TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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3 “悪役令嬢”
27 始動


<ふざけんな! 何がボクとは違うだよクソアニキ!! あいつのせいで全部おじゃんじゃないか!!>

 

 どことも知れない場所で、“弟”は荒れていた。

 そこは宿痾操手たちの本拠地とも言うべき場所で、弟は周囲のものを破壊しながら、ひたすら無様を晒した兄への暴言を撒き散らしていた。

 

<お、おちついてよ……>

 

<黙れ!! そもそも姉さんが最初の主撃破のときに、犯人を特定できなかったのが原因じゃないか!! 姉さんも兄さんも、どいつもこいつもやくたたずだ!!>

 

<ぃぅっ!>

 

 それを、なんとか一人の少女が宥めようとしていた。

 紫髪の少女は、刺繍の入った戦姫の軍服を身にまとい、ツリ目の険しい顔つきをしている。しかし、実際には暴れまわる弟に、気弱に声をかけて怒鳴られると身をすくめさせていた。

 そんな姉に、弟はひたすらに当たり散らす。

 

 明らかに、普段からそういった物言いをしていることが見て取れる関係性だった。

 

<姉さんがやくたたずのゴミクズなのが悪いんだよ? ただでさえ何の価値もないのに、宿痾操手をさせてやってるのに、感謝の一つもないわけ?>

 

<ご、ごめ……ごめんなさ……>

 

<謝罪なんて聞いてねぇんだよ!!>

 

 弟は叫び、姉を蹴り飛ばした。

 

<きゃあ!!>

 

 悲鳴とともに姉は地を転がって、やがて弟を見上げた。

 恐怖。

 姉の顔にはそれが浮かんでいた。

 

 それに少しだけ溜飲が下がったのか、弟は意識を別の場所へ向ける。そこに――

 

 

<もー、下お兄ちゃんは上お兄ちゃんとお姉ちゃんに厳しすぎだよー>

 

 

 そんな二人のやりとりを、呆れた様子で眺める幼女が居た。

 金髪の、童話の絵本から飛び出してきたような少女――

 

<――アイリス>

 

 弟は、彼女の名を呼んだ。

 少しだけ、そのことに歯噛みするような感情を滲ませながら。

 

<んふふ、そうだよアイリスだよ。えへへ、下お兄ちゃんはどうしてそんなに怒ってるのー?>

 

 アイリスはクスクスと弟をからかうようにしながら、その周囲を回る。

 弟は、そんな妹の様子に苛立ちを滲ませながら、けれどもそれを口に出さず答える。

 

<こいつらの失態だ。こいつは最初の主討伐を重要視しなかった>

 

<あ、あれを軽視したのは私じゃ……>

 

<黙ってろ、お前が関わってることは全部お前が悪いんだよ。でもって兄さんは……僕たちのこれまでの努力を全部無駄にした>

 

 鋭く姉をにらみながら、弟は大きく大きく、沈痛なため息を零した。

 宿痾操手は、これまでその存在を人類に知られないよう行動してきた。危ないときはあっても、なんとかカバーしてきた。

 それが――ここで全てダメになった。

 

<あはは、上お兄ちゃんは酷いけど、でもしょうがないよぉ>

 

<そもそも、兄さんはどうして起きてこないんだ。肉体から引き剥がされたとしても、すぐに起きてこれるだろ>

 

<だから、しょうがないんだってばぁ>

 

 アイリスはくるりと弟に背を向けて、顔だけを振り向かせながら妖しく笑う。

 

 

<相手はケーリュケイオンだったんだもん>

 

 

<……何?>

 

<思いっきりケーリュケイオンに限界突破でふっとばされちゃってるねー。それに、今は戦姫の在庫もないんだ。こないだ全員腐ってたから処分しちゃったし>

 

<ちょっとまてよ、ケーリュケイオン!? それは()()()()()()()()()()んじゃないのかよ!>

 

<そーだよ?>

 

 幼い少女は、年齢相応の笑みを浮かべながら弟の周りを駆け回る。弟の顔は、明らかに焦りに満ちていた。

 

<あれが再生したって、それじゃあ月光なしでも人類が僕たちに勝てるってことじゃないか! ズルだろそんなの!>

 

<かもねー>

 

