TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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33 いざ!

 いざー、いざいざいざ! 我らがあんころ餅のお通りだー!

 どうもみなさんこんにちわ、ミリアんころ餅です! もちであれ、もっちもち、もっちーん! あんころころころミリあんこ、三つあわさって三リあんこ! ミリアです!

 

 何だか裏でサプライズなあれやこれやが進行している気がしなくもないですが、忘れたので忘れました。ミリあんこは餅を隠す。

 さて、どうやらそのサプライズは一旦棚上げになったみたいです。理由はこれから私達で、野外演習を行うことが決定したからですね。

 

 魔導学園での一年目は、座学と実技、それから演習で構成されているわけだけど、その中でも演習は非常に重要なファクターと言える。

 基本的には上級生についていっての後方支援、比較的安全な地域での警備任務などなどから始まって、一年の終わりに実戦へと投入される。二年では実戦の中で経験を積んで、最終的にその部隊だけであちこちに飛び回ることになるわけだ。

 

 そんなわけで、その大事な一歩が初陣実習。続いて上級生についていっての後方支援や演習などになるわけなのですが、私達は少しばかり事情が違った。

 まず、私の立場。初陣実習で主を倒して、その後のセントラルアテナで存在を知られたことで、色々と扱いが慎重になっているのをひしひしと感じます。

 そうそう死ぬわけないけど、万が一があったら不味いといった感じ。

 

 もう一つは宿痾操手の存在。私が危険分子であることがわかったら、彼ら(彼女ら?)は当然私を狙う。そうするとあまり戦場に私がいると周りが巻き添えを食らったり、支援がなく孤立して撃破されてしまうかもしれない。

 あと、宿痾操手が戦姫を操る以上、その対策が必須なので、現在本部は対宿痾行動を専守防衛にとどめ、部隊の再編やらで忙しいそうです。

 色々とわけあって、私達の演習は場所が限られていた。

 

 それが今回、ようやく決定した――のだけど。

 

「先生たちも来るんですね」

 

「色々と理由があるのよー」

 

 二回目の実習は上級生に連れ添っての後方支援。戦場の空気を直に感じつつ、安全圏から戦場を学ぶことが目的になる場合が多いのだが、私達はそもそも戦場に出てすらいなかった。

 そこは人類が確保した生存圏の一つ、人はいないが、魔導なしでも生活することはできる荒れ果てた大地だった。

 

 そして――

 

「ここのことは、私達が一番良く知ってるから」

 

 カンナ先生の言う通り、ここはカンナ先生たちにとっても縁のある場所だ。

 つまり、

 

「数年ぶりねぇ、私達が奪還したときから、そのままじゃない」

 

 ここは数年前に、カンナ先生たちが奪還した人類にとって一番新しい生存圏だった。

 あちこちに激戦の痕が見受けられ、皆が興味深そうにそれを眺めている。戦場の空気はわからないが、宿痾の気配はひしひしと感じる場所だ。

 

 もしかしたら、どこかに潜んでいるかもしれない……と思ってしまうくらい。

 

「ミリアちゃん! 索敵終わったよ、この辺りに私達以外の生命反応は無し、宿痾はいないみたい」

 

 ハツキちゃんがそれを否定する。

 索敵能力の高いハツキちゃんたちは、周囲の警戒を担当している。私でもやろうと思えばできるだろうけれど、それは部隊の役割分担に真っ向から反するので、ここは彼女たちに任せるのが当然だ。

 他にも、別の場所ではアツミちゃんがカナちゃんとナツキちゃんに指示を出して、テントの設営をやっていた。初陣実習で一回やっただけなのに、アツミちゃんたちは優秀だ。

 今回、私達の実習には上級生ではなくカンナ先生とローゼ先生が同行することになった。理由は見ての通りだけど、他にも色々と言った通り、理由は様々だ。

 

 演習という意味ももちろんあるけれど、本部の人たちは今回の演習に成果を期待している。できるだけ安全な場所に、できるだけ安全な人員を配置した上で、成果が出れば上々な任務を与える。

