TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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54 ミリアと、アイリス。

「一から、説明、してください」

 

「はぁい」

 

 ――アイリスは一度落ち着いた。

 きっとまた早口になるけど、今の所は落ち着いた。落ち着いたアイリスが口を開く。

 

「私にはお姉ちゃんがいるの」

 

 ――姉、もうひとりの宿痾操手。そして彼女が愛していると言った相手ならば、きっとあの時、()()()にいた操手は、その“姉”なのだろう。

 肉体を失うということは操手にとっても痛手であり、失ってしまったのがあの“兄弟”であり、失っていないのが“姉”。他に操手がいる可能性もあるが、ミリアは理解のノイズになるので、その可能性を一度考えないことにした。

 

「お姉ちゃんは私にとって、世界で一番大切な人。他の誰よりも優先されて、他の誰かを蹴落としてでも守らないと行けない人」

 

「人類すらも、蹴落とすというのですか?」

 

「当たり前じゃない」

 

 アイリスは、何を今更と言わんばかりに言った。しかしミリアにはわからない。ミリアはその当たり前という大前提を理解できないのだ。

 そこをわかっているのか、いないのか。アイリスはミリアの沈黙を気にすることなく話を変える。

 

「そうだ。ミリアちゃん。ミリアちゃんにとって、愛ってなぁに?」

 

「唐突ですね」

 

 突如として降って湧いた話題。意図をつかみかねるのは、元からだ。しかしその問いかけは、輪にかけて理解の外。アイリスにしかわからないロジックでつながっている。

 

「私の愛は、世界を救うための……大切な人を守るための原動力です。私の前で苦しんでいる人、助けを求める人を守るために、その人への愛を使うのです」

 

「博愛ってことだね。ミリアちゃんは愛が広くて薄くて――浅いんだ」

 

「自覚はありますが、だからといって否定される筋合いはありませんよ。私は誰にも死んでほしくありません。そしてその基準は私のワガママによってなりたっています」

 

 ミリアの信条。

 愛は世界を救う。その基準は自分の愛だ。ワガママというのはそのとおり、ミリアは世界のすべての人々を救いたいが、その上で大切な人を優先()()()()()

 だからそのために、大切な人をより多く増やし、多くの人を救いたいという博愛を力に変える。

 

「ミリアちゃんは目の前に大切な一人と、大切じゃない百人がいた時、百人を犠牲にしてしまう人なんだね」

 

「どちらも犠牲にしないために努力する人間です。順番はつけますが、区別はしません。すべて救って、全てを大切にしてみせます」

 

「――だから、例え一人でも死んでしまったらその理屈は通用しなくなる」

 

 アイリスの言う通りであり、そして先日宿痾操手“弟”が狙ったのも、このロジカルエラーだった。

 ミリアはワガママで人を救う。だからアイリスの言う通り、百人よりも一人を優先する。それは間違いであり、傲慢だ。だから、ミリアはこれまで百一人を救ってきた。傲慢を、傲慢のまま救済へ変えるため。

 

 もしそれが、一人でも――百人の中の一人すら死んでしまったら、ミリアの願いは通用しなくなる。

 第一――

 

「――それ、ミリアちゃんが生まれる前に死んじゃった人や、ミリアちゃんが大きくなるまでの間に死んじゃった人は、絶対に救えないってことだよね」

 

「…………」

 

「無責任だよ、今更こんな時代に生まれ落ちて、崖っぷちから世界を救ったとしても、それまでに失ったもののほうが圧倒的に多いんだよ? ミリアちゃんは、もっともっと早く生まれてこなくちゃいけなかったんだ」

 

 アイリスは責め立てる。

 ミリアの信条における最大の反証。ミリアは自分が生きていない時代の人間は救えない。進んだ時計の針は戻らない。だったら、果たしてミリアの思いにどれだけ意味がある?

 

 これがもし、単なる戦姫の少女だったなら、きっとそのワガママは許されただろう。しかし――

 

「貴方はミリア・ローナフなの。世界を救えるかもしれない器。そんな人に救われたら、救われた人は思うだろうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――それって、本当にその人のすべてを救ったって言える?」

 

 つまり、だ。

 アイリスの言いたいことは、とてもとてもシンプルだ。

 

 

「ミリアちゃんは破綻してるんだよ。この時代に生まれてきてしまった時点で」

 

 

 ――ミリアの行動に、意味はない。

 そう、アイリスはまくし立てて見せた。

 

 ――答えない。ミリア・ローナフは答えない。

 結論に至るまで、ミリアの反論は一切なかった。それはミリアがその言葉を否定できないのか、はたまた取り付く島もないと匙を投げたのか。

 どちらにせよ、アイリスが言葉を投げかけ終わったことで空白が生まれた。

 

 そして、

 

「それは――」

 

 そこでようやく、ミリアが口を開いたのだ。

 

 

「――決めつけてしまうには、まだ早すぎやしませんか?」

 

 

 ふぅん、とアイリスは鼻を鳴らす。

 ミリアにとって、アイリスの言葉は間違いではないものだった。少なからずミリアに突き刺さる、彼女にとっても悩みのタネであるはずの理論だったはずだ。

 でなければ、弟がそれをネタにミリアを揺さぶるはずはない。

 

 弟が下劣であるがため、その時は一方的に弟が倒されるという形で幕を閉じたが。

 

 少なくとも今のアイリスは、正面から言葉を叩きつけることで、弟のような失態を演じないよう、意識しているように思えた。

 

