ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! 作:ロドフ
#1
用があってラビットハウスに来る途中でココア達に呼び出されたという千夜とシャロに出会い、共にラビットハウスに寄ったところで俺も頼みごとに巻き込まれた。
「協力してほしいことがあるって聞いたけど、パズルやることになるなんて……」
「手伝ってー。チノちゃんへのお詫びに新しいジグゾーパズルを買ったんだけど……」
「始めたはいいんですが片付かないんです」
ココア達は8000ピースのジグゾーパズルとやらの組み立てに苦戦していた。
特に断る理由もなかったので、俺は千夜達と一緒にパズルの完成に協力することにした。
「しかし……これは何の絵になるんだ?俺には分からない……」
「うさぎの絵になるらしいよー。楽しみだねー」
様々な形のパーツを合わせて1枚の絵にするらしいが、今までそんな遊びに触れてきたことがなかったので中々上手くいかない。
「チノちゃんが作ったところと合体」
「こっちもリゼちゃんの作ってたところと合体だよー」
……。
どうして俺は、ここにいるんだ?
俺には兵士……いや、戦士か?俺は今どっちなんだベルトルト……。
とにかく、こんなところでガキ共と遊んでなんかいるべきじゃないのは確かなことだ。
祖国で何もかも投げ捨てようとして、気付けばこの街に迷い込んで数か月。飢えを凌ぐために現地で働きながら住民から情報収集を行っていたつもりだが、どうして俺はジグゾーパズルなんて遊びを現地の奴らと一緒にしているんだ?
不甲斐ない。務めや責任を果たすこともせず、目の前のことすら満足にこなせないなんて……。
「私……役立たずで……ここにいてもいいのかしら……」
項垂れる千夜が何か言っている。うるさい。頼む、静かにしてくれ……。
ココア達が順調にピースを繋げていく中、俺は自分が嫌で嫌で仕方なくなってしまった。
「ところで完成したらどうするんだ?」
ふと、リゼがパズルのピースを合わせる手を止めてそんなことを聞く。
「喫茶店に飾るのもいいかもねー」
完成後の光景を思い浮かべては顔を綻ばせるココアだが、どうやらリゼが聞きたいのは出来た後の用途ではないらしい。首を振ってリゼは組み立て中のパズルを指差す。
「そうじゃなくて、下に何も敷いてないのにどうやって移動させるんだ?」
空気が凍る感覚が、部屋の中を駆け抜けた。
確かに、今地面に並べているパズルはこのまま床に置いたままという訳にもいかない。だが繋げ合わせたピースの塊を動かすには確かに下に何か置いておくべきだったが、ここにはそれがない。
「何も考えてなかったのか」
リゼの察しの通り、ココア達の重い沈黙が言葉よりも雄弁にその失態を物語っていた。
「私……気付いてたのに、この空気になるのが怖くて言えなかった……」
沈黙を破る様に千夜が口を開くが、その内容はさらなる沈黙を生みかねないものだった。
千夜……。お前も、辛かったんだな。
「もっと早く言ってれば……私のせいで……っ」
「余計重くなるから自分を責めるのやめて!?」
千夜の幼馴染であるシャロが千夜の懺悔にツッコミを入れては場を切り替えようとする。
ああ、俺もあんな風に裁いてくれたら……。
『あのおじさんはきっと、誰かに……裁いて欲しかったんじゃないかな』
そこに加えて思い出す。かつてベルトルトが言っていた言葉を。
気付けば俺は、その場に手と膝を突いていた。
「違う!違うんだ千夜!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「俺が悪いんだよ……下に敷くものがないのにジグゾーパズルをしていることを指摘できなかったのは、初めてやるジグゾーパズルにも関わらずどんな遊びか聞かなかった、俺のせいだ!」
「ライナーさんまで自分を責めないでください!どうしたんですか急に!?」
「許さないでくれ……俺は……本当にどうしようもない……」
「え、ええ……!?」
