TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
――アイリスは言った。
姉と自分のための世界を作る。その言葉を疑っていたわけではないが、その言葉の本気度を、私は図りそこねていた。なにせその時、私はシルクを知らなかったし、アイリスが不要なことを喋るはずもない。
口が回って、策がお上手。手練手管と口八丁で私と渡り合うアイリスには、自分がどこまで本気かというのを私に伝えることは不可能だった。
それでも、
<何を驚いてるの。さっさと構えて、お姉ちゃんを助け出すの。ねぇ聞いてるの!? 貴方達のせいでああなったんだよ? せめてその責任くらいは取ってよ、バカミリア!>
――そうまくしたてられたら、私も納得する他無い。
アイリスは本気だ。本気でシルクを助け出すためにここまで来たのだ。そのためなら私達との共闘も何ら問題なく行うつもりで。
柔軟というか強かというか、これもアイリスは考え付くでの行動なんだろうとは思う。だってここで本気で私達に迫ったら、私達は拒否しない。
目的が同じ相手を、拒否できるはずもない。
「……説明してください。あれにケーくんの奇跡が通用しなかったこと、そしてあれに対する対処法です!」
<ふん……仮説くらいはあるんでしょ!? ――あれは開闢機トリスメギストス、名前の通り私のメルクリウスやあなたのケーリュケイオンの同型機で、三機のウチ“過去”に干渉するタイプ>
過去。
おおよそ想定通りだが、確証はなかった。しかしこれではっきりした。この世界における時間の流れ、その優位性が。
ケーくんもアイリスのメルクリウスも、時間に干渉することで奇跡を起こす魔法の杖だ。ケーくんが未来、メルクリウスが現在と来て、トリスメギストスは過去というわけ。
この三つは三すくみの関係にある。未来は現在に強く、現在は過去に強く、過去は未来に強い。理由は……時間渡航でもしない限りは関係ないので、ここでは置いておこう。
で、結果として私がアイリス戦でそうしたように、限界突破同士のぶつけ合いで、優先される方の効果が優先されて、効かなかったということ。
ただ、ソレだけではないと思うけど。
<もう一つ。捧げた代償の重さが違う。お姉ちゃんは世界で唯一の試作操手、あなたが捧げたものは何? 私のメルクリウスにはザコ宿痾を燃料にしたけど>
「ライオンの尻尾の数です!」
<一個でしょ……いやあれ二個だっけ? ……結構なもの捧げたなぁ!?>
――そういえば、アイリスは世界を滅ぼした存在なんだから、滅びる前の文化も知っているよね。となると私のケーくんに捧げる代償の価値が下がってしまう……?
いや、あってもなくてもですね!
<とにかく、お姉ちゃんを止めたかったら、もっと大事なもの――それこそ、私かあなたの命を捧げないと行けないの。メルクリウスでお姉ちゃんを助けようと思ったら、ね>
「私を代償にしないんですか?」
<したくたって、私にとってあなたは大事なものじゃないんだから、価値が落ちる。それで失敗したら詰むからやらない。変な話?>
「……いえ、貴方らしいです」
さて、話は一旦そこまでだ。
アイリスがふっ飛ばした風穴の修復が終わった。宿痾の主がまた動き出すのだ。私達は互いに距離を取る。一箇所に固まっていて、良いことのある相手では決して無い。
<こいつの対処法は、とりあえず装甲ぶち抜いて中から直接お姉ちゃんを引きずり出す。私がえぐるから、そっちが中に入って。いい?>
「了解です。うっかり撃ち落とされないでくださいよ?」
<誰に言ってるのか――な!>
アイリスが、叫びながら突貫する。
私はそれを見送って、直後迫る主の拳をギリギリで躱しながら、主に向かって突撃を始めた。
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戦闘はアイリスが増えたことで、純粋に手数と的が増えたことが一番の変化だ。ケーくんとトリスメギストスの相性が悪いのか、こちらの攻撃はあまり効果がない、自然とこちらが手数で撹乱し、あちらの攻撃で風穴を開ける連携になる。
狙うのは動きを止めること。二足歩行型なので、足を潰すことは有効に思えるが、飛んでいるのであまり効果はない。だから優先して潰すのは手だ。
主は直接的な打撃以外に攻撃手段はない、アイリスがそれを前提に動いているから間違いないだろう。なのでまず腕を潰す。それから足だ。どちらも打撃型の主にとって、有効な攻撃手段である。
「おねえちゃん……ほんとにアイリスさんは信用できるの?」
「信用はできませんが、利用はできます。それに、アイリスだってシルクさんを救いたい気持ちは本物ですよ」
