ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! 作:ロドフ
雪景色も珍しくなくなったうさぎの毛の様に真っ白な冬の季節。ふと窓から外と覗いてみると、夕暮れの空を飛び回る鳥達が夜に向けて一層厳しくなる寒さに負けずに自由を謳歌しているのが見えました。
そんな木組みの家と石畳の街に、住まいであり喫茶店でもあるラビットハウスはあります。
祖父が苦労を重ねて建てたこのお店が大好きな私、香風智乃は今日もお客さんのためにコーヒーを淹れます。まだまだ精進あるのみな中学生だけど、立派なバリスタになることを夢見ています。
そんな私が働くラビットハウスには、2人のバイトさんがいます。
「チノちゃん。オリジナルブレンドが1つ、注文が入ったよ。カップの準備は私がやるね」
「お願いします」
この家に下宿しているココアさん。1年前の春の高校進学を機にこの街にやって来てはお店のバイトをしています。誰とでも仲良くなれるとても明るい人で、ココアさんの周りには常に友達と笑顔が絶えません。
「そうだチノちゃん。今日学校から帰る途中で困っている人がいたから声をかけたらね?何とその人、ラビットハウスはどこにあるんだって、前に私たちが載った写真の雑誌を見てこの街に来てくれたみたいなの!」
「あの3姉妹って書かれた記事のことですか?嬉しいですけどちゃんと訂正しましたか?」
「えー?もっと前面に推した方が賑やかになると思うんだけどなー。素敵じゃない?3姉妹喫茶。私がお姉ちゃんで、チノちゃんが妹なの」
「ラビットハウスは基本静かなお店でいいんです。それと、私はココアさんの妹ではありません」
「そんなー!」
わーっ、と感情豊かなリアクションが隣から飛んできます。
ココアさんは心の思うままな言動で絡んで来るので楽しい……いやいや。嫌ではありませんが、いつも振り回されます。困った人です。
「ココア特性厚切りトーストのオーダーが入った。ココア、こっちの食器の準備も頼めるか?」
「はーい!まっかせてー!」
「む、浮かれているぞココア隊員!任務の基本、言葉の後ろにサーを付けろ!」
「サー!イエッサー!」
威勢よく指示を飛ばすリゼさんは、2年前からラビットハウスでバイトをしている学年的にもココアさんの先輩の高校2年生です。軍人気質で熱血ですが、私に手作りのうさぎをプレゼントしてくれる可愛らしい一面も持っている乙女な人でもあります。
「返事はいいですが急いでくださいココアさん。オリジナルブレンド、もうすぐできますよ」
「早!?しょ、少々お待ちをー!」
カップの準備にパンの準備と、私との会話を切り上げては慌ただしく仕事に移っていきます。
「やれやれ、相変わらず賑やかじゃのう」
ふと頭の上からティッピーの声が聞こえ、慌てて自分の口に手を当てます。
おじいちゃん。飼いうさぎのティッピーとして私の頭の上から見守っています。でもどうして喋るうさぎになってしまったのかはわからなくて、周りには私の腹話術ということにしています。
幸いリゼさんはお客さんからのオーダーを聞きに行ったので、特に何も言われることなく出来上がったコーヒーを用意してくれたカップに注ぎ、パンの用意に忙しそうなのでココアさんに一言告げてお客さんのところを持っていきます。
そうしてコーヒーを届けたところに、次のお客さんが扉を開けました。
「いらっしゃいませ」
少し苦手だけど、自分なりの笑顔でお客さんを出迎えます。
だけど、そこに現れたのはお客さんではありませんでした。
「おはよう、チノ」
「あ、ライナーさん!」
「おう。今日も元気がいいな、ココア」
カウンターの方からココアさんの声が飛んでくる中、私もその人の名を呼びます。
「おはようございます。ライナーさん」
