この小説に出てくるトレーナーは兄を名乗る不審者(厳密に言えば脹相七割、東堂三割)です。
だから決してこの小説のマネは特級呪物を飲んで平然とできる人に向けてお願い致します。
──春
それは始まりの季節。
土からは芽が芽吹き、蕾から花が咲き誇る。
心地良い暖かさに桜の花は空を彩るように広がる。
ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園────通称トレセン学園。
東京の府中にある巨大な土地を所有する学園は国民的スポーツエンターテイメント───『─トゥインクルシリーズ』を目指すウマ娘が集まる全寮制の中高一貫校だ。
本日、入学式を迎えたトレセン学園では新たな歴史に名を刻むであろうウマ娘達を祝福ムードで迎え入れていた。
そんな由緒あるトレセン学園のど真ん中で────
「…………」
「…………」
────顔を真っ青にして震えるウマ娘と病的なまでに白い肌をした男が相対していた。
ライスシャワーは後悔していた。
────ライスシャワー
『祝福』の名を冠するウマ娘は幼い頃から絵本の登場人物のようなキラキラしたものに憧れを抱いていた。
自分もいつかキラキラと輝きたい。
そんな時、親が見ていたテレビの中継が目に入った。
それは選ばれた最速のウマ娘達が走るトゥインクルシリーズのレース中継だった。
レースではファンからの熱い声援を受け、勝者しか立てないウイニングライブでは歓声を一身に浴びる。
────この舞台に、ライスも立ちたい!
いつしか彼女の進む道はトレセン学園へと向いていた。
見事、入学試験を合格した彼女は初めての都会にビクビクしながらも目的のトレセン学園へと辿り着いた。
そこは桜の花びら散る校舎。
ライスシャワーにとって見る物全てが輝いていた。
輝かしい校舎に見蕩れながら校門をくぐるライスシャワー。
「入学式まで時間はあるよね………」
そう考えてこれから過ごす校舎を見て回ろうとするライスシャワー。
しかし、彼女はその時忘れていた。
自信が不幸体質である事を。
ここはウマ娘が通うトレセン学園。
ウマ娘が練習する為の施設──数種類のレース場は勿論、プールやトレーニングルーム、スタジオに練習用野外ステージなど、ウマ娘にとって必要な物は全て揃っている。
まぁ、何が言いたいかと言うと、めちゃくちゃ広い。
「………迷っちゃった」
立派な校舎に負けない立派な渡り廊下の真ん中でポツリと呟く。
物の見事に迷子。
流石は『静かに走る』が校則の学園。
理事長が謎の機械を乗り回したり、ある芦毛のウマ娘がセグウェイで爆走しているだけあって規模が違う。
彼女は焦りに駆られ周りを見渡す。
入学式まで残り僅か。
遅刻し堂々と会場に入る程、ライスシャワーのSAN値は高くない。
「ど、どうしよう……遅れちゃう………」
そんな折、視界の端に人影を見つける。
いつもなら話し掛けるのを躊躇するライスシャワーだったが事情が事情な為にライスシャワーでも驚くほどに大きな声が出た。
「すみませんっ!」
呼び止めた背中がライスシャワーへ振り向く。
中肉中背の普通の体型。
目の下に横一文字に走る黒いペイント。
黒い髪を後ろに二つに纏めそれが尖る様にあちこち跳ねている変わった髪型をしている。
尻っ端折りをした着物の襟には蹄鉄を模したラペルピンが付けられているという事はトレセン学園のトレーナーだと分かった。
しかし、やる気のない無気力な顔。
病気かと思う程に肌白い肌。
それらが合わさりホラー映画に出てくる亡霊を連想させてしまい────
「ヒィィィィイイイ!?!?」
「ヒヒーンじゃなくて?」
────叫んでしまうライスシャワーと冷静に的はずれな突っ込みをするトレーナー。
そして、時は冒頭へと戻る。
それから無言で向かい合ってどれくらい時間が経っただろうか。
今すぐに謝り倒してこの場から逃げたいライスシャワーだが、男の無気力ながら凄みがある目付きに体が動けないでいた。
「見ない顔だが今年から入る新入生か。なら何故ここにいる?そろそろ入学式が始まるぞ」
トレーナーの口から出たのはライスシャワーの事を気にする言葉。
ライスシャワーは自身を案じてくれていると分かり多少、緊張が解れる。
「じ、実は迷ってしまって………」
目を泳がせながら経緯を語るライスシャワー。
だが、トレーナーはそんなライスシャワーを後目に彼女の、厳密には彼女の体を下から上までじっくりと舐め回す様に見ていた。
もうこの時点で犯罪臭がするが、残念ながら周りには通報する人間もウマ娘もいない。
「長距離、ステイヤー………身体のバランスも良いがあまり柔らかくはないか………だが、中堅クラスなら余裕でいけるな………」
やる気と生気のない顔に僅かな興味が宿る。
「新入生、名前は?」
「ら、ライスシャワーです………」
「そうか、ライスシャワー。お前に聞きたい事がある」
『いや、そんな事より会場を教えて欲しいのだけど………』とライスシャワーは当たり前の事を心の中でボヤくが、トレーナーは一拍置いて言葉を紡いだ。
「お前は兄弟、姉妹ならどれが
お前は何を言ってるんだ?
