日本国家代表を引退、ドイツ軍教官を経てIS学園の教師に収まった織斑千冬が担任であり、ISを起動した彼女の弟・織斑一夏が所属する一年一組に二人の生徒が編入されてきた。一人は二人目の男性IS操縦者を騙るフランスの少女。もう一人は……
「ラウラ・
「趣味とはいえないが休日に家事をすることは嫌いじゃない。家が孤児院を経営しているので家政に関する面白いノウハウがあれば教えてほしい」
眼帯を付けた銀髪のドイツ少女の自己紹介は実に穏やかに終わったが、嵐は昼休みの食堂にて吹き荒れることになる。一夏、箒、セシリア、鈴、シャルルが集っているところに昼食を載せたトレイを持つラウラが訪れたのだ。
「久しぶりだな。一夏」
「そ、そうだな、ラウラ」
双方笑みを浮かべているが、一夏の笑みはぎこちなく、ラウラの笑みは餌を見つけた捕食者を幻視させるものだった。
「一夏、ドイツの転校生と知り合いなのか?」
一夏の女付き合いの多さから即座に追及を始めた箒だったが、先程から目が泳いでいる一夏ではなくラウラから答えを貰えた。
「織斑先生がドイツで教官をやっている間、たまに姉弟で我が家で寝泊まりしていたぞ」
「……家というのは自己紹介で言っていた孤児院ですか?」
「そうだ。私を含めて様々な理由で親がいない子供達を集めた場所で、一夏はその手伝いに来ていた」
「千冬さんとドイツへ行ってることは知ってたけど、そういうことだったのね……」
家族ではない異性と屋根の下。孤児院ということもあって、一対一では無いのだろうが、それでも一夏に気のある三人はモヤモヤしている。
「も、もうそれくらいでいいだろ。ほら、ラウラだって転校してきたばかりで疲れているだろ、な?」
あまり触れられたくないとばかりに話を打ち切ろうとする一夏だが、ラウラは一夏を逃す気がまったく無かった。
「そういうな。お前が来なくなってクロエ姉様達も寂しがっていたのだぞ。まぁ、それよりも……
お前、まだセルベリア姉様への恋慕は持ち合わせているのか?」
「「「は?」」」
モンド・グロッソ優勝後、セルベリアも千冬と同様に国家代表を辞任。優勝で得た賞金を元手に孤児院の経営を始めていた。セルベリアのネームバリューは良好で複数の篤志家による援助もあって孤児院としてあり得ないほどの充実具合と知名度を有していた。そんな折、
ドイツ軍としては機密の漏洩であり、リスクを覚悟で武力によるセルベリアの排除も検討されたが、最終的にはグレゴール
このように純粋な善意で維持されている場所では無くなったが、セルベリア本人は彼女達に精一杯の情を注ぐつもりであった。
……そんな暗い事情は知らず、彼女に命を救われた一夏は恩を返す為に、長期休暇を利用してドイツへと赴いては孤児院の仕事を手伝っていたのだ。一夏自身、親がいないということもあって小さい子供達の兄貴分として親身に遊び相手を務めあげていた。
話を戻そう。当時の一夏が交流してきた女性といえば姉の千冬、姉の友人である篠ノ之束、束の妹でファースト幼馴染の箒、セカンド幼馴染の鈴である。
千冬は強い女性だったが実姉であり、家事能力は皆無だった。束は万能だが変人だ。箒は小学五年で別れてしまった。鈴はいろいろ未成熟で子供っぽさが目立った。
それに比べてセルベリアは顔立ち良し、スタイルは救出時に抱きしめられたことがあったのでその素晴らしさを知っている、二代目ブリュンヒルデの強さは言うまでもなし、子供を慈しむ優しい性格も孤児院を手伝う中で知れた、家事も最初はやや拙かったがすぐに良好となった。
一夏というか男が惚れない理由が無かった。残念だったのはセルベリアには想い人がいるらしく、周囲に男っ気は皆無だった。これには一夏も脈は無いなと、片思いを密かに終わらせるつもりであった。……ただ、やはり年頃の孤児院の少女達はそういった空気には敏感で、一夏がセルベリアへ恋心を抱いていることは丸わかりであった。セルベリアもなんとなく察してはいたが、告白された訳でもなかったので、わざわざ本人へ伝えたりはしなかった。