 アイリスはそんな弟の焦りなどどうでもいいかのようだ。

 他人事のように笑いながら、弟を煽るように視線を向けている。

 

<どうする? それがあると()()()()()()下お兄ちゃんたちは、とってもまずいよね?>

 

<まずいなんてものか! 下手すると兄さんはもう二度と起きてこれないかもしれないんだぞ!>

 

<場合によっては、下お兄ちゃんもね>

 

 弟は、その言葉にまた周囲へ当たり始めた。怒りと焦り――そして隠してはいるが、たしかに恐怖を感じながら弟はギリ、と唇を噛む。

 

<それで……どうするつもりだ>

 

<どうするって、私は何もしないよぉ。そういう約束だもん。月光が目覚めるまで人類とのゲームはお休み。お兄ちゃんたちとの約束だよ?>

 

<ぐっ……>

 

 一瞬、弟は姉の方を見た。地に伏せたまま、怯える様子で弟と妹の会話を聞く姉。この中でヒエラルキーが最も低いのは彼女だが、同時にもっとも弟が信頼していないのも、彼女だった。

 つまるところ、弟は一瞬姉に任せるか考えたが、取りやめた。

 

<……なら、ボクが行くしか無いか>

 

<おー、頑張ってねぇ>

 

 ――弟には選択肢がなかった。

 アイリスはそんな弟をからかいながら手を叩いて応援する。それを、弟は忌々しく思いながらも口には出さず、その場を離れる。

 

<父様に許可をとってくる。それが終わったら――ケーリュケイオンの破壊に出る>

 

<応援はー?>

 

<いらない、ボク一人で行く>

 

 そういい切って、その場を後にする弟を見ながら、アイリスはとてもうれしそうだった。

 

<んふふ、下お兄ちゃんもやる気だしてくれて、嬉しいねお姉ちゃん>

 

<っ――そ、そうね>

 

 一瞬、びくりと肩を震わせた姉に、アイリスは構わず飛びついて、程よい形の胸に顔をうずめながら、しばらく姉の匂いを堪能する。

 姉は、完全に顔を蒼白にさせていたが、顔をうずめているアイリスは気が付かない。

 やがて、それをやめると、アイリスは顔を離して、それから姉により掛かる。

 

<これから、人と宿痾はどっちかがいなくなるまで、本気で殺し合うんだよ? 素敵だよね、お姉ちゃん>

 

<…………っ>

 

<えへへ、お姉ちゃんは可愛いなぁ。――ねえ>

 

 そして、姉の髪をなでながら、幼い少女は彼女の顎をくいっと持ち上げて――

 

 

<どっちが勝つと思う?>

 

 

 そう、問いかけた。

 姉は、それになにも答えず――やがて、アイリスは飽きたのか姉からぱっと離れる。そのまま、舌を出してぺろりと唇をなめ、

 

 妖しく、微笑んだ。

 

<んふふ、どっちが勝っても、きっととっても楽しくなるよ。世界は、悲鳴と懇願で綺麗になるの。ああ、楽しみだなぁ>

 

 ――微笑んで、そして、

 

 

 あざ笑っていた。

 

 

<ああ、また会いたいよ――ミリアお姉ちゃん>

 

 

 どこまでも、純真に。

 

 どこまでも、妖艶に。

 

 

 少女は、愛しくて愛しくて、愛しくて仕方がない少女の名を、呼んだ。

 

 

 <>

 

 

<――はぁ、アイリスはどこまで本気なんだ? そもそも、どうしてあいつだけが名前を持っている>

 

 “弟”は、アイリスから離れたことで大きく息を吐く。

 命の危機を脱したことで、安堵が心を支配していた。

 

<とはいえ……襲撃は決まった。父様の許可が出た以上、もはや後戻りはできない>

 

 そして気を取り直して弟はこれからのことを考える。アイリスは弟にとって、得体のしれない怪物であり、どれだけ考慮しても仕方のない存在だ。

 自分の想像など、軽く越えてくる存在のことなど、考えるだけで頭が痛い。

 

 だから、弟は弟のできる範囲で、現状を楽しむことにした。

 

<そして、決まった以上――ここからは、ボクがこの世界の主役だ>

 

 そう、人類に対して、これから宿痾操手は攻撃を仕掛ける。

 その主役が自分なのだ。役立たずの姉でも、得体のしれない妹でもない。

 

