モンスターハンターライズ ~瑠璃色の歌姫と黎明の剣斧~ 作:丙玄武
一陣の風が、モンスターに暴威となって降り注ぐ。
短い二本の刃が、風を伴い、モンスターに襲い掛かってその風を赤く染め上げる。
暴力的なまでの赤、赤、赤。それだというのに、彼の纏う白い防具には血などは付着などしていない。
飛び上がりながら、駆け抜けながら、留まりながら。
あらゆる攻撃が、連撃が、嵐のようにモンスターに叩きこまれた。
少女はスコープ越しにその光景を見た。
彼のことは知っていた。いや、知っていたつもりだった。
強いということは聞いていたし、本人を見たら驚いたが、握手をしたときの、あの岩のような手の感触が忘れられない。
鬼のように歯を食いしばって、双剣を操る彼を、果たして誰がそう呼んだのだろうか。
――――『剣鬼』、と。
一話 瑠璃色の少女と黒髪の少年
「まぁ、このカムラの里に!」
「援軍が、いらっしゃるのですね!」
二人。女性がそうキラキラした目を向ける。いや、一人はあまり表情を変えていないが。
相手は壮年の男性だった。年は取って良そうだったが、それに見合わない、衰えを知らぬ肉体が、まだまだ壮健だと物語っていた。
うむ、と仰々しく頷いた男性は、歯を剥いて笑った。
「何でも、期待の星だとか何とか。詳細は聞かされてないが……まぁよし! どうだ、リンコ。お前もこれで楽になるぞ!」
「そうだったら嬉しいです、フゲンさん! ボク、やっぱりハンター一人はしんどかったしさぁ」
嬉しそうにしていたのは、小柄な少女だった。光の加減で瑠璃色に透き通る長い髪をポニーテールにして、活発そうな造作に笑顔を浮かべる。
背中には、狩猟笛という武具を担いでいる。カムラノ鉄笛を強化した、カムラノ鉄笛Ⅲという代物。
相手にぶつけてダメージを稼ぐ、いわゆる打撃武器なのだが、この武器の肝は、叩くことによって生じる旋律にある。特定の音色が響き渡ると、人に共鳴して身体能力が向上したり、傷が癒えたり。不思議な武器だ。
リンコと呼ばれた少女は、虫を投げ、高い建物のてっぺんに、引っ張られた。翔虫という、カムラの里の人間が扱う虫だった。その扱いやすさと利便性は戦いにも移動にも役立つ。
「あ、見えた! ……あれ? 武器は、担いでるけど……あれ?」
リンコは首を傾げた。期待の新星だから若いのは彼女の想像通りだった。
でも、担いでる武器が……。あれは、双剣だけど。あんな、ちゃっちい武器。
初心者が担ぐ鉱石系素材の武器、ツインダガーⅠだ。期待の新星とはいうけど、あんな武器でこれからの百竜夜行を凌げるわけがない。
「フゲンさん、なんかしょぼそうだよ。防具もレザー系だし。武器もツインダガーだよ?」
「……。それは、困るな。しかし問題ない! お前も急成長しただろう、リンコ。彼は飛躍するかもしれん!」
「……即戦力じゃなきゃ意味がないよ。使えないなら、それでいい。ボクが倍頑張ればいいんだ!」
そんな決意をするリンコを余所に。
青年は物珍しそうに、歩みを進めるのだった。
ここがカムラの里かぁ。鉄鋼業が盛んらしいけど。
なんというか、不思議な雰囲気だ。かつて見た、ユクモ村によく似ている。全体的にとても落ち着いた雰囲気だ。
「……なりたてに戻ったみたいだなぁ」
自分の格好を見て、苦笑してしまう。
レザー一式に、背中の剣はツインダガー。正直、頼りない。
でも仕方がない。荷物は全部引き払って来たし、纏っていた防具も、危ないからと思ってなりたてのハンターに渡してしまったから。
それでも襲われそうになったから、嘴をへし折って逃げてきたけど。何だったんだろう、あのモンスター。みたことない種類だったな。
さておき。
俺ことユウリは喉を潤すべく水筒を取り出す。残り少なかったが、もう里だ。よかった、これで安心できる。
「ねえねえ、お兄さん! この里は初めて? お茶飲んでかない?」
声を掛けてきたのは、緑色の不思議な服を着た少女だった。茶髪で、活発そうで、そして人懐っこそう。
俺は愛想笑いを浮かべた。反射的に出てしまう、曖昧な表情。
「ごめんね、お金ないんだ」
「あ、そうなんだ! じゃあ、お試しってことで! お腹空いてる? 丁度余ってるよろず焼きがあるんだよね、食べてくれないかな?」
「ありがとう、もらうよ」
「じゃあそこに座ってね!」
言われるがまま、石の椅子に座ると、ご機嫌な歌が聞こえる。
不思議な旋律だ。今まで歌は結構聞いてきた方だけど、こういう歌は久しぶりだ。
聞き入っていると、いつの間にか、キノコの串焼きと緑茶を出されていた。ニコッと微笑むと、彼女は他に呼ばれて去ってしまった。
「……いただきます」