ふとライスシャワーの脳裏にそんな事を言っている格闘家の姿が過ぎる。
いや、本当に何を言っているんだろう。
もしかして、これは緊張を解す為の会話なのだろうか。
「…………」
いや、ガチみたい。
答えを待つ様に真っ直ぐとライスシャワーの目を見つめている。
何でそんなことに真剣になっているのだろうか。
全くもって理解が追いつかない。
今までに会った事の無い、これからも会う事が無いタイプの人間に困惑するライスシャワー。
さっさと答えて入学式の会場を聞き出して逃げよう。
そう思ったライスシャワーは口を開いた。
「えっと………『兄』なら欲しい、かな………?」
小さく呟かれた言葉。
しかし、その音はトレーナーの鼓膜と耳小骨を振動させ────
蝸牛の中のリンパ液が内耳の中で振動させ────
聴神経が脳に情報を伝える。
僅かに目を見開くトレーナー。
瞬間、トレーナーの脳内に溢れ出した
カーテンの隙間から春の暖かさを含んだ日光が漏れる。
薄暗い部屋の中、男が布団に包まり、それをウマ娘が揺すりながら起こしている。
『お兄さま………早くしないと学校に遅れちゃうよ?』
『ぅん………あと五年………』
『五年もしたらライス、とっくに学校卒業しちゃうよ?』
『よし、今起きる』
まるで某世界的有名ダンス歌手のゾンビダンスの如く起き上がるトレーナー。
毎朝行われる何時ものやり取りをライスシャワーは噛み締めるように笑った。
朝食と準備を終え、家を出る二人。
春の陽気に包まれながらトレーナーは突然に口角を上げる。
『ふっ………』
『どうしたの、お兄さま?』
『こうやってライスと一緒に登校出来るのが嬉しくてな。あんな小さかったライスが俺と同じ学校に通えるとは………』
『ふふっ、いつも同じ話をするんだから。ライスだってちゃんと成長してるよ?』
『ほう、その割には身長が変わっていないな』
『むっ、少しは伸びてるよ』
『ハハッ、どうだかな』
兄のからかいに頬を膨らませながら反論するライスシャワー。
それを意に介さないトレーナーにライスシャワーは『もうっ』とそっぽを向いた。
妹の囁かな反抗。
それさえもトレーナーにとってはライスシャワーよ可愛らしい一面である。
『でも………』
そろそろ謝ろうかと思ったトレーナーだったが、それよりも早くライスシャワーが口を開いた。
『ライスもお兄さまと通えて嬉しいよ?』
春の風を浴びながら穏やかに微笑むトレーナー。
そして、同じ様にライスシャワーも黒の尻尾を揺らしながら微笑む。
並んで歩くその背中を誰もが『仲良し兄妹』と称するだろう。
そんな、春の季節の何気ない朝の出来事。
「地元では有名な仲睦よし兄妹………か」
場面は変わりトレセン学園。
ふと、上を見上げるトレーナー。
それは涙が零れないようにしている様に────
「どうやら俺達は『兄妹』のようだ」
「今、自己紹介したのに!?」
────と言うより目や鼻や口から体液を零しまくっていた。
何だろう。
嫌な予感がしてきた。
ライスシャワーは早々に立ち去ろうと促そうとする。
「あ、あの………そろそろ会場の場所を………」
「違う。俺はお兄ちゃんだ」
「話が通じない………」
ライスシャワーの中で変なトレーナーから変態なトレーナーへとランクアップしていた。
ずいっ、と近づく
そして、ずりっ、と後退る
「とりあえず一回呼んでみてくれないか?」
その時、トレーナーが微笑んだ。
それは『ニチャア………』と言う擬音が付きそうな笑み。
瞬間、ライスシャワーの背に氷が滑り落ちたかのように身の毛がよだつ。
そして、トレーナーはその言葉をゆっくりと口にした。
「『お兄ちゃん』と」
「ヒィィィィイイイ!?!?」
もう耐えられない。
気づけばライスシャワーはトレーナーに背を向け走っていた。
トレセン学園の入学試験の際に行われた体力テストの時よりも必死に全力全開で。
もう、このお兄ちゃんを名乗る不審者から逃げれるなら脚なんて壊れてもいい。
それを首を傾げ、逃げ出した理由がマジで分からないトレーナーは音速で遠ざかっていくライスシャワーの背中に声をかける。
「入学式が行われる校舎はそこを曲がって真っ直ぐだぞー、
「ピィィィィイイイ!?!?」
本日三回目の悲鳴。
いつの間に自分は兄妹になったんだ?
と言うかこの人何者?
本当にトレーナー?
疑問と風と不審者の声と危険を感じながらライスシャワーは春の校舎を駆け抜けた。
これが無名から悪役、悪役から英雄へと変わっていく小さなウマ娘とそのウマ娘に何時までも寄り添った兄を名乗る不審者のファーストコンタクトである。
後、入学式には間に合った。
脹相七割と書きながら東堂成分が多かった事をここに反省します。