TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。   作:ソナラ

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9 アホは自信を持ってそういった。

 ――――信じられないことが、目の前で起きていた。

 

 大切な人が目の前に立っていた。

 月明かりに照らされて、黒髪の少女は自分が踏み潰した宿痾の上にまるで何事もなかったかのように立ち、シェードのことを見下ろしている。不思議と、それはとても神秘的に見えた。

 先程までの光景を見なかったことにすれば。

 

 シェードは息を呑む。

 先程、あまりにも唐突に、あまりにも不思議な方法でここまでやってきた少女とは思えないほど、目の前の少女は綺麗で、心惹かれて。

 見ているだけで、胸から熱い思いが溢れ出してくる。

 ああ、この気持ち、何ていうのだろう。母は確か言っていた――

 

 そう、思っているところに、ミリアの後方に無数の宿痾が迫っていることにシェードは現実へ引き戻される。

 

「――ミリアちゃん!」

 

 叫んでいた。

 危ない――と。

 

 いくらなんでも、これだけの数を相手にミリアが耐えきれるとは思えない。シェードでは逃げることしか敵わない相手、たとえミリアでも――

 

「シェードちゃん、そこを動かないでください。絶対です」

 

 しかし、ミリアは何の心配もないといいたげに、魔導機もなく二本の白い剣を生み出して、飛び上がる。

 直後――

 

 

 ――幾つかの破片が宙を舞った。

 

 

 それがミリアに切り裂かれた宿痾の破片であることに、シェードは一瞬気が付かなかった。ミリアは構わず空を飛び回り、跳ねるように、踊るようにしながら剣を振るう。

 気がつけばミリアとシェードの周囲の宿痾は消え失せて、空白地帯ができていた。

 

<UYQ>

 

<UYQUTQ>

 

<UYQUYQUYQUYQUYQUYQUYQUYQUYQ>

 

 警戒するように、宿痾たちは距離をとった。月に照らされて少女が一人、自分が積み上げた宿痾の山に、ぽつんと降り立つ。

 

 ――天使を見た。

 白い二本の剣は天使の翼、無垢なる瞳に、幼気な笑みを浮かべて天使は何気なく人を救った。

 

「ミリ、アちゃ――」

 

「シェードちゃん、大丈夫ですか!?」

 

 即座に、ミリアが宿痾から滑り降りてシェードに近寄ってくる。その姿に、どうしようもない希望という安堵に――思わずシェードは、

 

「あ、あああ、あああああ!!」

 

 涙を、流した。

 

「シェ、シェードちゃん!? 大丈夫ですか!?」

 

 寄り添って困惑しながらも――天使、ミリア・ローナフは友人の危機に間に合った。

 

 

 <>

 

 

 ギリギリセーフ! 途中から明らかにシェードちゃんが宿痾くんたちに囲まれ始めてたのでとても焦りましたよ! 結果自分を弾丸として射出して着弾する形になりましたが、なんとか間に合ってよかったです。

 

 シェードちゃんが外に出て、私の探知魔法に引っかかったのは少し前のこと。

 ちょっと夜風に当たりに行ったのかな、と思いつつ、寝ぼけてたせいで数分遅れていたのが運の尽き、結果外にいる宿痾の存在を思い出して私は慌ててシェードちゃんを追いかけた。

 

 色々あって、駆けつけるのにも苦労をする現状、シェードちゃんに何かあったらと思うと、私は耐えられそうにない。

 いや、ほんとによかった。私にできることにも限界はある。

 これも、その限界の瀬戸際の一つだったから、間に合うかはやってみなければ解らなかったのだ。

 

 それにしても、シェードちゃんは泣いてしまった。泣かせるようなことをしてしまっただろうか。それとも宿痾くんたちがシェードちゃんに酷いことをしたのだろうか。

 きっ、と睨みつけながら自分とシェードちゃんを光で覆う。これは私の使える一番硬い壁なので、とても便利だ。

 

<DJQ>

 

<TLKDJ>

 

<QKDNFQ>

 

「うるさいですね!」

 

 宿痾くんたちはあいも変わらず下劣に囀っている。人を殺すためだけに生まれた怪物、邪悪にあざ笑い、私達をなぶることに最大の幸福を見出す人類の敵は、今日も変わらずお下劣だ。

 叫びながら、シェードちゃんを守るように抱きしめる。

 

 失ってしまったら、私はどうすればいいのかわからない。

 シェードちゃんは、私の初めての友達なんだから。――それだけで、私がシェードちゃんを守るのには、十分な理由だ。

 

 とはいえ……

 

「シェードちゃん、あのですね」

 

「うん、うん……なぁに、ミリアちゃん」

 

 

「これから、どうしましょう」

 

 

「無策!?」

 

