TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
アツミの周囲には、変わった人間が大勢いる。
ミリアを始め、ナツキもカナも、変わり者といえば変わり者だ。院出身ではないシェード以外の面々は普通といえば普通だが、最近ミリアに対する視線が怪しい。ついでにいうと、院出身の面々相手に遠慮なく接することができるのも、相対的にみれば普通ではないほうだ。
そしてシェードは完全に道を踏み外してしまった人間だ。
ミリアの言いたいことを、予め読んでいるかのように行動することがある。読心を持つアツミは、ミリアの擬音思考故に逆に思考を読めないと言うのに。
ミリアに順応してしまったミリア対応型人類、アツミはそんなシェードがミリアを除けばこの学園で一番やばいのではないかと思っていた。
そう、過去形。
最近もうひとり増えたのだ。やばい人類が。
――その日、アツミは朝早く起きて、外を軽くジョギングしていた。こういった運動は戦姫にはあまり意味はないが、精神安定に良いのでアツミは嫌いではない。
朝の日差しを受けながら、涼しい風を切って走るのは、アツミにとってはある種の快感だ。気持ちをさっぱりさせるには、やはり運動が一番だとアツミは考えている。
そんな、清々しい朝に――
アツミは罠にかかっている教員を発見した。
罠である。トラバサミだ。光のトラバサミ、魔導によって設置されたもので、これは主にミリアを求めて侵入してくるローゼ対策に設置されたものである。
効果があるのかと言われると、なぜかあるのだが、これを作ったシェードは果たして何を考えて作ったのだろう。そもそもナチュラルに一年はかかると言われる魔導開発に成功しないでほしい。
そんな罠にかかっていた教員は、しかしローゼではなかった。ローゼはそもそもここ最近ミリアに手を出そうとはしていない。いい加減学習したのか、それとも何かしら心境の変化があったのか。
後者ではないか、とアツミは思っている。なぜなら、今この罠にかかっている教師は――
「……なにやってんすか、
天才戦姫と呼ばれた、ミリア隊の担任でもあるカンナだからだ。
カンナはトラバサミに噛みつかれて、お尻を突き出すような感じで地面に張り付いている。顔が見えなくなっているのがなんともシュールだ。
アツミはガシガシと頭をかいて、そんなカンナにため息を吐きながら見下ろしている。今すぐにでもこのケツを蹴り飛ばしてやりたかった。
「わ、私はカンナではないわ」
「いやこっちは読心があるんすから、心の声がダダ漏れなんで隠しても無駄っすよ」
「……」
カンナは黙ったが、読心によってその心中は筒抜けである。
つまるところカンナは心底が変態なのだ。今もアツミに声をかけられ、アツミの才能に対して興奮している。彼女の何がそうさせるのかまではアツミにはわからないが、アツミにとってカンナはローゼよりも更にやばい変態であるという認識だった。
というかそもそもアツミはローゼを変態だとは思っていないが。
ともあれ、曰くカンナの心中は語っていた。アツミの読心は素晴らしい、相手の機微を理解できるということは、教育や指揮の場においては最高の適正だ、と。
「褒めていただいているところ悪いっすけど、アタシの読心はそこまで便利じゃないですよ。心を読むってことは、煩雑な心の情報を直で受け取るってことなんすから」
「興味深いから、聞かせていただいても?」
「その状態で真面目な話をしないでくださいよ……」
結局口に出して問いかけてきたカンナの尻に、アツミは冷たい視線を向けながら答える。なおカンナの尻は少しだけ嬉しそうだった。
「アタシの読心は、相手の考えてることをダイレクトに読み取るんです。これは単純な言葉というプログラムじゃなくって、思考というソースコードなんすよね、だから誰からみても解るものではなくって、純粋なナマの情報なんすよ」
「ナマ!?」
「なぜそこで反応した?」
アツミはトラバサミの上段に足をかけた。
「がああああああ」
「わかりやすく言うと、暗号ってことなんすよね、これを瞬時に解読しないといけないから、戦場で有効に使えるかって言うと、そういうわけでもないってことで」
ミリアは顕著だが、人は決して口に出して言葉にするように、明瞭に思考の中で言語を形成しているわけではない。無数の思考というパズルのピースを同時に頭の中に浮かべているのだ。
これがミリアであれば、他人には理解できない形状のピースを常に生み出しているということになる。他にもカンナならば、そもそも思考の中に生まれるピースが極端に少ない。
普通の人間がAからCまでを思考した上で言葉に変換するのに対し、カンナはAだけで残りの部分を省略したまま即座に言葉として出力することができるのだ。
なにはともあれ、アツミの能力は不便だった。
少なくとも、戦闘中に使えるとはアツミはこれっぽっちも思っていない。
「はぁはぁ……もっとやっていいわよ!」
「……はぁ、練度を上げればいつかは使いこなせるようになるって……そんな才能、アタシにあるんですかね」
