TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
記憶の中に、彼女は居た。
赤髪の少女、大胆不敵に笑みを浮かべて、まるで日常のように戦場を駆ける。
それでいて心根は誰よりも誠実で、真面目で、純粋だった。
自分のようなまがい物とは違う、本当の希望はああいう少女なのだと、カンナは思っている。
『カンナとローゼは、親友って言葉を知っている?』
『親友……?』
『え、全然わかんない、どうしたのライアちゃん』
――ライアは、時折そんなことを言い出す少女だった。
『私もよくわからない。ただ、素敵な言葉だと思った。その言葉を知っていれば、きっといいことが起きる。きっと』
『……隊長がそういうなら、そうなのかな』
『カンナは隊長のことを信用し過ぎよ、この人はそんなすごい人じゃないって。今日も紅茶に砂糖を一つ多く入れてたし』
『入れてない』
口をまっすぐ棒にして、やっていないとライアは嘘を吐く。
そんなカンナを、ローゼは楽しく笑いながら、頬を突く。
周りの隊員もなんだなんだと集まってきて、自然と一つの輪ができた。
『でも、親友という言葉が似合うのは、あなた達だと思った』
『……そうなの?』
『私に聞かないでよ』
ライアのよくわからない話に、カンナとローゼ。そして隊員たちはクビを傾げる他はない。しかし、否定はできなかった。
確かに、親友。そう呼び合うことで、カンナとローゼはなんだか胸が熱くなる。
『ふふ、いい言葉ね。親友』
『でしょう』
カンナがそう返すと、ライアは笑みを浮かべてぐっと親指を立てた。そんな様子に、少女たちはわいわいと賑わいながら言葉を交わす。
それは、今からずっとずっと昔の話。
『――だから、カンナ。ローゼ』
『なぁに? 隊長』
『なにかしら、隊長』
まだ、少女たちが限界を知らなかった頃。
『君たちが親友である限り――きっと君たちは、最後の限界を、越えることができると私は思うよ』
明日が、当たり前のようにあると、そう信じていた頃の話――
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「なん、で……隊長……」
目の前に、隊長がいる。
格好はだいぶ変わっているけれど、顔立ちは変わらない。あの頃のまま、記憶の中にあるライアそのもので、カンナは思考が停止していた。
「何が何だか……っく、しつこい!」
そんな間も、宿痾たちはやたらめったらに暴れまわっている。
呆然としているカンナの分まで、飛んでくる宿痾を吹き飛ばす。かなりきついが、しかしあれはしょうがないだろうとローゼは思った。
死んだと思っていたライアが生きていた? しかもまるでアレは――
その時だった。
『ローゼさん、聞こえていますか?』
「――アルミア先生!?」
通信。
それは、地下へ向かったはずのアルミアからのものだった。そういえばそうだ、地下はどうなっている? あそこにはアルテミスシリンダーがある。ミリアがいれば万が一はないだろうが、まさか――
『よく聞いてください。私達は無事です。貴方達は地上の宿痾を掃討してください』
「地上の……って、ご存知なんですか?」
『ミリアさんから聞きました』
「わかりました。ご指示をお願いします」
ミリアの名前が出されたので、ローゼは質問をやめて指示を聞く姿勢に回った。だってミリアがそういうのだから、もう色々なものがしょうがないのだ。
ローゼはとても良く知っていた。
『地上に、人型の敵性存在が居ますね?』
「……はい。ライア隊長が」
『……そうですか。であれば結構。彼女を無力化してください』
「…………具体的には」
アルミアがどこまで知っているのか、気になることは増えたが、しかし同時に、ライアの名を聞いた時の沈黙に嘘はなかった。
『敵の行動パターンは私にもわかりかねます。姿を隠したまま本拠地に乗り込んでこられる、以上の情報はありません。ですが、その肉体は間違いなくライアさんのものであり、破壊すれば救出は不可能になります』
「……つまり」
『殺さぬよう、拘束する必要があります。やってくれますか?』
「無茶です。……ですが」
ローゼは思う。
相手は得体のしれない敵、知識のあるアルミアとミリアは地下で何かをしている。指示があったということは、しばらくは二人は地上にこられないということだ。
だから、自分たちが――地上にいる戦姫がやるしかない。
無茶だ。
しかし、
「やってみます。……ミリアちゃんには、負けてられませんから」
――きっとミリアは、地下を片付けてやってくるだろう。
ミリアにだけ任せておくことは出来ない。だから、やるしかない。そう、自分たちも人類の守護者――戦姫なのだ。
だから、負けていられない。
そうローゼは返した。
そして、
<――そうか、やはりお前か、アルミア・ローナフ>
声が、した。
