モンスターハンターライズ ~瑠璃色の歌姫と黎明の剣斧~ 作:丙玄武
「……え?」
聞いた言葉を受け入れられずに、思わず聞き返してしまう。
ハモンさんは首を左右に振った。どうにもならない、と言わんばかりに。
「このスラッシュアクス、壊れている。この素材を修理するだけの施設が、この場所にはないんだ。分かってくれ、ユウリ」
「……あ、あはは。そうですか。そっかぁ。ここだと中央のドンドルマが無難かなあ。直してもらいます」
「そうした方がいい。その防具も、ついでに直してもらえ。金具にどんな金属使っているんだ、戻そうにも戻せなかった」
ハモンさんは不満そうに顔をゆがめた。無理もない、かなり整った施設じゃないと、この防具は……。
EXオルムング装備。しばらく、ハデスとこの防具ともお別れなのは本当に悲しいけど、直らないことはない。
「特にスラッシュアクスは簡単には直らんぞ。ディアブロスの牙の素材が折れているし、変形機構のトリガー部分がいかれてやがる。取り替えなければな」
「あー……」
そう言うことなら、仕方ないのか。
上位のヨツミワドウを倒したまでは良かった。
ルインもこの里でハンターの修業をすると言っている。ポッケ村にいた頃、顔見知りでもあったから、見知った人が増えるのは単純に心強い。
問題はリンコの方だった。
あれ以来、口を利いていない。気まずい。経緯を隠したというか、言えなかったのは俺だったけど、結果的にリンコのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
そう思うと、下手に声を掛けられなかった。
経験上、慰めの言葉は基本的に上からととられ、喧嘩になる。仲間とよく揉めたものだった。ユクモの村では、触らぬ神に祟りなし、と言うそうだ。放置するのが一番らしい。時間が、解決してくれるのだという。
でも、百竜夜行と言うものは、待ってくれないだろう。
その間に、何とか彼女の協力を取り付け、分担を決めないと。
マガイマガド、というモンスターが強いのかどうかは分からない。でも、確実にリオレイアやフルフルというありふれた飛竜種とは格が違うのは分かる。
一度、この里を――あのフゲンさんがいたのに、壊滅寸前に追い込んだモンスターだ。油断はしない。が、俺がそちらに回って良いのかもわからない。
全ては、この村のハンターである、リンコのサポートのため。
そんなことを思っていると、当の本人がやって来た。
何かと思えば、ポーチから素材をぶちまける。色々あった。見覚えのあるものもある。リオレイアの甲殻やら、ベリオロスの牙やら。プラス、決して少なくない金がカウンターに乗る。
「ハモンさん、彼にこれで作れる限りの装備を」
「り、リンコさん……?」
「さんは、要らないよ。いや、むしろボクがさんを付けなくちゃ。……聞いたよ。G級ハンターで、ギルドナイトも一年臨時でやって、様々な村や街を救い、新天地に拠点を拓いた、歴戦の猛者――『鬼人』のユウリさん」
「え!? ど、どうしてそれを!?」
「……。ゴコク様とミノトさんが、調べてくれたの。ボクも気になってたから」
そう言うと、彼女は明るそうな面立ちに影を落とす。俯いているのだ。悔しそうに。
「ボク、自分が一番だって、どこか思い込んでた。でも、ヨツミワドウの前に……ボクは、何もできなかった。ただ地面を転がって、ただ痛くて……逃げろって言われたのに、ボク、戦いを……思わず、眺めちゃった。他人の戦いを見たの、初めてだった。見惚れたのも、初めてだったよ……。凄いよ、ユウリさん。ボクなんか、いなくてもいいくらい」
「そんなことはない!!」
俺は思わず大きな声を出していた。リンコは驚いていたが、自分にも驚いていた。まさか、こんな大きな声を出してしまうなんて。
曖昧な笑みでそれを濁して、でもそれも不義理な気がして、表情を消してから、やっぱり、微笑みを浮かべた。
「俺は、一人じゃ戦うことしかできない。言われたことしかできない人間なんだ。俺がそこまでの強さになったのは、単に言われるがままに動いていただけのことなんだよ」
それは単なる事実だった。
ユクモの村も、ポッケ村も、ココット村も、ドンドルマの街も、ベルナ村も、アステラも――全部、俺は人々の願いのために戦った。
逆を返せば、自分自身で、何かを成し遂げようとしたことは、ない。
自分と言うものが、決定的に欠けていた。
俺は、怖いんだ。全任されるのが。この里を守ることを、自分の意思で行うことが。
もし守れなかったら? 人々を救えなかったら?
また、後悔するのか――?
大切な人を、失った時のように。
何もかも、投げ出してしまうのか?