ライナー・ブラウンさん。この人も1年前に街にやってきては父の誘いでラビットハウスのバータイムで働いています。自分のことをあまり話さず、父との会話を偶然耳にした際に故郷に関して何かあることしか分からない位で、私はライナーさんのことに詳しくありません。それはリゼさんだけでなく、考えなしな程に人に絡んでいくココアさんも同じだと思います。
でも、ライナーさんはとても頼りになる人で、力仕事はもちろんのこと、悩みなんかもよく聞いてくれるので私含め尊敬しています。こうしてバータイムとの交代の間に話をしたり、みんなで遊んだりすることもあり、私にとってライナーさんはお兄さんみたいな存在です。お兄さんにしてはちょっと老けすぎてるかなとは思いますが。
「ん?ブラウン副長。まだバータイムの時間には早いんじゃないか?」
軍人魂の逞しいリゼさんはライナーさんのことを尊敬の念を込めて副長と呼んで親しんでおり、ライナーさんも意外と乗り気でリゼさんの訓練を手伝うことがあります。ちなみにリゼさんは最初ライナーさんをブラウン戦士長と呼んでいたのですが、せめて副長にしてくれという要望を受けて今の階級になっています。
ですが確かに時計を見てもライナーさんが来るにはまだ早いです。リゼさんからの質問に、ライナーさんはスタッフルームに移動しながら答えます。
「ああ、タカヒロさんに買い物を頼まれてな。早めに来てくれとの指示だ」
「なるほど。だがこの時間帯の買い物なら私達でも対応できるんじゃないか?」
「いいや。これは俺にしかできない指令だ。なんせ調達する物資はワインだからな」
買い物用の財布を手に、ライナーさんはニヤリと笑って見せます。
以前リゼさんが試みたようなプレゼントのために買うこと以外、未成年の私達はお酒を買うことはできません。確かに、これはバータイムで働く成人済みのライナーさんが適任です。
「お酒かー。私も早く大人の女性になって優雅にワインを嗜みたいなー」
お話好きなココアさんが、買い物の内容を聞いて不意にそんなことを言い出します。
でも、私もお酒が飲める年齢になったらと考えると、どこで誰と何のお酒を飲むのかなと想像が広がって楽しい気持ちになります。
「ココアさん、すぐに酔い潰れてしまいそうですね」
「真っ先に寝てしまいそうだよな」
満面の笑みで瞳を閉じて机に突っ伏している様が思い浮かび、リゼさんも腕を組んで首を縦に動かして同調してくれます。
「チノちゃんだけでなくリゼちゃんまでそんなイメージ!?あ、でもそうなった時は可愛い妹に介抱してもらえるからそれはそれでいいかも!!」
「それでどうして私の方を見るんですか。妹ではありませんよ」
合わせた両の手を片頬に寄せてココアさんがぽやぽやと未来に思いを馳せていると、ライナーさんは先程の笑みに苦みがブレンドした様な表情と共に首を横に振りました。
周りを引っ張る様な頼もしさがなりを潜め、影のある様子を見せるライナーさん。
「実際、お前には向かないと思うぞ。バータイムで働いていてこう言ってはなんだが、酒っていうのは何もかも投げ出したくなるのを繋ぎ止める……現実逃避を手助けする様なものだ」
話していく内にみるみる元気をなくして暗くなっていくライナーさん。その勢いはまるで外で照らす夕暮れの様です。
「俺の様な奴が相応しい。いつだって真剣で投げ出さないお前には無用な長物だ」
「えー?そういうものなの?お酒ってもっとエレガントなものだと思ってたんだけどなー……」
まだふんわりとしたイメージを語るココアさんですが、ライナーさんの徹底的な否定で夢を壊されて消沈気味です。
そんな様子を見て、ライナーさんは慌てて言葉を取り繕います。
「まあ、大人数で飲み合えば楽しいと聞く。お前はそういうのが似合うだろう」
「そう?じゃあその時はライナーさんもここで一緒に飲もうね!」
「ココア……」