 自分こそが、人類の敵として君臨する操手の顔となるのだ。

 

<兄のような無様は、さらしてやるものか。ボクはやってやるんだ、そして、アイリスにボクの存在を認めさせて――人類を僕の足元に屈服させる>

 

 弟は、兄よりは愚かではないと思っている。

 兄は無策で――どころか、たんなる索敵のつもりで出陣し、結果引きずり込まれて殺されたが、弟は本気だ、策もある。

 

 ――そう、宿痾操手には使える手札が一つある。

 

<ははは、楽しみになってきたよ。ねぇ――ようやく会えるんだね。何年ぶりかな>

 

 宿痾操手の肉体は、戦姫。

 

 弟は、自分の体の持ち主がなんであるかを、知っていた。

 

 

<ああ、待っててね――――アツミ>

 

 

 そして、肉体の主が大切にしていた、ある戦姫の名前を知っていた。

 

 

 <>

 

 

 一方その頃、弟が狙いを定めたアツミ――及び、彼女が通う魔導学園では、

 

「た、たすけて、たすけてくださーい!」

 

「だあああ、やめろ! 近づいてくるなああああ!!」

 

 ――アルテミス屈指の天才にして問題児、ミリア・ローナフが今日も元気に暴れまわっていた。具体的には、

 

「この泡立て器が悪いんですよーーーー! ぶくぶくぶくーーー!」

 

「どこをどうやったらそうなるんだよ、クソボケー!!」

 

 自分の身長の数倍はある泡に包まれて、学園を侵食しようとしていた。

 逃げているのは、アツミだ。

 場所は学生寮が軒を連ねる一角の中庭、凄まじい勢いで増殖を続ける泡立て器の泡は、今にもアツミを飲み込もうとしていた。

 

「アツミ姐! 助けに来たっす!」

 

「あ、あ、あ、あつみ……ちゃ……だいじょ……ぶ!!」

 

 そこに、二人の少女がやってきた。

 魔導機を構え、泡に立ち向かおうと気合を入れている。

 

 小柄な、人懐っこそうな少女と、地味という言葉を体現したようなおどおど少女の二人だ。

 

「カナ! ナツキ! だめだ逃げろ!! 泡に飲み込まれるぞ!!」

 

「の、飲み込まれるとどうなるっすか!?」

 

 カナと呼ばれた小柄な少女がアツミの叫びに問い返す。しかし、答えたのはミリアだった。

 

 

「髪の毛が真っ白になります。ぶくぶくぶくー!!」

 

 

 泡の中から真っ白な髪を伴って顔を出し、また泡の中に消えていった。

 

「……あ、あれ……だいじょ、ぶなの?」

 

「一日すれば元に戻るとか言ってやがったが、どうだかな」

 

 アツミは叫びながら、二人の少女を庇いつつ後ずさる。

 泡が動きを止めたのだ。警戒しながらも、これが限界だろうかと三人は様子を見ている。

 

「……」

 

「……おい、どうしたナツキ?」

 

 ナツキは何かを考えていた。

 そして、ポツリと――

 

「…………アツミちゃんと、おそろい?」

 

 そう、つぶやいて。

 

 

 タン、と泡の中へと飛び込んでいった。

 

 

「ナツキーーーーーー!?」

 

 その凶行に、アツミは思わず叫ぶ。目の前で、自分と同じ院出身のクラスメイトが、おそろいなどとつぶやいてミリアの頭のおかしい魔導の産物に突っ込んだのだ。

 アツミは、現実を揺さぶられていた。

 

 ――ナツキとカナは、アツミと同じ院出身の戦姫で、ミリア隊所属だ。アツミにとっては家族と言ってもいい存在で、故に……

 

「……カナ」

 

「あ、アツミ姐……どしたっす?」

 

 正気を失った顔で、アツミはカナを見て。

 

 

「……お前だけでも、生きろ」

 

 

 そう告げた後、泡の中へと消えていった。

 

 

「あ、アツミ姐ーーーーーーー!!」

 

 

 結局三人とも泡に呑まれた後、シェードの通報で駆けつけたローゼによって泡は鎮圧されることになる。なお、ミリアは中庭の掃除と夕飯抜きを言い渡され、泣いた。


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