ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!!   作:ロドフ

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作中の登場人物の言動はフィクションであり、肯定や賛同の意図等はございません。


第3羽

 その人に会ったのは、学校の帰り道の公園だった。

 男の人には珍しい長く伸ばした黒い髪の毛が、冬の寒い風に吹かれてなびいていたのをよく覚えている。私のお兄ちゃんと歳は近いかな?園内で子ども達が遊んでいる中、お兄さんはベンチに腰かけて静かに雑誌を眺めていた。

 時折雑誌から視線を外しては周りを見渡していて何かを探しているみたいだったから、私はその人に声をかけてみた。

 

「何かお探しですか?」

 

 長い黒髪に隠れた緑の瞳がこちらをジッと見つめる。

 

「君はこの街の子か?店を探しているんだ」

 

 そう言って手にしていた雑誌の中身をこちらに向けられる。

 

「このラビットハウスっていう店を探してるんだが、どこにあるか分かるか?」

 

 なんて偶然!前に街の特集で載せてもらった私とチノちゃんとリゼちゃんの写真とラビットハウスに関する記事が開かれていて、この人はそこに興味を持ってくれているみたい。

 

「えへへー、来てくれるみたいで光栄です」

「……どうしたんだ?急に」

「あれ?お兄さん気付いてませんか?」

 

 今見ている雑誌に載っているみんなのお姉ちゃんが今目の前に居るじゃないですか!そう思って可愛くポーズを取ってみるけど、お兄さんには察してもらえず小首を傾げられます。は、反応が凄まじくクールだよ……!

 

「どうしたんだ?」

「私、その雑誌の3姉妹の姉なんです!」

「……ああ。悪い、気付かなかった」

 

 は、反応が薄い!こんなに素っ気ない反応をされたのは初めて会ったチノちゃん以上だよ!

 

「もう、ラビットハウスに興味が会って来てくれたんじゃないんですか?あ、場所が分からないんでしたよね。私、案内しますよ?」

 

 せっかくのお客さんだから丁重にもてなさないと。そう思って提案したんだけど、その人は首を横に振ったので断られてしまった。

 

「気持ちはありがたいけど、今日はそのつもりじゃないんだ。またいつか行かせてもらうよ」

「そっかー、残念」

 

 そういうことならこの人にも色々都合があるだろうし、無理に連れていくこともできない。それにいつか来るって嬉しいことを言ってくれたんだし、その言葉に期待すればいいよね。

 

「隣、座ってもいいですか?」

 

 そうなればもう私にできることはないのだけど、何だかこの人と話したくなったのでそう聞いてみた。お兄さんが頷いてくれたので、私は隣に腰かけた。

 

「この街には何をしに来たんですか?」

 

 お兄さんはしばらくして、その訳を話し始めた。

 

「古い友人が、この街にいるんだ」

「……もしかして、ライナーさんのこと?」

 

 ラビットハウスの場所を聞いたことも考えてそう聞いてみると、お兄さんは頷いた。あれ?私達3姉妹の写真を見て会いに来たわけじゃないんだ。じゃあ、あれはバータイムに載ってたライナーさんを見ていて……いやいや、私達の写真に興味を持ってくれて、そこで偶然ライナーさんのことにも気付いたんだ!そうじゃないとさっきのキメポーズが恥ずかし過ぎるよ!

 

「ああ。色々あって顔を合わせ辛くてな。だが、いつかは会って話がしたいと思ってる」

 

 葛藤する私を他所に、何やら訳ありな様子を見せる。

 みんな仲良くがモットーの私にとって、それは見逃せないものだった。

 

「そっか……上手くいくといいですね。ライナーさん、きっと喜んでくれますよ」

 

 顔を合わせ辛くてもこの街に来てくれたんだから、間違いないよ。そう思ってエールを送れば、お兄さんは視線を私の方に向けて、僅かに笑ってくれた。

 

「君はいい奴だな。そうだな……クリスマスの日に来てみることにするよ」

「ありがとうございます!じゃあ、道に迷わないように地図を渡しておきますね!」

 

