TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
なんとなく寝苦しい。
この世界は気候が色々ぐちゃぐちゃなのと、そもそも魔法で空調は完璧だから、そうそう寝苦しいなんてことはないはずで、だったら自分の体調が悪いのかとも考えるけど、自分は戦姫だからそれもない。
じゃあ何かって、そんなもの起きてみないとわからない。
しかし、しかし猛烈に起きたくない。
そんな不思議な感覚に囚われているミリア・ローナフは私です。
こう、起きないと大変なことになるとわかりきっているのに、起きれない不思議な感覚。私はなんで起きたくないのかもわからない、まどろみと寝ぼけまなこに支配された感覚。
いえ、そんな生易しいものではないですね。朝の至福と地獄を同時に味わうあの感覚ではなく、もっと原始的な、根源的な恐怖とも言うべき感覚です。
これは、これは……行くしか無いのか、いやでも行きたくない。いったら絶対に後悔する。このまま寝たふりをして朝を待つのが最善ではないのか。もしくは睡眠魔法でぱたんくーくーするべきではないか。
そんな感情は、けれども更に膨れ上がる寝苦しさと、起きなければもっと後悔するという感情でなんとかねじ伏せる。
行くしか無い。
行くぞー、
行くかー、
……やっぱ行かなくて良くない?
……行くんだってば!!
目を開けた。そして目の前には自分に添い寝するローゼ先生がいた。
「い、いやッ――!」
「静かに、皆起きちゃうわよ」
叫ぼうとして、そっと口元に人差し指を当てられた。
人類の根源的な恐怖、食べられてしまうのではないかということへの嫌悪。もう何から何まで酷いことになっている心臓と、落ち着かない呼吸。
私は今、人生最大のピンチを迎えている――!?
「別に変なことはしてないってば、よく見て?」
「う、うう、うううう!」
叫ぼうとして、それを防がれながら、恐る恐る布団をめくる。寝る前に来たウサギさんのパジャマに乱れはなく、自分が何もされていないことは魔法で検査すればすぐに分かる。
だからこそ、それが解ったとき私はそれはもう大きなため息を零した。それはもう、それはもう大きく。
「ごめんなさい、ごめんなさいって、そんなに驚くとは思わなかったの」
「明日、お祖母様に報告させていただきます」
「ちょっとまって!?」
流石にお祖母様に報告する、というとローゼ先生は焦ったのか、起き上がって弁明をしてくる。想像通り、ローゼ先生にとってお祖母様の存在は非常に苦手とするものらしい。
カンナ先生を数倍真面目にした感じの人だ。冗談は一切通じないだろう。特にローゼ先生のことだから、多分前科持ち。
「それで、こんな夜更けに何の御用ですか? ちなみにツーアウトですので次になにかあったら即お祖母様です」
まぁ、実際に何もされていないというのなら、とりあえず話を聞くだけの度量は私にもある。
「も、もう。ちょっとお話をしたいだけよ。……真面目なお話だってば」
お話、というところでちょっと視線を鋭くすると、更にローゼ先生は弁明した。びびび(疑惑の目線)。
「カンナ先生のことですか?」
「正解、会議のときにカンナが異議なしって言わなかったの、気にしてたみたいだから」
「……とりあえず、ベランダで話をしましょうか」
私はそう言って、ちょっと眠い目をこすりながら言う。起こされたことへの文句はあるが。流石にカンナ先生のこととなると、話を聞かないというわけにも行かないだろう。
むくりと体を起こして、ベランダに出る。
外は、夜風が心地よい。戦姫であればそんなの気にしなくてもいいのかもしれないが、こういうのは雰囲気がとても大事だ。
セントラルアテナは、半分が地下、半分が地上に存在する建築になっている。宿痾くんたちが汚れを嫌うので、まぁ気休め程度に隠れるために人類は地下を集落にしている。
もちろん、本当に気休め程度なので地上にも集落は存在するし、どちらも人は普通に暮らしている。
そして、私達がいるのは地上。空がよく見える、塔型の建造物であるセントラルアテナの中でもかなり上層にある部屋だった。