それは――一瞬言葉であるということが理解できなかった。人とは違う、明らかに別のなにかから発生される異物感混じりの声。
しかし同時に――
「ライア……隊長」
紛れもなく、ライアの声だった。
<殺してやる……アルミア・ローナフ!! アルミア・ローナフ!!!>
焦りと怒りに満ちた、殺意の言葉。
やがて、殺意の主は、こちらを見下ろす。
<お前達もだ……カンナ! ローゼ!!>
「……どういう、こと。ライア隊長……どういうことよ!!」
「落ち着けカンナ、アレはライア隊長じゃない!」
「でも!!」
<うるさい、何を言っている! ハッ、お前たちもオレに殺されたいんだな。――いいだろう、蹂躙してやるッ!!>
――その時、ライアの姿をした何かが動いた。まずい、と直感的にローゼは理解して向き直る。ライアのような何か――仮称偽ライアは、一目散にこちらへと突撃してくる。迎え撃つか、避けるか。
ローゼは感覚的に後者を選んだ。嫌な予感、というのはバカにならない、大きく距離をとって、突撃を避けた――はずだった。
しかし、
気がつけばローゼの右腕は吹き飛んでいた。
「なっ――!」
驚愕、カンナが絶望に満ちた顔でそれを見ている。ローゼは顔をしかめながら歯を食いしばり、即座に魔導を行使する。
「ぐっ――腕が吹き飛んだくらいで……何よ!」
言葉とともに、光が腕を形成し、再生する。痛みは幻肢としてそこにあるが、すぐに忘れる。ローゼは乗機を反転させながら偽ライアに向き直った。
<チッ、運のいいヤツだ>
「あいにくと、これくらい悪運強くないと、この年まで戦姫はできなくってね!」
向き直る。今度は偽ライアは見下ろすのではなく、正面から向き合う形になった。だからこそ、彼女がライアであるということがよく分かる。
間違いようのないほどに、彼女の顔はライアそのものだった。
「隊長……答えて隊長! 何がおきているの!! 隊長は無事だったのよね!」
「落ち着いてカンナ! アレは隊長だけど、隊長じゃない! 聞いて、カンナ!」
「でもローゼ!!」
カンナは錯乱している、
――ああこれは、もとより限界だったのだろう。英雄として触れ回ることに疲れ、希望としての立場についていけなくなっていたカンナは、偽ライアという幻想じみた存在によって、限界を迎えている。
心が、持たないのだ。
<く、クク……ククク! そうかそうか! お前達、この身体の知り合いか。なんとも、奇遇なこともあるものだ! そうだぞ、そのライアというのは確かにオレだ。今のオレの宿主だ!>
「宿主……」
アルミアが言っていた、肉体はライアのもの……というのは確かなようだ。
<まぁ、今はオレの物だがな……クク、知り合いだというなら、どうする?>
「どうするもこうするも……」
ローゼは、乗機を動かす手に力を込める。ここまでくれば、やるしかない。何より、こいつがここにいると地上の救援に迎えない。こいつはここで倒さなくてはならない。
だが――
<いいぞ、来るがいい。――知り合いであるお前らに
「――!!」
――カンナは、ライア隊長にたいして杖を向けられるかどうか。
無理、だろうなとローゼは思った。普段のカンナならばともかく、今のカンナのメンタルでそれは、あまりにも荷が重すぎる。
「殺さないわよ……」
だからこそ、ローゼは乗機を動かし始める。
「絶対に殺さない。生きて連れて帰る。カンナが前に進むためには、それしかない」
「ロー、ぜ?」
「――見てなさいカンナ。あのバカ隊長は、私が助ける」
<ククク、バカを言うなよ、ローゼ・グランテ!!>
かくして、上空のチェイスは、始まった。
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――夢を、見ていた。
カンナとローゼは、グランテの家で生まれた。
カンナはグランテの人間ではなかったが、グランテにとってカンナはローゼと同じくらい大切な子供だという。どういうことか、というと少し難しいけれど、カンナはローゼの母の親友が産んだ子らしい。
親友、というのは後にライアに教えてもらった言葉だけれど、自分とローゼを、その両親を評するのに、これほど確かな言葉も無いと思う。
カンナ達は、常に一緒だった。
楽しみも、哀しみも、苦しみも、痛みも。全てともに分かち合って生きてきた。一心同体。二人なら何でもできると、信じていたのだ。
あの時――ライアが犠牲になったあの作戦までは。
そこで、カンナとローゼは逆転の一手として、相互円環理論を実践した。宿痾の群れに消えたライアを救うために、この状況をひっくり返すために、自分たちの一心同体をベットして一世一代の大博打に打って出て、
失敗した。
それからだ。カンナとローゼがどこかすれ違い始めたのは。
カンナは英雄として前線で戦い、ローゼは教師として前線から退いた。そして今から少し前、カンナもまた学園にやってきた。アルミアの指令だった。