 鞄から筆記具とメモ用紙を取り出して案内図を書いて、お兄さんがライナーさんとちゃんと会えるようにと願いを込めて地図を渡す。

 

「ありがとう。そうだ、このことはライナーには内緒にしておいてくれ」

「サプライズってやつですね!」

「ああ……サプライズってやつだ」

 

 来たるべきクリスマスがますます楽しみになる中、私はお兄さんの名前を訊ねてみた。

 

「お兄さんの名前、聞いてもいいですか?」

「……エレン・イェーガーだ」

 

 

最終羽 終焉

 

 

「場所を変えようぜ、ライナー。ここだと話せないことが色々あるからな」

 

 コーヒーとパンケーキを食べ終えたエレンは、俺に移動を促した。

 店もすっかり落ち着き、しばらく離れていても問題ないと思ったし、ココアを中心に後押しもされた。何より、一刻も早くエレンをこの場から遠ざけたいと考え、俺はその言葉に従った。

 ココアやチノ達に後片付けを任せ、俺はエレンと共に街に繰り出した。

 

「……コーヒー、美味かったよ。あの子は腕がいいな。パンケーキも甘くて俺好みだった」

「は……?あ、ああ……それはよかった……」

 

 一瞬何の話なのか理解できなかったが、ラビットハウスで食べたブルーマウンテンとクリスマス限定パンケーキを食べた感想だと分かり、要領の悪い返事を返す。

 そのやり取りを最後に、俺達は言葉を交わすことなく歩き続ける。

 

「……ここにするか。丁度ベンチも空いてる」

 

 そこは、俺がこの街で……この世界で目覚めた場所だった。

 

「座れよ。ライナー」

 

 この時間帯は子ども達もおらず、エレンの言う通りどのベンチにも座れる。まだ街がクリスマスの喧騒で明るい中、俺は促されるままにベンチに腰を下ろした。

 沈黙。

 隣を見るが、エレンは前を向いたまま動かない。長い髪に隠れて今はその目や表情を知ることはできなかった。

 

「……エレン。お前は……覚えているのか?」

 

 しばらくして、エレンが俺を見る。

 

「何がだ?」

「いや、違う……お前は間違いなく覚えている……巨人の恐怖に支配された世界のことを」

 

 エレンが頷く。

 ああ、やはり……そうなのか。俺と同じ様に、エレンも記憶しているのだ。人を喰う巨人が存在する世界を。そして、かつて故郷を囲う壁が破壊されては母親が喰われ、巨人への復讐を誓って進み続けた生涯を。

 

「俺は、エルディア帝国で生まれた。前の世界でいうパラディ島にあたる」

 

 この世界のエルディア帝国はかつて大陸一の勢力を誇る存在だったが、ある時を境に孤島に移民しては今日を過ごしており、エレンの言う通り地図で見るとそこは前の世界におけるパラディ島と場所が一致している。

 

「そこである日、思い出したんだ。巨人に支配され、家畜みてえに飼われていた世界のことを」

 

 視線を俺から自分の手の方へ落とし、続ける。

 

「最初は意味が分からなかったよ。何でこんな残酷なことを思い出すのか」

 

 そう口にする言葉には、しかし確固たる意志が宿っていた。こいつは既にその問いの答えを見つけているのだろう。

 俺も、その答えを知りたい。

 

「お前は、その理由が分かったのか……?」

「……ああ」

 

 一息置いて、エレンは確かにそう言った。

 

「この一連の出来事のきっかけは……お前だ、ライナー」

「……え?」

 

 エレンが告げたその言葉の意味を、俺は理解することができなかった。

 

「ま……待て。待ってくれエレン。俺が……この状況を作ったのか?」

 

 俺が悪いのか?この世界から巨人の歴史が消滅したのは、俺のせいなのか?