困惑しないでくれシャロ。俺は半端なクソ野郎で、ここにいちゃいけねぇんだ。もう……消えたいんだ。誰かその手助けをしてくれないか。俺を……裁いてくれ。
そんな時、ジャケットのポケットに入っていたものが零れ落ちた。
「これ、なくなったパズルのピース……」
拾ったチノがこちらを見る。
「あ、ああ。昨日廊下に落ちてたのを拾ったんだ。そうか、これもジグゾーパズルのピースか」
最初は何なのか分からずにそのままポケットに入れていたのだが、今日こうしてこいつらと遊んだことでその正体が分かった。
そして、そこまで気付いたところで思い出す。何で今俺達は8000ピースのジグゾーパズルを組み立てていたのかを。そして、俺がラビットハウスに何の用で行こうとしていたのかを。
「わー!見つかってよかった!私、昨日チノちゃんのパズルを勝手に完成させちゃったんだけど、最後ピースがなかったんだよね。それでチノちゃんにお詫びがしたくて、このパズルを買ったの」
「最後の……ピース……」
「ライナーさんが見つけてくれたんだね。ありがとう!」
つまり……今日こいつらに無駄足を踏ませて、千夜を追い詰めてしまったのは……。
「俺が悪いんだよ……今日こんなことになったのは、パズルのピースを拾った俺のせいだ!」
#2
「あ、ブラウン戦士長」
「……リゼか。そんなに走ってどうしたんだ?」
偶然リゼと出くわしたのだが、何やら急いでいる様子だった。そういえば、この時間のリゼ達はラビットハウスで働いているんだったな。ということは……遅刻か。
俺の考えを察したのか、リゼは慌てて俺に弁明する。
「べ、別にサボってた訳じゃないぞ?さっきまで学校の演劇部の手伝いしていて……今度、オペラ座の怪人のクリスティーヌを演じるんだ」
クリスティーヌがどんな役なのかは分からないが、頬を赤らめて照れくさそうにしているところからして、きっとこいつにとって特別な役割なのだろう。
「そうか……しっかりやれよ。兵士として最善を尽くすんだ」
「ああ。激励、感謝する」
敬礼と共に礼を述べるリゼから、気付けば俺は視線を逸らしてしまっていた。
何が……兵士だ。そんな言葉を口にする資格など既にない癖に。
俺は、兵士という体のいい言葉に逃げてあれだけの過ちから逃げてきた。それなのに見知らぬ土地のガキを応援するために安易に口してしまうなんて。本当に、俺はどうしようもない奴だ。
「よし。せっかくだし、コーヒーを飲みに俺もラビットハウスに行くぞ」
そして今も、頼れる兄貴分を演じながらリゼと共にラビットハウスに向おうとしていた。
「なら競争だな戦士長!悪いが負けないぞ!」
「ああ……望むところだが、せめて副長にしてくれないか?その呼び名は違和感がある」
かつての世界で戦士長を務めていた男の顔が過る。そんな俺の心境など知るはずもないリゼは、小首を傾げた後に笑って走り出す。
「ならこの戦いに勝てば副長と呼んでやるよ!いざ尋常に勝負だ!」
「待って……」
元気よく駆けて行く少女が、あいつらの姿と重なって見えた。
ベルトルト、アニ、マルセル。
それに、パラディ島のあいつら……。
駄目だな。もう会えるはずもないというのに、いつまで面影に縋り付いているんだ、俺は。
とにかく、今はリゼとの勝負だ。すっかり出遅れた俺は、大きくを息を吸っては呼吸を整えてはラビットハウスを目指して走り出した。
これ以上戦士長と呼ばれないように、目指すは完全試合だ。
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「おはよう。チノ、ココア」
無事副長と呼んで貰う権利を獲得し、俺はチノ達に声をかける。
「あー!ライナーさん!おはよー!」
「お、おはようございます。あれ、まだバータイムの時間には早いですよね?」
「ああ。たまたまリゼに会って、どうせならコーヒーを飲んでから仕事をしようと思ってな」
そのまま客席に座ろうとしていたところで、カウンタースペースに見知らぬガキ2人が店の制服を着て立っていることに気付いた。
いや、この2人は確か……。
「あー!前に公園で会ったおじさんだ!」