私との妄想に続いて、ライナーさんと一緒にお酒を飲む未来を描いたのでしょう。ココアさんは夕焼けに負けない朝焼け様な笑顔と共に、そんな約束を口にしました。
ココアさんの日の出の様な笑みを受けて、驚きの表情を見せるライナーさん。
少し俯き、困り顔を見せた後に。
「……ああ、そうだな」
ライナーさんは、元気を取り戻しながらそう答えました。
よかった。時々ライナーさんは辛そうな表情をするのですが、こういう時はココアさんのフォローに助けられます。こういう場面でのココアさんはとても頼もしいです。
「悪かったな、少し取り乱した。買い物に行ってくる」
「ライナーさん……」
ライナーさんが何で辛そうな顔をするのか。その理由は分かりません。その時のライナーさんは本当に苦しそうで。でも簡単に聞けそうにはない雰囲気があるから、どうすればいいんだろうとぐるぐると悩んでいます。
頼もしい大きな背中が遠ざかる中、私は不意にココアさんの方を見ました。
きょとんとした表情を見せるココアさん。
この人を見ていると、私の考えすぎかもしれないと思ってしまう。だけど、ココアさんみたいにライナーさんを笑顔にしたい。
だから私は、頑張ってみることにしました。
頼りになるライナーさんに、頼って欲しいと思ったから。
「ま、待ってください」
いつも助けてもらっていて、この気持ちを返せる人になりたいと思ったから。私は店を出ようとしていたライナーさんを呼び止めました。
「……え?」
ビクリと震え上がる様な反応をしては大きな背中が立ち止まりました。
大きく息をしながら、振り返りながら怯えを見せながらライナーさんはこちらを見ます。
「な……何だ……?一体……どうしたんだ……?」
一瞬、ライナーさんが子どもの様に見えたのは何でだろう?
いいえ。それより今は早くライナーさんに私の意志を伝えないと!また何か余計なことをしてしまったみたいです!ライナーさんが今にも泣き出しそうな顔をしています!
「ええと、私も一緒に買い出しに行っていいですか?何が足りてないかな……あ、手紙!手紙の数が少ないので、文具店まで一緒に行きましょう!ライナーさん!」
勇気を振り絞って出した誘いに、しかしライナーさんは困惑した様子。
そして、申し訳なさそうに首を横に振りました。
「この前話してた文具店のことなら、俺が行く店と反対方向だ。すぐに別れることになるぞ」
「あ……」
そうだった。ライナーさんに指摘されてそのことに気付き、だけど諦め切れずに考えます。
「それなら、ブロカントを一緒に見に行きませんか!?面白いものが見つかるかも!!」
何とか思い付いた提案でしたが、ライナーさんは同じ反応を返しました。加えて、また悪いことをしたなといった表情をしながら。
「開催日は今週末じゃなかったか?」
「だ、だったら!クリスマスも近いですからオーナメントに何を買うか下見に行きませんか!?」
「凄い食い下がりだ!そんなに一緒に出掛けたいのか!?」
リゼさんのツッコミに、冷静になってみるとかなり恥ずかしいことをしていることに気付き、呆然としているライナーさんを前に慌てふためいてしまいます。
「す、すいません。迷惑でしたよね。あの、さっきの話はなかったことに……」
気の抜けた様子で私を見ていたライナーさんでしたが、ふっと瞳を伏せた後に小さく笑みを浮かべては頷いてくれました。
「イヤ……助かる。どんな飾りが店に似合うか、お前の意見も聞きたいからな」
意識してないであろう、ライナーさんの心からの笑顔。
「は、はい!よろしくお願いします!」
店を見渡しながら間近に迫ったイベントに思いを馳せるライナーさんは、心の底から楽しんでいるみたいで。そんな姿を見て、私はとても嬉しい気持ちになりました。
「何だかよくわからないけど、よかったなチノ。店のことを私達に任せとけ」
