ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! 作:ロドフ
―――俺達は5年前……。
―――壁を破壊して人類への攻撃を始めた。
遠い記憶だ。もう、何年も前のことの様に感じる。
俺はまだガキで、この世界のことを何一つとして知らなかった。
理性を失い人のみを食らう怪物へと姿を変える人種、エルディア人。悪魔と称され周囲の国からの憎悪を向けられ続け、俺もそんな被差別人種の一人だった。
マーレ国はそんなエルディア人の巨人の力を利用し、数多の戦争で勝利を収めてきた。その中でも九つの巨人は無垢の巨人とも呼ばれる通常巨人の力を遥かに凌駕し、継承者には名誉マーレ人の称号と共に生活支援を受けられる程に重宝されていた。俺はそんな巨人の力の中でも優れた防御力を誇る鎧の巨人を継承し、マーレ国に忠誠を誓う戦士となった。
―――つまりだな。俺達の目的は、この人類すべてに消えてもらうことだったんだ。
マーレ軍は通常兵器の進歩による俺達巨人兵器の求心力の低下を受け、軍事力の強化することを画策。始祖奪還計画と銘打たれた作戦で、俺達は島の上陸と壁の中への潜入を命じられた。
目標は、一部のエルディア人を引き連れて島へ逃れ、壁を築いては偽りの平和を享受している王が所有する始祖の巨人の回収。始祖の巨人による守りを崩し、島の希少資源を始祖の独占することで軍事力の増強を図るべく、マーレ軍の起死回生の一手として奪還作戦は決行された。
そして俺は、始祖の巨人の所有者であるとされる壁内の王に揺さ振りをかけるべく、島に逃れたエルディア人を守る壁を破壊した。
そこで、大勢の命を奪った。
―――だが……。
―――もう、そうする必要はなくなった。
島の奴らは俺達エルディア人を裏切った悪魔だと、教えられてきた。
だが、違ったんだ。壁の中に居た奴らには何も悪いことをしていない奴もいて、それは、マーレに居た俺達と何も変わらなかったんだ。
なのにあの日、壁の中で生きていた奴らを俺は何人も殺してしまった。
気付けば俺は、その事実から目を逸らしていた。そして、始祖奪還の足掛かりとして兵団に潜入した俺は、そこで出会った仲間と暮らしていく内に兵士として戦っていた。
壁の中の人類を救うために戦う兵士が本当の俺であり、仲間と共に死線を掻い潜ってきた。
だが……そんな半端なことをしていて、限界が来てしまったんだろうな。
ふとした瞬間に自分の正体を明かし、始祖の巨人を所有する仲間に故郷に来てもらう様に俺は敵陣の真ん中で説得をしたのだった。
俺も、そしてあいつも冷静ではなかった。
故郷という言葉に反応して何の葛藤もなく正体を告げたのは悪手以外の何物でもなかった。だがあいつもあいつで、壁内人類の仇である俺の一連の発言を疲れから冗談だと判断して取り合おうとしなかった。
だから、俺は仲間と共に巨人となって力尽くで連れ去ろうとして……。
『このッ……裏切りもんがああああアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!』
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「おはよう、ブラウン副長」
「リゼか……おはよう」
早朝。日の光を受けて積雪が煌めく中、リゼと出くわした。
「朝早くに偶然だな。副長もランニングか?」
「いや……早く目が覚めてしまってな」
昨日チノに昔の話をしたからだろうか。かつての仲間の激しい怒りを夢の中で思い出し、深夜にも関わらず飛び起きてしまった。その後は全く眠れなかったものだから気分転換に外に出ていたのだが、流石にそこまで話すのは気が引けるので他の話題を振ることにする。
「そういうお前はランニングか。こう寒い日に熱心だな」
「体力作りは全ての訓練における基本だからな。毎日欠かさずこの辺りを走ってるんだ」
「……そうか……よし、俺も少し走るか」
そうして駆け出すと、戦士を目指して訓練していた頃の思い出。そして、兵士を演じて島で潜入調査をしていた時の出来事を思い出す。
久しぶりに息せき切って走る感覚は、辛く苦しく、しかし楽しいと思えた。
しばらくリゼと一緒に街を廻り、丘の上の広場で休憩する。
