TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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65 いっつあみりあわーるど

 そこはミリアの世界だった。

 ミリアが作り、ミリアによって完成される、ミリアにしてミリアたる、ミリアの世界。

 ミリアがミリアであるために、ミリアをミリアがミリアによってミリアする。ミリミリア、ミリミリミリミリ、ミリミリア。

 ミリア心の俳句。

 

「ではでは、お二人は私の記憶の中を楽しんで行ってくださいね!」

 

 アツミ達が迷い込んだのは、そんなミリアの世界だった。

 

「だめだ、完全に記憶に呑まれちまってる!」

 

「ど、どうして私まで!?」

 

「ミリアの記憶が強すぎるんだよ! アイツのパワーがアタシを通して近くに居たシェードにまで影響を及ぼしてるんだ!」

 

 今のアツミとシェードは、現実ではその場で崩れ落ちて眠っていることだろう。記憶を読む行為が意識の集中によって行われるために、最大限の集中をもたらすため肉体が強制的に意識をシャットダウンさせたのだ。

 ソレほどまでにミリアの記憶はパワーが溢れているということであり、同時にシェードの場合は、読心が使えなくともミリアのことを理解しているということでもあるだろう。

 

「だが、今はシェードがいてくれるだけでありがたいぜ……こうして記憶の中に入り込んじまった以上、簡単には抜け出せないだろう……一人だったら、アタシはここで果ててたかもしれねぇ……」

 

「アツミちゃん……」

 

 悲壮感を漂わせながら、アツミは自身の死を覚悟して鋭く目を細める。凛々しい顔立ちが、ともすれば男女問わず多くのものを惹きつけてしまうだろう。

 

 ただし、

 

「私、ミリアちゃんの行動に突っ込まないから、あんまり役に立てないよ?」

 

「そういえばそうだったな――!」

 

 シェードには効いていないようだったが。

 頭を抱えてアツミは叫ぶ。致命的な問題だった。シェードの言う通り、彼女はミリアの記憶を前にしても、あまり動じたりはしないだろう。アツミは開始から詰んでいた。

 

「にしても……」

 

 そして、アツミはそれまで目を背けてきた、ミリアの世界へと改めて目を向ける。

 ミリアの記憶、そこにあるものはいうなれば――ミリアの“好き”をかき集めた世界だった。

 

「――見てるこっちがこっ恥ずかしくなるな!」

 

 左手に見えるのは、カナの姿だ。カナは実はガーデニングが趣味で、よく見たこともないおかしな植物を育てているのだが、なんというか、ラフレシアとハナカズラを融合させたような植物をエプロン姿のカナが満足気に見上げるなか、“無数の”ミリアがそれに飲み込まれている。

 

 右手に見えるのは、ハツキとナツキがサッカーをしている。この二人は案外外で身体を動かすのが好きなので、こうやってサッカーをしていることがたまにある。ミリアもよく混ざっていたはずだ。今は、“無数”のミリアを引き連れて、それでいいのかといいたくなるミリア顔のボールを蹴って遊んでいた。

 

 そう、無数のミリアだ。

 

「……で、シェード」

 

「なぁに?」

 

 そして、最後にシェードへと戻ってくる。この場で唯一、記憶の中ではない理性のある相手。正気であるはずの友人に、

 

「――ミリアを抱えてんじゃねぇよ!」

 

「えー」

 

 アツミは、シェードに群がる無数の“ミニ”ミリアを薙ぎ払いながら叫んだ。

 そう、この世界には無数のミリアがいる。ミニミリア、いつぞや寝取られに脳を破壊されて三頭身になったときよりもさらに小さい、超ミニマムサイズの二頭身ミリアである。

 薙ぎ払われたミリアはコロコロしていった後、楽しそうに笑いながら起き上がって、どこかへと駆けていった。満足したらしい。

 

 代わりにそれより多い数のミニミリアがシェードとアツミにひっついてくる。アツミはそれを片っ端から振り払い、シェードは抱えられるだけ抱えていた。

 

「でも、いい匂いするんだよ? いつものミリアちゃんもいい匂いだけど、それが人数分。つまり数十倍! ミリアちゃんで溢れちゃう……!」

 

「物理的に溢れてんじゃねぇか!」

 

「えへへ」

 

 あまりにも多すぎる数のミリアに、シェードは完全に姿が見えなくなっていた。慌ててアツミが中から引きずり出すと、シェードの手の中には抱えきれないほどのミリアが抱えられている。

 

「今はそれどころじゃねぇ!」

 

 パッとそれを引っ剥がすと、ぽてんぽてんとミリアが地面に転がる。シェードはそれを寂しそうに見ていたが、ふとぽつりと……

 

