約束の土曜日、新宿駅は休日ということもあってか、学園島に比べると圧倒的に人通りが多い。さらに、この迷宮のような構造も相まり、もうだいぶ帰りたくなっている。ていうかほんとにもう帰りたい。神崎には遠山から連絡してもらって、先に帰っちゃおうかな…。
そんなことを考えながらも、実際にそんなことをすれば神崎の二丁拳銃による、死に直結する弾幕ゲーが始まってしまうことは明白なので、おとなしく待ち合わせ場所へと足を運ぶ。
西口改札を抜け、カフェへ向かう。このカフェは、西口周辺の待ち合わせにはよく使われるらしく、いわゆるリア充といったような風貌の連中が集まっている。金髪を筆頭に、ピンクとか緑とか、果ては髪の左側から右側にかけて、綺麗に七色使った虹色になってる奴もいる。
なんでリア充って髪染めんの好きなの?髪染めないとリア充仲間に入れてもらえないルールでもあるの?
そんな派手派手しい連中の少し奥、これまた派手な赤い髪の少女がいる。一人で隅の席に腰かけ、コーヒーを啜っている。その小さな背格好のせいか、カップで優雅にコーヒーを嗜んでいるはずなのに、なんだか背伸びしてコーヒーを飲んでいる中学生のようにも見える。
いや、多分あれは中学生だな。流石に。なんか今店員さんが運んできたももまん食べて超幸せそうな顔してるし。ていうか頼みすぎだろ。三個もテーブルに並んでんじゃん。なんでまだ追加しようか悩んでますみたいな顔でメニューとにらめっこしてんだよ。つかその前になんでこのカフェももまん売ってんだよ。
結局注文したらしい中学生がももまんを頬張っているところをじーっとみていると、中学生と目が合う。
ももまん中学生はしばらく固まると、テーブルの上のももまんをたいらげる。そしてこっちに「早く来い。」と言わんばかりに手招きをしてくる。
「遅いわよ!あたしが集合時間を指定したらその三十分前にはくること!」
「一応まだ十分前なんですけどね…。」
「待ち合わせにおいて、レディを待たせるような行為は慎むべきよ。覚えておきなさい。」
こちらにビシィッと指をさして貴族のマナーを説明してくるのは、中学生ではなかった。今日待ち合わせた張本人、神崎・H・アリアさんである。
「いやいや、あんまり早く着くとやる気満々みたいに思われて女子にドン引きされちゃうだろ。そこからその待ち合わせにいた女子が好きなことにされていじられ、最終的にいじられすぎてその女子が泣き、何故か俺が先生に怒られるまでがワンセットだ。」
「お前、経験したことない苦い記憶とかなさそうだよな…。」
普段散々俺の自虐ネタを聞かされてきたであろう遠山でさえもちょっと引いている。正直この話は俺も思い出すと泣きそうになってくる。マジであの時の担任は許さん。
「で、なんの用で呼んだんだよ。こんなとこまで。」
話を仕切りなおすように俺が言う。わざわざ新宿まで来なきゃいけない話、というのはどうにも思い当たらない。俺が新宿でやったことと言えば、亜種特異点となった新宿を復元したくらいだ。魔術髄液集め辛かったなあ…。
俺が周回に苦しめられたことを思い出し、遠い目をしていると、神崎も、俺と同じく新宿に苦い思い出でもあるのか、ずいぶん重たい表情をしている。
「…今日は、あんたの話をするために呼んだのよ。」
…ああ、なるほど。なんとなく察しがついた。確か二週間ほど前、俺と神崎は、俺が本気を出さない理由を言い当てることができたなら、俺がパーティに入る。しかし、もし言い当てられなかったなら、もうパーティには誘わない、という話をしていた。
「二週間前のこと、覚えてるわよね。」
「ああ。」
「じゃあ、単刀直入に言うわ。あんたがこの学校で本気を出さない理由。」
神崎は、コーヒーを一口飲むと、続ける。
「疑い、ね。この学校だけじゃない。この学校より上、恐らくあんたは、この日本という国自体を、疑ってる。」
俺は黙って話の続きを待つ。
「あんたについて、調べたのよ。この二週間でね。情報科や、諜報科、探偵科にも協力してもらったわ。当然、キンジにもね。」
遠山の方を見る。遠山は顔を伏せており、何を考えているのかは分からない。
「あんたの妹、三年前に行方不明になってる。」
そう言われ、思わずハッとする。
