TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
「にゃー!!」
「消えるたびにポーズを取らないでよ!!」
空中では、アイリスが宿痾を握りつぶしながら、ネコっぽいポーズを取って消えていく分身ミリアに文句を言っている。アイリスは彼女の言葉通り、メルクリウスの限界突破でミリアの現在を改変し、不調に陥らせようとしているのだろうが、効果が発揮されるのは分身ミリアばかり。
状況は再び膠着していた。
アイリスは変化を起こそうと思えば起こせるのだろうが、それをするよりも、現状で猫ミリアガチャに勝利し、ミリア本人、ないしはランテ達に改変を起こすことを優先しているようだ。
「現在の改変つってたけど、具体的に何ができるかはいまいちピンとこねぇ、やつの口ぶりからすると、肉体に変化が起きるみてぇだが……」
「健康だったはずなのに風邪を引いてることになっちゃってたり、ひどいと五体満足だったはずなのに足がなくなっちゃったりする……んだと思う」
そうやって、分析をしながらアツミたちは状況を観察していた。
しかし――
「……ダメだ、このくらいミリアだって分かりきってる!」
「で、でも諦めちゃダメだよアツミおねえちゃん」
――限界は近かった。
現状、アイリスに対して有効な手をアツミ達は見いだせていない。そもそも、アイリスのスタイルは考えるまでもなく一直線で対策の打ちようがなかったのだ。
加えて彼女は素早く、捉えようがないし、下手に間に入るとその素早さで自分たちがやられてしまうことは明らかだ。
手が出せない。ミリアとアイリスの激突は、三人が思っていた以上に激しく、そして三人とは遠いものだった。
三人とも、決して優秀でないわけがない。杖無のランテは言うに及ばず、アツミやシェードも、杖無で魔導を使えるようになりつつもある。
実力だって、学園を卒業した一人前の戦姫と正面からやりあって負けないくらいには強いのだ。
だが、それだけだった。
それ以上がアツミ達にはなにもない。
結果として、現在アツミ達が取るべき選択は、一足早くここから逃げ出すことだった。限界突破で万が一三人に何かあれば、間違いなくミリアの隙になる。それだけは絶対に避けなくてはならない。
しかし、それをすることは、結局アイリスの言葉を、彼女の一方的な物言いを肯定することになってしまう。
自分たちがお荷物なのだと、認めてしまう。
だが、そう考えれば考えるほど、どん詰まりだとアツミは感じてしまっていた。というよりも、今の自分は読心が使えない。ミリアの考えに順応できない。シェードやランテはミリアに順応し、彼女の考えを理解できるような柔軟性もない。
だから、この状況で一番のやくたたずは、きっと自分だ。
「……なぁ」
「なぁに? アツミちゃん」
なにか考えはないか、とアツミは問いかけようとした。
しかしそれは、自分が何の価値もないことを認めるようで――できなかった。自分がそれを許せなかったのではない。もしも口にすれば、シェードはそれを察してしまう。
そうしたとき、きっと彼女はこの場を離れることを決断するだろう。だから、するべきではないとアツミは思ったのだ。
「いや……」
なんとか言葉を口に出そうとする。吐き出すべき言葉、吐き出しては行けない言葉、思ってはいけないこと、思ってしまうこと。すべてがごちゃまぜになって、こういう心を読んだ時、胸が苦しくなる感覚をアツミはおもいだす。
ぐちゃぐちゃな心は、いつだって時間以外に癒してくれるものはない。
だけど、今は一刻の猶予もない、一瞬で状況が目まぐるしく変わるのだ。そんな中で、このためらいすらもはや悪だろう。
ああ、この感情は、なにかに似ている。
――そう、考えて。
ふと、アツミはランテと目があった。
心が読めない現状で、けれども視線が重なった時、アツミはランテに自分を重ねた。同じことをランテも思っていると確信した。
そして、ぽつり、と。
アツミは口に出していた。
「なぁランテ――ミリアとミリアのお母さんが不仲だった時、どうやってそれを解消したんだ?」
それは、
ここに来てシェードとアツミが知った情報で、詳しく話を聞いていない唯一の事件。
かつてミリアとクルミは不仲だった。その時、ランテがやってきてその不仲が解消された。一体こんな時に何を言っているのかと、自分でも思ってしまうようなこと。
何で、そんなことを? 慌てて不味いと否定しようとしたところで、シェードが叫んだ。
「
「えっ!?」
彼女が、やっと気がついたと言う様子で、パン、とアツミとランテ、二人の肩を叩く。彼女の瞳は、先程までとは打って変わって輝いていた。
「こういう時、私達はいつもミリアちゃんに助けてもらう側だった。でも、一つだけ、お母さんとの不仲だけは、ミリアちゃん一人じゃ解決できなかった!」
「えっ? ……あっ?」
何かを気付いたというふうに、けれどもいまいちピンと来ていないといった様子でランテがクビを傾げる。アツミも、正直よくわからない。
「ミリアちゃんにだって一人じゃ解決できないっていう実例と、それを解決できたっていう経験だよ! 今の私達に必要なものを、ランテちゃんはすでに持ってるんだ!」
「……!」
言われて、ランテとアツミは目を見開きながら顔を合わせる。
アツミは思い出した。ぐちゃぐちゃになった今の感情はなにかに似ている。何かとはつまり、
そして、ソレに対してランテは――
「……わ、たしは。……おねえちゃんの行動はよくわからないけど、きっと意味があるって、そう義母さまにいったの」
つまり、それは――
「おねえちゃんは変な人だけど、わからない人じゃない。言葉を交わして、分かり合える他人なんだから……って」
――ランテにとっては、とても当たり前のことなのだろう。
考えてもみればそうだ。アツミはランテとミリアを見て、似ているけど似ていないなと思うことがある。似ている部分は、どちらも明日に希望をいだいていること。
似ていないなと思うところは、その希望に対するアプローチの仕方。
ランテは希望を忘れてしまった人に、大丈夫だと寄り添うだろう。ときには自分の身を犠牲にしても。逆にミリアは自分自身が希望になろうとする。それをできると思うだけの自負がある。
二人は、似ているようで正反対だ。
そう、感じたことがあった。
「――それって、アイリスちゃんにも言えるんじゃないかな?」
「……あの女王蜂が何を考えているか、アタシにゃさっぱりだったが、それは何を考えているか、わかろうとしなかったから、なのか?」
アイリスは人類の大敵であり、ミリアとは不倶戴天だ。だが、それでも思考し、感情を有し、意志を持つ。だとしたら、ここまでアイリスのやってきたことには、隠された意図があるのではないか?