 ハッキリ言って、どうしたものか。

 事態はあまり単純ではなかった。このままシェードちゃんを抱えてこの場を突破して終わり――にできればいいのだけど、残念ながらそうもいかない。

 

 宿痾は既に私達を捕捉しているから、戻ったところで守らなきゃいけない人を増やすだけ、流石にこれ以上はもう無理で、ここでなんとかする以外に方法はない。

 

 手が足りない、圧倒的に、手札が足りてない。

 私は、手元を見る。

 その手の上に、乗せられているモノの数を、考える。そして――

 

 

「――――お困りのようねぇ、ミリアちゃん。あ、かわいい下着」

 

 

 地面から、ぼこっと土をかき分け現れた、ローゼにスカートの中を覗かれた。

 

 

「へ、変態だああああああああああああああああ!!!」

 

 

 私とシェードの叫びが、同時に森へ響き渡った。

 なんなんですかこの人!?

 

 

 <>

 

 

 地面をかき分けて現れたのは、地面には宿痾がいないからだ。宿痾というのは汚れを嫌う。土にまみれながら地面を掘り返して進むなんてのは、彼等の生態からすればもってのほかで、故に時折死地に閉じ込められた戦姫を救うため、地面を掘り進めて救出に向かうこともある。

 今回も、そういうことらしかった。ただ、ここから帰れるかというと、少しむずかしい。あくまで地面を掘り進めないのは、必要がない上に汚いからであって、そこに人がいると解れば、宿痾達は容赦しない。一度奴らの視界から逃げ切って、その上で土の中に逃げ込まないといけないのだ。

 

「うーん、レギオンクラスの宿痾かぁ、こりゃまたとんでもないのをトレインしちゃったなぁ、アスミル隊」

 

「アスミル隊?」

 

「この辺りの警備を担当する部隊の名前、一昨年学校を卒業したんだけど、それまでの間に欠員が二人しか出てない優秀な防衛部隊だよ」

 

 辺り一面に広がる宿痾の群れに、ローゼは困ったように頭を掻いた。ハッキリ言って、状況は最悪と言っていい。これだけの宿痾を相手に、ミリアが生み出した光の塊は完全に攻撃をシャットアウトしていて、状況は膠着しているが、それもいつまで続くか。

 第一、この宿痾の群れが、ミリア隊のキャンプに気が付かない保証もないのだ。

 少なくとも、ミリアの様子を見る限り今の所それはなさそうだが。

 

「ミリアちゃん、この金の玉を解除して全力で殲滅したとして、何秒くらいで殲滅できる?」

 

「金の玉やめてください!」

 

 ――ハッキリ言って、先程の戦闘はローゼも見ていたが、アレは下手をすると既にカンナと同等か、ソレ以上の戦闘能力を有するかもしれない。

 カンナの戦闘もそれはそれは素晴らしいものだったが、ローゼをして、それに並ぶと言えるほどのミリアなら、レギオンの殲滅は十分に可能な範囲だ。

 

 問題は――

 

「……一時間くらいあればいけますかね?」

 

 あまりにも時間がかかりすぎるだろう、という点。

 

「ううん、このレベルの群れ相手だと、私は防衛できて一分が限度ねぇ」

 

「一分……ですか」

 

「わ、私は二人がしてる会話が、現実離れしすぎてて理解が追いつかないよ……」

 

 ――そもそも、このレベルの宿痾群体相手では、防衛が関の山というのが常識で、殲滅は選択肢にも上がらない。しかし、本物の天才は、それが選択肢になる程度には異常な存在なのだ。

 

「……この場にカンナがいれば、な」

 

 もしもカンナがいれば、きっとこの宿痾の群れ相手に、生徒たちを守りながら撤退させることが可能だろう。生徒たちは生き残れて一人か二人、という程度だろうが――それでも、それができるだけカンナという人材は異常なのだ。

 もっと言えば、生徒さえいなければ、時間をかければカンナはこの群体の殲滅が可能。――もちろん、ミリアもそれは同じだ。

 

 まぁ、と内心ローゼは零す。

 

 

(“主”がいなければ――だけど)

 

 

 主、宿痾を統率するボスと言うべき存在。戦姫では()()()討伐できない最悪の敵。それさえいなければ、カンナならばこの場はどうにかできるだろう。

 ――代わってほしい、なんて言うべきではなかったか。ローゼは今更ながらに後悔する。

 上手く行かないものだ。

 

「……あの、ローゼ先生」

 

「うん?」

 

「先生の変態的知識で、この場をどうにか好転できませんか?」

 

「私は変態じゃないわよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ――ともあれ、ミリアの方から声をかけられた。

 ローゼは、自分が変態だと思われていることに衝撃を覚えながらも、思考を巡らせる。状況を好転させる――と言っても、そんな知識が自分にあると思われるほど、自分は変態だろうか。

 

 しかし、

 

「……あるわね」

 