「リゼさん……ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
色々先走ってしまった私に、リゼさんは気前よく私の外出の後押しをしてくれました。その間にもカウンターで手際よく受けた注文の用意をしており、しばらく私が抜けても大丈夫でしょう。
「さて、チノが出かけている間戦線を維持するぞ、ココア」
戦友に声をかけて指揮を高めようとするリゼさんでしたが、いつもはノリの良い返事を挙げるココアさんからの応答はありません。
「ココアさん?」
リゼさんの隣へ視線を移すと、そこには煙を上げるココアさんの姿がありました。
「ライナーさんと一緒にお出かけ……チノちゃん、お姉ちゃんよりお兄ちゃんが好み……?」
「ど、どうしたココア!?」
まさか自分のすぐ隣で異常事態が起きているとは思わず飛び退くリゼさん。
直後、ココアさんの絶叫が轟きました。
「ヴェアアアア!!ライナァアアアさんにチノちゃんとられるうううううううううううう!!」
後方へバターン!と勢い良く倒れては泡を吹くココアさん。器用なもので倒れる直前に受け身の態勢を取っていましたが、自分の身を顧みない全力のリアクションでした。
「チノちゃんは妹で……私はお姉ちゃんなのに……」
あまりの勢いに周囲からココアさんの視線が集中し、ついでに私も巻き込まれる中、うわ言がカウンターの下から立ち込めます。そうなると余計に視線が集まり、非常に居心地が悪いです。
ほ、本当にこの自称姉は突拍子のない困った人です。
「もう、妹じゃないです……おほん。これから私はライナーさんと買い出しにいくので、ココアさんが頼れる“お姉ちゃん”なら、少しの間リゼさんと一緒にお店を任せてもいいですよね?」
お姉ちゃんを強調して少しカウンターの方へ寄れば、ココアさんはふらふらと立ち上がりながら悲しそうにしながら頷きはしてくれました。
「うん……お姉ちゃんに、任せなさーい……」
過去一番元気のない任せなさいコールに苦笑しながら、ほんの少し悪いことをしたなとも思ったので、ココアさんと一緒にお客さんに一言お騒がせしましたの謝罪をします。
この1年でラビットハウスが賑やかになったこともあり、お客さんからは笑って許してもらえました。おじいちゃんは複雑そうな顔をしていましたが、そんなティッピーをココアさんの頭の上に渡し、手早く準備を済ませてはライナーさんと一緒に買い物に出かけました。
「寒いですね」
マフラーに顔を埋めながら、夕暮れ時の街を歩きます。
「ああ、これからもっと寒くなるだろうな。この街はよく雪が積もるから、余計に寒く感じる」
「……ふふっ、ライナーさんもすっかりこの街の人になりましたね」
ごく普通に街のことを話すライナーさんを見ながらそのことを伝えると、何かに堪えるかの様に少し俯いては夕日に視線を向けます。
「そうだな……1年前の春に、俺はここに来たんだったな」
自分に言い聞かせる様に話すライナーさん。
ココアさんがラビットハウスに現れた同日、ライナーさんは酷く憔悴した様子で現れました。お金を持っていないと断るところを押し切ってコーヒーを出して元気を取り戻して貰い、私は自分の勝手でやったので構わなかったのですが、父の勧めでその場で働いてもらってコーヒー代を稼いでもらい、その時の縁で今はバータイムで働いています。
そういえば、あの時何であんなにボロボロだったのか、理由が聞けてないな。
そんな私の視線が気になったのか、ふとこちらを見ては気不味そうに視線を逸らしては話題を私に関することに変えました。
「懐かしいな。俺が初めてラビットハウスに来た時、お前は全くの無表情だった。今と比べると大違いだ。ココアのおかげで随分表情豊かになったんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか……」