「……もしも、おねえちゃんがケーリュケイオンを使えたら、アイリスちゃんはおねえちゃんに勝てないんだよね?」
ふと、ランテが言う。
彼女の瞳は、なにかへ向かって意識を走らせていた。なにか――などともったいぶった言い方は必要ないだろう。それは答えだ。
「んなこと言ったって、アイリスの能力はケーリュケイオンの機能停止だろ、だとしたらどっちにしろケーリュケイオンは機能を停止する」
「……ううん、もしアイリスちゃんがそれを切り札に、不意を打とうとしたらミリアちゃんは警戒するんじゃないかな」
ミリアはこれまで、策を弄して状況を掌握しようとする敵――宿痾操手の“兄弟”と戦ってきた。そしてその度に、そいつらの策を真っ向から打ち破り、ねじ伏せてきた。
だからミリアは、格下には油断しない。だが、同格相手なら、どうだ?
「もちろん、警戒はすると思うけど、ソレ以上に相手の意志が自分にとって受け入れがたかった時、ミリアちゃんは全霊を持ってそれを否定しなきゃいけなくなるんじゃないかな」
「あいつが、あいつの意志で我を通すことを選んだから、か」
ミリアの強さの秘訣は、自分の決めたことを譲らないその芯の強さにあるだろう。だが、その芯に真っ向から反対する存在が目の前に現れた時、その芯が相手に負けることを許さない。
許してしまえば、それこそミリアの価値が失われてしまう。
だとしたら、
「――アイリスちゃんは、それを意図的に誘導したんだ」
ランテは、そう行き着く。
そしてその考えに気がつけば、この戦闘の意味は大きく変わってくる。これは意地と意地のぶつかりあいなんかじゃない。
「アイリスっていう策士の巧妙な作戦が、成就した戦いってことか」
――そう考えれば、合点がいくところがいくつかある。
アイリスはそもそも、今のような高速戦闘をする必要はないのではないか。もっと自在に、攻撃に緩急をつけられるのではないか。
ミリアだってランテ達を守るために防御的な受け身のスタイルを取っているのだ、アイリスだってスタイルを変えれば、別の戦い方ができて不思議ではない。
「あいつ、アタシ等に戦場へ介入させないために、あそこまで戦闘のスピードを上げてやがったのか!」
「……だったら、アツミちゃん」
シェードが、アツミに向かい合って真剣に呼びかける。
「私達が、均衡を破ろう」
「方法は?」
「耳、貸して?」
そして、ランテもちょいちょいっと手で呼び寄せて、三人はアイリスに聞こえないよう作戦を共有する。状況を打開するための方法で、一番簡単なものは一つ。
だが、それを実行する
他の手段でも同様に実行までのハードルに難があったため、三人は“ソレ”に焦点を絞った。
「……し、じゃあミリアのところまで行かないとな。なにか方法は考えてあるか?」
「円環理論。私とアツミちゃんでもできない?」
――無限のリソース。それがあればできることは大分違ってくる。奇しくもこの場にいるアツミとシェードはミリアとの円環理論が可能だったためにミリアの実家へやってきたメンバー。
そして、ミリアにとって二人が友人であるのと同様に、
「――行けるぜ」
アツミとシェードの間にも、確かな絆は育まれていた。
「それで、マナを得たらどんな魔導を使うの?」
ランテが問いかける。
ソレに少しだけシェードは考えて、それから手のひらに、
「これを使おう」
金色の光の玉を、生み出した。
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一方その頃、ミリアは――
「ミリア体操第一! ピラミッド!!」
「ああもう、さっきから分身するたびに変な行動するのやめてよー!!」
――相変わらず、アイリスを奇行で翻弄していた。