 あった。

 

「あるんですか!? 変態!!」

 

 ミリアはシェードを庇うようにしながら、顔を赤らめて距離をとった。

 ふー、ふー、と息を荒らげながらローゼを警戒している。

 

「お、おちついて頂戴。研究に変態性なんてないわ」

 

「貴方は変態ですけどね!」

 

「――相互変換理論って、ミリアちゃんはしってるわよね?」

 

 スルーすることにした。

 

「蛙の子は蛙理論!」

 

 ミリアは即座にそちらへ興味を移した。シェードが冷静じゃなくてよかった、とローゼは思う。自分が変態などという風評被害がミリアの中で固定してしまったらまずい。

 とはいえ、ミリア本人は変な覚え方をしていたが。

 

「じゃあ、これは仮説でしかない理論なんだけど――相互円環理論って言われて、ミリアちゃんはピンとくる?」

 

「……んー、蛙をバーチャルの世界で再現するってことですか?」

 

「バーチャル?」

 

「あ、なんでもないです、忘れてください」

 

 ミリアは慌ててブンブンと首を振って否定する。ツッコミたいところだが、突っ込んでいる時間はない、今も金玉の外はすごい勢いで宿痾の攻撃を受けているのだから。

 それを抑えるミリアも、なんだか顔をしかめている。うるさそうだった。

 

「相互変換理論は、触媒を使って魔導機やマナをなしに魔導を起動させる理論だけど、この触媒って、実は何でもいいんだよね。二つの間に相関性さえあれば」

 

「はい、私も試してみましたけど、いろんな組み合わせで変換できました。一番びっくりしたのは月とスッポンで変換ができたことです!」

 

「まって月って何、あの空に浮かんでるやつだよね?」

 

「えへへ」

 

 ――理解できないことが増えたが、ミリアは相互変換理論、そしてそこから派生した相互円環理論について、正しい見解を持てているようだ。

 ならば、とローゼは続ける。

 

「もしも、その変換に使用するものを、私達が無限に供給できれば、どうなる? 私達は、無限のマナを生み出すことができる」

 

「なんでも変換できるなら、無限に変換できるものを用意すればいい、ってことなんですね! ウロボロス!!」

 

「うろ……? まぁ、そういうこと。じゃあ、それが何かって言えば――」

 

 そうやって、ローゼはもったいぶる。

 話の骨子は、そこだ。もしもそれを変換できれば――無限のマナさえあれば、事態を切り抜けることができるかも知れない。

 

 だから、

 

 

「――――気持ち」

 

 

 ぽつり、とそれまで話を聞いているだけだった、シェードが口を開く。

 

「……そう、気持ち、感情だ」

 

 ローゼが肯定し、シェードは、ミリアを見上げた。

 

「感情は無限に湧き出てくる。喜しいの後には、怒りが。怒りの後には、哀しいが。哀しいの後には――楽しいが」

 

 そうして、感情は円環していく。

 故に相互円環理論。この理論は、端的に言って――()()()()()()()()()()()()()()()ことで成立する。だから、

 

 ――ミリア一人では、絶対に不可能な方法だった。

 

「しかし」

 

 ――ローゼは、抱き合いこちらを見る、二人の少女へと告げた。

 

「問題がある」

 

「……それは?」

 

「この理論の最も重要な点は、二人の気持ちを一つにする、ということ」

 

 それは、つまり。

 

 

「本当の意味で、心の底から、気持ちを、感情をシンクロさせなければこの理論は成立しない」

 

 

 ――その言葉に、シェードの顔はこわばった。

 そうだ、そんなこと()()()()()()不可能だ。人は、常に違うことを考えていて、人は、常に間違える。特にシェードは、大好きな相手を、気持ちを間違えたがゆえに傷つけた。

 だから、心の底から思う。

 

 そんなことは、不可能だと。

 

「……かつて、私とカンナはそれに挑み、失敗したわ。私とカンナは、()()()()()()()()()()()()()よ。……アイツのことは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ローゼは、そこで初めて顔を暗くする。

 話したくはない、思い出したくはない過去を、思い出しながら。

 

「でも、できなかった」

 

「……!」

 

「試すようで、酷いことを言うけれど――――あなた達には、それが可能なの?」

 

 ローゼは、未練がましく。

 そして――少しの嫉妬とともに、そう問いかけた。

 

 自分は、意地悪だ。

 シェードの顔が、悲壮に歪む。

 教え子にこんな顔をさせて、何が教師か。

 

 ――ああ、でも仕方がないだろう。自分とカンナだって、この二人に負けないくらい、お互いのことを親友だと信じていたのだから。

 

 ローゼは、

 

 

「――――できます」

 

 

 自信に満ちたミリアの顔を見ながら、嫉妬を隠せない自分に、バツが悪そうに苦笑するのだった。




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