そうだ。こいつらは俺がこの世界で目を覚ました時に出会ったんだったな。あの様子からして、チノの友人なのだろう。まさかまた会うことになるなんてな。
しかし……。
「おじさん、ラビットハウスで働いてたんだ」
「まあ……バータイムの時間にな」
「ま、マヤちゃん。初対面の人におじさんは失礼じゃないかな」
「えー、でもお兄さんって言える程でもないじゃん。私達の親ぐらいの見た目だし」
9つの巨人には継承後の寿命が13年になるという呪いがある。俺の寿命は後1年。この世界に来た時からそうだが、自分でもやつれていて老けていることはよく分かっている。
「その通りだマヤ。お前の言ってることは全て正しい……だが、これでも俺は20代だ」
俺の申告に、メグと呼ばれた赤毛のガキが口に手を当てて驚いた。
「そんな風には見えない!?」
「メグさんの反応も大概ですよ……」
「えー!?ライナーさん20代だったのー!?」
「ココアさんまで!?」
背景に落雷を幻視させる程のリアクションを見せるメグとココアに、チノがツッコミを入れる。
「すまない!部活の助っ人に駆り出されて……」
そこへリゼが遅れてバイトに入る。バイトの制服はマヤとメグが使っているため、ココアもそうだが学校の制服のままだ。
「あ、リゼちゃんおはよう!早速紹介するね。こちら新しい妹達です」
「状況がよく分からないが、嘘を吐くな」
マヤとメグを抱き寄せて姉の真似事をするココアに、リゼが冷静に説き伏せる。
「そうだ!私としたことがアレをなくしてしまって……誰か見てないか?」
「もしかしてこのモデルガン?」
着替えの際にロッカーを開けた時に出てきたのだろう。確かにそれはリゼの物だった。
「あと間違えて他のロッカーを開けた時にライフルも出てきたんだけど、こっち?」
「……あ、ああ……」
慄くことしかできなかった。
それは、いつの間にか購入してしまい奥に追いやっていた俺の所有物だった。何らかの拍子でロッカーが開いてしまい、マヤの手に渡ったのだろう。
「リゼェェー!ウチに物騒な物持ち込むでない!特にそのライフルはなんじゃ!」
口元を抑えたチノから怒号が飛ぶ中、俺は堪らず店の床に手と膝を突いた。
「違う!違うんだチノ!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「俺が悪いんだよ……そのライフルがここにあるのは、勢いのまま買ってラビットハウスに置いたままにしていた、俺のせいだ!」
「護身のためだろうに、そこまで自分を追い詰めるのか!?」
実際、店内での護身具の所有は認められている。俺が本当は何に使うつもりだったのかを知らないリゼは、あいつからすれば極端に見えるであろう俺の謝罪に困惑した様子である。
「あっははは!ライナーさん謝るのに張り切り過ぎー!」
「ま、マヤちゃん!今笑うところじゃないよ!?」
取り敢えず、マヤとメグのおかげで俺のライフル所持は穏便に済まされ、この事件を機によく絡まれるようになるのだった。
#3
「どいてください!お願いします!お願いします!」
公園で周囲の視線が集まる中、私は体裁を殴り捨てて土下座をしていた。
相手は……うさぎだ。何か葉っぱを咥えて悪そうな表情をしている奴。フルール・ド・ラパンの宣伝チラシを入れた籠の上に居座っていて、凄くふてぶてしい。
うさぎ恐怖症だというのに、ちょっと目を離した隙にどうしてこんなことになったのよー!
「違う!違うんだシャロ!」
何度も頭を下げていた私の横に、新たに土下座をする人が現れた。というか何この状況。
「俺が悪いんだよ……その籠に兎が座っているのは、誰の置物か分からないが風でチラシが飛ばされたら不味いと思って近くに居た兎を乗せた、俺のせいだ!」
ライナー・ブラウンさん。リゼ先輩が働くラビットハウスのスタッフで、私と同じくバイト戦士でお店に遊びに来る度にバイトのアドバイスを貰っている。
頼れるお兄さんの様な人だけど、自分を追い詰める言動が現在進行形で面倒くさい。幼馴染の千夜もその傾向があるけど、ライナーさんは輪にかけて酷い。悪いと思うならうさぎを退けて!