普段は鈍感体質の一夏だが、流石に自分の感情が周囲にバレていたことには気付けたのだろう、気恥ずかしさから姉がドイツ軍の任期を終えると日本から出ることは無くなり、孤児院との縁は今日この時まで切れていたのだ。
「……と、そんな事情があった訳だが。一夏に朗報だ」
「な、なんだよ……?」
ラウラによる恋心暴露で三人娘に現在進行形でボコボコにされている一夏はこいつがこれ以上何を言うのか気が気でなかった。シャルルは巻き込まれないよう既に席を離れていた。
「セルベリア姉様とは結婚できないだろう。だから私やクロエ姉様に婿入りすればいい。孤児院で公然とセルベリア姉様と同棲できるぞ」
「じょ、冗談は……」
三人娘の攻撃力が増した。ラウラは食事を終えた。
「本気だぞ? 私達が嫌なら下の子達でも良い。一夏兄様となら結婚してあげるとあいつ等も言っていたぞ」
「あ、あ、あ……」
三人娘の攻撃速度が増した。ラウラは食後の一服を済ませた。
「気が向いたらいつでも声をかけろ。セルベリア姉様も家事万能のお前が来てくれれば喜ぶはずだ」
食事のトレイを片付け去っていくラウラは背後の惨劇に目もくれなかった。
ところ変わってドイツ。セルベリアは孤児院で世話をしているクロエ・
「セルベリア姉様、早くいきましょう!」
「あまりはしゃぐと転ぶぞ」
クロエは軍の施設から孤児院に送られた際はヴォーダン・オージェという肉眼へのナノマシン移植実験で両眼の視力が極端に落ち、ほぼ盲目状態だったがつい先日手に入れた視力補正用デバイスとの相性が良好で、軽い運動ならできる程には復調していた。その為、今日の外出はクロエが孤児院の外の世界を存分に見て感じることができる初めての機会であり、感情の赴くまま、どんどん前を走っていく。クロエの傍に一台の黒塗りの高級車が停車したのはそんな時であった。
「クロエ!」
異変に気付いたセルベリアが駆け、瞬く間にクロエの傍に辿り着く。同時に車窓が開いたが、中の人物を確認したセルベリアは警戒を解いた。
「……グレゴールか。驚かせるな」
「ふん、子守りが板についてきたようだ。かつての女傑も既に形骸か」
グレゴールの皮肉を聞き流したセルベリアは車の座席にもう一人の人物が乗っていることに気付いた。
「そちらのご老公は……」
「……儂の
グレゴールの隣の座席には髪は全て抜け落ち、右腕は欠損、目が白眼となった一人の老人が腰かけていた。セルベリアもそれほど高齢の知り合いはいない為、目算ではあるが年はグレゴールより更に上であることは間違いなく確定、下手をすれば齢三桁近くと言ったところか。かの老人は見えているのかいないのか、セルベリアに顔を向けて口を動かした。
「セルベリアと言ったか。ひとつ問いたい」
老人から出た音は感情を感じさせない機械音声であった。既に地声を発することができないほど衰えているということだろう。セルベリアは声をかけてきた老人に視線を向けた。
「貴様は今、幸せか」
「……争いのない、平穏な日常を過ごせていることを考えれば、十分に幸せと言えますでしょう」
「そうか」
それ以上老人は声を発することは無く、グレゴールとセルベリアもその後僅かな会話を終えて、別れた。
……話に加わらずにいたクロエはじっと老人を見ていた。長い間両眼が効かなかったクロエは人の気配でなんとなく他人の感情を察することができるようになっていた。
郷愁、嫉妬、悔恨、不安、安堵、寂寥。
あの老人がどうしてセルベリアとの短い会話でそのような感情を持ったのか不思議だった。ただ、彼はこれらの感情をセルベリアに知られることを是としていない。そうとも感じたクロエは、この時のことは誰にも明かさないと決めたのだ。
これにてIS×戦場のヴァルキュリアは完結となります。ありがとうございました。本短編は完結したため、翌日昼頃を目途にAC編とブルアカ編の間にページを移動させます。
以後はSEED編メイン時々ブルアカ編やその他短編を中心に更新したいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。