 エレンは俺の言葉を終ぞ否定せず、首を縦に振った。

 

「そうだ。ライナー、お前がこの世界を創造したんだ」

 

 何で……何でそんな話になるんだ。

 

「おかしい、だろ……俺にそんな力なんて……」

 

 無意識と言っていいぐらいの勢いで小さく首を横に振る俺に構わず、エレンは話を続ける。

 

「前の世界で俺の腹違いの兄、ジーク・イェーガーから聞いた話だ」

 

 マーレに仕える獣の巨人の保有者であり、ジーク・イェーガー戦士長。久振りに聞いた戦士長の名前と、何でのない風に明かされたエレンとの関係性に驚きながら、続きを聞く。

 

「始祖の巨人の力は、巨人の力を宿した王家の人間との接触によってユミルの民、所謂エルディア人を自在に操ることができる程絶大だ。記憶や思想の書き換えだけじゃない、体の構造をも変化させることができる、とのことだ」

 

 考えの読めない人ではあったが、ジーク戦士長は巨人の力をそこまで把握していたのか。いや、心の底が分からないからこそ、この話がどこまで本当なのか分からない。特に前の世界の兄と同じ空気をまとう、今何をしようとしているのか分からないこいつの話は。

 

「だがなライナー。これはあくまで一例に過ぎないんだ」

 

 本題はそこではないと、始祖の巨人の保有者であるこいつはそう言いたげだった。

 

「そもそもさっきの条件は、パラディ島に移った王家が施した不戦の契りによって始祖の巨人の力が使えない制限を回避するために理論立てられた方法だ。力の発動条件は他にもある」

 

 スッと目が細め、俺を鋭く見据える。

 

「お前、前の世界で銃を自分に向けて撃っただろう」

「何で……」

 

 そのことを知っているんだ。

 

「兄さんから聞いたよ。あの時戦士候補生が近くに居たみたいで、銃声を聞いて駆けつけてみたら即死だったらしい。すぐに世界中に知れ渡って騒ぎになり、軍部は大混乱だったそうだ」

「……悪かったな。できるだけ苦しんで死ぬように努力するって言ってたのに、逃げちまって」

 

 あの世界でこいつが投げかけた言葉を思い出してしまい、俺は話の腰を折って謝罪する。

 正当な恨みや憎しみを向けられていたにも関わらず、俺は安易な逃げを選んだ。本当に、俺はどうしようもない……。

 

「あぁ……言ったっけ?そんなこと……忘れてくれ」

「え……?」

 

 気不味そうに、エレンは頬を書きながらそう言って有耶無耶にしようとする。

 何で、怒りを露わにしない……お前を裏切った俺達に復讐を誓っていたのに、どうして忘れてくれなんて言えるんだ。

 本当にお前は、何をしにここに来たんだ?

 

「それよりもだ」

 

 元の話題に強引に切り替え、エレンは話を再開させた。

 

「ライナー。お前が自ら死を選んだことで、座標の力が発動したんだ。始祖の巨人の力なしでな」

「な……!?ど、どういうことだ!?」

「エルディア人……ユミルの民の祖先である始祖ユミルの最期は、自殺だった」

 

 その一瞬、俺とエレンはどこかに居た。

 大地一面に砂が広がっており、中央には光の束が噴水の様に湧き上がっている。不安と安心を同時に搔き立てる、神秘的な光景が、目の前にあった。

 すぐにその光景から元の公園のベンチに戻ってきたが、その不可思議な模様はエレンも見ていたらしく、戸惑う俺に頷きだけ返して先程の出来事を肯定した。少なくともあの光景は、俺の幻覚ではないということらしい。ということは、始祖の巨人の力で見せた光景か。

 

「当時の王に向かって放たれた槍を庇って致命傷を負った始祖ユミルは、巨人の力で治癒することが可能だったにも関わらず、自らの命を手放した。その理由は無数にあるが……ライナー、お前はその内の1つである全てを投げ出したいという心と繋がったんだ。始祖ユミルの心と」

「馬鹿な……」

「さっき見た光景は、道だ。全てのユミルの民が繋がる座標であり、場所も、時間も超越する」

 

 そこで視線を俺から冬の夜空へと向け、真相を告げる。

 

「始祖ユミルは2000年前から、ずっと誰かを待っていた……」

「ま、まさか」

「ああ。ライナー、その誰かがお前だったんだ」

 

