TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
宿痾操手“弟”は知っている。あの場所にろくな情報はなにもない。だから情報を埋め込むことにした。デタラメにも程がある、どうでもいいような情報を。
そして、その出方を見ることにした。もしもこちらの意図に気がつくのならば、あちらは弟の存在を察知している可能性は高い。ならばそれ相応に、歓迎をしてやるのが弟の筋。もしも気付かないのであれば、愚かを嘲笑って情報を“収奪”するまでだ。
方法は単純、あの場所は元は人類の研究施設があった。宿痾とは何ら関係はないが、いかにも宿痾と関係があるかのように見せかけてしまえばいい。
地上の施設は全て吹き飛んでおり、地下は今の所人類はほとんど調査をしていない。存在に気づいていないのか、はたまた地下に宿痾はいないという判断か。
どちらにせよ、そこに宿痾を放ってしまえばいいのだ。そうすれば、宿痾とは何ら関係ないはずだった研究施設は、宿痾と関係のある研究施設へと変貌する。
実際は、そんなことはありえないのに。
問題は、どうやって地下にミリアたちの目を向けるかだった。別にこちらからちょっかいをかけてもいいが――弟はそれをしなかった。
必要がなかったからだ。
なぜなら――
「よし、私ドリル完成です!」
ミリアがドリルになったからだ。
<なんでだよ!?>
思わず叫んでいた。向こうに聞こえているかもしれないが、情報を漏らしたりはしない。そもそも現在弟は既に仕込みを終えて、後はあちらの出方を鑑賞する腹積もりだったので、情報を口に出す気は一切ない。
それはそれとして、これが聞こえてたら結構滑稽だよな、とも思った。
まぁ、自覚はあるので弟は気にしないが。
「ミリアドリルは、私の悪役令嬢ドリルを心の底から現出させたもの! お嬢はドリル! 算数ドリルにだって書いてあります!」
「どり……え?」
「一気に人間の理解の範疇を超えてきやがったなこいつ……」
ミリアドリルは、振動していた。別にどこもドリル要素はないが、両腕を広げて震えている。やがて、地面が削れ始めたから、つまり掘削機なのだろう、ミリアドリルは。
「じ、地面を掘るつもり?」
「はい! これまでの調査の報告書を読みましたけれど、地下を探索した形跡がなかったもので」
「一般的に地下は探索しないものよ、ミリアちゃん!」
ローゼのツッコミも何のその、ミリアは地面を掘り進めると、やがてガンガンと甲高い音がまじり始めた。鉄製の建造物だ、ということがすぐに解る。
<なんかめっちゃスムーズに見つけたな……やっぱこっちの狙い気付いてるんじゃないか?>
驚くほどに話が早い。気付いてるならそれはそれで構わないが、こっちをからかうつもりなら、弟にも考えがある。そのふざけた顔を、恐怖に歪めてやろうというのだ。
「どうやら地下に施設があるらしいですよ!」
「それは初耳なんだけど、この場所はもともとなにかの研究施設だったらしいわね、でもって地下の施設はあちこちにある施設の残骸と形質が一致している。つまり同じ施設ってこと」
「宿痾は地下に潜まないから、スルーされてたんでしょうねぇ」
なんて、カンナとミリアの会話が聞こえてくる。やっぱり気付いてるんじゃないか? なんで宿痾の存在を念頭に入れてるんだ? え?
<だが、これを聞いたらどう思うかな?>
弟は地下に潜ませた宿痾の一体に指令を送り、
<GDDDDDDDDDDDDD>
甲高い、雄叫びのような金切り声を上げさせた。
「――!?」
「宿痾!? どこ!?」
ミリア隊の面々が即座に行動を起こす。ハツキ達索敵役が周囲に探知を飛ばし、それを守るようにカンナとローゼが彼女たちを囲む。
アツミとシェードは油断なく魔導機を構え――
ミリアは回転を始めた。
「ミリアちゃん!?」
「音は地下からです。探知はどうですか?」
「しゅ、周囲に反応なし……ううん、地下……地下に宿痾の反応あり!」
「嘘……!」
ミリア以外の全員が、驚愕に染まる。
理由としては、常識的に考えてありえなかったため。宿痾は汚れを嫌い、地下に潜むことをしない。加えて、過去にこの場所を探索した時は、一度として宿痾の存在を探知しなかったため。
<さて、ボクの存在に気付いてもおかしくないが、どう出る? 戦姫諸君>
そんな宿痾が地下にいる。宿痾操手を勘ぐるのは自然なことだ。実際、アツミがそれに行き着いたのか、ミリアに対して声をかける。
「おい、こいつはどう考えても異常だ。もしかしたら――」
「ふふふ、甘く見ては困ります! ミリアはこの程度では動じません!」
言いながらも、ミリアはまだまだ回転していた。回転しているので、当然地面を掘り進めている。ガリガリと地下の施設の周りを掘り下げながら、施設自体には手を付けずにいる。
つまり、地下に埋まった建造物を、地上に引き上げようとしているのだ。地面を取り除くという荒業で。
「地下に宿痾がいるのなら、地下を地上にしてしまえばいいのです!」