しばらくライナーさんと一緒に土下座をするという無茶苦茶な状態になった。
「ほら、もう大丈夫だぞ」
「リゼ先輩……!?あ、ありがとうございます!!」
私の憧れの人、リゼ先輩が籠に居座っていたうさぎを抱え上げて逃がしてくれた。
「ほら副長。部下のピンチに何をやってるんだ。しっかりしてくれよ」
「あ、ああ……すまない」
リゼ先輩の叱責に、ライナーさんが反省していた。というか私ライナーさんの部下だったの?
何だか微妙な空気になった。あれ、そういえば……。
「制服姿で外にいるなんて珍しいですね」
気付いたことをリゼ先輩に聞いてみれば、リゼ先輩が持っていたチラシをこちらに見せた。
「ココアが企画した明日のパン祭りのチラシ配り担当を副長と共に任命されたんだ」
これは……ココアが作ったチラシね。何となく間の抜けたデザインながらも、可愛らしいデザインで目を惹く1枚だわ。今朝千夜からイベントのことは聞いてたけど、これだと明日のバイト上がりの後じゃ間に合わなさそうね……残念。
「あら、桐間さんと天々座先輩だわ」
「面白い恰好をなさっているわ」
嘘!?お嬢様学校のクラスメイトじゃない!ちょっと待って、やだやだ心の準備が……。
「桐間さんも今度開くお茶会、ご一緒しない?お菓子を持ち寄るの」
「ま、またいつか……」
そんな魔境に行こうものならすぐに私が苦学生だってことがバレる!え、遠慮させて貰うわ!
「あの、先輩もよろしかったら」
お誘いの矛先がリゼ先輩に向くと、先輩は顔を綻ばせながら前向きな反応を示す。
「お菓子も持ち寄ってお茶会か……よし、それならクレープやケーキのレーションを持って来よう。サバゲ―やりながら食べるときっと楽しいな!」
「さばげ?」
「お嬢様ばかりの中、先輩のそういうところ凄く安心します」
そうしてリゼ先輩がお茶会への参加を約束し、クラスメイトは去っていった。
「……何度見てもお嬢様学校の生徒は高貴で美しいな。いい匂いも……いや……何でもない」
恐ろしい独り言が聞こえた気がするけど、深く聞かないようにしましょう。まだブツブツと俺が惚れているのはクリスタだけだとか言ってるけど、誰よその女。
「今度はあっちで配ってくる」
「あ、はい。お気を付けて!」
ライナーさんを連れてリゼ先輩が他の場所でチラシ配りに行こうとするのを見送った。
改めて私も頑張ろうと意気込む矢先、声が掛かった。
「私も1枚いただこう」
「あ、はーい―――」
スマイルを作ってチラシを渡そうとしたところで動きが固まった。
「……私が君にダル絡みしている理由が知りたいか?」
その人は、フルールのお得意様の中で一番の要注意人物だった。
「以前から君が気にくわなかったからだ」
ダリス・ザックレーさん。ことある毎に私に因縁を付けてくるお爺さんだった。
「……は?」
「むかつくのだよ。偉そうな奴と偉くないのに偉い奴が……つまり、君の様なお嬢様じゃないのにお嬢様な奴が。たまたま君が働く店を訪れて気付いたよ。君は私にとってむかつく奴だとな」
この人は人を見る目が鋭い。私が“あんな家”に住んでいる程の生活状況であることを察せられ、そのことをダシに私に絡んでくるのだ。
「イヤ……もうむしろ好きだな」
そして厄介なことに警察に訴えられないラインかつ、私が不快にならない程度の嫌がらせしかしてこないので強くでることができない。一応お爺さんでもあるし、私もあまり騒ぎにしたくない。
「思えばずっとこの日々を夢見ていたのだ。職務引退後の人生を捧げてフルールの忠実な消費者に徹し、常連客の地位に登りつめた。君へのダル絡みの準備こそ余生の趣味だと言えるだろう」
実際、お店も対応に困るぐらいにこの人はフルールを利用している。聞けばお店の売り上げの半分に迫る程の支払いをこのお爺さんはしているとのことだ。