 あの何もない様な場所で、途方もない時間を過ごして誰か求めて待っていたっていうのか……。

 想像もできない孤独感はもちろんのこと、全てを終わらせたかったというエレンの表現に、俺は言葉にできない共感を覚えた。

 再度俺の方を向いたエレンは、憑き物が落ちた様な穏やかな顔を浮かべていた。

 そこで俺は確信した。

 こいつは本当に、俺に会いに来て話をするために、ここに来たのだ。

 俺の気付きを察してなのか、笑みを深めてエレンは少女の物語の顛末を話す。

 

「始祖ユミルは2000年後のお前を見て全てを投げ出した姿に救われ、命と共に巨人の力を放棄した。これ以上抱え込まなくてもいいと。これ以上、地獄を見なくていいと。ライナー、お前のその心が、始祖ユミルを2000年の呪縛から解放させたんだ」

「巨人の力の放棄って……それは、つまり……」

「お前の予想通りだ。巨人の力は有機生物が始祖ユミルの身体に宿ったことで発現した。それを身体から排出したことで力が失われ、世界から巨人の歴史は消滅したんだ」

 

 つまり、それこそがこの世界に巨人の歴史が存在しない理由。あるいは真実。

 そのことに震えを起こす程の驚きが迸る中、エレンは巨人の力が失われた歴史の続きを語る。

 

「その後だが、王は始祖ユミルの亡骸を回収して娘達に食べさせ、巨人の継承を試みた。だが巨人化の要である有機生物が始祖ユミルの身体から抜けていたことから、失敗に終わった」

 

 想像するだけでも身震いする様な行いを知ると同時に、前の世界ではその継承が成功したことであの世界が成り立ったのだと、9つの巨人の脊髄液摂取による継承の法則から納得に至った。

 しかし、何でもない風にエレンは話すが、まさか巨人化の絡繰りが身体に宿っていた生物によるものだとは。驚きを禁じ得ない。

 

「そうして巨人の力を引き出せなくなった事実を好機と捉えた周辺国はエルディア帝国に攻撃を仕掛け、エルディア帝国は敗戦を重ねた。そして、壊滅まで追いやられた帝国は、民を引き連れて未開の島へと逃げ、国を再建した」

「それが……今の世界なのか?」

 

 俺の問いに、エレンは頷いて答える。

 

「そうだ。ライナー、これはお前から始まった物語だ」

 

 あの時、俺は背負っていた期待と、犯してしまった過ちに耐え兼ねて全てを終わらせる引き金を弾いた。間違っていると分かっていても、目の前にある救いに手を伸ばさずにはいられなかった。

 そんな俺の行動が、まさか……まさかこんな結果を招いてしまっていたなんて……。

 もうここまで来るとエレンの言葉に嘘はないと信じるしかなかった。巨人の存在が歴史にないことも、先の話が事実なら納得ができる。特に2000年前の出来事なら文献が残っていても伝説か虚構であると判断され、歴史から抹消されていてもおかしくない。

 この途方に暮れる様な出来事に、俺はしばらく言葉を失うのであった。

 

「お前が記憶や巨人の力を引き継いでいる理由だが、歴史を変えたきっかけとなったお前は改変の影響を受けなかったんだろう」

 

 だから俺は、前の世界の出来事を覚えているし、鎧の巨人の力を使えるということか。

 

「エレン……お前はどうなんだ?何でお前は記憶と力を持っている?」

 

 俺が世界を作り替えたきっかけとして記憶と力を保持していることは理解できたが、目の前に座るこいつが何故俺と同様に記憶と力を有しているのか、俺はその訳が知りたかった。

 考える素振りを見せたエレンは、程なくして一言こう口にした。

 

「進撃の巨人」

「……え?」

 

 それは、9つの巨人の内の1つの名だった。ある時期を境にマーレ軍の管理から離れて行方が分からなくなっていた巨人の名だ。

 