「それはなんかチゲぇだろ!?」
アツミのツッコミは尤もだが、弟はミリアの行動に舌を巻いていた。実際、有効な手段だからだ。常識的に考えて、このまま地下を掘り進める場合、地下の探索に全員で乗り込むのかという問題がでてくる。ミリア一人に依存した部隊で二手に分かれることは愚策。かといってこの人数で行動しても、狭い地下ではまともな戦闘ができないだろう。
なので発想の逆転。地下を掘り起こして、探索の必要をなくせばいいのだ。よってミリアは地下に埋められた研究施設を掘り起こし、丸裸にしてしまえば、それは探索ではなく観察へと種類をかえる。
いやぁ、まったくもって素晴らしい作戦――
<なわけあるかぁ!! どんだけ時間かかると思ってるんだ!!>
「ここに留まるのは一日だけっつぅ予定だっただろ!?」
アツミと弟の叫びがシンクロしたかのようだった。
「ふっ――別に、三分で片付けてしまっても構わないんでしょう」
「流石に三分は無理だよ……」
そう言って笑みを浮かべてから、ミリアは更に加速した。振動も回転も十倍以上。それはもうすごい速度で地面を掘り進んでいく。見ているミリア隊や教師陣が冗談だろうと笑っていた顔が、少しずつ引きつったものへと変わっていく。
弟も、加速してなお更にスピードを上げるミリアの動きに、段々と呆れから驚愕、焦りへと感情が変化していった。
<おいまてまてまて、せっかく用意したボクの迷路を全部無駄にする気か!?>
弟は考えていた。戦姫たちの使命は宿痾の撃滅。であればたとえ危険とわかっていても、宿痾の巣食う地下通路を進むしかないのだ。
通路に仕掛けられる宿痾は大したことのない小物たち。しかしそれでも、暗闇の恐怖から彼女たちは過敏にそれへ反応するだろう。
まさしくホラーハウス、恐怖の舞台にふさわしい迷宮として弟はあの通路に宿痾を配置していた。
しかし、
今、
それがミリアによって、迷路が外から全部見えるようになる、という荒業で持って無に帰そうとしている。
<どうする!? どうする!?>
叫びながらも、肝心なことは口に出さない。
(主を投入するか? もうホラーだのなんだの言ってる場合じゃないだろ。ここでボクのギミックが全部無駄になったら、何のために地下に嫌がる宿痾を送り込んだんだ!)
ピーピーと泣きながら、操手である弟に抗議する宿痾を黙らせて地下に配置したのは、ミリアたちへの嫌がらせになると思ったがため。全てはミリアたちのためなのだ。それを無碍にするなど、ミリアはエンターテイナーの風上にもおけない。
本当にふざけたヤツだ。
しかし、そう憤る最中もミリアは地面を彫り抜いていく。三分、本当にそれだけの時間でミリアは迷路をただの建造物へ変えてしまうかも知れない。そんな勢いだった。
「だーはははは! だーははははは!!」
<くそ、こうなったらやるしか――>
高笑いするミリアに、弟は覚悟を決めた。
もはや通路がどうのこうの言っている場合ではない、ここは主を投入し事態を動かす。施設もついでに破壊して、中から無数の宿痾を飛び出させることで、恐怖とするのだ。
そう、懐の主の種に手をかけたその時だった。
「……いややっぱりちゃんと中を探索すべきではないですか?」
<なんなんだよおおおおおおおおおおおおお!!>
出鼻をくじかれ、弟は主の種を地面に叩きつけた。なお弟が孵化させる意志がなければ主は目覚めないので、種はそのままころころと地面を転がる。
それを拾う弟の姿は、弟にとってはどことなく滑稽に思えてならなかった。
<クソ、あいつこっちをからかってるんじゃないか? ああくそ、普通に休憩始めやがった。テントを設営したせいで、あいつらのいるところだけ崖になってるじゃねぇか……なんなんだよ断崖絶壁でお茶会するなよ……>
「いやーーーーーー、いいお天気ですねーーーーーーー」
「そ、そうか……?」
<あいつ……!>
おちょくっている。
どう考えてもバカにしている。いやしかし、あいつはまだそれを口に出してはいない。まだこちらの存在がバレているという確証がないのだ。
だから、今すぐには動くわけにはいかない。
だから、少しでも情報が必要で、弟はミリアの言葉に耳を傾けるほかなかった。
それが、自分の精神を削るだけだと自覚しながらも。
「でもどうしようミリアちゃん。この施設に宿痾がいるってことは、ここも危ないってことだよね?」
「少なくとも、施設の宿痾は対処する必要があるわよ」
シェードの言葉にカンナが同意する。二人の視線をミリアは受けて、それから少し考えた後立ち上がる。立ち上がって――
「じゃあ、ふっ飛ばしちゃいましょう」
ケーリュケイオンを取り出した。
<あっ――>
弟には、未来が見えた。未来を見る能力はないはずなのに。
ミリアは地下に埋まっていた施設の天井にあたる部分へ降り立つと、杖をそこへ
直後。
「ふっとべー!」
――施設の“内側”から光が漏れて――弟が用意した宿痾のテーマパークは、日の目を見る間もなく閉園した。弟は全力で切れた。