「確かに私はおそすぎたかもしれません。でも、私はまだ、全てを終わらせたわけじゃない。私はすべてを知っていて、全能でもって貴方達を駆逐しているわけではない」

 

「ケーリュケイオンのこと?」

 

「それだけではありません。今の私は、足りない力を代償の奇跡と、仲間というつながりで補っています。完全ではないんですよ。貴方達を討伐できず、ましてやその真意すら理解していない私には」

 

 そう言って、ミリアは頷く。

 

「だから、貴方の言ったほどの傲慢は、私には許されていません。きっと、これからも少なくない犠牲は出るでしょう。だから、私はまだ私の考えが正しかったという結論を出すことはできないのです」

 

 確かにミリアが宿痾の出現より早くこの世界に生まれていたら。世界の歴史はまた違っていたかもしれない。でもそれは、もしもの中にしかありえない話しであり、そもそも今ミリアが生まれたからと言って、必ずしも世界を守れるわけではないのだ。

 旅はまだ途中。ミリアの愛に陰りはあるか。それを世界は未だ見据えている最中なのだ。

 

「それに――」

 

「……それに?」

 

「世界を救う愛が、私のものだけである必要がどこにあるんです?」

 

 そして、それこそがミリアの思いの根底。

 博愛とは、決して誰か一人に向けられるものではない。それはミリアも同様で、ミリアが一人を愛する必要もなければ、皆がミリアだけを愛する必要もない。

 

「だから、私は世界を愛しています。世界の誰かが私を愛して、支えてくれようと思ってもらえるなら、それはとても幸福なことです」

 

 故に、

 

 

「なので、私は愛で世界を救いたいし――()()()()()()()()()()()()のですよ」

 

 

 そう、ミリアは答えた。

 決して、愛されるだけの存在ではなく、愛するだけの超越者でもなく。互いが互いを思いやり、その気持ちが他者を救いたいと突き動かす。

 そんな愛がミリアの答えだ。

 

「――誰かを愛し愛されるって、素敵なことだと思いませんか?」

 

「…………そうだね」

 

 少しの沈黙の後。

 アイリスは立ち上がった。

 

 

「でもそれは、人類同士の愛のカタチだ」

 

 

 真っ向から、ミリアを否定するために。

 

「ねぇ、さっきも言ったよね、宿痾操手は人間を素体にして改造された存在だって。だったらわかるよね? 宿()()()()()()()()()()んだよ」

 

「……」

 

「でもね、それだけじゃない。結果として私達は宿痾を操る存在になった。それってつまり、どういうことかわかる?」

 

 アイリスは、笑った。

 獰猛に、挑発するように。

 

 

「私達にとって宿痾は道具。だから、()()()宿()()()()()()()

 

 

 ミリアの愛を受け入れられないと。

 

「世界に、操手は私達しかいないんだ」

 

 絶対に相容れないと宣言するために。

 そして笑みは、狂気に堕ちた。

 

「だったら、愛は独占しなきゃ。私の愛はお姉ちゃんにだけ向けられなくちゃ」

 

 ああ、と理解する。

 彼女がなぜこんな話をしていたのか、ミリアはことここに至って、完全に理解した。

 

「お姉ちゃんの愛が、私以外に向くなんてありえない。だったら、そのために――私達はどうすればいい?」

 

「――人類を排除するしかない、ということですか」

 

 理解したから、立ち上がる。

 

「そうだよ。私達だけの愛のために、私達以外のすべてが不要なんだ。私は、世界のすべてを殺す。博愛なんて必要ない。私はお姉ちゃんを独占し、私だけがお姉ちゃんを愛すんだ!」

 

 互いに、理解はできても、分かりあえないものはそこで見えた。

 

 誰もが隣人を愛し、愛のために行動する世界をミリアは望む。

 大切な人だけを愛し、その愛の絶対の証明をアイリスは望む。

 

 愛が他人なくしては実現しないミリアと、他人という存在があっては愛を独占できないアイリス。

 

「私達は――」

 

「――絶対に、平行線だね、ミリアちゃん」

 

 意志は、決定的に隔絶していた。

 

「やるしかないんですね、アイリス」

 

「やる気になってくれて嬉しいよ? ミリアちゃん」

 

 ああ、と思う。

 ――アイリスは決して理解できない、凶悪な敵ではなかった。あくまで理解できる意志でもって行動し、その意志のためにすべてを賭する存在だ。

 

 相手は人類を追い詰める操手の首魁とも呼ぶべき存在。あの“兄弟”と同じ、人類を追い詰める仇敵だ。しかし、ミリアはどうにもアイリスのことを、嫌いになれそうにはなかった。

 その代わり、この少女にだけは絶対に負けてはいけない。

 

 そんな思いを、心の底で決意に変える。

 

「始めましょうか、ついてこれないなんて、弱音を吐かないでくださいよ――」

 

「――そっちこそ、私の可愛さに負けて、私を愛したいなんて思わないでよね」

 

 かくして、ミリアとアイリス。

 超越にして超常の決戦が、ここに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 最中、ミリアは思う。

 パーカーはすでに乾いた。いつでも戦闘は可能だ。シェードの言葉は、皮肉にも正しくなってしまった。まさか水着で戦うなんてソーシャルなゲームみたいな現実が、本当になってしまうなんて。

 ああ、つまり、つまりだ。

 

 そう、間違いなく自分は――

 

 今のミリアは最高レアだった。限定ピックアップ中。


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