「あ、下着の色が全部違う」

 

「ろくでもねぇところ見てんじゃねぇ!!」

 

 スカート姿で、好き勝手転がるものだからミニミリアの下着なんて見放題なのだが、それはそれとしてろくでもないことに変わりはない。あとマスコットなので色気もない。

 

「ところで知ってる? ミリアちゃんって実はつける必要ないのにつけてるんだよ?」

 

「何をだよ、いややっぱいい聞いたこっちが悪かった喋らなくていい!」

 

 ペシンとアツミはシェードを叩いた。ひぃんという悲鳴が辺りに響く。

 二人はそうして気を取り直すと、とりあえず気になるものを探すことにした。あちこちに、ミリアの知り合いが楽しげに遊んでいるのが見える。

 ちなみに、シェードは料理をしていた。この数のミニミリアを全員賄うつもりだろうか。

 

 そして――

 

「あ、カンナ先生とローゼ先生」

 

 ふと、見知った教師二人を見つける。二人は何やら揉めているようで、身振り手振りでそれを大げさに表現している。アツミは読心で、シェードはミリアの理解度でそれを読み取ることができたが――

 曰く、

 

『またそうやって、色んな人に現を抜かして! 私のことをみてよ、カンナ!』

 

『見てるわよ! そっちこそ、どうして私の想いに気付いてくれないの!?』

 

「ドロドロの恋愛小説かよ」

 

 アツミはその光景を、図書館からシェードが持ち出してきた、痴情のもつれとかが出てくる恋愛小説かと思った。

 

「少なくとも、ミリアちゃんにはそう見えてるんじゃない?」

 

「まぁ、センセがたが時折二人の世界に入ってるのはなんとなく解らなくもねぇけどよぉ」

 

 なお、周囲ではミニミリアが顔を真赤にしながらその様子を伺っていた。ミリアの恋愛観はどうなっているのだろうかと不思議でならない。

 

「んで、あっちは――」

 

 ――自分だった。

 猛烈な嫌な予感とともに、アツミは視線をそらそうとする。しかしここは記憶の世界。すでに読み取っている記憶を再生しているに過ぎず、つまり読心をカットできない。

 結果、

 

『アタシはアツミ――心に潜む闇を駆け抜ける、イマジネーションの騎士! アツミ!!』

 

「ぐああああああああああああ!!!!」

 

 ――自分はカッコイイと思っていても、他人に見せつけられると恥ずかしくなる。そういうことって、結構あるよね。

 その日、アツミの少年心は、ちょっとだけ大人の階段を登った。

 

「クソ、コンナところに居られるか! アタシはここから逃げるぞ!」

 

「あ、まってよー!」

 

 アツミはぱっとシェードの手を引いて、その場を離れた。しばらく奔ると、周囲の風景が代わり、数日前までよく見ていた光景が目に入ってくる。

 ミリア大森林だ。

 

「この辺りは……ミリアの実家に関するあれこれのエリアってことか」

 

 アツミたちが居たところは、学園に関するあれこれだった。

 迷い込んでしまった、と言えるだろうか。

 

「やっぱ、この大森林はいいねぇ、なんか動物が全部ミニミリアちゃんになってるけどそれはそれで幸せ……」

 

「やめろ、樹液に飛びつくカブトムシみたいなことするな!」

 

 ふらふらと木に張り付いているミニミリアに意識を持っていかれそうに成っていたシェードを引き止めていた時、ふと地面が大きく揺れた。

 

「なんだ!?」

 

「え? え? ……きゃっ!」

 

 思わず揺れてしまって、二人はバランスを崩す。慌ててアツミがシェードを庇いながら、倒れ込む。

 

「大丈夫か?」

 

「あう……も、もう。ダメだよアツミちゃん、私はミリアちゃんのものなんだから……」

 

「大丈夫そうだな」

 

 ぽいっ。

 

「それはそれでやだー!」

 

 なんてことをして遊んでいる二人の前に、それは現れた。

 

 

『がおー、ランテ怪獣だぞー』

 

 

 ランテ怪獣だった。

 

「なんて?」

 

 ランテ怪獣だった。

 

「アツミちゃん、そのギャグは寒いよ……」

 

「ダジャレじゃねぇよ! ……何だあれ……ランテ怪獣? どうしてランテが怪獣なんだよ」

 

「一部が怪獣みたいだからじゃないかなぁ」

 

 きぐるみ姿のランテ怪獣は、キグルミ姿でありながら、一部が大変主張していた。

 そして――

 

 

『が、がおー……し、シルク怪獣よ……』

 