貴賓室、というやつらしい。
「……はぁ、なんか懐かしいわね。昔、ライア隊長が居た頃、この部屋に泊まったことがあってね」
「なにか大きな作戦を成功されたんですか?」
「正解。なんと非生存圏を奪還して生存圏にしたのよ。当時としては本当に大勝利といっていい戦果ね」
「ははぁ、そりゃカンナ先生たちは特別扱いされますよ」
今となっては、ほとんど小さな国一つ程度となってしまった人類の生存圏。外に出ようとすれば専用の装備なしでは汚染がやばいという、よくある末期なアレによって、私達はこの檻の中に閉じ込められている。
正直、今この世界の覇権を握っているのは宿痾くんたちで、私達はそれに生存を許されているという立場なんだろう。
百年近い時間をかけて、じわじわと真綿でクビを〆られるように追い詰められて、けれども人類が生存しているという事実。
宿痾くんたちの下品で低俗な感性で、私達という玩具を我慢できるとも思えません。
なにかある、というのは人類側の共通見解なのですが……まぁ、今は置いておきましょう。
「カンナは、すごい優秀な戦姫よ。今、世界で一番強いと言われても、否定されない程度には。もちろん、ミリアちゃんは例外だけど」
「別にそこで特別扱いされても、私は気にしませんよ?」
「気にする人もいるのよ。カンナはそれくらい長い間、人類の希望をしてきたんだから」
カンナ先生を信奉する人にとって、私はポッと出の救世主なのだろうか。もしそうだとしたら、なんとも変な話ではあるけれど、私としては別にそれでも構わない。
私が世界を救っても、カンナ先生が世界を救っても、もっと言えばシェードちゃん(推定メインヒロイン)が世界を救っても構わないのだ。
この世界が救われて、皆が笑顔になってくれるなら、私はそれが嬉しい。
「でもまぁ、それを続けすぎて疲れちゃったのね。カンナは前線を退いて教師になった。もちろん、今でもカンナは最強で、いつでも前線に戻れるだろうけど……アルミア先生はそれを許さなかったの」
「……教師になったのは本人の希望じゃないんですか?」
「そうね、むしろ私には色々と不満を零してたわ。あの子は、前線で戦ってるほうが基本的には向いてるから」
少し意外だった。
お祖母様がカンナ先生を前線から一度遠ざけるというのは理解できる。それにカンナ先生が不満をいだいたという事実だ。
あの人はとても真面目だし、それにお祖母様の限界オタクだと思うのに。
「どれだけ尊敬する人の言葉でも、受け入れられないものは、案外受け入れられないものなのよ。カンナはね」
「そうなんですか?」
「ええ、実はカンナって、ミリアちゃんが思うほどいい子じゃないの」
「そう、でしょうか……」
私が思うカンナ先生像。カンナ先生って、どんな人だろう。真面目な人、責任感が強い人、そして……頑固な人。
「……先生は、まだ私への教導を諦めていないみたいです」
ぽつり、とつぶやく。
これは真面目な話。私のアルテミスでの立場はちょっと複雑だ。教師の人たちは皆こぞって私に魔導を教えたがらない。なぜかって言われれば、帰ってくる私の返答がトンチキだからなんだろうけど。
でも、正直そこはしょうがないんじゃないかとも思う。私は自分の考えを変だとは思わないけど、多くの人にとってそれは変な考え方なんだから。
決して、もう私は教われることがないから、ではないはずです。まだ、世界には未知が色々と眠っているはずです! ですから諦めたように首を振らないでくださいローゼ先生!
ともかく、カンナ先生だけは例外だ。あの人は、今も私に魔法を教えようとしてくれる。なんとか、少しでも知識を伝えようと苦心してくれている。
「正直、頭が上がらないです」
「別にあげてもいいのよ、どうせ大した理由で意固地になってるわけじゃないんだから。むかしから、しょうもない理由でへそを曲げるヤツなのよ」
「……そうは見えませんよ」
「見せてないだけ。あの子の厄介なところは、外面の良さ。猫かぶりの旨さね」
猫かぶり……猫かぶり。
よくわからない。そもそも猫ってかぶるものではなくて、愛でるものでは?