「その巨人は未来の継承者の記憶を見ることができる。そして、この力を利用して未来の継承者である俺は始祖ユミルに俺が力を継承できるように有機生物を誘導し、俺は偶然にもそいつを取り込んでは記憶と力を手に入れることができた」

 

 あまりにも抽象的な成り立ちに脳の理解が追い付かないが、それでも言葉を探して口にする。

 

「つまり、未来の継承者であるお前が、始祖ユミルから記憶と力を継承できるように始祖ユミルに働きかけたことで、お前は全ての出来事を把握し、巨人の力を取り戻したということなのか?」

「……そうだ」

 

 自然と、疑問が口に出た。

 

「どうして、そんなことをしたんだ?巨人のない世界になって、お前は自由になれただろ?」

 

 何故。という問いにゆっくりと、エレンはこう答えた。

 

「知っての通り、今エルディア帝国はマーレ国と戦争中だが、まだ故郷は比較的平和でな。空を見てぼんやり過ごしてるんだ。そこでいつも思う。何でこんなことになったんだろうって」

 

 そこで俺は今更ながら、エルディア帝国の現状を思い出した。

 瞬間、俺の中でこいつの意図を読み解くことができた……はずだ。

 ようやく、俺はエレンと向き合うことができた。あいつもそのことに気付いてなのか、すっかり険が取れた表情で穏やかに話を続ける。

 

「心も体も蝕まれ、徹底的に自由を奪われて、自分自身も失う……こんなことになるなんて知ってれば、誰も戦場になんか行かないんだろうし、戦おうなんて思わないだろう」

 

 まだ故郷は比較的平和だと言ったが、あの口ぶりからして負傷兵の帰還や戦死の伝達をよく目や耳にするのだろう。

 丘の上。大きな木の下に、いつの間に俺はエレンと一緒に立っていた。

 時間や場所から切り離された道の中に居るのだと理解するのに、少し時間がかかった。

 

「でも、みんな何かに背中を押されて、地獄に足を突っ込むんだ。大抵その何かは自分の意思じゃない、他人や環境に強制されて仕方なくだ」

 

 俺に、そして自分自身に言い聞かせる様に、エレンは道の中で話し続ける。

 

「ただし、自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ。その地獄の先にある何かを見ている。それは希望かもしれないし、さらなる地獄かもしれない」

 

 丘の下から、声が聞こえる。

 それは俺も知る奴らの声だが、明るいものではない。エルディア帝国は島国であることから資源や人材が戦時において圧倒的に不足になりやすい。資源は前の世界の事情を考えると解決できるかもしれないが、人材の方は……。

 

「それは、進み続けた者にしか分からない」

「……エレン」

 

 こいつが何を考えて何をしようとしているのか、やっと分かった。

 元の場所に戻って来た俺は、ベンチから立ち上がってはエレンと正面から向き合った。

 

「お前も、戦争を止めるつもりなんだな」

 

 沈黙。エレンは俺を見据えたまま、無言を貫く。

 

「巨人の力を使えば、戦争は一気に片が付く。仲間を危険にさらすこともなくなる」

「だが、根本的な解決にはならない」

 

 目を伏せるエレンに、そこで迷いを見て取った。

 

「記憶と力を取り戻そうとしたのも、きっと未来の俺も今起きている戦争を止めたいから、始祖ユミルを導いて俺に記憶と力を継承させようとしたんだ。だけど、戦争を終わらせてもまた別の戦争が始まるだけだ。俺がまた記憶と力を取り戻したみたいに、みんな、自分で自分の背中を押して、地獄を繰り返してしまうんだ……仕方なく……」

 

 恐れの表情と共に、しかしその目は既に覚悟を決めていた。

 

「それでもミカサやアルミン、みんなを救うためにはやるしかない……地ならしを引き起こした時と同じことを繰り返しているとしても、俺は……進み続ける」

 

 地ならし。その言葉の不穏な響きに言いようのない感情に苛まれる。

 

「お前……前の世界で、何をしたんだ……?」

 

 思えば、始祖ユミルが選択を変えたことで歴史が書き換わったが、前の世界はどの時点でその変化が起きたんだ?俺が引き金を弾いた時点で今の世界に改変されたと思い込んでいたが、あいつが兄経由で俺の末路を知っていることからそれは否定される。

 前の世界は、どこまで進んだ果てに今の世界に移り変わった?

