TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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71 手を伸ばせ、今とこれからに祈りを込めて。

 アイリスの結界が解除されると同時、ミリアは最高速度で主へ対して突っ込んだ。主は現在、肉体を一つの砲塔へと組み替えようとしており、それを防ぐためには砲塔を破壊して、中からシルクを引きずり出さないと行けない。

 

 ただし、ただ引きずり出すだけではダメだ。主はそもそもシルクの中から飛び出してきているので、引きずり出した先で別の主をシルクが製造することになる。

 最も簡単な止める方法は、シルクを取り出した上で誰かを犠牲にメルクリウスを起動させることだが、もちろんそれはしない。他に方法がなければアイリスにとっては願ったりかなったりなので、やるしかないだろうが。

 

 なので、あくまでシルクを引きずり出した後、別の方法でシルクを救うことにした。どちらにせよ、この砲塔主は撃破する必要があるのだが。

 

 ――飛び込んだミリアを受け止めたのは、周囲に散らばる破片を塊にしたものだった。先程の戦闘で盾にしたものと同じだ。

 ならば、とミリアは更に力を込める。盾を破壊することは難しいが、破壊するための行動で盾にするための破片を引きつけることができる。

 

 その横を、アイリスとランテが同時に飛び込んでいく。みればランテはミリアとの間に青白い光が紐のようにつながっており、そこからマナの供給を受けている事がわかる。

 ランテの蒼月の光は特異であり、ランテの身体の一部。故にこれをミリアと触れ合わせることで、円環理論を互いに行うことができるとわかった。

 

 ミリアという外付け回路が存在するが故だが、今ならばランテはアイリスとも正面から撃ち合う事ができるだろう。流石に戦闘経験の差で直接ぶつかれば負けるだろうが――

 

「やあああ!」

 

<吹っ飛べ!>

 

 破片を破壊していく速度は同等だ。主にとってランテは最悪の天敵とも言える相手、その相性差があれば、戦闘経験やスペックの差は補えるのだ。

 

 瞬く間に切り裂かれていく破片たちを遠くから眺めながら、後方で飛び回っているのはアツミとシェードだ。現在、盾にするために破片をかき集めているミリアの地帯以外は、所構わず破片が飛び回っている。

 それの一部を二人はひきつけているのだ。

 

 直接戦闘において、アツミたちは攻撃手段を持たない。実は一応ないこともないのだが、効率が悪く他の三人に任せたほうがいい。アツミたちの役割は陽動と戦況把握だ。

 

『ミリア、てめぇ周りの破片を集めきれてねぇ、ランテたちに一部向かってるぞ!』

 

(わかってます……!)

 

 戦況を把握して、他者に足りていないものを通信で伝えるのがアツミの役割だ。シェードはそれをサポートしつつ陽動を一手に引き受けている。

 便利なのは、返事に言葉がいらないことだ。思考するだけでアツミはそれを読み取ってくれる。なので意志の伝達が非常にスムーズで、連携が格段に楽になる。

 

 それぞれがそれぞれの役割をこなす中で、戦闘は推移していた。

 

『砲塔の完成が思ったよりも早そうだ。ランテ、アイリスどっちでもいい、片方は砲塔の破壊に入ってくれ!』

 

(私が行く! 私のほうが対応力低くて、破片に集中するのはアイリスさんのほうがいい!)

