TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
「ミリア……ちゃん?」
――無理だ、と思った。
心を通わせるなんて、二人の人間が、何から何まで同じことを思うなんて、無茶もいいところだ。大好きだった人を、大好きだって言ってくれる人を傷つけるような自分には、なおさら。
シェードは、だと言うのに自信に満ちて、あまりにも当然のように言ってのけるミリアを、見上げた。
「できます、私とシェードちゃんは友達ですから」
「で、でもミリアちゃん――私、ミリアちゃんのトモダチが何か、わからないよう」
あのとき、そうミリアに告げたとき。
ミリアはそれに答えてはくれなかった。だから、シェードにはそれが解るはずもない。解かれというほうが無茶なのだ。だから、流石にこれはシェードが悪いということはない。
故に、
「――ずっと、考えてました」
ミリアはそれに、答える必要があった。
「友達ってなんだろう。私はそれを気軽に使いますけど、じゃあその全てを解ってるのかって」
「……うん」
「そして――」
ミリアの言葉を、シェードは待つ。
何と言われてもきっとシェードは驚かないだろう。だって、何と言われても、シェードにそれはわからない。解ったとしても、ミリアと気持ちを一つにできるとは思えない。
ミリアとシェードは、違う人間なのだ。
だから――
「――わかりませんでした」
「これだけもったいぶって!?」
思わず、そう言われると、突っ込んでしまっていた。
そうやって大口を開けて驚いていると、ミリアはシェードの口にお菓子をつめこんで、ふにふにと頬を突く。もぐもぐと、シェードは咀嚼しながらミリアを見た。
「これっぽっちも解らなかったんです。でもそれって、当たり前のことでした。友達って、誰かが言葉にできるものじゃないんですよ」
「……ミリアちゃんにとって、そのトモダチってことばは、それだけ重要なの?」
「重要ですよ! でも、別の言葉で言い換える事もできます。絆、友情、親愛、大切。どれも、私がシェードちゃんに抱いている感情の答えです」
それは、重い言葉だった。
一つ感情を重ねるたびに、シェードはその感情に耐えきれなくなっていく。
自分だって、同じことを思っているはずなのに、どうしてか。
言うまでもない――
「――私は、そんな大層な感情を、向けられる人間じゃ、ないよ」
「そうですか?」
自分に、ミリアの大切な人なんて立場は、重すぎる。重すぎて、自分がそれに囚われて、沈んでしまう。
「ねぇ、ミリアちゃん」
「はい」
「……どうして、私なの?」
だから、聞いてしまった。
自分と心の全てを通わせられると信じて疑わない少女に、シェードはその真意を問いかけてしまった。また――踏み込んでしまった。
聞いて、シェードはそのことに思い至る。
どうして自分は――変われないのだろう。
ミリアちゃんのように、なれないのだろう。
「そうですねぇ……大した理由じゃないですし、あまり声高に胸を張れる理由でもないですよ?」
ほらやっぱり、どうして自分は、こうなのだろう。
ミリアちゃんはこんなにも、すごい女の子なのに――
「
「――え」
天使のような、希望のような、天才としか言いようのない少女から漏れたのは、いつもの理解できない言語ではなく、
どこまでもありふれた、等身大の少女の理由だった。
「クラスの人たちが、私が言っていることを理解できなくて、ちょっと遠巻きにしてることは、知ってます。そのために、シェードちゃんが一人で私のことを理解しようとしてくれてることも、解ってます」
「え、っと……」
申し訳無さそうに、ミリアは言う。
それは、シェードの見てきたミリアとは、全然違うミリアだった。ミリアは、いつだって希望に満ちていて、次の瞬間には、何をするかわからないような、パズルのような――不思議な女の子。
だから、
「……それに、甘えてるんです」
こんなふうに、当たり前のことを、当たり前のように口にするなんて、シェードは思っても見なかった。
「シェードちゃんはすごいです。初対面の人に踏み込むことを、恐れません。知らない人にだって、仲良くしようって声をかけれます」
「それは……でも、それでいつも間違えて……」
「間違えなんてことはないですよ! 私は踏み込めることそれそのものが、シェードちゃんのすごいところなんだって思います! 少なくとも、シェードちゃんが踏み込んでくれたから、私はシェードちゃんと仲良くなれたんですから!」
そうやって、ミリアは笑う。
「それは間違いではなく、道の途中なんだと思います。生きていく限り道は続いていて、その道はときに険しいものになりますけど、どこまでも続いていくんです」
「……生きていく、限り」
――空を見上げる。
月を覆うほどの宿痾の群れ。
明日を奪う、道を奪う人類の敵。余りある地獄の先に――
けれども、月は確かにそこにあった。
「あ――」
「まだ、終わってないんです。終わってないから私はもっと、もーっとシェードちゃんと仲良くなりたいと思います!」
「終わって……ない」
そして、目の前のミリアを見る。
この世界で、唯一明日を夢見る少女。希望を忘れず、自分が希望となることを選べる少女。その希望は今、シェードに教えようとしていた。
「間違えは、またやり直せばいいんです」
「また、やり直せばいい――」
シェードは、踏み込めなかった。
色々なことに、ミリアのこと、アツミのこと、そして――母のこと。