「ハァ……ハァ……。流石だな副長、まだまだ余裕そうに見える」
息切れ気味なリゼだが、俺もかなり疲れた。大きく息をしながら膝に手を置いて苦笑する。
「いや……これでも結構必死だった。お前もやるな」
互いに検討を称え合いながら、俺はフェンスに体を預ける。
「いい景色だよな。ランニングの後はいつもここに来るんだ」
「……ああ……いい場所だな……」
隣にリゼが立ち、2人でフェンスの先に広がる朝焼けの街を眺める。
この街で暮らすようになって1年が経った。色んな場所を訪れ、ココア達と一緒になって遊んだりするなど、兵士や戦士でもない穏やかな日々を過ごして来た。今目の前に広がる光景は、この街で過ごしてきた思い出が具現化しているかの様に思えた。
「いい景色だ……」
何て暖かで、穏やかなんだ。
戦士として戦い、兵士として自分を偽ってきた。全ては世界を救うためにと。
……いや。
そうだ、違う。その願いはあくまで建前で、本当はもっと単純な欲が俺にはあったんだ。
俺は、この1年間でココア達と仲良くなった。尊敬も、随分とされている。
本当に、それだけのことを俺は求めていたんだ。誰かに尊敬してもらいたくて英雄を求め、戦士として壁を破壊して人を殺め、戦士を演じて仲間達を騙してきた。
そんな俺が今こうして見知らぬ土地でそこで出会った奴とランニングをして、街を広場から眺めていることが酷く場違いな様に感じ、しかし心地よいものが確かにあった。
ここまま、ずっとここに居られたらいいのに。
もう腹を括ったというのに未練がましくそんなことを考えていると、街を眺めていたリゼが不意に表情を険しくして、街に向けて指を差した。
「あの街の……海の向こうでさ。今、戦争が起きてるんだよな」
「……そうだな」
リゼは、街の景色ではなく海の先で起きている地獄を見ていた。
「マーレ国とエルディア帝国の戦争だけど、もしかしたらこの国からも軍隊を派遣して武力介入を行うかもしれないって、使用人の立ち話を偶然聞いたんだ。あ、このことは誰にも言わないでくれよ?どこかで親父にバレたら軍事機密の情報漏洩で大変なことになるからな」
頷いて約束すると、上半身をフェンスに預け、リゼは俯きながら話を続ける。
「親父は多分……そこで何かしらの任務を命じられて、戦場に行くと思う」
そこでポツリと、リゼは零した。
「怖いんだ。親父は自分で軍人の道を選んでいて、私もそんな親父を尊敬していたのに」
「……戦争の状況を知る内に、怖くなったか?」
鳥の囀りだけが、しばらくの間聞こえた。
程なくして、リゼは力なく首肯した。
「親父が戦争に駆り出されて、もしものことを考えると……怖いんだ……」
昨日チノには教えてしまったが、俺が過去に軍人であったことをリゼは知らない。それでも訓練に付き合ってたりするので何となく察しているだろう。こうして俺に戦争について話すのは、多分、俺に何かを期待しているからだ。
「そうか……」
「ごめんな。言ってもどうにならない話をして」
「いや……話すだけでも楽になっただろ?ありがとな、話してくれて」
俺は、そんなこいつの期待に応えられるだろうか。
一度手の見やり、海の向こうを見据える。
「なあ、ブラウン副長……ライナーさん。どうして、戦争って起きるんだろうな」
「……分からない」
それは、俺もずっと疑問に思っている。
どうして今、世界はこんなことになってしまっているのか。その答えは俺やリゼだけではなく、マーレ国もエルディア帝国も、何なら世界中の誰にだって分からない問題だろう。
ふと記憶の片隅で、あいつの顔が思い浮かんだ。
何の根拠もなく、あいつなら何か答えを持っているのではないかと空を仰ぎ見た。太陽は既に日中の定位置に就いており、青空が視界一杯に広がっている。
あいつも、この青空をどこかで見ているのだろうか。
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12月24日。クリスマスイブの夜。
普段から活気のある木組みの街はこの日はさらに盛り上がっており、絶えず老若男女の笑い声が聞こえてくる。みんな今日という日を楽しみにしていたのだろう。今日の為の色とりどりな光が街を照らし、長い夜が始まろうとしていた。
「あー!ライナーさんだ!」
「こんばんはー」
