「やったぜ、じいさん!」
巨大な装甲壁に囲まれた第8ハイブの一角にあるバラック小屋に着いた途端、オレンジの髪を揺らして伊吹ハヤトは大声で告げた。
「どうした。騒々しいな。」
しばらくして小屋の中から伊吹リョウマがひょっこりと顔を出す。こちらは肩まで届く白髪に適当に伸ばした髭、肌には長年の刻苦を滲ませており、この時代どこにでも居るような年寄りだ。
「…いいことがあったようだな。」
「あ、分かる?」
ハヤト自身、嬉しさのあまり勝手ににやけてしまっているのは知っていた。ずっと待ち焦がれていたものがついさっき届いたからだ。走って帰ってきたことと興奮がない交ぜになっている全身を落ち着かせ中に入り、椅子に腰掛け、差し出された水を一気に飲み干す。
「で、何があった。新しい働き口でも見つかったか?」
「まあな。」
そう言うとハヤトは得意げな顔で懐から一枚の紙切れを差し出した。リョウマはそれを手に取ると黙り込み、しばらくして搾り取るような声を発した。
「…何だ、これは。」
「見ての通りだよ。神機使いの召集状。」
はやは答えながらもリョウマの反応を不服に思っていた。もっと喜ぶかと思ったのに。そんな視線を気にも留めず、リョウマは再び黙り込んだかと思うと唐突に紙を破り捨てた。
「何すんだよ!」
リョウマの突拍子のない行為に驚き、慌てて散らばった紙片をかき集める。
「ハヤト、言ったはずだぞ。どんな仕事をしても構わんが、ゴッドイーターだけは認めないと。」
「何年前の話しだよ!大体、じいさんだっていつも言ってたじゃんか。人様の役に立てるような職を身に着けろって。」
常に柔和な笑みを浮かべていた目が般若の如く釣りあがっている事に少し怯えたもののハヤトも負けじと言い返す。アラガミという脅威から人々を守るために戦うゴッドイーター。幼い頃から何度となくその姿を目にしてきたせいか憧れを持つのに時間はかからなかった。当時はまだ無理があったが、16歳を迎えた今ならと思っていた矢先に向こうから誘いが来たのだ。
「常に死が付き纏うような危険な仕事だ。どんな理由があるにせよ、お前が関わるべきことではない。」
心なしか陰のある表情を浮かべたが、リョウマは硬い口調のまま譲ることはなかった。
「…通知は来たんだ。義務だから行くしかないよ。」
半ば強引に理屈をつけ、荷造りをして家を飛び出す。極東支部に着くまでの間、ハヤトの目には居住区の町並みがいつもより殺風景に見えた。
アナグラに到着して数時間後、無事に適合試験を通過したハヤトはロビーに居た。腕にはゴッドイーターの証である腕輪が鈍い光沢を放っている。試験を受けたときはハゲるんじゃないかと思わせるほどだった激痛も今では嘘のように治まっていた。終了した後、次の指示が出るまで待機するよう言われたのだがこれといってすることがなかったため、潰しようのない時間を相手にしていたハヤトはこちらに一人の少年が近づいてくるのが目に入った。腕輪をつけているにも関わらず、御のぼりさんよろしく周りをキョロキョロしているところからすると恐らく自分と同じ新人だろう。ハヤトの予想は的中し、少年は目の前に腰を降ろす。しばらく横目でこちらを見ていたかと思うとおもむろに
「あんたも適合者?」
と尋ねてきた。
「ああ、さっき検査が終わったところだよ。」
「じゃ同期ってことだな、オレは藤木コウタ、歳は15。アンタは?少し年上っぽいけど…」
「伊吹ハヤト、16歳。正解っちゃあ正解だよ。よく分かったな。」
「いや、オレより身長高いしさ。それに何となく大人っぽい気がするんだよな。」
人懐っこい笑みを浮かべながらコウタはケースを差し出した。
「ガム食べる?ひとつ余ってるからさ。」
「貰っとくよ。ありがとな。」
ちょうど白い服に身を包んだ女性が二人の前に現れたのはそのときだった。
「立て。」
「へ?」
「立てと言っているんだ。立たんか!」
フロア中に響き渡るほどの怒声に一喝されハヤトたちは素早く文字通り直立不動の姿勢をとった。女性は二人を厳しい目つきのまま見つめ言葉を続ける。
「私は雨宮ツバキ。お前たちの教練担当者だ。先ほど試験が終わったばかりだが生憎予定が詰まっていてな。まずはメディカルチェックを受けてもらう。最初は伊吹ハヤトだな。一五〇〇までにペイラー榊博士の研究室に行ってくれ。チェックが終わったらカリキュラムに則った訓練を行う。それまでにアナグラの中を見回っておけ。メンバーへの挨拶を忘れるなよ。」
「…」
「分かったら返事をしろ。」
「ハイ!」
仲良くそろって唱和したあとハヤトは半分逃げるようにロビーを後にした。
最前線基地と言うだけあって極東支部はとてつもなく広かった。何とか目的の研究室に向かおうとしたのだが通路案内の表示を『1』を『I』と見間違え、予定よりかなり遅く着いてしまった。これからは建物の構造把握も必要事項になるなと思いながら部屋に入る。
「ふむ、予定より726秒遅い。よく来たね、『新型』君。」
そう言って機械をいじりながら出迎えたのは今時珍しい和服を着た人物だった。狐目に微笑を浮かべたその顔は年齢不詳の表現がぴったりと当てはまる。
「私はペイラー榊。アラガミ技術開発の統括責任者だ。さて、見ての通り準備が終わってなくてね。ヨハン、先に用を済ませたらどうだい?」
榊が隣に佇む長身の男性に話しかける。
「博士、そろそろ公私のケジメを覚えていただきたい。」
そう言って返した声には聞き覚えがあった。確か適合試験でスピーカーから流れてきた声だ。男性はハヤトの視線に気づくとまっすぐ見返した。
「試験ではご苦労だった。私は極東支部の支部長を務めるヨハネス・フォン・シックザール。改めて適合おめでとう。君には期待しているよ。ではわれわれの目的を説明しよう。君の主な仕事はアラガミの討伐と物資の回収だ。そしてそれは支部の維持と来るエイジス計画の資源となる。エイジス計画については知っているかな?」
「はい。昔一緒に住んでいるじいさんから聞かされたことがあります。」
「…そうか。じゃあ私は仕事が残っているので失礼するよ。ペイラー、後でデータを送っておいてくれ。」
シックザールは言い残すとゆったりとした足取りで去っていった。さすがは支部長と言ったところだろうか、優しげな目つきをしながらも奥には鋭い光を宿しており、彼の周りだけ空気の密度が違っていた。慣れているのか榊は笑い顔のまま手早く操作をこなしながらハヤトに告げる。
「彼も昔は技術屋だったんだよ。本当は新型のメディカルチェックに興味津々なんだ。…よし、ではそこのベッドに寝てくれるかい。少し眠くなると思うけど心配ないよ。」
手術台を想起させる台に横たわったハヤトはぼんやりとした視界にリョウマの像を捉え、一瞬罪悪感に似た感覚を覚えたが意地で打ち消して目を閉じた。