それに……
「……先生だって、別の意味では猫かぶってますよね?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「先生って、すっごく真面目なのに、すっごく真面目にすっごく変な人をしてるようにしか見えないんですもの」
頭のいい人が、変人だからっていつだって変人ではないはずだ。
特に先生は大事なときでは、変態性は一切顔を出さない。場所を選んでいる、そういう風に周りに見せている、という意味では先生だって猫ちゃんだにゃん。
カンナ先生とローゼ先生は猫ちゃん仲間だってことにゃん。
にゃにゃん。
「そういう風に見られてたの? 後そのポーズは何?」
「にゃんですにゃん」
にゃんにゃん。
「……そうね。貴方を見てると、私は変人のふりをしているだけ、としか言えなくなるわね」
「にゃんですとー!?」
暗に私は根っからの変人だと言われたことくらい、私にもわかります。
ぷんすこぷん、変って言われたら私でも怒るんですよ! にゃん。
「ちなみに、カンナ先生って私のことをどう思ってるんですか? 本当は」
「そこは秘密、あの子にもプライバシーってものがあるわ」
「ですよね」
ちょっと聞いてみただけだ。
もし話してくれたとしても、聞かなかったと思う。
しかしそうか、カンナ先生も色々と大変なんだな。真面目で、すごい人だとばかり思ってたけど、案外そうではないのかも知れない。
昼間の限界オタクっぷりをみても、そう思う。
だから、とりあえず私から言えることは唯一つ。
「別にそれでもいいんじゃないですかね、カンナ先生も、ローゼ先生も」
「……そう思う?」
「ローゼ先生が私に話をしようと思ったのは、カンナ先生を守るためなんですよね? 私に予め相談をして、もしもの時カンナ先生が爆発しても、幻滅させないために」
「…………」
「わかりますよ。いえ、そこを見抜いたのはシェードちゃんなんですけど」
シェードちゃんのいう、ローゼ先生はカンナ先生の限界オタクに嫉妬している。自分も同じように見てほしいとは言わないけれど、一番に見ているのは自分であってほしいという感情。
こうして話をしてみれば納得だ。ローゼ先生は、いつだってカンナ先生を優先して行動している。
「……あの子も、大概ミリアちゃんに染まってきてるわね」
「あの、人を染まったらまずいものみたいにいうの、やめてもらえます?」
「え?」
「え?」
コホンコホン。
私は咳払いをして、ローゼ先生はそれを苦笑しながら見る。
「まぁ、どっちにしろミリアちゃんとシェードちゃんはすっごく仲良くなったわね」
「当然です。私達は友人ですからね」
ふふん、と胸を張る。私はシェードちゃんのためならいろんなことができちゃいます。イケメンをシェードちゃんから遠ざけたり、イケメンの動向を気にかけたり。
「そう、友人。ミリアちゃんの不思議言語なんだ、って思ってたんだけど……ねぇ、ミリアちゃん」
「不思議言語ではないですが、何でしょう」
こちらを見るローゼ先生を見返す。身長差でちょっとムカムカしちゃいますが、私は大人なので何もいわない。
そもそも、ローゼ先生の顔は真剣そのものでした。だから、私もふざけずに話を聞きます。
「“親友”って言葉を、ミリアちゃんは知ってる?」
「……? ローゼ先生とカンナ先生のことですか?」
「ふふ、そうね。そう言ってくれると嬉しいわ。……昔、ライアに言われたのよ、私とカンナは親友だって」
「よく知ってましたね」
「なんで知ってるのかは、本人もよくわからないんだって」
この世界は、露骨に友情という言葉が概念からして抜け落ちている。
そんな世界で親友という言葉を知っているライアさん。実は大物かも知れません。
「親友……というのは、私の中の定義ですが、お互いに心を通わせた――一心同体の存在、といった感じですね」
「重いわね」
「でも、二人にはピッタリですよ」
「いえ、私達は……円環理論を形にできなかったし――」
「それは知らないものを知らないのにやろうとしたからですよ」
自転車の概念を知らないのに、自転車を運転できる人は居ない。
知っていれば、如何様にもできるくらいに先生たちは天才で、けれども知らないからこそ何かが一つ足りなかった。
ともあれ、脱線した。
「その上で――私はこうも思います」
「……どう思うの?」
「二人でなら、
――きっと、私とシェードちゃんが親友を名乗ろうとしたら、シェードちゃんは遠慮してしまうと思う。多分シェードちゃんは、自分を守られる側だと思っているはずだ。
その点、カンナ先生とローゼ先生は、まさしく一心同体、比翼連理。それはもうお似合いの二人だ。
「……ふふ、そうかしら」
「そうですよ!」
ローゼ先生は、少し考え込んだ後、うなずいた。
なんとなく、今の答えで納得してくれたようだ。私も笑顔を浮かべて、うなずき返す。
「ありがとね、ミリアちゃん。こんな事聞いてもらっちゃって」
「いいんですよ。こんな事相談できるの、私くらいなんですよね?」
「何から何までお見通しか、ミリアちゃんには敵わないわねぇ」
「敵う、敵わないじゃないと思いますけどね」
私もローゼ先生も、同じ目標に向かって進む者同士だ。
戦姫として、これくらいは当然の役目である。
――と、そこでローゼ先生が白衣をパタパタさせはじめた。
うん?
「ところでミリアちゃん、なんだかここ蒸し暑くない?」
「そうですか?」
「蒸し暑いのよ」
うん??
「だからお洋服ヌギヌギしましょ?」
「……お祖母様あああああああああああああ!!!」
――翌日、ローゼ先生はセントラルアテナの収容所というところで一夜を明かすことになりました。
照れ隠しでも、やっていいこととやっちゃいけないことってあるんですよ!!