 

 ランテ怪獣を迎え撃つように、やたら露出の高いふさふさケモミミ衣装を身にまとった巨大シルクが現れた。シルク怪獣だった、顔を真赤にしている。

 

「いや、なんだこれ……」

 

『がおがおー!』

 

 叫びながら――この叫び声は、どういうわけか鮮明にアツミたちに聞こえてくる――ランテ怪獣がシルク怪獣と激突する。

 そして、ソレと同時に、見れば二人の足元では、赤色のミリアと青色のミリアが戦争をしていた。

 お互いに「つ」といった感じの腕でポコポコしあっている。

 

「いや、どういうことだよこれ……」

 

「……ねぇ、アツミちゃん」

 

 ふと、シェードが真面目な声で、赤ミリアと青ミリアを抱きかかえながら行った。全然真面目な絵面ではなかった。

 

「これ、ミリアちゃんのメッセージなんじゃないかな?」

 

「メッセージ……?」

 

 もちろんアツミはそんなシェードを無視する。真面目に話をするなら、それを聞くのがアツミの役割だ。というか現実逃避がしたかった。

 

「さっきの私達は、きっとミリアちゃんが感じてる私達のイメージだよ」

 

「やめろ、あのアタシを思い出させるな!」

 

「だからここも、きっとミリアちゃんの中の二人のイメージなんだよ」

 

「……どういうことだ? ランテとシルクはどう見ても相性が良かった、仲がよかったじゃねぇか」

 

 傍から見ていて、ランテとシルクはまさしく仲のいい友人同士だった。あそこまで波長の合う二人というのもなかなかないだろうというくらいに、しっくりきた。

 

「アツミちゃんは、ミリアちゃんが他の子とは違う“記憶”を持ってることは、何となく分かるよね?」

 

「この世界に宿痾が現れるより前の文明の記憶だろ。動物だとか、風土的なものとか」

 

「うん。その出処については、ミリアちゃんが話しにくいみたいで、私も聞いてないけど、その記憶の中には――“私達の知らない私達”がいるって、私はなんとなく思ってたの」

 

 ――シェード達の知らないシェード。

 

「んだそりゃ。ありえねぇだろ」

 

「んまぁ、そうだけど。でも、ミリアちゃんが“それ”を知っているとしたら、ミリアちゃんの不思議な知識の山にも、説明がつかない?」

 

 言われて、アツミはすこしだけ考えた。

 心当たりがあるのだ。かつて、宿痾操手“弟”と対決した時のこと。ミリアはいずれ、自分を犠牲に世界を救う。そんな記憶を弟は読み取った、と。

 

 ミリアの性格からしてそれはありえない。だが、ソレ以前の問題として、重要なのはミリアがその記憶を知らなかったということだ。

 後で聞いたら、何だソレはをクビを傾げていたミリアを、アツミは思い出していた。

 

「多分、この記憶もミリアちゃんは覚えてないんじゃないかな」

 

「……ミリアは普段、心の中で擬音だけを考えてる。だけど、やろうと思えば心のなかでアタシに指示を送ることもできる。記憶だってやろうと思えば言語化して伝えられるかもしれねぇ……が、それは自分が自覚してたらの話、か」

 

 ――この記憶が、もしもミリアが自分の覚えていない記憶を、無自覚に伝えようとしているのだとしたら、この世界も納得がいく。

 そして、そう考えた時。

 

 ふと、アツミは思ってしまった。

 

「そして、この記憶の意味が、私なんとなく解る」

 

「――アタシ、も」

 

 シェードは、すでに行き着いていた。

 だって、彼女は間近でそれを経験したのだから。

 

 そう、それは――

 

 

「もしもミリアちゃんがいなかったら」

 

 

 ――あの、初陣実習。

 宿痾の主という存在に対して、あの場所における対抗手段はミリアだけだった。

 

 そう、ミリアがあそこにいなかったなら。

 もっと言えば、ミリアがミリアでなかったのなら。

 

 

「――シルクは、ランテの故郷を滅ぼしていた」

 

 

 シェードたちは、宿痾の主に殺されていた。

 

 そんな、ありえたかもしれない――否、絶対に起こっていただろう事態。

 

「そんなことになれば、いくら相性がよくたってシルクはランテにとっての仇だ。分かりあえるはずがねぇ」

 

 ミリアが歪め、そして変えてきたこの世界の過去に――その時。

 

「つまり、この世界は――」

 

「――ミリアちゃんがいなかったら、もっと“解りやすく”ひどいことになっていたんだ」

 

 アツミとシェードは、初めて辿り着こうとしていた。


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