TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
この学校の少人数クラスは、クラス内での友情を育むためのものらしく、私達は住む寮も同じモノになった。この寮は上級生――この学園は二年制だ――も暮らしており、最大十六人で一つの共同体を作って生活するらしい。
残念ながら今は上級生が遠征……遠征? まぁ多分遠足ってことだろう。遠足にでかけていて不在だった。個人的には一気に知り合いが増えると頭がこんがらがるので、まずは同級生七名から仲良くなれて少しホッとしている。
そして、じゃあ実際そのクラスメイト達とは仲良くなれるのか、という不安もあるが、流石に私もそこまでコミュ障ではない。クラスメイトの子たちは全員いい子で、個性的で楽しい子たちだ。これからの学園生活が楽しみである。
なにより、お菓子をくれたし、お菓子をくれた。
お菓子、結構高級品だからね、私はニッコニコである。
さて、そうして始まった学園生活、最初のウチは座学と実習がメインだ。少しすれば実地での研修……つまり遠足ですね? 遠足があるわけですが、今の所は学園内から出ていない感じです。
ということは、必然学年主席の私が、その実力を見せつけるパートなわけで。私は天才なので、普通ならば教師くらいしか使えない超すごい魔法だって使えるのだ。
どれくらいすごいかっていうと、実習でお披露目したら、クラスメイトたちの開いた口が塞がらなかったくらい。あまりにも塞がらなかったので、こっそり溜め込んでいたお菓子をお返しに放り込んでしまったよ。
転生者とはチートを見せびらかす定めなのか……ふふふ、いやぁ私また何かやっちゃいました? ってなものである。
それにしても、どうして私達のクラスの実習は毎回教師が変わって、皆さんすごく覚悟を決めたような顔をしているのでしょうね?
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「もうだめだ! あのクラスの授業を受け持っていると頭がおかしくなる!」
「やめましょう、それは皆思ってることなのよ」
教師たちは悲嘆にくれていた。
この学園の教師は、この学園の卒業生であり、戦場を生き抜いてきたプロの戦姫と言うべきスペシャリストであり、何より戦場という地獄を生き延びてきた人間だ。
彼女たちが、地獄を見たことは一度や二度ではない。
そして、一度や二度ではないからこそ、彼女たちは地獄に慣れていた。
目の前で仲間たちが命を散らしても、自分だけが生き残ってしまっても、それでも前に進める胆力を持つことが出来てしまっていた。
しかしそんな彼女たちは、結果として別の方向に対する耐性は、削がれていたのである。
つまり――
「もういやあああああああ! ミリアちゃんへの授業は頭おかしくなるうううううう!」
今まさに、職員室の壁に張り付いて絶叫している新人教師が典型だろう。
この世の終わりと言わんばかりの表情で泣き叫んでいる彼女は、数年前まで戦姫として非常に優秀な活躍をしていた、いわゆるエースという人種だ。
この職員室にいる教師たちの中でも、更に優秀な部類。
経験の少なさはあれど、彼女だって間違いなく天才のはずなのだから、
――ミリア・ローナフの授業をする上で、適任は彼女のはずだった。
「落ち着きなさい! もうミリアへの講義を強制したりしないから! 教科書どおりに他の子に教えてくれるだけでいいから!!」
そうやって、この場にいる最年長の教師が新人教師を引き剥がそうと腰を引っ張っている。
まさしく阿鼻叫喚、それほどまでにミリアの授業は、彼女たちにとって異次元の領域にあった。
「……なぁ、聞いてくれるか」
「とても嫌だけど、いいわよ」
そんな新人教師たちの姿を見ながら、先程頭を抱えていた教師が、それに諦めを促していた教師へと呼びかける。
「魔導理論の基本というのは、エネルギーの変換だ。間違ってないよな?」
「……そうね、教科書の最初にも書いてあるわ」
この世界は、マナというエネルギーを変換し、現実に出力することで魔導という力を扱うことができる。あらゆる魔導理論の基礎中の基礎と呼べるものであり、これを理解していなければ魔導というのは正しく扱えているとは言えない。
「で、私達戦姫がマナを扱えるのは、マナに変換できるエネルギー、オドを体内に内包しているから。間違いないよな」
「そうね」
「ミリア・ローナフがそれを質問してなんと答えたと思う?」
「まって、ちょっと考える」
そういって、一分ほど考えた教師は、やがて自分なりに納得――は一切していないが、最低限理解できる――答えを出した。
「……愛の力で使える?」
「残念」
「じゃあ何よ」
ミリアが愛があれば世界を救えると事ある毎に言っていることは、教師の間では有名だ。愛、なんとも不可思議な話である。この世界で戦姫は魔導での妊娠出産がほとんどで、家庭をもつことは殆どない。極稀に家庭を持ったり、女性同士で子を育てることはあるが、大体の場合、親として子を産むことはない。