カンナの言う通り、アツミの体は成長途中で、今も身長が伸びている。いずれはローゼのような体型に憧れなくもないが、現状そこまで伸びるかはアツミにも解らなかった。
なお、アツミは読心で得た思考を意図的に取捨選択しているので、まともな返答をしているようにみえるが、実際のカンナの脳内はもっとピンク色である。
「っく、何だかこの羞恥心が癖になるわね……!」
「いやいや、アタシのためだけにカンナセンセの時間はとれないっすよ、そういうのは、ミリアのやつにでもやってあげてください」
「ミリアちゃん!? どこ!?」
「いません」
――はたから見れば、話が全く噛み合っていないように見えるだろう。
その様子は、場合によってはカンナやミリアよりも、周囲からは異質に見えるかもしれない。流石にそれは心外だが、同じようにアツミが変人であると周りに思われていることを、アツミはよく知っていた。
「……ほんと、自分はミリアみたいにはなれないんですけどね」
そう、どこか自嘲めいてつぶやくアツミに、カンナは優しげな声音で、トラバサミに挟まれたまま言う。
「そんなことないわ。ミリアちゃんは流石に無理でも、貴方の才能はきっと世界に対して有用よ。戦姫というのは、戦姫になった時点で選ばれた存在であり、希望なの。貴方もその一人なのよ」
「希望……ですか。ミリアがいなけりゃ滅ぶしかない人類の希望なんて、アタシはなれるとも思いませんけどね」
正直なところ、他人に何と励まされようとも、アツミは自分の卑屈なところを直せるとは思えなかった。生来のものというのもあるのだろうが、もしもアツミが優れた戦姫だとしても、そのことに意味があるとも思えないのが、アツミにとっての本心だった。
もしも自分が優れた戦姫だとしたら、家族をあんなにも悲しませることはなかっただろうに。
「――特異なんですよ、アタシは。特異は戦姫のできそこない。正しい力の扱い方を生まれた時に習得できなかった落ちこぼれなんですから」
「特異は、そういうものではないのだけどね。それに、人には他人とは違う、普通じゃないところが一つか二つくらい、常にあるものよ」
「そっすね。まともだと思ってた人が、まともじゃなくなったりもしますからね」
ぐいぐい
「んああ」
どこか嬉しそうなカンナに、アツミはどうしてこうなってしまったのだろうと思う。カンナが優秀な戦姫を前にすると溶けることは、読心で知っていた。
しかし、初めてあったときのカンナは、それを口に出したり行動で表に出したりする存在ではなかった。それが今では、こうしてトラバサミに挟まれてアツミに足蹴にされている。
変化があったのだ。
それは一般的には好ましい変化であり、アツミにとってはどこか忌避すべきものだった。
カンナの変態化はそりゃあ誰にとっても忌避したいような変化だが、アツミはそもそも変化というもの自体が苦手だ。できることならこのまま、どこか退廃的だけれども滅びも繁栄もない、まどろみの中で息絶えたいと思っている。
どちらにせよ、カンナが変貌を遂げた理由は――
「ぬああああああああああああ! 皆さん避けてくださいいいいいいい!!」
突如として、蛙に騎乗した状態で降ってきた、ミリア・ローナフによるものであることは、語るまでもない。
落ちてきたミリアは、そのままカンナとアツミを吹き飛ばす。べとべとになってしまった服が、少しだけ透けていることに顔をしかめながら、アツミは落ちてきたミリアを見る。
「今度は何してんだよ……」
「か、蛙さんを現代に召喚したいな……と」
「ろくでもなさすぎるだろ! んで――」
アツミは吹き飛ばされたカンナの方を見ている。トラバサミから脱出したカンナは、勢いよく立ち上がる。こちらは何というかこう、いろいろなところがボロボロになっていて、どうにも戦場帰りという単語が脳裏をよぎる。
まぁ、頭の中は――
「ミリアちゃん!!!」
ミリアのあれやこれやでいっぱいなのだが。
「ぎゃーカンナ先生!? こんなところで何してんですか!!」
「いつものやつだよ、てめぇはそもそも何でこの時間にカンナセンセがいるのわかってて外で遊んでんだよ家ん中引っ込んでろよ」
ミリアはガクガクしながらアツミの後ろに隠れた。これが普段のミリアなら、悪いのはミリアだ。即座に首根っこを掴んで相手に差し出すだろう。
だが、今回は残念ながらカンナが相手である、アツミはミリアを庇わざるを得なかった。
なぜなら――
「心配しないでミリアちゃん」
――カンナには、変化があった。
セントラルアテナにミリア達と四人で出向いてからの変化だ。その変化は周囲にとって歓迎すべきことでもあり、頭の痛いことでもあった。
そもそも変化と言っても根本的にカンナの何かが変わったわけではない。カンナは変わらずいつもどおりで、そしてソレ故にカンナの変化は甚大な影響を及ぼすことになった。
端的に言おう。
「私は、貴方が生きているだけで満足よ」
――カンナはミリアにも限界化しはじめた。
ぐっとサムズアップをして、満面の笑みを浮かべたカンナは、パシャ(比喩表現)っとなって、地に還る。アツミとミリアは尊さによって息絶えたカンナへと、その場のノリで敬礼するのだった。
なお、数分後に蘇生した。