「ああ。特に笑う機会が多くなったな」
「……まだまだココアさんみたいにはできないですよ」
確かに、ライナーさんとココアさんが来てからはよく笑う様になりました。
だけど、意識すると脳裏に浮かぶのが、陽だまりの様に明るいココアさんの笑顔。あんな風に笑えたらもっとお客さんが来てくれたり、みんなと仲良くなれたりできるのかなと、あの顔を思い返す度にそう考えます。
そんな私の悩みが顔に出ていたのでしょうか?ライナーさんは私を見つめていた後、頭を振って私を元気付けようとしてくれました。
「別に誰かの真似をする必要はないだろ。お前はお前らしくいればいい。そうすることで喜んでくれる奴がいる。お前にはそんな奴がたくさんいるんだ。もっと自分に自信を持て」
そう言ってくれるライナーさんはとても優しくて。
でも一瞬、ほんの少し間、私には分からない感情が瞳から溢れ出た様に見えて。それに気圧された私は、何と答えたらいいのか分からなくなってしまいました。
せっかくライナーさんのことを知る機会なのに、時間だけが過ぎていく。ええと……。
「そういえば、ここに来る前のライナーさんの話が聞きたいんですけど、何かありませんか?」
言い終わって、再び沈黙。
顎に手を当てるという反応を見せて以降、ライナーさんは話そうとしません。
「す、すいません。話しにくいことなら忘れてください」
聞いていい質問じゃなかったと焦りましたが、ライナーさんがゆっくりと口を開きました。
「……いいや。話せることもある。ここに来る前、俺は兵士……いや、違う。俺は……」
そこで僅かに言い淀み、自信なさ気にこう答えました。
「戦士だった」
「兵士……?戦士……?ええと、それは軍人さんとかそういうものですか?」
「……ああ。そういうものだと思っていい。その時体験した怖い話があるんだが、聞きたいか?」
そう言って怖がらせようとするライナーさんの口元は笑っており、何だか楽しそうでした。
「聞いてみたいです。どんなお話ですか?」
だから私が頷くと、ライナーさんは夕日に視線を向けてはその怖い話を始めました。
「俺は昔、ある島で軍隊に潜入したんだ」
せ、潜入……リゼさんが聞いたら怖がるよりも楽しみそうな話です。
そして、ライナーさんの表情も心なしか活き活きとしていて、とても楽しそうです。
「連中はまさしく……ならず者で、悪い奴らだったよ。軍の入隊式の最中、突然芋を食いだした奴がいた。教官が咎めると悪びれる様子もなく答えた。『うまそうだから盗んだ』と。そんな悪党だが、流石に不味いと思ったのか、芋を半分譲ると言った。しかし、差し出した芋は半分には到底満たない物だった。奴らに譲り合う精神などないからな」
あれ?その島で起きた怖かったことが聞けるのかと思ったら、ライナーさんの知り合い?の人の話になってる?
でも、話す本人はそのことに気付いていない様で、話を続けていきます。
「……本当にどうしようもない奴らだった。便所に入るなりどっちを出しに来たのか忘れる様な馬鹿だったり、自分のことしか考えてない不真面目な奴がいれば、人のことばっかり考えるクソ真面目な奴もいた。突っ走るしか頭にない奴に、何があっても付いていく奴らだったり……それに色んな奴がいて、そこに俺も……俺達もいた」
ふう、と息を吐き。ライナーさんはこう締め括りました。
「そこにいた日々はまさに、地獄だった」
ある島の人達を悪く言う反面、私には悪い人には聞こえませんでした。
「そ、そうですか……」
だからこそ、ライナーさんが何を考えているのか分からなくなってしまいました。
「……すまん。忘れてくれ」
喋り終えた後、申し訳なさそうに言ってライナーさんは口を噤みます。
ライナーさんのことは色々知れたけど、状況は気不味い空気のままです。ど、どうすれば。