だったら、やり直せたとしたら。
やり直せるとしたら、それは――
「ミリア、ちゃん」
「なんですか?」
「私……私っ」
また、泣き出しそうになるのをそっとこらえる。
心の底に溜まっている、たまり続けてきた想いの蓋を開ける。
それは――
「いいのかな、ごめんなさいって、言ってもいいのかな!」
やり直したいという、シェードが抱え続けてきた思いの発露だった。
「ごめんなさい、だけじゃ足りないかもしれません。生きて、笑って、そしてまたやり直せるようにするために、いっぱい考えて、いっぱい努力しましょう」
「……うん!」
「そのために――」
二人は、見上げた。
「まずは、ここを突破しよう」
二人は、想いを一つにした。
――手を重ね、空を見上げながら、ローゼがそれを見守る中、ミリアは語りだす。
「――ローゼ先生は深く考えすぎたんです。心を一つにするって、何も心のすべてを一つにする必要はありません。そりゃあ、全てを一つに出来たとしたら、作れるマナは計り知れませんが、それを操れるかは別問題です」
「…………」
ローゼは、何も語らない。
理論を考える、という点に関しては、今のミリアはローゼには劣る。だから、それを考えたことはなかったとは思わない。
だが、それでもローゼが無理だと判断したのは、先に進まなかったからだろう。
「問題は、
「……そうだね」
そしてこの問題がある以上、結局相互円環理論は机上の空論で終わるのだ。そもそも、心と一言に行っても、感情と端的に片付けようにも、感情の種類は無限にあり、感じ方は人によって違う。
「だから、発想を逆転するんです」
「……逆転、ってどうするの?」
ミリアは、ニカっと不敵に笑みを浮かべて、
「心を一つにするのではなく、
手を広げ、
「これは――!」
ローゼが目を見開く。
それは、複数の色の光の玉だった。あちこちに散らばって、シャボン玉のようにふわふわと浮かんでいる。小さな、ビーダマサイズだ。
「私達が抱いている感情を、光にして浮かべてみました。適応されるのは、私と私が触れている人、です」
「……他人への干渉!? ちょっとまってミリアちゃん! それは魔導機なしだと、一般的に不可能とされる――」
「そこはまぁ、私のズルってことで……でも、これを杖で再現すれば誰だって円環理論を使えますよ」
「――――!!!」
ミリアのしたことは単純だ。
心を一つにすることが難しいのなら、無数にある心の中から、お互いが抱いているうち、同一のものを選びだせばいい。
そのために、感情を可視化させて、認識できるようにした。種類は無数にあるけれど、
だから、可視化させるこの魔導さえあれば、誰だって円環理論によるマナの供給が可能になる。
「ミリアちゃん、貴方は――」
「しっかり掴まっててください、先生。供給されたマナを使ってこのバリアを浮かせて……飛ばします!」
「――ミリアちゃん!!」
とんでもない、天才以上のなにかとしか思えないミリアの言葉に、ローゼは思わず叫んでいた。だが、ミリアはもはや止まらない。
シェードもまた、止まることをやめたのだ。
ああ、それは――
人類が、先へ進むということ。
「シェードちゃん、行きますよ!」
「うん、ミリアちゃん! どう、すればいいかな?」
「私が出した光の玉から、同じ色のモノを二つ選んで掴んでください。光の玉の色は逐一変化します。だから、片方が変わったらまた別の色を選んで、掴み直します」
「……わかった」
「私は、それで得られたマナで魔導を操作することに集中しますので、サポートはできません。……シェードちゃんが頼りです、頼みましたからね!」
「………………うん」
「なんか急に声が鈍りましたけど、シェードちゃん大丈夫ですか!?」
思わずミリアが、シェードの方を見る。
シェードもまたミリアを覗き込んでおり、二人の視線が重なった。
「だ、だってミリアちゃん……さっきから全然アホアホしてないんだもん」
「な――! 何をいいますかシェードちゃん! ミリアはいつだって真面目ですよ!?」
「えっ?」
「えっ?」
――そうして、二人は顔を見合わせて、
「ぷ、」
「あはは」
大声で、笑いだし初めた。
ああ、本当に、
「楽しいね、ミリアちゃん!」
「これから、もっともっと楽しくなりますよ、シェードちゃん!」
二人は、これからどんな未来を見るのだろう。
「――心を束ねて、想いと想いを力に変える!」
ミリアが作り、
「私達は、二人で一人! 互いに互いを思いやり、円環はここに完成する!」
シェードが支える、
これが、未来だ。
――ああ、とシェードは思う。
結局、ミリアのトモダチという感情は、解らなかった。解らなくても、二人は一緒だと、それでいいのだとミリアが教えてくれたから。
でも、シェードは思い出す。
こんなとき、どんな感情がふさわしいのか、あの最後の晩餐。母と初めて交わした言葉の中で――確かにシェードは教わっていたのだ。
(誰かを、大切だと思う気持ち。その人と、ずっと一緒にいたいという気持ち。お母様が教えてくれたこの気持ちの、名前は――)
「私達の――!」
ミリアが呼びかける。
その感情を、心に染み渡らせて、高らかに叫べ。
宿痾という害悪を、心という希望で打ち砕け!
故にシェードは、母から教わったその感情を、ミリアに向けて、叫ぶ!
「
「ゆう……きょえぇ!!?」
心のままに叫んだシェードは、ミリアがびっくりして、自分を見ていることはついぞ気付かないままだった。
直後、
世界は、恋によって、切り開かれることになる。