 

「……世界を終わらせる悪魔になった」

 

 消え入りそうな程のその言葉から、俺は理解することができた。

 座標の力を……始祖の巨人の力を一番持っちゃいけねぇのはエレンだと確信していたが、まさか本当に、世界を滅ぼす程の存在になっちまうだなんて。

 

「……そう、なのか……」

 

 今なら、分かるかもしれない。多くの命を奪うことに躊躇や後悔がない訳がなく、それでもやるしかない状況に追い込まれていて、望んでいるのはささやかな幸せなのに、やるしかなかったことを。

 

「エレン、確かにお前は……俺と同じだな」

「……ああは言ったが……俺は、最後まで躊躇や後悔をし続けた、半端なクソ野郎以下だ」

 

 これまで、ずっと本心を曝け出すことができなかったのだろう。全てを話し終えたエレンは、意気消沈と言った様子で項垂れていた。

 いや、俺がしっかりと見なかっただけで、エレンはずっとこうだったのかもしれない。

 

「エレン。俺も……間違えてばかりで、その上でまだ生きようと思う、半端なクソ野郎以下だ」

 

 顔を上げ、こちらを見るエレンは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 お前もずっと辛かったんだな。進み続けなければならない時代や環境に追い込まれて、それでも自分で自分の背中を押したことにして、その癖そのことに苦痛と苦悩を感じている。

 俺も、自らを死に追いやって、気付けばこの世界に迷い込んでいた。そのまま自由にこの街で暮らしていけばよかったのに、自分で自分の背中を押して故郷に帰ろうとして、ウジウジと惨めったらしく考え込んでは塞いじまっていた。

 だからこそ、俺はエレンに手を差し伸べることができた。

 

「けどな。何度も過ちを繰り返して、今度こそ間違わないと誓って進み続けるしかないんだ」

「……ライナー」

「俺も、巨人の力を使って戦争を終わらせるつもりだった。だからエレン、力を貸してくれ」

 

 俺の考えを察したエレンが、目を見開く。

 

「これ以上戦争を続けるんじゃねぇって、子どもみたいに喚いてやろうぜ……戦場で」

 

 その作戦に、エレンは強い意志を瞳に宿しては俺の手を取った。

 

「ああ……そうだな。そうすれば、両国や世界は混乱の末に、これ以上の戦争は控えるだろう」

「戦争をすれば悪魔が暴れ出すからもう止めよう……ってな」

 

 そう言って互いに笑い合い、俺達のささやかな反抗の狼煙が平和なこの街で上がった。

 

 

 ###

 

 

 ライナー。

 戦場に行く前にお前に会えて、本当によかったよ。

 巨人の力を使って戦争を終わらせようと考えていたけど、ずっと迷ってたんだ。こんなことをしても問題そのものが解決されないって。それに、仲間が戦場に行くのを避けるためとはいえ、自分が戦いにいくのも嫌だった。特にミカサと離れ離れになるのは、もうたくさんなんだよ。

 せめて、この苦しみを知ってもらえる奴はいないのか。

 アルミンが読んでた外国の雑誌でお前を見つけた時、俺はすぐに決心できたよ。

 例え記憶や力がなかったとしても、会いに行こうって。ラビットハウスに行く途中で転んだりしてさ、自分でもビックリする程お前に会えるのをワクワクしてたよ。

 そして、記憶と力があることを知れて俺は……嬉しかった。

 ライナー。もう俺は、変に抱え込まなくて済む。同じ悪魔同士仲良くやれて楽しいよ。

 だから……こんなところで這い蹲ってんじゃねぇよ、このでけぇ害虫が。

 助けでも待ってんのか?もうエルディアもマーレも軍隊を撤退させてるんだよ。分かってんのかこの珍獣。足震わせて立ち上がろうとしても何の感慨も抱かねぇんだよ。さっさと自分の力で立ち上がって俺に喰ってかかってみやがれ。

 さっきから戦ってみれば、お前何度俺の硬質化パンチを受ければ気が済むんだ。そういう生態なのか?そんなもんさっさと滅んじまえ。俺が手助けしてやるよ。

 

 ―――うるさい。

 ―――頼む、静かにしてくれ。

 

 だったら俺を止めろよ。鎧の巨人はそのためにあるんじゃないのか。

 来いよ、ライナー……!