 それが本部のミリア隊に対する現状の方針になったらしい。

 

「ここって……昔は宿()()()()だったんですよね。……なんだか、不気味です」

 

 宿痾の巣。

 宿痾が集中的に発生する地帯を指し、世界各地に存在している“らしい”が、今の所人類が確認できているのはここと、それから他に数カ所だ。

 

「その中でも、一番人類の最終生存圏に近かったのがここなの。当時私達はここを最前線(フロントライン)と呼称して、攻略を目指していたわ」

 

「結果としてライア隊長が犠牲になって、他にも戦姫としては戦えなくなった子も何人かいて……その上で攻略に成功した」

 

 ――その時に、戦姫としてのこっていたのはローゼ先生とカンナ先生だけだったらしい。結果として部隊は解散、ローゼ先生は研究者をしながら教職に、カンナ先生は単騎の遊撃ユニットとして戦場を駆け回ることになる。

 

「それから数年、時折調査に戦姫を派遣しているけれど、今の所収穫はゼロ。どうしてここから宿痾が集中的に出現していたのか、そもそも宿痾とは何なのか、疑問はまったく解決していないわ」

 

「……そこに私達が、ですか」

 

 シェードちゃんは、どこか感慨深げにつぶやく。

 私の存在あっての探索ではあるけれど、そこに肩を並べるのは、戦姫としては色々すごいことかもしれない。まぁ、シェードちゃんはとってもすごい戦姫なんですけど!

 

「それで――」

 

 と、そこでアツミちゃんがこちらを向いた。見ればテントの設営が終わっている。さすがアツミちゃんたち!

 

「……てめぇは何してんだ?」

 

「ころころん?」

 

 もちもち。

 私は不思議そうにアツミちゃんに返答した。

 

「いやわかんねぇよ、人の言葉で喋れ」

 

 もっちぃ……

 ころころ、ころんころん。もっちーん。

 

「……とりあえずミリアさんに、何があったか教えてもらえる? アツミさん」

 

 仕事なのもあってか真面目なカンナ先生もち。

 ただ、たまに視線が怪しくなるので、頭を抑えているのはあれ、私の行動に対してではなく自分の理性にたいして抑えるように訴えかけているに違いない。

 

「見ての通りだろ。朝から餅になったままなんだ、こいつ」

 

「ここまで転がって来ましたからね」

 

「……あの足元をすごい勢いで転がってる物体はミリアさんだったの」

 

 ころころ。

 私は餅になっていました。何でかと言えば、お餅が美味しすぎたからです。

 

 事の起こりは数日前――

 

「回想に、入るな!!」

 

 ガシッ、アツミちゃんに頭を掴まれた。ぐぐぐぐぐぐぐ、がああああああああああ。

 

「てめぇの回想は頭がおかしくなる! 読心でこっちに思考が流れてくるんだ、絶対にやめろ!!」

 

 アツミちゃん、マジもんのマジなヤツです。

 ポン気と書いてマジ。心に一本の刀を忍ばせている……ニンニン!

 

「えっと、朝に食べたお餅で喉をつまらせちゃって、以降こんな感じに……」

 

「まってまって? まず人類の希望がお餅で命を散らしかけたことと、そこからどうしてこうなったかについて聞きたいんだけど」

 

 根は真面目なローゼ先生は真面目に突っ込んだ。カンナ先生はジロジロと餅と私の隙間を覗こうとしている。えっち! 服は着てますよ!!

 

「ころーん、ころーん、もっちもち!」

 

「人の言葉で話せつってんだろ……!」

 

 あああああアツミちゃんの手が餅と私の間にいいいいい!!!