そこで出会ってしまったのだ。
カンナも、ローゼも。
かつて夢見ていた希望。明日があるという本来ならば当たり前だったはずの事実を、心の底から信じる光。
ミリア・ローナフという少女に、二人は出会ってしまった。
結局。
ミリアはその希望を現実にした。主の討伐という、自分たちではなし得なかった偉業を引っさげて。
きっと、彼女は世界を変えるだろう。そして自分は、それを甘んじて受け入れる。そう、思ってしまった時、きっとカンナは――
ミリアという少女に、どうしようもなく嫉妬してしまっていたのだ。
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「ぐ、あああ!」
地上空中の戦闘は一方的だった。
ローゼは飛び回りながらも、吹き飛んだ左足を再生させる。これで何度目かも分からない再生。円環理論でマナが供給される現状でなければ、容易にローゼは力尽きていただろう。
<ククク、どうしたどうした!? その程度か、お前の覚悟とやらは!>
――偽ライアは、一切の傷なく健在だ。
ローゼは魔導で牽制する。
それらは偽ライアの目の前で弾かれて、届かない。どういうわけか、あちらは素手のはずなのに攻撃のリーチが長い。どころか、ああして腕を動かさずに攻撃を防いでいる。
「まだ、まだ――!!」
叫び、ローゼは再び突撃する。
そして、また怪我をした。
それを――カンナはただ呆然と見ていた。
やめて――と、そう呼びかけたい。
しかし、口から言葉が出てこない。
「まだ、……終わってない!」
<いいや、終わっている! それがお前達の限界なんだよ! お前達では、オレたちは倒せない!!>
限界。
ローゼが飛びかかり、そして偽ライアに一蹴されるたび、カンナはその言葉を反芻する。
無茶だ、偽ライアの言う通り、ローゼでは彼女を倒すことはできない。それが限界なのだ、と。
――であれば、自分は?
それも、無理だ。
限界。その言葉を、カンナはどうしようもなく知っている。
あの時、ライアを助けられなかった時。カンナとローゼが、心の底から一つになることが出来なかった時。
カンナはどうしようもなく行き着いてしまったのだ。
「――――
しかし、ローゼは叫ぶ。
まるで、それは、
「違う! 私達は限界じゃないわ! だってまだ、私達は生きているのよ!?」
――それは、カンナに呼びかけるようだった。
「生きているなら、限界じゃない! 諦めないなら、限界は越えられる!」
<無駄無駄! 限界なんだよ!!>
――そして、また吹き飛ばされる。
もうやめて、貴方はこれ以上傷つかないで。言葉にしたくても、カンナは一向に口からそれが出てこない。
一瞬。
ローゼは意識が飛んでいたようだった。
慌ててカンナは回復の魔導でローゼを修復する。万全に戻ったローゼは、カンナに笑みを浮かべてから、上空の偽ライアを、睨みつけた。
「――仮にそれが!」
そして、叫ぶのだ。
「限界だとして!!」
ただ、純粋に、
「だったら、その限界を越えればいい!!」
――カンナを鼓舞するように。
「私には、まだカンナがいる。カンナには、まだ私がいる! だから、私達は終わってない。たとえ、一度立ち止まったとしても、
――その言葉は、
「だって、私とカンナは!」
ミリアがシェードに贈り、そして、
「今もまだ、大切な
ローゼもまた、受け取った言葉だった。
<ならば――>
だが、そんなことは偽ライアには関係ない。
あくまで、無慈悲に、ローゼとカンナを、壊そうとする。
<どちらもまとめて、消えてしまえ>
偽ライアは、一瞬にしてローゼの後方へと回り込んだ。
それはつまり、
「しまっ――」
――思った以上のスペック。偽ライアはここまでそれを温存していたのだ。
結果、最高のタイミングで、最悪の状況を作り出す。ローゼは、対応できなかった。
だから、
「……じゃない」
――見ていることしか、できなかった。
「――限界なんかじゃ、ない」
カンナに迫った偽ライアの一撃を、カンナが受け止めていた。
素手であるはずなのに、どういうわけか攻撃を防ぐ偽ライアの挙動。その正体は――透明の小型宿痾。当たり前と言えば当たり前だ。偽ライアはここまで、宿痾を透明化させて運んだのだろうから。
自分だけでなく、宿痾を透明化することができると考えるのは自然。それを操って武器にする、というのも。
だが、そんなこと――先程から戦闘に関わっていなかったカンナに、解るものか?
そう。カンナは宿痾を受け止めているのだ。
受け止めた手を血だらけにしながら、それでもハッキリと、
偽ライアをにらみながら。
「私の
――それは、悩み続けたカンナにとって、最後の道標。
未来なんて、わからない。希望なんてとうに潰えた。
それでもまだ、カンナの親友はそこにいる。
それはカンナに、限界を越える一歩を踏み出す、最後の力を、少しだけ与えた。