一体何がこのお爺さんをそこまでさせるの?訳が分からなくて泣きたくなりそうだわ。
「……美しい。これ以上の芸術作品は存在し得ないだろう。君が騙している友人達の前で君の正体を晒して、ようやくこの作品は完成を迎えるのだ」
「か、帰ってください!警察呼びますよ!」
あまり効果のない警告をすると、お爺さんは感極まって公園内で高らかに笑いを上げた。
「ダハハハハッ!!また同じ脅し文句を垂れたな!!他のヤツは、ないのか!?」
「もう勘弁してください!それと私、絶対にみんなにバレないようにしてみせますから!!」
翌日の夜、パンのお裾分けをしに来たリゼ先輩達と鉢合わせしました。
#4
「演劇の助っ人を頼まれたから、またバイト休むかも」
少し早くバイトに来たものだからココア達の手伝いをしていた中、リゼがそんな申告をした。
マヤとメグのガキ共と会った日に、確かそんな話をしていたな。どうやらこいつにとって演劇は大きな存在になっている様だ。
「演劇……童話とかいいですよね」
可愛気のある想像をするチノ。ラビットハウスの次期店主ということもありしっかりした性格で優秀な奴だが、こういうところは年相応だ。
「どんなダークファンタジーをやるの?」
「どうしてそうなる」
ココアのリゼの第一印象からインスピレーションしたであろう推測にリゼがツッコミを入れる。
「確かにそいつは面白いな。銃を愛用するクールなリゼにピッタリだ」
「副長まで適当なことを……」
リゼが少し拗ねた反応を見せる。兵士……いや戦士……違う、軍人か。軍人気質なこいつは男勝りな印象を抱かせるが、話していると女らしい趣味や嗜好を持っていることが分かる乙女な奴だ。
そんなリゼを揶揄う様に、ココアが話を膨らませていく。
「どんな物語がいいかなー……戦うのは怪獣みたいな大きい敵だと面白そう!」
「それだと銃じゃ弾が届かなくて倒せないんじゃないですか?」
「うーん、そっかー……」
チノの指摘にココアが腕を組んで真剣に考える。そんな様子を、リゼが仕事をしながら楽しそうに聞き耳を立てている。
何気ない光景だが、幸せそうな3人を見ていて俺も穏やかな気持ちになる。
「そうだ!空を飛べる装置を身に着けて、怪獣の弱点まで移動して銃を撃つのは!?」
「……まあ、それならおかしくないですね」
「空を飛ぶ装置か、面白そうだな!」
「戦う動機としては……親が昔怪獣に襲われて危ない思いをしたから、その仇打ちとかどうかな」
「なるほど。怪獣への復讐のために戦っているのか」
「怪獣側にもドラマが欲しいですね。人間を襲うことが正しいことだと教えられたとか」
「そうか、それは仕方なかったってやつだな」
……。
「違う!違うんだリゼ!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「あの日、マルセルが食われて……アニとベルトルトは作戦を中止して、引き返そうとしたのに、俺は……2人を無理矢理説得して……作戦を続行させたんだ……それは……保身もあるが……」
『お前なら必ず任務を果たせるよ。きっと父さんもお前の成功を祈ってくれているから』
「俺は……俺は英雄になりたかった……!!」
戦士である以前に、俺は……本当に、ただそれだけを願っていたんだ。
だが、あの世界はそれすらも認められない程、あまりにも残酷で……それが許されるために戦士になる選択をして……そこで多くの後悔と絶望に直面した。
「お前らや、あいつらに兄貴面して気取ってたのもそうだ。誰かに尊敬されたかったから……」
強く脳裏に浮かぶのは、自らの意思で壁を破壊したあの瞬間。
止めてはならぬ物語だと気付いた時には多くの命を奪ってしまっていて、既に取り返しの付かないところまで来てしまっていたんだ。
「あれは……時代や環境のせいじゃなくて……俺が悪いんだよ」