言いつつ、キノコに齧りつく。……ドキドキノコかな。焼くと割と効果が無くなるんだよな、キノコって。それでも焼いたことで染み出してくるエキスが非常に美味だ。塩も淡く振られてあって、味は抜群。
それを緑茶で流し込んで、ようやく人心地着いた。
「随分と能天気なのがきたみたいだね」
声のした方を振り向くと、女の子がいた。
陽光に透ける瑠璃色の髪の毛。大きな赤い瞳。まだ幼い、十四歳程度だろうか。背が低いからそう見えるのか。この年頃はナイーブだし、触れないようにしないと。
……見たことないけど、あれは狩猟笛なのかな。ということはハンターか。
そんなに実力があるようには見えない。でも、弱くはない。
実力がある人間は、どこかしら雰囲気があるけど……彼女は、それがまだ淡い。なりたてだろう。
「ギルドから呼ばれて派遣されたって言うの、キミ?」
「あ、はい。ユウリと言います。よろしくお願いします」
「……なんなの、その貧弱な装備は。馬鹿にしてる? キミみたいな弱いの派遣されても、仕方ないんだけど」
「あ、あはは……。面目ない。でも、頑張って役に立つよ」
微笑みを浮かべる。けれど、それは彼女には火に油だったようだ。
万能の交渉術である笑顔も、たまに有効に働かない相手がいる。
俺が悪いのか、間が悪いのか。それは良く分からないけど。
「ともかく。邪魔はしないでね。それじゃ」
「……」
一方的にまくし立てて、一方的に去られてしまった。
まぁ、俺の装備を見て実力がないと判断するのは正しい。
事情くらい聞いて欲しかったけど、今更追いかけて説明しても、恐らくあの態度では取り付く島もないだろうことはもう目に見えている。
「ふふっ、可愛いですよねえ、彼女」
「ですねぇ」
「あら、驚いてくれないんですか?」
「いや、足音してましたし。気配もしてましたし」
「あら。どうやらまだまだみたいです」
黒い髪をロングにした彼女が、そう微笑む。とても貞淑で、しかし品のある所作だ。ゆっくりしているのに、トロ臭くないというか。綺麗な動きをしている。
「私、ヒノエと申します。貴方が、新しいハンターさんですか?」
「あ、は、はい。ユウリと申します。どうぞ、お見知り置きを」
「ふふっ、そんなに緊張なさらないで。でも、何だか……随分、綺麗な装備ですね」
「俺もそう思います」
遠回しに多分、俺の装備の使い込みの具合を指摘されているのだろう。
そう、全くの新品同然だし。なんか肩身が狭い。それでも、あの時、あの子を守るために装備を着せたのを、全く後悔はしてない。
「気を悪くされないでくださいね。あの子、焦っているんです。百竜夜行というものはご存知ですか?」
「えっと、大群のモンスターの襲撃、くらいは聞いてます」
「それに対抗するために、あの子は戦っているんです。でも、マガイマガドというモンスターが現れ……現時点で、勝てる相手ではないと、彼女――リンコは悟ったんです。一人だけでは、無理だと。だから、貴方に期待したのですが……新米さんだったんですね」
「う、うーん。そうですね、ギルドカードもなくしてしまい……自分の証明ができないので、新米で」
「はい。それでは、フゲン様の元へ案内します。こちらへ」
誘われるまま、俺はフゲンという男と会った。
かなり……雰囲気がある。歴戦の猛者だということは、何となく伝わる。
「フゲンだ。よろしく頼むぞ」
「ええ」
握手を交わす。
大体、ヒノエさんの言う通りのことになっているらしい。それで、フゲンさんは――
「リンコを、頼む」
と最後に言った。
……。へこたれてる場合じゃない。
やることは変わらないんだ。とりあえず、武器を強化して、防具を作って。
装備を整えてから、彼女と一緒に百竜夜行を戦い抜く。
うん、大丈夫。
俺はやれる。
とりあえず、まずはキノコ探したりしようかな。自分で食べる分くらいは採取なりしなきゃいけないし。
ヒノエさんがクエストを管理しているということで、ささっとオサイズチというモンスターを狩りに、大社跡に向けて、俺は歩き出す。
そう言えば、フゲンさんから翔虫というものを貰ったけど、これで何をするんだろうなぁ。
「里長、彼は本当に新米なのでしょうか」
「ヒノエ、やはりそう思うか」
「……あの雰囲気、尋常ではありません。穏やかですが、刺すような闘気を感じます」
「だな」
「里長、手が、震えて……?」
「……何億、剣を振れば。どういう鍛え方をすれば、あの鋼のような手を手に入れられるというんだ。……武者震いだ。ヒノエ、ミノトとゴコク様に彼の資料を集めるよう言ってくれないか」
「かしこまりました」
「……この里を守る、一陣の風になるか。我が気焔を煽り立てる――その、風に。なあ……ユウリ」