 

 思考しながらランテが飛び出し、砲塔に青白い光を叩きつける。負担が増えることになったアイリスはこころの中で毒づきながら、二対の槍に力を込める。

 

<止められなかったらぶっ殺すから!>

 

 いいながらも、むしろアイリスの効率は上がっているようにも見えた。彼女はもともと一人なので、一人で動く方は動きやすいのだろう。

 

 対してランテも、勢いよく砲塔に切り込んでいく。ザクザクと斬りつけることはできるが、即座に修復されるので、突き刺したらそのまま一気に円を描くように駆け抜けるのだ。

 

「シルクちゃん! 私達頑張るよ! でも、一番大事なのはシルクちゃんの気持ちだから! いっぱい考えて、私はその答えを尊重したい!」

 

“ランテ……”

 

 シルクが迷っている。それは言葉の端からも感じ取れる。だからこそ、ランテはそれでいいと肯定する。シルクに必要なのは肯定だ。それまで一度として肯定されたことのない人生に、ランテという肯定を与える。それこそがランテの戦う一番の理由。

 

「シルクちゃんが迷うなら、その迷いを口に出していいんだよ! 私はそれを聞く、代わりに答えを決めることはできないけど、私の考えを教えることはできる! だからシルクちゃんは悩んで口にして! 皆それを聞きたがってる!」

 

“わたし、の……迷いを……”

 

 考えても見なかったこと。意志を口に出すのは悪なのだと罵倒され続け、否定され続けてきた少女に、自分を語るなんてことはハードルの高すぎる行為だ。

 もちろんこれも、他人に促されたからしているにすぎないが、それでも。

 

 促さなければ、少女は手を伸ばせないだろう。少なくとも今は。

 

“私は、場違いなのよ。アイリスのような超越者でも、兄弟みたいな人類の敵でもない……操手である意味がない”

 

 戦闘が進むなか、シルクの言葉が響き渡る。独白は今にもかき消えそうで、それは今のシルクそのものとも言えた。

 

“けど、人の中で生きていくこともできない。お父様がそうしたから。……私はどこにもいられない。いちゃいけないんだって、そう言われているようで”

 

 やがて、泣き出してしまいそうな声音で語る少女は、どこまでも小さくて、どこまでもか細かった。

 

<――一つだけ言ってあげる>

 

 そこに、アイリスが言葉を投げかける。

 

<今この場で、最も間違ってるのはお父様だよ。お父様は宿痾の目的すら否定してる。それくらいはお姉ちゃんも解るよね?>

 

“……”

 

<世界を破壊したら意味ないじゃん。私達は月光の狩人を手に入れて、人類を滅ぼし、世界を宿痾のものにするために戦ってるんだよ? その土台をふっ飛ばして何がしたいの?>

 

 言われてみれば当たり前のこと。

 その暴走としか言えない行為に、アイリスは嫌気が差しているのだろう。自分の思い通りに行かない余計なことしかしないトリスメギストスを、侮蔑する目で見下ろしていた。

 

<答えは簡単。お父様は壊れてる。お父様を肯定できる要素はなにもない。お姉ちゃんの未来を否定するだけの足かせだから>

 

 手には、最大火力の光弾。これまで破片を破壊しながらコツコツ溜めてきた力を、一気にぶっ放すのだ。

 

<だからせめて、お父様くらいは否定してよ、お姉ちゃん!>

 

 叫んだ言葉とともに、放たれたそれが砲塔を揺らす。同時にランテの一撃も砲塔を切り崩し始めた。グラグラと、完成しつつあったそれが一気に崩壊していく。

 

<トリスメギストスを破壊して、ミリアちゃんも倒せば後は私が人類をゆっくり追い詰めればいい。そのための第一歩。消えてもらうよ、トリスメギストス>

 

 もはやお父様と呼ぶことすらやめて、完全に破壊対象としてトリスメギストスを見定めたアイリスは、更に力を込めて破片を吹き飛ばしていく。

 

「はは、流石にそこは譲りませんか。まぁ、譲られても困るのでその方がありがたいんですが」

 

 ミリアは盾となった破片の塊をグイグイと押しつつ、なんとかそれを突破しようとしている。

 どうやらアイリスの最終目的は変わらないようだ。むしろ変わらない方がありがたいというのはあるが。なにせアイリスは少なくない――むしろ一人としては多すぎるくらいに人類を殺しているだろう。そんな相手との和解など、人類が認めるはずもない。