今でも色褪せない、巨人の駆逐を誓った悪魔の島に住む少年の顔。
「あいつの母親が巨人に食われたのは、俺のせいだ!!」
無様に跪き、俺は涙を流していた。
「もう……嫌なんだ自分が……俺を殺してくれ……もう、消えたい……」
俺の一通りの懺悔を終わり、周囲に静寂が広がった。ココア達の困惑した様子の視線を感じる。
無理も……ないだろう。こんな俺みたいな……半端なクソ野郎の告白などあいつらも聞きたくなかっただろう。もう、ここでバイトをすることもないな……。
「凄い……」
唐突に、ココアが拍手をし始めた。
「凄いよライナーさん!即興劇にしてはリアリティが鬼気迫るぐらいでビックリしたよ!」
「え、ええ。ちょっと怖かったですけど、敵側の怪獣の苦悩がよく伝わって面白かったです!」
「ああ!名演技だったぞ副長!」
ココアに続きチノとリゼも賛辞を送ってくる。
「あ、ああ……そうか……」
誰も……俺は裁いてはくれないのか……。
壁を破壊し、多くの命を奪った大量殺人者の俺を罰する者は……この街には居ない。それどころじゃない……こうして同じ屋根の下で談笑をして、称賛さえされることがある。
俺は……同じ過ちを、ずっと繰り返している。
壁の中で兄貴として尊敬されていた、あの時から……全く……。
「よーし!ライナーさんの頑張りを無駄にしないためにも、面白い話を考えるよー!」
「話の趣旨が変わってきてませんか?」
それでも。
それでも、目の前の幸せのために、俺は……まだ止まる訳にはいかない。そう思えた。
「それにしても巨人かー。どんなデザインになるかな?」
「巨人って言うからには大きいですし、強い姿がいいですよね」
「強い巨人……鎧とか着てたら向かうところ敵なしだろうな」
「あ、いいねそれ!じゃあこんなのはどうかな―――」
チノとリゼからのアイデアを受けて、ココアはその人物の物語を紡ぐ。
「その巨人は、いついかなる時代においても、未来のためにその身を盾にし続けた……」
名は……鎧の巨人。
#5
マヤとメグの職業調べとやらの宿題に付き合うことになり、俺とココアは木組みの家と石畳みの街を歩いていた。
「ライナー。次はあのジェラートが食べたーい!」
「ま、マヤちゃん。ライナーさんに頼みすぎだよ……」
ドーナツを手に次の出店を見繕っては指差すマヤに、メグが遠慮がちに止めに入る。視線が甘い清涼菓子を捉えては動かず、興味があるのだろう。
「そう遠慮するな、メグ。買ってやるよ。ただし、そろそろ喫茶店に着くから次で最後だ」
「わーい!ありがとうライナー!」
「ありがとうございます!」
表情を明るくして互いに手を合わせて喜ぶマヤとメグ。
そんな嬉しそうな様子を見ていれば、薄氷の様になった財布のことなど気にならなくなった。
「むぅ、流石ライナーさん。妹達の心がガッチリ掴まれているよ……」
刺さる様な視線の方へ振り向いてみれば、後方でココアが腕を組んでこちらを睨んでいた。
「ココア。お前もジェラート食べるか?」
「え、いいの……?」
頷いてやればココアはしばらく視線を彷徨わせた後、おずおずとこちらに近づいてくる。
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん……あっ」
照れながら礼を言ってくれたが、聞き慣れない呼び名が付いてきた。どうやら無意識に言葉にしてしまった様で、すぐに口元に手を抑えて顔を真っ赤にさせる。
「あー!ココア言い間違えたなー?」
「うわーん恥ずかしいー!実家のお兄ちゃんみたいな雰囲気だったからついー!!」
茶化すマヤにココアが一層羞恥に顔を赤らめては、笑う。
何気ない日常。
だけど、それがどれ程得難いものなのか俺は身をもって実感している。多くの犠牲を経た今だからこそ。何でもない日々に逃避していたからこそ、この瞬間が如何に尊いものなのかを。