 

 血に塗られた大地と煙で淀んだ空の下、俺達はその巨体をぶつけ合い、固く重い拳を繰り出しては骨を砕き、顔を抉る。

 声を上げ、咆哮を轟かせ、感情を剝き出しにして、場違いに思う。

 俺は、自由だと。

 

 

 ###

 

 

 周りの木々が桜花びらの装いに着替えてお洒落をする春の季節。ふと窓から外と覗いてみると、夕暮れの空を飛び回る鳥達が陽気の心地よさに嬉しくなってか口々に鳴き声を上げていて、自由を謳歌しているのが見えました。

 そんな木組みの家と石畳の街に、住まいであり喫茶店でもあるラビットハウスはあります。

 たくさんの経験を経てこの春から店主となった私、香風智乃は今日もお客さんのためにコーヒーを淹れます。まだまだ精進あるのみな26歳だけど、夢だったバリスタになることができました。

 そんな私が切り盛りするラビットハウスに、今日はたくさんのお客さんが来ます。

 

「チノちゃーん!久しぶりー!最後に会ったのが何年も前の様に感じるよー!」

「それ先月会った時も言いましたよね……まあでも、お久しぶりです。ココアさん」

 

 いつだって元気で明るいココアさんが、一番乗りにラビットハウスに来てくれました。今は実家のパン屋で働く傍ら小説を書いており、デビュー作の『ご注文はうさぎですか?』は最近アニメになった程の大ヒット作です。3つの壁に囲まれたコーヒーの街にやってきた主人公の少女がバリスタ志望の女の子と出会って冒険に出かけるダークファンタジー作品ですが、元ネタを知っている私は女の子が主人公をお姉ちゃんと慕う設定だけは納得できません。相変わらず願望丸出しです。

 お土産の自家製パンを受け取りながら、カウンターに座るココアさんにコーヒーを用意します。

 

「ちょっと早く来すぎたかな」

「確認のメールの時点でみんなソワソワしてましたから、すぐに集まると思うので大丈夫ですよ」

「全員が揃うのは久しぶりだもんね。みんな元気にしてるかなー」

 

 私の店主就任記念としてリゼさん達が来てくれる中、私は棚に飾ってある写真に目を向けます。

 そのことに気付いたココアさんが、元気付ける様に言葉を弾ませます。

 

「ライナーさんもきっと来てくれるよ。チノちゃん、雑誌とかでたくさん紹介されたんだから」

 

 13年前の春に出会った、お兄さんの様な人。ライナー・ブラウンさん。

 その写真は、緊張した面持ちと幼いと私と、穏やかな表情で写るライナーさんの写真。突如として姿を消してから、私はすっかり大人になってしまいました。

 ライナーさんの行方は、未だに分かっていません。後で父からライナーさんの故郷が当時戦争中だったマーレ国と教えてくれて調査もしてくれましたが、マーレ国とエルディア帝国の戦争終結の情報は非常に錯乱していて、2体の巨人の出現によって終戦したという与太話まで出る程に何も分かりませんでした。

 それでも。

 

「私達が大人になったら一緒にお酒を飲もうって、約束したんだから」

「……そうですね」

 

 写真の横に飾られたワインボトルに目を向ければ、微笑んだ自分の顔が映っていました。

 そんな矢先、ドアベルが店内に響く。

 

「……こりゃあ今日は特別賑やかになりそうじゃのう」

 

 おじいちゃんが喜んでくれる中、私は心からの笑顔と共に、その人を迎えました。

 

「いらっしゃいませ―――」

 

 

ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! 完


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