後ろから聞こえてきたその元気な声に、俺は振り返って応える。
「おう。2人共、今日もよろしく頼むぞ」
1年前、この世界に来た俺に初めて声をかけたマヤとメグ。この街に住むようになってからチノの友達だということが分かり、たまに会う度に挨拶をする間柄になっている。
そして、お互い救援依頼を受けて今日はラビットハウスで共に仕事をする仲間である。
「もち!今日もバリバリ働くよー!」
見栄えだけの力こぶを作ってはやる気を見せるマヤ。まだまだ背の低いガキだが、その志の高さは頼もしさを感じる。
「今日はクリスマス当日だし、一番お客さんが来るんだよね。緊張してきたよー」
「大丈夫だって。今日はココア達も来てくれるし、余裕余裕」
雑誌の特集に度々載ったことで、今年のラビットハウスは行列ができる程の繁盛だ。だが掛け持ちのバイトのヘルプを頼まれたココアや演劇部の代役を引き受けたリゼなど、ラビットハウスは俺とチノの2人体制だった。
そんな中でマヤとメグは助っ人として昨日から手伝いに来ていたのだが、今日はさらなる来客を見越してココアとリゼの戦線復帰はもちろんのこと、千夜とシャロも時間を作って援軍に来てくれるのである。ラビットハウス史上最大の8人編成とは次期店主のチノの弁である。
「チノちゃん、みんなが集まるの昨日からそわそわしてたね」
「そうそう。みんながラビットハウスの制服を着て働くのが楽しみだってワクワクしててさー」
マヤとメグがくすくすと微笑む中、ラビットハウスに到着。
「不味いな、もう長蛇の列ができてやがる。急いで援護に行くぞ」
白い息を吐いて次を待つ人達のためにも、俺はマヤとメグを促して店へ急行する。
「「サー!イエッサー!」」
教官として慕うリゼの教養が活きた元気のよい返事と共に、俺達は任務に挑む。
「おはよう。やはり今日は一番忙しくなりそうだな」
バータイムで使う制服を着て店に出た俺の横で、マヤはスカイブルー、メグはサーモンピンクの制服を着て現れる。どちらも教官からの支給品だ。
「リゼー!おっはよー!」
「千夜さん、シャロさん、おはようございますっ」
マヤとメグの挨拶に、慌ただしくも楽しそうにリゼ達が応える。
「みんなおはよう。もう戦いは始まっているぞ」
「ラビットハウス大盛況よー」
「と、とりあえずお客さんの案内をお願いできるかしら。席が空いたからすぐに対応したいの」
普段バイトで接客慣れしているリゼ達も、今日の来客数には苦戦しているみたいだ。だがマヤとメグは強いもので、臆することなく大きく頷いては接客に向かっていく。
さて、俺も勤めを果たすとしよう。
連日助っ人に入っていることもあり、ある程度の状況は把握できている。マヤとメグが接客に行くのであれば、俺はカウンターでチノが担当するコーヒーの焙煎をサポートするのが効率的だ。
「おはようチノ。千夜が言った通り凄い人気だな」
カウンターで付きっ切りでコーヒーを淹れているチノに声をかけるが、反応がない。
「チノ……?」
様子を見て気付く。夢見心地の様にぼんやりとしており、一言で表すと幸せそうだった。
「チノ!キリマンジャロとマンデリンの違いって……魂抜けてるー!?」
異変に気付いたリゼが駆け寄って頬をペチペチと音を立てて正気に戻そうとする。
「みらはんのせーふくがゆめみたいで」
「しっかりしろー!!」
友達2人も駆け付けた上に色とりどりの制服。親子で切り盛りしてきた1年前からは想像できない光景に、どうやらチノはすっかり気が抜けてしまった様だ。
「ほらチノ、しっかりしろ。感激するのはまだ早いぞ。お前が今見ているこの店の制服を着た仲間達は、この店で働いてこそ輝くものだろ。そして、この店に来る客はみんなコーヒーを楽しみにしているんだ。呆けている暇なんてないぞ。この店を継ぐなら、その責務を果たすんだ」
ハッとこちらを見るチノに、頷いて後押しをしてやる。
「そ、そうですよね。クリスマスがまだまだこれからです!」
どうやら無事に元の調子に戻ってくれたみたいだ。遅れを取り戻す様にコーヒーを淹れてはリゼに配膳を頼んでいく。
席に運んでいく直前、リゼがこちらを見て笑った。
「流石だな副長。見事な掌握術だったぞ」
「……大袈裟だ」
何の裏もなく称賛してくれたのだと思うのだが、居心地の悪さを感じてしまう。
俺は、そんな誰かに褒められる様な、尊敬される様な人間じゃない。間違いなくだ。