もう、それは――嫌だから。
責任を負いたくない。しょい込みたくない。
言われるがままに、戦う理由を他人に依存する。
そうしておけば……俺は、何も考えなくて済むから。
戦っていたけど。心は、逃げ続けていた。
「機械のように、頼まれれば何でもやったよ。……リンコ、俺は君の剣だ。正直、俺はこの里のことは好きだけど、思い入れと言うものはない。必死になれないかもしれない。でも、君が言ってくれるなら。俺に願ってくれるなら。俺は――例え不可能染みたことでも、可能にして見せる」
恥ずかしい話だけど、俺はまた理由を求めている。
戦う理由を。このカムラの里を守る理由を。
そんな俺を、彼女はひっぱたいた。
「……戦う理由を、他人に依存するな! そんなんで殺されるモンスターが可哀想だ! そんなんで守られる人々が虚しいよ! 確かに、アナタが戦うことでそれは解決するのかもしれない! 結果は、同じなのかもしれないけど! でも、そんなことで……人に言われたからって理由だけで、命を奪っちゃダメだよ! ……自分で決めて、命を奪わなきゃ。命に感謝しなきゃ! ……そうじゃないと、ダメになっちゃうよ。ユウリさん自身が、おかしくなっちゃうよ……!」
泣いている。俺なんか赤の他人のはずなのに。
そんな俺なんかのために、彼女は本気で怒って、涙している。
「そんなに強いのに、どうしてそんな当たり前のことを忘れてるんだよぉ! そんなに強いと、そんなことも、忘れちゃうの……!?」
まくし立てる彼女に困っていたのは、俺だけではない。
ハモンさんも顔をしかめていた。
「……お前の戦う理由は、人のためなんだろう。お前は、どうしてハンターになったんだ?」
「…………俺がハンターになったのは、単に……求められて、でした」
名もない集落にモンスターが現れ、武器を渡された。
特に鍛えもしていなかった少年が、鬼人化を見せて、奮迅の活躍をした。
じゃあ、ハンターになってくれないか。
二つ返事で頷き、そこから俺の狩人生活が始まった。
十二歳程度の出来事だった。
そして、十八の現在に至るまでに、様々な場所を渡り歩き。
いつしか、ハンターの高位に君臨する存在になっていた。
――己の意思も、戦う理由も、特に持たぬまま。
「……リンコ。それじゃ、俺はなんのために戦えばいいんだ?」
「戦う理由なんて……!」
「ない人間もいるんだよ。俺はもう、特に何の関心もないんだ。俺の使う武器は、ハンマーや双剣、スラッシュアクス、ライトボウガン、弓――」
「?」
「……基本的に、防御ができない武器を使ってる。だって、守ったところで何になる? 俺の命――自分自身の命にすら、俺は関心を持てない。ガードをする必要性を感じられない。死ぬときは死ぬんだし。これも、君は許せない?」
「あ、当たり前だよ! 死んだら、誰だって――」
「悲しいかい? 俺はそうは思わない。だって、俺の一番のライバルで、恋人だった狩人が死んでも……ああ、死んだか、程度の認識だったのに。街で一位、二位を争うハンターで、皆から好かれてると思ってた……彼女ですら」
彼女は雄火竜に喰われた。遺体は残らなかった。
唯一、この桜火竜の耳飾りだけが、遺品となった。それを未練がましく、身に着けている。
彼女の死を、俺だけでも悼むため。彼女の死を、俺だけでも忘れないために。
「俺がいなくても、世界は回り続ける。俺がいなくても、誰かがやる。そんなもんだろう、人生なんて。俺でなければいけない理由なんてない。そう、それこそ、この里を守るのも、君じゃなきゃいけない必然性はない。俺である必要もない」
「……」
無言で、リンコは俺のケツを蹴り上げた。いってえ。
「その腐った負け犬根性、叩きなおしてあげるよ! 狩りの腕は全然アナタの方が上だけど、人生に関しては十四歳の女の子にメッタメタに負けてるよ! あのね、生きてるのって楽しいの! 生きてるって苦しいの! それを謳歌して、もう一度考えて! 本当に自分の命が惜しくないのかを! ボクは惜しい。死にたくない。里の皆にも死んでほしくない! だから強くなる。だから守るんだ! ボクが、ボクであるために! それに、アナタはもう生きる理由を見つけてるよ!」
その言葉が本気で理解できずに、首を傾げてしまった。本当にわからない。俺の生きる意味って何なんだ? 何のために俺は生きている?
「人の喜ぶ顔が見たい――って、自分で思ってるでしょ?」
……胸を、穿つような言葉だった。
しかし、刺さった言葉は、じんわりと熱をもって、俺の体に染みこんでいく。
そうだ。
最初から、そうだったのかもしれない。
あの時、ハンターになったのも。集落のみんなが喜ぶ姿が、みたかったから、なのか。
そうだ……近過ぎて、認識できなかった感情が、今、胸に去来していく。
「……もう一度、聞くよ。アナタが、戦う理由は?」
「人に、笑っててほしい。だから、俺は剣を取るよ。君に縋って悪かった……みっともなかったね」
「いや、人間らしいなって。完璧な人間じゃないんだなって。親近感沸いたよ」
嬉しそうにしているリンコは、カウンターを叩いた。
「さあさあ、これで装備作ってよー!」
「これだけあれば、レイア一式と適当な武器なら用意してやれる。本当は自分で取ってきた素材じゃねえと加工しちゃいけねえんだが……お前のランクからしてこの装備は不相応すぎる。このレイア一式でも差し出すのが恥ずかしいくらいだ。待ってろ」
ハモンさんは工房に戻っていった。
俺はリンコに向き直る。
「改めまして、リンコ。俺はユウリ」
「うん。ボク、リンコ! よろしく、ユウリさん!」
「さんは要らないよ。俺達は仲間なんだから」
「うん! よろしく、ユウリ!」
小さな手を、俺の武骨な大きな手が握る。
「わ。凄く硬い……ど、どういうトレーニングしてるの?」
「い、いや。自然とこうなったんだ。重量系武器の握り過ぎだと思う」
「凄い凄い……! ねね、スラッシュアクスの使い方教えてよ! ボク、色んな武器使ってみたいんだぁ!」
「うん、いいよ。ルインも教えてほしいって言ってたし、一緒にやろうか」
「やったー!」
無邪気に喜ぶリンコの頭を思わず撫でながら。
俺達は茶屋で武器の完成を待つことにした。