「あら、チノちゃんにライナーさん」
そんな矢先、聞き慣れた声がしたので、これは助け舟だと声のする方へ向きました。
「千夜さん。それにシャロさん」
甘兎庵の看板娘の千夜さん。甘味処の若女将として日々独創的なネーミングのおいしい和菓子を振舞っています。ラビットハウスとは先代の間でささやかな因縁がありましたが、当代の私と千夜さんは良きライバルであり友達です。
そして、隣には千夜さんの幼馴染であるシャロさんもいました。バイトを掛け持ちする中、主力とのことであるフルール・ド・ラパンの制服を着てチラシの束が入ったカゴを持つシャロさんは、どうやらお仕事真っ最中です。
2人との遭遇に感謝し、ライナーさんと一緒に千夜達の所へ向かいます。
「きっきき、奇遇ね。2人も買い出し?」
「そうだが……大丈夫かシャロ。その格好じゃ寒いだろ」
ライナーさんの言う通り、スカートの丈を中心に、ロングスカートのラビットハウスや着物の甘兎庵と比べてフルール・ド・ラパンの仕事服は露出度が高いです。この季節との相性が最悪なのは言うまでもありません。コートを着て防寒対策はしていますが、完全武装している私でもまだ寒いのだから、シャロさんの辛さは想像以上のものでしょう。
「ええ。でもクリスマスに向けた宣伝は時給がいいから頑張らないと……やっぱりキツイ!」
耳飾りのロップイヤーが、シャロさんの感情の爆発に反映されたのか、まるで元気をなくした様に垂れ下がっていきます。
「みんなとクリスマスを過ごしたいけど、年末の買い出しの出費を考えると今の内に稼がないといけないから外のチラシ配りは頑張るとして、どうしていつも寒いなのよ……!」
ここまで堪えてきたのであろう不満がグツグツと煮え滾らせるシャロさん。
「うう、ライナーさんみたいにもっと効率よく稼ぐならどうしたらいいの?」
「シャロ……」
学校の奨学金とバイトの掛け持ちで学校生活を過ごしているシャロさん。そんなシャロさんの切実な訴えに、同じく掛け持ちで生活しているライナーさんはただシャロさんの名を呼びます。
「このままじゃ、私はお金を十分に稼げずに、クリスマスを一人寂しく過ごしてしまうわ……」
「その時は私がシャロちゃんと一緒に居てあげるわよー」
手も膝も突いて項垂れるシャロさんの横で僅かながら楽しそうにフォローする千夜さん。
ライナーさんは、その様子を真剣な表情でしばらく見ていました。
「ただ……やるべきことをやる。ただ進み続ける」
真摯に、ライナーさんはシャロさんにそう答えます。
「それしかねえだろ?」
「ええ……そうですよね!」
夕日の下、励ましを受けてシャロさんは差し出された手を取ります。
「クリスマスを皆と一緒に過ごすんだろ?お前ならやれる」
調子を取り戻したシャロさんを引き上げ、ライナーさんはそう言って来たるクリスマスに向けてエールを送るのでした。
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後ろから差す夕日で手元が見えないおかげで、これからやることの忌避感を紛らわせられる。
脳が口に詰め込んだ銃口に対する警鐘を鳴らしているのか、頭にジリジリとした感覚が走っているのを自覚する。だが知ったことではない。もう、何もかも投げ出したいのだ。
右の手で銃身を抑え、確実に頭を打ち抜けるように固定する。
左の手で、全てを終わらせる最後の一押しをして―――。
俺、ライナー・ブラウンはこの残酷な世界を飛び立った。
……。
…………。
………………何だ?
声が聞こえる。
俺はもう、終わったんじゃないのか?
「ねえおじさん、大丈夫?」
「ここで寝てたら風邪引きますよ?」
知らない奴の声だ。俺は今、どうなっている?
閉じていた瞼を開くと、覗き込む様に2人の女が立っていた。
ここは……オイ……ここはどこなんだ?