この1年間ラビットハウスでそうした機会に多く恵まれたが、その度に罪悪感や嫌悪感で全てを逃げ出したくなったし、実際に何度か試みようとした。
「俺は……本当に……どうしようもない」
自分に言い聞かせる様に、呟く。
だがそんな日々も間もなく終わろうとしている。クリスマスが終わり次第早急に支度し、31日にはこの街を去れるようにしておく必要がある。特にラビットハウスの奴らには怪しまれないようにしなくてはならない。
幸い、今日はこれまでにない程に忙しい。この調子ならクリスマス後はみんなゆっくりとしたいだろうし、しばらく俺が姿を見せなくても怪しまれることはないだろう。
上手くいけば、それで全てを終わらせることができる。
勝負は、マーレ軍に引き渡されて一時投獄された後で決める。脱獄と共にマーレとエルディアの戦地に赴き、巨人化するのだ。この巨人が存在しない世界で鎧の巨人を使えば、その圧倒的な殲滅力と防御力で容易にエルディアの軍隊を制圧しては戦争を終わらせることができるだろう。
そうして正体が露呈した後は、一生を牢獄で過ごすことになるだろう。この世界のマーレ国からすれば、突如として現れた巨人は世界情勢以上に危険因子だ。1年前に突如失踪した戦士から発現したとなれば、なおさらだ。
それでいい。俺はこれまで多くの命を踏みにじり、奪ってきた。
そんな過去が存在しないこの世界に居ても、俺が犯した罪が消えることは一生ない。ましてや、償うことも今や不可能となった。
だがせめて、故郷にこれ以上の争いをさせないようにしたい。俺の知る世界でなくても。
そして、この街が戦争のない平和な場所であってほしい。
マーレ引き渡しの報を受けてから考え続け、俺は覚悟を決めたのだった。
幸い、この計画は今のところ誰にも気付かれていない。俺が口を噤んでいる以上それは当然だ。俺とマーレ国との繋がりを知るタカヒロさんも、巨人の存在や俺の真意までは分からないだろう。
懸念があるとすれば、あのいつだって楽しさを追い求めるあいつに気付かれること位だろうか。あいつは人の機微に聡いから何かのきっかけで俺が街を去ろうとしているところまでは考えが至るかもしれない。
あいつが引き留めようとした際の対処法を、今から考えないといけないな。
したくもない想定を考える中、肝心のココアがまだ店に来ないことにチノが不安そうにする。
「……ココアさん、パーティーまでに帰るって言ったのに遅いな……」
ポツリと呟いたところに、千夜がその小さくなっていた肩を優しく叩いて励ます。
「信じて待ちましょう。ココアちゃんはきっと、ここみたいに忙しくて長引いてるのよ」
「千夜さん……」
反対方向からシャロも顔を出してチノを元気付ける。
「きっと間に合うわ」
「シャロさん……そうですね。きっと今頃、大慌てで制服を着たまま向かっているでしょうね」
「さ、流石にそこまでのドジを踏むかしら?」
シャロが苦笑いを浮かべた矢先、店のドアが勢いよく開かれた。
「サンタさんだよー!!」
「サンタさん!?」
赤い服と帽子衣装のココアが堂々とサンタを名乗っては来店し、チノが驚きの声を上げる。
そして、チノが予想した通り別のバイトの衣装を着てここまで来たのだった。
「Hoi!よい子には出来立ての焼き栗だよー!おいしいよー!!」
ガキ共がサンタクロースに惹かれてココアに集まり、彼女はバイト先で売っている焼き栗を笑顔と共に配っていく。あの量は余りものではなさそうだが、まさかサンタクロースを演じるために自腹で買い揃えたのだろうか。
「あはは、バイト代栗に消えてそう」
「ありえるよー」
マヤとメグが驚きと若干の呆れをない交ぜた様子でサンタ姿のココア見る中、子ども達の喜びを受けてココアは絶好調である。
「HO-HO-HO-!みんなの分もあるからねー!」
そういえば、去年のクリスマス前にオーナメントの買い出しをみんなで行った時ココアが言ってたな。将来の夢の1つが、サンタクロースになることだと。今こうして夢を叶えているのだから、そりゃあ気分もよくなるだろうな。
持ち込んだ焼き栗を一通り店の子ども達に配って帰りを見送ったサンタクロースは、心の底から幸せそうに顔を綻ばせていた。