胸の内に去来する温かい感情に戸惑いながらも、俺は目の前の光景と共に確かに生きていた。
本当に、ただそれだけで良かったんだ。
そう思いながら、俺はココア達と共にフルール・ド・ラパンへと向かうのだった。
「ねえココアちゃん。フルール・ド・ラパンってどんな喫茶店なの?」
「最近オープンしたチェーン店だね」
ココアの説明にメグが納得して頷く中、マヤが何やら物知り顔で口を挟む。
「チェーン店は狼みたいに群がるって聞いたよ。牙を剥いて待ち構えているに違いない!」
「そ、それは怖いなー」
マヤの冗談にメグが馬鹿正直な反応を見せる中、フルールに到着する。
「いらっしゃいませー」
店に入ればココアの知り合いでありリゼの後輩。そして千夜の幼馴染であるシャロが出迎えた。
「スゲェ!うさぎっぽさが負けてる!」
「ラビットハウス完敗だよー!」
マヤとメグの感想に戸惑うシャロだったが、2人の純粋な反応に気をよくしては初対面だったにも関わらずあっという間に仲良くなり、ハーブティーを注文するとクッキーも付けてくれた。
「へえー!シャロってリゼと同じお嬢様学校に通ってるんだ!凄いね!」
「マナーとか難しくないですか?」
「ま、まあそこら辺は慣れかしらね……」
職業インタビューに留まらず高校に関する話題も挙がり、シャロがしどろもどろに答える。本当はお嬢様じゃないことを知って以来、こいつが無理をして気品だったり所作だったりを気遣っていることに同情を寄せてしまう。
ああいうのは自分で選んだ道でも、どうも体より先に心が削られるものらしい。俺もかつて兵士をやっていて……そうだ、戦士でありながら兵士を演じていて、いつからか兵士の方が本当の俺だと思っちまう程に疲れてしまった時期がある。
……いや、そんなことはないな。俺とシャロじゃ程度が違う。
何をやっているんだ、俺は。
そう内省しながらシャロから勧められた赤いハイビスカスのハーブティーを飲んで気分を落ち着かせるようにした。効果は疲労回復らしいが、リラックス効果のあるリンデンフラワーを飲んだココアが眠りに落ちてしまったところから少しは期待してもいいだろう。
「……よし、それじゃあ次の甘兎庵まではかけっこで競争だ」
「お、いいね!私が一番乗りだよ!」
「勝てるかなー?マヤちゃんとか走るの得意だし……」
澄んだ気持ちでそう提案すれば、ガキ共が口々に楽しそうな反応を見せる。
「ほら、ココア。次の喫茶店に行くぞ」
肩を揺すっては寝ぼけ眼なココアを連れ立って店を後にする。
「うーん……待ってー、お兄ちゃん……」
そんな寝言にマヤ達と顔を見合わせては笑い合い、あの木組みの家に向って駆け出す。
「最後の奴は甘兎庵で何か奢ること!ココアおっ先ー!」
「こ、ココアちゃん!さっきハーブティー飲んだから、今度は何か食べたいな!」
「んぇ!?ま、待って!何の話ー!?」
嫌な予感を察知したのか、ココアが覚醒しては慌てて走り出す。
「……悪いなココア!一番乗りはこの俺だ!」
ガキ共相手に本気になって走りながら、俺は夕焼けの空を見上げながらこう思うのだった。
俺は……自由だと。
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「嵐の様に過ぎて行ったわね……あ、いらっしゃいませー!」
「ダハハハハッ!!また同じ接客態度を取ったな!!他のやつは、ないのか!?」
「帰ってください!!」
現在公開可能な情報 ダリス・ザックレー
エルディア帝国の元総統。偉い奴や偉くないのに偉い奴を芸術にしたいという野心を持つ。マーレ国との開戦を機に政府機関から追放され、亡命する形で木組みの家と石畳の街に訪れた。
たまたま訪れたフルール・ド・ラパンでシャロから偉くないのに偉い奴と同じ波動を感じ取り、以来犯罪一歩手前の言動をシャロに向けている。