だから、愛というと彼女たち――教師にとってすら――縁遠い代物だ。
それでも、愛を口にするあたり、ローナフ家はよほど特殊な教育をしたのだろう、ともっぱらの話題だが――
ともかく、答えは違うらしい。
故に促すと、端的にそれは帰ってきた。
「お餅を囲炉裏に入れると爆発するから、らしい」
「……?」
「囲炉裏っていうのは、極東の特殊なかまどで、餅はかつてあった祝祭の儀式に使われる……」
「いや、そこじゃなくって、なんて?」
「だから、餅を囲炉裏に……」
「原理を説明して頂戴!」
「無茶を言うな!!」
二人は取っ組み合いになった。
しばらくして、新人教師を送り出したベテラン教師が二人の下へやってきて、それをとりなす。職員室での突然の乱闘。大人がすることではないが、咎めるものは誰もいなかった。
これが初めてのことではないからだ。
「一応、理屈には適っているんだよ、彼女はこの学園でも両手の指で数えるほどしかいない、魔導機なしでの魔導の行使が可能なんだから」
「その魔導機なしでの魔導の行使が可能な人材が、先程柱にすがりついていましたが」
ははは、とベテラン教師は笑って流した。
なお、魔導機とは端的に言って魔法の杖である。先程オドをマナに変換して――という話に出てきた変換を行うための道具だ。
これがないと、戦姫は自身の中で計算式を全て暗算で計算して魔導を行使するといった行動が必要になる。
魔導を使うための計算式は端的に言って高校数学レベルの計算を秒で行う必要があるため、これができるかどうかが天才の分かれ目と言える。
ミリアは餅を囲炉裏につっこんで発動させるが。
「彼女が魔導機なしで魔導を行使している以上、彼女の理論は正しいわ」
「……そう言えば先輩。先輩は入試の際、ミリア・ローナフの筆記試験を採点していましたよね」
「……さすが先輩、よく正気を保っていられましたね」
「あら、なんてことはないわよ? だって最初に採点した時は全部間違ってると思ってバツを付けたし」
「えっ?」
二人の教師が同時に首を傾げた。
当然の疑問、であればなぜミリアは主席なのか――と。
「実技の監督をしていた子が提言してくれたの。だから、後からもう一度採点することになったけど、その時は時間の余裕もあったから、なんとか正気を保てたわ」
「実技の監督……というと、
「運が良かったなミリア・ローナフ……もし彼女が監督じゃなければ、筆記は全滅しているところだったぞ……」
三人の脳裏に、とある教師の顔が浮かんだ。
――この学園きっての天才にして、問題教師。学園戦姫アルテミスにおいては、
「二人は、相互変換理論は知ってるわよね?」
「ええはい。確か今年の試験にそれを説明しろっていう設問があったのですよね?」
「正解者は一人だけだったと……」
ベテラン教師の言う理論は、簡単に言うと学園でも上級生がカリキュラムの最後の方に習う理論だ。つまり、入試で解けるはずのない問題である。
なお、正解者はミリアだった。
「ミリア・ローナフの回答は“おたまじゃくしと蛙の関係”だそうよ」
「…………?」
「これに関しては私、少し考えて正解にしたわ」
「…………?」
教師たちは理解を諦めた。
ベテラン教師は続ける。
「相互変換理論っていうのは、簡単に言うとマナとオドの関係性を説明するための理論ね。で、さっきの回答に関しては、マナが蛙。オドがおたまじゃくしと考えると、なんとなくわからない?」
「……オドを成長させたものがマナ、ですか。しかしそれだと三角はつけられても丸はつけられないですね」
「そう。ただ続けてこうも言っているわ。おたまじゃくしは栄養を与えることで蛙へ成長させることが可能。なので栄養を与えたおたまじゃくしと蛙は等価値、ですって」
「わ、わかるような、わからないような……」
相互変換理論は、簡単に言うと“触媒”を使って魔導を行使するための理論だ。宝石を使って効果を高めたりするアレである。
もっというと、ゲームにおいて下位素材を複数集めて上位素材に変換できるシステムが時折存在するが、それだ。
「……彼女には、一体何が見えているのでしょうね」
「わからないわ……ただ、一つだけ言えることは……」
「言えることは……?」
端的に言って、
「彼女はそれで魔導が使える以上、物理的に天才として扱わざるを得ない、ということよ」
「……これで、彼女が天才じゃなかったら」
「いや、普通に可愛い女の子として暮らしてるでしょ」
「それもそうだな」
――教師たちの頭は痛い。
これでミリアがただのアホだったとしたら、どれだけ彼女たちは救われただろう。そして、そう思ってしまうからこそ、彼女たちは自分を呪うのだ。
アホにして天才、逸材ミリア・ローナフ。
もしかしたら、彼女はこの世界を変えるかも知れない――そんな思いもまた、教師たちの心にはある。
故に、
逃げられない。
ミリア・ローナフがアホである限り、ミリア・ローナフからは逃げられない。教師たちは、それまで自分が経験したこともない地獄に対して、ただ悲嘆に暮れるしかないのだった――――