そうしてやり遂げた様子でこちらを振り向くと、先程の元気の良さから一転して、深刻そうな面持ちでサンタクロースは話を切り出す。
「みんな、サンタさんから話したいことがあります」
「……何ですか?」
すぐに茶番だと判断したチノがそれでも話に乗れば、そこでサンタクロースはチノ達の前で自身の正体を明かした。
「実は……じゃーん!サンタさんの正体はココアでした!!」
ちなみに俺は鎧の巨人だ。
「知ってる!」
チノの渾身のツッコミが入れば、ココアやリゼ達が笑って暖かな空気に包まれる。
気付けば俺も笑っていて、自然にそうなっていたことに驚いた。知らなかっただけで、チノ達の前で笑う機会は何度かあったのかもしれない。
まさか、ここに来てそのことに気付くとはな……終わりが近付いている今だからこそ、自分の変化に冷静になれているのかもしれないと、焼き栗を手渡すココアとそれに呆れながらも大事に受け取るチノを見ながらそう考えるのだった。
「さあ、ココアとの再会も済んだことだし、みんな配置に戻るぞ」
『サー!イエッサー!』
リゼの指揮で全員が動き出し、ラビットハウスの夜があっという間に過ぎていく。
ココアのサンタクロースパフォーマンスを聞きつけたのか、外の列はさらに伸びては対応が急がれる。だがチノ達は忙しそうにしながらも絶えず笑顔であり、そんな彼女達につられてなのかお客も終始笑顔なもんだから、俺も最高な気分だ。
8人で店を回していたこともあり、しばらくして長蛇の列も収まり余裕が出てきた。そうなると仕事の合間に会話をする様になり、主に話題はラビットハウスの制服が挙がった。
「作りかけの制服、完成させてたなんてびっくりしましたよ」
千夜とシャロの制服は、元々はチノの母親が作っていたものらしい。チノが友達と一緒にお店で働けるように製作していたと、いつだったか聞いたことがある。完成前に他界してしまいそのままになっていたのだが、ココアがチノに内緒で作り上げていたのだった。
「えっへへー、サプライズだったでしょ」
ココアの問いに、チノは大きく首を縦に振って応える。
「……はい。とっても」
「私達もラビットハウスの制服が着れるなんてサプライズだったわー」
「ちょ、今配膳中!くっつくなー!」
千夜がチノの言葉に同調してはシャロと並んで制服を強調し、注文の品を運ぶ最中のシャロが慌てて距離を取ろうとする。
「リゼさんも新しく制服を作っていたなんて」
「裁縫は苦手じゃないしな。これでチマメ隊もラビットハウスに制服デビューだ」
リゼ命名のチノマヤメグの3人の呼称は最初こそチノ達は嫌がっていたが、リゼの言葉に3人は嬉しそうにお互いを見やって笑い合う。高校に進学したらこの店で働くとマヤとメグが言っていたのを思い出し、1年前から随分様変わりするなと感慨深い気持ちになった。
そんな調子でチノ達の様子を見ていたところ、不意にココアがポーズを決めた。
これは……ああ、そうか。“そういう”時期というやつか。ココアは16だから関係ないと思っていたが、こういうのにあまり年は関係ないのだろうか。
「こうしてカラフルな服が揃うと……チノちゃんのお母さんがやりたかったことが分かるよ」
「え?」
小首を傾げるチノに構わず、ココアは俺達を手招きして集合させる。途中、俺には自分のスマホを渡して後ろに下がるように指示されるが、そこで俺は彼女の企みを理解した。
「みんな行くよー!せーのっ!」
号令と共に、ココア達はポーズを決めて名乗りを上げた。
『ラビレンジャー爆誕!!』
聖夜の夜に降り立った、木組みの街の守り人達。
「仕事してください!!」
至極真っ当なことを言うチノも顔を澄ませて戦隊ごっこを楽しんでおり、お客からの拍手を受けて満更でもない表情を浮かべていた。
そんな様子を、俺はシャッターを切って収めるのであった。
「……あやつが夢見ていた以上の光景じゃな」
そんな声が、どこかで聞こえた気がした。
###
店の空席が増え、営業時間も1時間を切った中、ドアベルを鳴らしてお客が入ってくる。
「いらっしゃいませー!って、あっ!来てくれたんですね!!」
食器洗いで様子を見れていないが、お客さんを出迎えたココアの声が普段よりさらに高く、随分嬉しそうである。交友関係の広いあいつのことだ、きっと知り合いの誰かが遊びに来たのだろう。
「ああ。渡してくれた地図のおかげで、ここまで迷わずに済んだよ……」