「それが本物なのか……そこが私にはわからないよ……」
ランテちゃんはアイリスを信用できないみたいだ。無理もない、アイリスは敵の首魁で、少なくとも私にとっては尤も優先して打倒しなくてはならない相手だ。
今も、利害が一致しているから協力しているにすぎない。それに、本命はシルクさんを救うことなんだろうけど、他に意図がないとは言い切れない。
ただ、一つ言えることとして、
「性格上、アイリスは手を抜くということをしません。常に全力なんです。だから、騙すにしろ、利用するにしろ――本当に救うにしろ、出し惜しみはしないでしょう」
「だから、それがどうして信じられるのか、私にはわかんないよっ!」
叫ぶランテちゃんを抱えながら、戦況が動いた。私が腕を縛り付けて、そこにアイリスが本気で一撃を叩き込み、腕を吹き飛ばしたのだ。
これで一つ。なんだ、簡単じゃないかと、そう思わなくもない。
だが、即座に直感が叫んだ。これで終わりじゃない!
「――避けてください!」
誰に叫んだか、アイリスに対してなのは間違いないけれど、同時に自分にも言い聞かせているかのようだった。
直後、切り飛ばした腕が“弾け飛ぶ”!
さながら散弾。破片で身体をずたずたにするタイプの手榴弾。どちらにしろ物騒極まりない兵器が、辺り一帯に打ち込まれる。
<うっそ!!>
アイリスの叫びが聞こえてくる。どうやら向こうにとっても想定外だったようだ。私は避けつつ的確に破片を弾くが、アイリスは正面から防いでいるのが見えた。
援護が必要かと杖を向けるが、
<余計なお世話だよ! それより、知っての通り腕は再生するの!>
「わかってますよ。――再生し、戻ってくる破片も、それはすごいスピードになるでしょうね」
――一度防いだと思っても、反対側から交わした破片が再生のために戻ってくる。二段構えどころか三段構えで不意を打ってくる性格の悪い仕掛けは、アイリスのそれとはすこし違う。
アイリスだったら、戻ってくることを宣言した上で、さらにもう一つ手札を用意しているだろう。
手段が狡猾なアイリスと、性格は悪いがシンプルな主のそれは、似ているようで正反対のスタイルと言えた。
「ただ、破片相手なら私にも有効な手札があります!」
叫び、ランテちゃんのマナ供給にまかせて手数で破片を叩き潰す。こうすることで再生の際に使える破片を減らし、更に反対の腕に向かうための道を作り、再生を阻害する。
有効な手というか、有効過ぎてこれ以外に選択肢のない方法だ。
<再生する前に、もう片方の手も潰すよ!>
「あいあい!」
二人して、破片をすりつぶしながら先を進む。それはもう凄まじい散弾に、私達の足は進まない、けれどもここで足を進めなければ、主のもう片方の手には届かない。
そうして、状況が変化しなくなったことで、ランテちゃんがまた口を開く。
「……それに、シルクちゃんはアイリスさんから逃げてきたんだ。逃げてきた相手が追いかけてきて、シルクちゃんは嬉しいの!?」
「それは、そうですがっ! 私達の場合は、会って一日の間なんですよ。アイリスにとって、協調する意志があるだけ、温情なのかもしれません」
お互いに弱みがあった。
私達はシルクさんとの付き合いが短い。これからいくらでも時間がある。そう思っていたからこそ、私達はシルクさんと打ち解けるつもりになれた。
だから、一日の付き合いとしては、私達はまだまだ浅い。お互いの心の底を、全部ぶちまけたわけではない。
アイリスに関しては、どれだけ大切だと言っても、シルクさんが逃げている以上説得力はないだろう。私はアイリスと直接対決したことで彼女に対してある程度の理解があるが、そうでなければアイリスの言葉は戯言だ。
しかし、
<――だったら>
アイリスにだって、一方的に言われて我慢できる内容ではなかったのだ、ランテちゃんの言葉は。
<だったらそこで、黙って見ててよ>
「――――!」
アイリスは、私達を見下ろしながら、膨大なマナをまとわせた巨大な火球を構えていた。
<ミリアちゃんの手の中で、マナを供給することしかできないくせにっ! そんなに私が気に入らないなら、貴方がおねえちゃんを助ければいい! できないくせに! できないなら何も言わないでよっ!!>
「……それ、は」
<私は誰がなんと言おうと、お姉ちゃんを助ける。私にはお姉ちゃんしかいないんだ。アンタ達が私からお姉ちゃんを取ったせいでこうなってるんだ! それでも手伝わせてやってるんだ、文句言わずに手を動かしてよ!!>
まくしたてるように叫び。
アイリスは火球を残る主のもう片方の手に叩きつける。しかし、ダメだ。直情的すぎる!
