「結婚してください♡」
一週間前に発生した白騎士事件の影響による財閥関連企業の損益計算と各種調整がようやく完了し、デトロイトの郊外に構えた邸宅で一息ついていたアズラエル財閥の御曹司ムルタ・アズラエルの元に一人の不審者が現れていた。その人物は金属製ウサギ耳型のヘアバンドにアリスをイメージしたエプロンドレス、齢15歳程度の少女でありながら既に発育の良いスタイルを持つ若き天才科学者、篠ノ之束その人である。
そして彼女の手にはホログラム端末があり、そこから空中に投影した映像にはアズラエル財閥関連の裏事業に関する情報が多数表示されていた。更に、それら全てが添付メールによって各ライバル企業やマスコミ各社へ送信する準備も済んでおり、まさに彼女の指先ひとつでアズラエルの命運は断たれる状態であったのだ。
「……あー、その前に。一応聞いておきますが、邸宅回りの警備はどうしました?」
アズラエルは突如出現した天災ウサギの放った台詞をあえて無視して、頭の中を整理する為の時間稼ぎを行う事にした。
「ん? 特に何もしてないよ。ほら、じゃーん! 自作した光学迷彩搭載の雨合羽と消音装置付きスリッパ! あとは持ち前の身体能力でパパっと!」
米軍特殊部隊用に日夜研究・開発が進められている個人用の光学迷彩や消音装置の完成品を天才少女はいたずら成功とでもいうかの如く、量子格納から取り出してアズラエルに見せびらかせている。
「なぜ雨合羽とスリッパなんです?」
天気は晴れだし、外で使うのにスリッパの形状は意味不明である。
「雨合羽は小学生の時、雨の中で見えない何かから追いかけられるホラーでちーちゃんを驚かせようと思って作ったんだけど返り討ちにあって泣きながら倉庫に放り込んでた奴。スリッパは家がオンボロ木造だったから夜中に廊下を歩くと音が鳴るのさ。それを防止する為ね。だって寝てる箒ちゃんが起きちゃうと可哀想だからね!」
「……非常識極まりない馬鹿だとは思っていましたが、よもやここまでとは」
どこの世界に人類最先端技術をそんなみみっちい事に使う奴がいるのだろうか。あらゆる分野を商売に繋げてしまうアズラエルには宝の持ち腐れにしか感じなかった。
「へぇー? 凡人風情が言うじゃん」
「上から物を言う悪癖は早めに直す事をお奨めしますよ。敵ばかり作っていては君の願いなんて一生叶いません」
「ホントに口が減らないね、凡人。ムカつくから発信しちゃおうかなー」
「僕以外に君の要望を叶えられる当てがあるならどうぞご自由に」
しばし無言でにらみ合った後、アズラエルが束を備え付けのソファーに案内する。
「さて、何か飲み物を用意して……」
「お、いいもの発見。これ貰うね」
「……は?」
アズラエルが少し目を離した隙に束は彼がプライベートで嗜む為の酒を貯蔵する小型冷暗庫を解放していた。しかも引っ張り出したのは手持ちのコレクションの中でも最上級品のヴィンテージ・ウィスキー。
「ちょっ、待ちなさ……ッ!」
止める間もなく、束は瓶の蓋を開けてラッパ飲みした。
「うわ、まっず。どうして大人って奴はこういうの飲みたがるのかなー?」
「競り落とすのに50万ドルかかった希少品なんですけどぉ!?」
「こんなの古いだけじゃん。この味が好きなら束さんが同じ味のする水を作ってあげるよ。健康にも良いしね! で、なんかジュースは無いの?」
「そこにあるのは酒だけです! あー! もう! くそっ! 用意してあげますから! 大人しく! 座って! 待ってなさい!」
「あーい」
もう未成年飲酒とか常識的な事を言う気すら起きない。アズラエルは今日を今世最大の厄日だと確信していた。
「ぷっはー☆100%の果汁ジュースはいいねぇ!」
キッチンから適当に引っ張ってきた高級フルーツジュースを与えたところで話を戻す事にした。
「それで束博士。こんな夜中に僕の家に忍び込んで何の用があるってんですか?」
「結婚だよ、婚約の申し込み。束さんはね。君が欲しいのさ」
「本音は?」
「お金とコネクションが欲しい」
ストレート過ぎる物言いに頭痛を覚えつつ、面倒な言い回しや確認はしないで良いと判断した。
「それが脅迫の意図ですか」
「むしろそれ以外にある訳ないじゃん」
「……いや、あるでしょう?」
これでも顔立ちは良い方だと思っている。声も不思議と聞いていると熱を感じると言われ、ささやかな自慢なのだ。
「これっぽっちも無いね!」
知 っ て た。
「…………ま、まあ良いでしょう。ご希望なら結婚してあげますし、宇宙開発にだって全面協力して差し上げますよ」
「デジマ?」
「ただし、条件付きです。僕はビジネスマン、金儲けこそが生きがいです。利益の見込めない事業に投資はしませんし、予算を何でもかんでも好き勝手に使わせたりはしません。……そして僕の目的も同時に叶えてもらいます」
一瞬、アズラエルは狂気的な眼差しを見せたが束は臆せず、気にもしなかった。だって、何かに狂った目なら毎朝鏡で見てるから。
「ま、隠れ家の確保と資源と資財提供してくれるなら、それくらいは許容範囲かな」
「では契約成立ですね。仔細は明日にでも詰めましょう。今後よろしくお願いしますよ、束博士」
「よろしくアズにゃん!」
「……そのあだ名は、流石にやめません?」
これが十年後、全世界を名実共に手中に収める篠ノ之束とムルタ・アズラエルの二人が手を結んだ、最初の一歩である。余談だが、あだ名は一生涯そのままであった。
アンケートの結果、新作の小説は長編として独立させようと思います。
移動が完了しましたら、六時更新時に案内とお知らせをします。
こちらの短編は既存の作品の更新を中心に、思いついたネタを書いていきたいと思います。