喧騒に紛れながらも、その声に俺は思わず顔を上げる。
「よお……」
お客が俺の方を見て、声をかけてくる。
そいつの顔を見て、俺は……何かの間違いだと思った。
だが、可能性としてありえたはずだ。俺が知る出来事と異なる点がいくつかあるが、この世界には故郷があり、俺の知っている人物も存在している。
だから、こいつがこの世界に居ることも何らおかしいことではない。
「エレン……」
そうして何度も頭の中で言い聞かせて自分を落ち着かせようとする。だが目の前に立つかつての仲間を前に、俺は知らず知らずの内に体を震えだしていた。
「イェーガーさん、カウンターの方へ案内しますね」
ココアに誘導されながら、ゆっくりとした足取りであいつがこちらに来る。
「ライナーさん、あのお客さんと知り合いなんですか?」
俺の異変に気付いたチノが心配そうにこちらを見る中、ココアが笑顔を見せる。
「エレン・イェーガーさん。ライナーさんの昔からの友達なんだって」
「そういうことだ。雑誌の特集にここで働くお前が載ってるのを見つけて、会いに来たんだ」
俺に向けて軽く手を挙げるエレン。
「5年ぶりだな……ライナー」
「あ……ああ……」
こちらに見せ付けてくる掌には血が流れており、それが何を意味するのかをすぐに理解できた。
自傷行為は巨人化への引き金となる。つまりあいつも、俺と同じ様に巨人の力を使えるということだ。今まで何度も戦ってきた……始祖の巨人の力を。
「あれ?イェーガーさん、怪我してますよ」
ココアの指摘に、エレンはそこで初めて怪我を気付いたようで、照れた様子で頬を掻く。
「ああ……ちょっと転んで擦り剥いたんだ。少しはしゃいじまった」
「クリスマスってテンション上がりますよね!でも、クールな見かけによらずお茶目ですね」
「そうか?俺は結構こういうのは楽しむ方だ。それにしても……」
照れ隠しの様にそう言って、エレンは俺の前の席に座る。
「ライナー……この街で楽しそうにしているみたいで、何よりだよ」
微笑みすら浮かべるエレンの表情に、裏を感じられない。
だからこそ、こいつが何を考えているのか見当も付かなかった。
「……ありえない」
誰にも聞こえない程の小さな声で、俺はそう言葉にするしかできない。
だってそうだろ?俺達、あんなに憎しみ合っていたのに……何でお前はそうやってくつろいでいられるんだ。それに、はしゃいで転んじまったって、あの怪我は俺への脅しじゃなくお前のドジだとでも言いたいのか……?
「イェーガーさん、ライナーさん、感動の再会ですね!」
「その割には重苦しい空気が漂っていますが……あの、2人は本当に知り合いですか?」
冷静に状況を見てココアを諫めた後、チノが不安そうに俺とエレンを交互に見る。
「ああ……お互い積もる話が多くてな……何から話せばいいか、分からないんだ」
気が付けば、テーブルの上に置いていたエレンの手の傷は既に完治していた。俺や、チノ達に対して敵対する意思はないということか。
じゃあ、何でここに来た。まさか本当に、俺に会って話をしに来ただけだっていうのか。転んで怪我したってのも、騙している訳じゃないってことなのかよ……。
もう、何がどうなっているのか、俺には分からなかった。
「うんうん、なんせ5年振りに会えたんだからね。すぐに話し合えるものじゃないよ」
「そういうことだ。あまり気にするな」
ココアの言葉に相槌を打ちながら、エレンは注文をする。
「このブルーマウンテンと、クリスマス限定パンケーキを頼む」
「かしこまりました!少々お待ちくださいねー」
オイ、嘘だろ……?食うのか?この店のコーヒーと、パンケーキを。それじゃあまるで、クリスマスの日に遊びに来て楽しんでるだけのガキじゃねぇか。
もうとっくに息も心音も荒くなりながら、とにかく俺は聞きたかった。
「エレン……お前は何しに、ここに来た?」
翡翠を思わせる目が細められ、エレンは横の窓を見る。
お前は今……何を見ている?何を考えているんだ?いやそれ以上に、これから何をしようとしているんだ?この平和な街で……巨人が存在しない、この世界で。
クリスマスで賑わう街をしばらく眺めた後、あいつは、再び俺と向き直ってはこう言った。
「お前と同じだよ」
第2羽 クリスマスはサプライズプライス
次回最終羽