故郷でもない。あの島でもない。初めて見る場所だ。目の前にいる奴らと近い年代の子どもが周りで遊んでいることから公園だということが分かる。ベンチに座っていたことから、どうやら俺はここで寝ていたらしい。
どうなってやがんだ……。
「あ、起きた」
「凄くうなされてましたけど、怖い夢でも見ましたか?」
「夢……?」
赤い髪のガキの言葉の意味を考える。
そうか、これは夢か。
「ちょ、おじさん大丈夫なの?」
「あぁ……」
心配そうな顔をする青い髪のガキに返事をしてやり、重い足を無理やり動かして公園を出る。
走り続けていく内に息が荒くなり、意識が遠のいていく。
「壁に何かが当たった様な音がしたんですが、何でしょうか?」
「兎がここを訪ねて来たのかも……チノちゃん大変!人が倒れてる!!」
「だ、大丈夫ですか!?救急車……え、お腹の音?」
「コーヒー、今出します」
1年前、俺はそこでチノ達と出会ったのだった。
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「おはよう、ライナー君」
「おはようございます」
夜。制服に着替えてカウンターへ向かえば、店主のタカヒロさんの挨拶と挨拶を交わす。
「夕方、チノと一緒に買い出しに行ってくれたみたいだね。娘は楽しんでいたかい?」
「はい。道中で友人と会って、会話で盛り上がっていましたよ」
「そうか……君自身はどうなんだい?」
予想外の質問にグラスを拭いていた手が止まり、言い淀んでしまう。
俺は……また長く居すぎてしまったんだな。
優しいあいつらに囲まれて、1年間も暮らしたせいだ。
だから俺は、正直に答えた。
「……ええ、楽しかったです。マーレに帰るのはもっと後になればいいと、思う程に」
「……そうか」
そう一言答えた後、客が途切れたところを見計らってタカヒロさんは話を切り出した。
「マガト元帥から手紙が届いた。君にもその内容を伝えておく」
テオ・マガト元帥。マーレ国の将校であり、その下で俺は戦っていた。
そんなマーレ国の軍事最高機関職と繋がりあるタカヒロさんも、退役したがこの国に仕えていた軍人である。軍部に顔見知りがいるということで、この1年間故郷への帰国を手助けしてくれた。
「君のマーレ国引渡しの日が今月の31日に決まった。指定された時間と場所に行けば、君は入国後の一定期間の監禁処分を引き換えに帰ることができる。拒否した場合……マーレ国は、今後君との一切の関わりを断ち切るとのことだ」
ついに、俺は帰国の目途を立てることに成功したのだった。
「そうですか……タカヒロさん、ここまでの取り計らい、心より感謝します」
深く頭を下げると、タカヒロさんは否定の言葉を口にする。
「いや、これはマガト元帥の尽力によるものだ。突如として姿を消した脱走兵の処遇として、これは非常に寛大だ。君が生きて故郷に帰ることができるのは、元帥が君の身を案じての根回しがあってこそだ。礼を言うならマガト元帥に述べるといい。そして、どんな理由であれ、元帥や仲間に消息を絶っていたことの謝罪をしなさい」
見据えられた瞳に向き合い、頷いて応える。
俺の故郷であるマーレ国は現在、戦争を繰り広げている。13年という長期に渡る殺戮は周囲の国を巻き込んで留まることを知らない。
「……娘さんやココア達には悪いですが。前に言った通り、俺はマーレに帰ります」
ここは、俺が居た世界とは異なる点が多くあった。
今マーレ国が戦っているのは既に滅んだとされるエルディア帝国であり、さらに歴史に穴が空いた様に一連の出来事が消滅していた。
エルディア人には、人を食う巨人に変化する悍ましい力がある。エルディア帝国はこれを利用して周囲を殲滅して領土を広げていたが、マーレ人による策謀により帝国は崩壊。エルディア人はマーレ国の支配下に置かれ、劣悪な待遇を十数年も受け続けることになった。
そんなエルディア人の母親の下で生まれた俺は、マーレ人である父親との復縁を目指し、また被支配層のエルディア人を救うため、マーレ国の戦士を志願して名誉マーレ人の権利を得た。
同時に、9つの巨人と称された特殊な能力を有する巨人の力の1つを継承した。
この巨人の歴史が存在しない世界においても、その力は俺と共にある。
その巨人の名は、鎧の巨人。
「故郷で、俺の帰りを待っている奴らがいるんです」
俺はこの力で戦争を終わらせる。
第1羽 自称お姉ちゃんと他称ナイスガイ