 

「なんで餅よりてめぇの肌のほうが柔らかいんだ……!」

 

「詳しく聞かせて」

 

「カンナ?」

 

 興奮したカンナ先生、咎めつつちょっと嫉妬してるローゼ先生。ううむまったくもって日常風景。ああああいやあああああああお餅がこじ開けられる――――

 

 

 <>

 

 

<…………何あれ>

 

 遠くから、戦姫の魔導を使ってミリアたちの様子を眺める宿痾操手が一人いた。“弟”である。彼――もしくは肉体の性別に従って彼女――は、ミリアを襲撃するべく、彼女たちが集落を離れたあたりから、観察を開始していた。

 

<……いや何あれ!? なんでそうなってるの!? あいつ頭おかしいんじゃないか!?>

 

 叫んでいた。

 どうしようもなく叫んでいた。だってミリアが何をやっているかわけが分からなかったから。いや、それは一歩譲って良しとできなくはない。

 それを周囲も当たり前のように受け止めている、これがわからない。

 突っ込んでいるのはアツミだけだ。

 

<やっぱり……キミだけがボクの癒やしってことなんだね、アツミ!>

 

 思わず、泣き出しそうになるのをこらえながら、弟は愛しげにアツミの名を呼ぶ。彼が今もっとも執着している戦姫であるアツミは、彼のことなど一切気にすることなく、生活を送っている。

 まぁ、当然だ。彼女から記憶を“奪った”のは弟自身なのだから。そして同時に――この体も。

 

<さて……>

 

 とはいえ、そこに執着しすぎるほど弟は愚かではない。彼は兄とは違って慎重で油断もしない。興が乗ると暴走してしまう癖はあるが、それは本人が自覚している。

 だから、兄とは違って彼は現状を冷静に認識していた。

 

 弟が気にしているのは、向こうがこちらに気づいているかどうか、確証が持てなかったことだ。

 

(あのミリアというやつが優秀なら、この位置から観察していることを向こうは把握できるはずだ。しかしそれをおくびにも出さない。慎重なのだろう)

 

 兄は愚かだが、向こうがあの意味のわからない光景を作り出す割に、かなり知性があることを弟は承知した。兄が敗北した理由は、兄が愚かだったから、だけではないのだ。

 

(それにケーリュケイオンが手元にあるとしたら、直接たたかったらボクは負ける)

 

 父からの許可を得て、主を何体か連れてきてはいるが、ケーリュケイオンの前には数などあってないようなもの。代償さえ支払えば、主は軽く葬られてしまう。

 

(とはいえ――ボクは幸運だ)

 

 弟は慎重だった。

 なぜなら、慎重になっても許されるのだから、彼がミリア討伐を急ぐ理由は今の所ない。

 まず、人類は現在防衛策を取っている。ミリアの成長を待つつもりなのだろうが、その間調査の一つもできないのでは、人類に進歩はないだろう。

 次に、弟には知られてはいけない事実はなにもない。自分たちの存在はもちろん、自分の能力も向こうにはバレているだろうからだ。

 

(肉体を取り戻されて、アツミがそれを読めば、記憶が“奪われてる”ってことはわかっちゃうもんね)

 

 故に、彼は今回の演習に対してそこまで本腰を入れるつもりはなかった。

 

(とりあえず向こうがこちらを把握しているかの確証がほしい。何か向こうに動きがあったら、仕掛ける。そうでなければ……帰還する前に主を一匹当てて、様子を見る)

 

 それで代償を向こうが支払って撃破するなら、それはそれでミリアのリソースを削れるから、弟にとって悪い話ではない。

 

(兄さん相手に、何を代償にしたのかは知らないけど、代償を捧げ過ぎれば、いずれキミは命すら投げ出すことになるんだよ、蛇使い)

 

 ケーリュケイオンの使い手を指して、蛇使い。

 神話になぞらえたその呼び名に少しだけ弟は悦に入りながら(年頃故に)、そうだ、と思いつく。

 

(そうだ。あそこは()()()()()()()()()()()()()()、ただの徒労に終わるあの場所を……ただの徒労じゃなくて、危険な徒労にしてやろう)

 

 ――ふと、思い立った考えを気に入って、弟は笑みを浮かべながら。

 

 

<じゃあ、始めよっか。ボクたちのゲーム、気に入ってくれるかな?>

 

 

 いっそ気づいてくれたらいい。

 そういう想いを込めて、言葉を口に出した。


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