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今世において宇宙開発プラットフォーム艦として生まれ変わったアークエンジェル級ドミニオン。世界初のスペースコロニー、仮称名『鳥籠』の開発拠点となっているネームシップ・アークエンジェルに続き、竣工を終えたばかりの本艦は、試験航行と篠ノ之束博士の送迎、月での量産体制を整えたEOSダガーの対福音戦への実戦投入、宇宙開発に関する報告などのタスクを完了させ、月の裏側の本拠地ダイダロス基地を目指して進んでいた。
「クーちゃーん! たっだいまー!」
「束様、お帰りなさいませ」
地球での用事を済ませた束は艦橋の副長席に座し、艦長から貰った板チョコを齧っていたクロエ・クロニクルの両脇に手を差し入れ持ち上げ、グルグルとその場を回り出した。艦橋要員達は特に反応はしない。篠ノ之束が行う子供っぽい行動の数々は周知の事実であるし、既に何度か目にもしている。そして、彼女に物を申す役割はいつも艦長の仕事であったからだ。
「束博士。いつも言っていますが艦橋で暴れないでいただきたい。それと大事な荷物を忘れられては困ります。隕石に擬態した物資輸送も簡単な仕事ではありません」
「ぶーぶー! ナーちゃんは相変わらず頭カッチカチだなぁ」
「……本艦の最上級士官としての示しがつきません。せめてナタルとお呼びください」
ナタル・バジルール大佐。アメリカ合衆国対IS特務作戦軍ファントムペインに所属する新造艦ドミニオンの艦長である。元は米海軍に士官していたが、アズラエルの横やりで軍上層部から命令書付きでファントムペイン行きを命じられていた。傍から見れば最精鋭特殊部隊への栄転であるが、本人からすれば厄介事を押し付けられたとしか思えない人事異動だった。
「はいはい。それでナーちゃん、ドミニオンの調子はどうだった?」
「……ISコア三基との同調には未だ慣れませんが艦の制御は良好と言ってよいかと。大気圏上空での武装テストは本艦の露見に繋がりますので控えました」
「そっかー。アズにゃんが気に入るだけはあるね! 頭は固いけど優秀だ」
普段であればここで話は終わり、ナタルは溜息ひとつを吐いて仕事に戻る。だが、束が用いるアズラエルの愛称が出てきたところでナタルは眉間に皺を寄せた。
「……いまだに私には理解できません」
「何がー?」
「この状況そのものです。私がアズラエル理事に厚遇される理由が思い当たりません」
──僕にこんなことをして! どうなるか解ってるんだろうな!
──あなたはここで死すべき人だ。私と共に!
前世の最期、ムルタ・アズラエルの暴走を止める為、彼の意思を無視して諸共に死を迎えたナタルからすれば、彼から再びドミニオンを託される今の状況は気味の悪さを覚えずにはいられなかった。その為、見えない罠を警戒し、常に気を張らなければならない日々だ。そんな毎日が続けば我慢強いナタルと言えども忍耐は尽きてしまう。アズラエルの協力者である篠ノ之束ならば彼が意図するところを知っているのではと、つい口に出してしまったのだ。
「罪悪感でもあるんじゃない?」
束から出た単語とその意味を呑み込むのに少し時間がかかった。
「……あのムルタ・アズラエルが、私に対して罪悪感を持っていると言うのですか?」
「そそ。観戦気分で最前線の戦場に出たところで利用していたスパイに騙されて? 冷静さを失った挙句に艦橋で拳銃片手に暴れて一緒くたに戦没でしょ? 客観的に見れば見るほど赤っ恥じゃない?」
確かに前世で起こった事実だけ並べればその通りだが、己の死に直結した決定的な対立に対して、そこまで割り切れるものなのだろうか。
「アズにゃんは目的の為なら割となんでも利用するよ? わざわざナーちゃんを引っ張り出したのも過去の実績から考えた上での合理的な判断。直接何も言わないのは、男としての面子だとか、気恥ずかしさとか、いろいろとあるんじゃない?」
馬鹿は死んでも治らないという。ならば馬鹿でない者が死んで蘇ったならば。何か教訓を得る物があるのだろうか。
「……今はそのように解釈しておきます。いずれ本人から真実を聞ける日もあるでしょう」
「本人は絶対に認めないと思うよ!」
ナタルは溜息ひとつを吐いて仕事に戻る事にした。完全に気を許すことはできないものの、蟠っていた憂いは幾分か晴れたようではある。
フレイと織斑先生が密談している頃のお話。アズラエルが素直にナタルに頭を下げるイメージが付かなかったので、束さんに代弁をお任せしました。