 あくまで今は、一時的に目的が一致しているに過ぎないのだ。

 

『そりゃ、向こうもミリアに仲間ヅラされたくはねぇだろ。てめぇの存在が、アイリスにとっては一番のイレギュラーなんだろうからよ』

 

「まぁ、そうですけど……しかし驚きましたね。アイリスは私の名前をどういうわけか知ってましたが、“そういう”からくりだったとは」

 

『別に驚くことでもねぇと思うがな。ミリアならやりかねねぇ』

 

 なんですかそれ、とミリアは苦笑する。

 

“ねぇ、ミリア……?”

 

「はい、なんですかシルクさん?」

 

 ――そこで、シルクに声をかけられた。

 

“確かに、私を否定するものはいっぱいあるけど――私に生きちゃいけないっていうのは、お父様だけなのよね?”

 

「そうですね。この状況は完全にトリスメギストスが作ったものです。アイリスが壊れているといいましたが、実際のところその意図は不明。ですが、少なくともアイリスの意志とは相反するものなのは見ての通りです」

 

“だったら……悪いのは全部お父様、じゃないの?”

 

 ふむ、とミリアはすこしだけ考える。

 

「何を持って“悪い”とするかにもよりますが。実はトリスメギストスの狙いは別にあって、私達がそれを邪魔すると、世界にとってよくないことが起きるかもしれません」

 

“……悪が、何れ悪じゃなくなるときもくる?”

 

「そうかもしれません。でも、少なくとも今のトリスメギストスは、貴方を犠牲に世界を破壊する。私達にとっては二重にその行動を許せない相手なんですよ」

 

 だから救う。

 少なくともミリアの意志はそういうものだった。

 

“だったら……”

 

『――ミリア、今だ!』

 

 そこで、アツミが叫んだ。

 ミリアにだけでなく、ランテにも、アイリスにもそれは伝わる。何を根拠に今だとアツミが叫ぶか。――彼女にだけは、それが聞こえているのだ。

 

 

“私は、お父様が嫌!”

 

 

 ――シルクの心の声を、

 助けてと叫ぶ彼女の言葉を!

 

「っだああああああああああああああああああ!!」

 

 ――ミリアが一気にマナを最大まで注ぎ込む。それまで、盾を引きつける意味もあって、全力ではなかったミリアが、最大の勢いで盾を突破しようというのだ。

 

 同時に、

 

「そうだよ! 否定してシルクちゃん! 私達を信じて!」

 

 ランテもまた、砲塔の前で剣を振りかぶる。

 月光の狩人は、大剣を得物に、目の前の障害物を“狩る”。

 

 同時に、

 

<邪魔だッ! 命滅機メルクリウス! 限界突破(コード:オーバーフロー)ッ!!>

 

 アイリスが、主の種を代償に奇跡を起こす。

 最強の宿痾操手は、自分の目的のために宿痾の主さえすりつぶし、奇跡を起こす。

 

“――みんなっ!”

 

「――ここにいる人たちは、誰もが貴方の未来を願ってます。今を守ろうと戦ってます。だからシルクさん!」

 

 ミリアが、一瞬だけ力を貯める。

 瞳を閉じて、意識を集中させて、手にした杖に、力を込め直す。

 

 

「手を伸ばせ、今とこれからに祈りを込めて!」

 

 

 直後、ミリアは盾に風穴を明けて、ランテが切り崩し、アイリスが明けた主の装甲をかいくぐり、一瞬でシルクへと肉薄した。

 

 シルクは装甲に囚われている。鳥かごの中に、涙を流す少女がいた。

 その少女へ、

 

「シルクさん!」

 

 ミリアはただ名を呼んで手をのばす。

 それは――

 

“ミリ、ア――!”

 

 ――シルクが伸ばした手を掴み。

 

 

 そしてここから、奇跡は起きる。


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