「ダメです、アイリス!」
<うるさぁい!!>
――叫び、放った一撃は、しかし。
弾け飛んだ腕の破片が盾になって弾かれた。
<こいつ、そんなことまでしてくるの!?>
「シンプルではありますが、柔軟みたいなんですよ、この主!」
<ろくでもないものを作るな、お父様は!>
盾がそのまま、吹き飛んだ主の腕に変わりとして収まろうとしている。このままでは、先程行った工程を、もう一度繰り返すことになる。
その時だった。
「――じゃない」
声。
誰か。
――言うまでもない、ランテちゃんだ。
「足手まといなんかじゃ、ない」
「ら、ランテちゃん!?」
顔を伏せていたランテちゃんは、歯を食いしばりながら、私に抱えられたまま手を上げて、
「私は、月光の狩人だ!!」
――青白い、月光の光を刃に変えて、盾として修復されかけていた主の腕を、一瞬にして切り飛ばした。
「ちょ、それは……寿命を使うんですよ!?」
「わかってる! だから“改良”したの。寿命の代わりになるくらいのマナで代用できるように」
「そんな無茶な……」
「無茶でも、シェードおねえちゃんがやってくれたもん」
アツミちゃんや、ランテちゃんもそうですが、シェードちゃんもどこかおかしな方面に足をツッコミはじめましたね。魔法の開発という分野においては、私やローゼ先生を上回るセンスを有しているのかもしれません。
「――これでわかったでしょ、アイリスさん。私だって戦える。シルクちゃんを助けられる!」
<……>
「それに、おねえちゃん。策はあるんでしょ!? 教えてよ!」
「い? いえ、それは構いませんが……ちょっと待って下さい、説明を纏めるので」
一応、考えはあるが纏まっていない。
腕を吹き飛ばして、足を吹き飛ばして、それから外殻を破壊して中のシルクさんを助けにかかる。それまでにまだ時間があったから、後回しにしていたのだ。
だからそれを纏める時間が必要で。それと並行して再び弾け飛んだ腕の排除。先程切り飛ばすことに失敗したもう片方の腕の破壊。
やることが、一気に増えた。
「だったら、私も手伝う。できることはなんでもする! だから、シルクちゃんを助けよう!」
<……! 言ってくれるじゃん!>
ああ、そういえば。
アイリスは頭がいいけど、基本的に直情的だ。私との対決に、正面からの直接対決という手段を選ぶくらいには。
つまりどういうことかと言うと、
「――何さ、あんな盾すら弾き飛ばせない癖に」
<……>
「だったらそこで、黙ってみててよ」
――私達の立場からアイリスを奮起させるなら、挑発するのが一番的確だ。
ああ、なんだ。
割と相性いいじゃないか、ランテちゃんとアイリス。
「流石にそれは怒るよおねえちゃん!」
<こんな奴と一緒にしないでよ、ミリアちゃん>
「――ほら、やっぱり」
――違う。二人の言葉は同時に飛んでくるのだった。
さて、ある程度連携は取れた。ここからは、時間との戦いだ。待っていてねシルクさん、すぐに私達が救い出すから――!