン・ジャマ―・キャンセラーを手に入れた大西洋連邦が主戦力を担っていたが、その全てを大西洋連邦の将兵で構成されていた訳ではない。戦後にNJC技術の供給を求めてユーラシア連邦や東アジア共和国も出兵していた。そうした人物の中からブルーコスモス思想の両国家陣営の人物を見出して、潜在的な協力者として政権に仕込むことは、不可能ではないだろう。更識会長がどれだけ優秀な諜報能力を持っていたとしても、他人の頭の中までは完全に覗けないのだから。
「残る大勢力は欧州連合ぐらいですが……。イギリスは新型ISが盗まれ、フランスは旧デュノア社絡みでアメリカに頭が上がりません。ドイツは違法システムの研究や人体実験がばれ、イタリアも開発中のISが暴走しましたね。主要国家がこのように不祥事だらけ。抗う術はありませんよ」
「……そうですね。この流れ、止められる手段を私には、もう思いつきませんよ」
どう考えても詰みだ。天才科学者と世界有数の資産家、そして大国が手を取り合っている現状、下手な反対運動など自分の首を絞めるだけだ。アズラエル理事に対する警戒を考え始めた矢先の出来事であり、完全に出遅れて後手に回るしかなかった更識会長としてはショッキングだったのだろう。
「ご不満ですか? 君は確かにロシア代表のIS操縦者で対暗部用暗部の更識現当主様だ。その年齢で優秀なんでしょう。けどね、その上にはもっとこの世界全体を見ながら考えたり方向性を決めたりする人間が居るんですよ」
「それが、理事だとおっしゃられますか」
「当然、僕もその一人ですよ。あの篠ノ之束から仮初とはいえパートナーに認められる程度の才覚はあると自負しています」
再度の溜息と共に更識会長が沈黙し、最後の質問者である轡木学園長に場を譲られた。
「三年でISを全て回収する、そう言われていましたね」
「正しくは三年で機能停止ですよ」
「私に言わせれば、その二つは同じことだと思いますね。……それで、IS学園を理事はどうされるおつもりですか?」
確かに地上からISが消えるのであれば、今後のIS学園の価値は暴落するだろう。最悪の場合、学園そのものが無くなる可能性がある。学園の運営者としてはもっとも気になる点だ。
「IS学園は最終的にロゴス傘下に入ってもらいたいと思っています。ハッキリと目指す方向性をお伝えするならば、IS学園には世界中から優秀な人材が集まる宇宙開発従事者の養成学校となってもらいたい。授業で使えるISはありませんが、実機と同レベルの訓練が出来るシミュレーターなら束博士が用意してくれますよ」
「なぜです?」
「だってそうでしょう? ISは今後ロゴスにおいて宇宙開発で使用されます。その担い手の育成は必要です」
「そうではありません。今後、ロゴスの国民になる人物から操縦者を選べば良いではありませんか」
確かに。最初はともかくとして、別に世界から人を集める必要性は無いはずだ。
「実は今後スタンダードになる予定の
「第五世代……ですと?」
つい先日、束博士によって第四世代の紅椿が世に現れたばかりだ。この短期間で更に発展したというのか。
「ロゴスに集ったISは全て第五世代ISにアップグレード予定。と言っても純粋な性能は展開装甲を有する第四世代相当です。ただ一点を除いてね」
「それは……?」
「そこのISが答えですよ」
アズラエル理事は私の肩で黙っていたルージュを指差した。
「おや、僕かい? アズラエルさん」
「ちょっとルージュ。言葉遣い……!」
「気にしないでいいですよ。そのISの稼働データのおかげで第五世代完成の目途が立ちましたからね」
「どういうことです?」
「自我を確立し、操縦者とコミュニケーションがとれ、操縦補助が出来るIS。それが第五世代ISです。宇宙活動ではこれ以上無いくらい便利な機能ですよ」
……なるほど。私はその意味が把握できたが、学園長と更識会長は理解が及んでいないようだ。確かに便利ではあるだろうが、なぜそのような要素が今後必要なのか。これは実際に宇宙で活動した人間でないと分からない問題かもしれない。
「轡木学園長、シャトル打ち上げや大気圏降下以外の、宇宙活動において人がもっとも死ぬリスクがある危険とはなんだと思います?」
「……スペースデブリによる事故でしょうか」
「いいえ。正解は宇宙空間での孤立化とそれによって生じるパニックです」
宇宙は人間にとって死と隣り合わせの世界だ。真空の暗闇、致死量の放射線。宇宙服を纏うことで辛うじて、生存を可能とする過酷な環境。そんな場所にたった一人で取り残された場合、普通の人間は精神が耐えられない。地上の実験でも人は自分の発する音以外が全く感じられない状態が続くと僅か45分で発狂すると言われているのだ。それに加えて空気残量と言う明確な制限時間のある状況に陥れば、状況は更に深刻化する。
「そういった突発的トラブルに遭遇した場合にコミュニケーション可能なISという独立したパートナーがいれば、持ち直しも容易でしょう。仮に操縦者がまともに動かせない事態へ陥っている場合は、IS側が自主的に帰還させられる」
これはISが完全に本来の用途に立ち返ったからこそ、求められる要素だ。
「問題点はコア人格にも選り好みがあるという点です。今後は
「だからIS学園は今後も必要である、と」
「はい。同時に来年からは宇宙開発に携わりたい男性も受け入れてもらいたい。コア人格が男性を選ぶ可能性もゼロではありませんし、仮に乗れずとも宇宙開発には多くの人材が必要です。IS学園で基礎を学んだ生徒をコロニーに設立予定のカレッジで受け入れ、更なる専門的教育を行いたいと考えています」
「……なるほど。そこまでお考えであれば、融資も期待してよろしいですかな? なにぶん、今後はIS委員会から運営費用が十全に回らない可能性もあります」
「勿論。一から新しい学校を作るより安上がりですからね。今後ともよろしくお願いしますよ」
学園長とアズラエル理事が握手する。IS学園は今後の安定した運営費用の獲得と宇宙開発に携わる人材の育成を名目とした新たな立ち位置の確立。ロゴスはISのパートナー探しや宇宙での活動を希望する人材の発掘。どちらも得をする、理想的な付き合いの始まりである。
「さて、帰りはドミニオンに乗船する予定でして。そろそろ行かないと束博士の機嫌を損ねてしまうかもしれません」
握手を終えたアズラエル理事はそう切り出して話を打ち切り、立ち上がる。そこで、ふと気になっていた事を訪ねてみた。
「あの、コロニーの名前は決まっているんでしょうか?」
「コードネームで鳥籠と呼んでいましたが、まだ正式には決まってませんね。束博士に命名を任せるか、一般人に受け入れてもらいやすいように公募するかはまだ協議中です。……なにか希望でもあります?」
私は少し躊躇いがちに、ある名前を伝える。アズラエル理事は少し考えた後、案の一つとして検討しますとだけ述べて、IS学園を去っていった。
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