「その当時妹さんは小学六年生。誘拐にしても迷子にしても、警察や、あるいは武偵の手にかかれば解決しない事件ではなかったはず。」
むしろ、と神崎は続ける。
「問題はこの後。妹さんが行方不明になった後、あんたの両親は捜索願を警察に届けているはず。だというのに、いつまでも捜索はされなかった。」
話を引き継ぐように、遠山が口を開く。
「…ここからは、俺たちの推測だ。捜索はされなかった。それは何故なのか。恐らく比企谷、お前はこう思ったんじゃないか?…何か、妹の捜索をされると都合の悪い勢力が存在しているんだ。とな。」
遠山は、言葉を紡ぐ。その言葉が、自らを責め立てるように聞こえるのは、きっと俺が、未だ自らを許すことができていないからなのだろうと、そう思った。
「警察や武偵を、そんな風に動かせる勢力なんてものはそう多くはない。少なくとも、もっと大きな権力を持っている勢力、ということになる。それが、お前はこの日本という国だと思った。」
忘れていた瞬間など一秒としてないはずだったのに、この痛みに自分が慣れてしまっていたことを実感させられる。
「その勢力が何にしても、警察も武偵も頼りになり得ないのであれば、自らが捜索に乗り出す以外はない。そして、武偵は警察よりも小回りが利きやすく、何よりも武偵として活動を始められるまでが早い。」
時間は全てを解決する、なんていうのは嘘なのだと、実感する。時間は、もっと残酷に、冷酷に、そして平等に全てに慣れさせていくのだ。怒りも悲しみも痛みも、皆すべからく、平等に。
「だが、武偵校も所詮は国家機関の一種だ。もしも自分の活動目的が自分の妹であることが判明するか、警戒されるだけだったとしても、お前の目的からは大きく遠ざけられる可能性がある。」
もっと良い方法があったのだろうか。こんな状況にならずに済む方法が。と、頭の中で、何百と繰り返してきた問いを、久しぶりに繰り返した。
「だからお前は武偵校に通い続けるが、単位もギリギリ、特に実戦能力は皆無という、警戒しなくても良いほど弱い比企谷八幡を、演じ続ける必要があったんだ。」
遠山のその言葉に、俺は何も言えなかった。俺が否定すればそれで終わる話だったはずなのに、否定の言葉はどうしたって、口から出てくることはない。
何も言わない俺を見て、遠山が口を開く。
「比企谷、これから話すことは、お前の過去を勝手に調べた後ろめたさから、なんて理由じゃない。ただ、比企谷八幡が、遠山キンジを信用するに値すると、そう判断させるために話させてもらう。」
「…なんだよ急に、信用するとかしないとか、何の話だよ。」
「いや、そういう話なんだよ。比企谷、もしお前が俺を信用出来るなら、」
「俺を、その目的に協力させてほしい。」
*
遠山キンジは、かの遠山金四郎、本名を遠山景元とする、いわゆる遠山の金さんの家系だ。
その金四郎の意思を継ぐように、代々遠山家は正義の味方として活動しているらしい。当然、遠山キンジもその例に漏れず、武偵を志していたらしいが、去年の冬、遠山の人生を一変させる出来事が起きた。
浦賀沖海難事故。日本のクルージング船が沈没するも、一人の武偵の活躍により、その一人の武偵を除いて被害を0に抑えた、という事件だ。しかし、その当時、クルージングに関わっていた一部の人間が、事故を未然に防ぐことのできなかった無能な武偵だとして、その武偵を非難したのだ。
その、非難を受けた武偵というのが、遠山金一、遠山キンジの兄だった。
「…だから俺はもう、武偵なんてやめるつもりなんだ。つまり、武偵校との関わりなんてものはほぼ無いに等しく、そんな陰謀に関わることもない。ってのが俺の言いたいことだ。あとはまあ、ここ一年近く一緒に生活してきたんだ。これで俺を信じられないんだったら、俺はもう何も言わない。さっき話したお前の過去ってのも、ただの推測だしな。」
遠山家が正義の味方の家系、ということに、どことなく納得してしまった。こいつは、きっとどこまでも優しいのだろう。優しくて強い、自分の信じた道を突き進める人間なのだ。まるで物語の主人公のようだと、そう思った。
…つくづく、似ていない。知っていたはずのそんな事実に、思わず笑ってしまう。ここまで正反対の人間同士が、同じ部屋に住んでいた、なんてのは、まるで人体実験のようですらある。
「…ごめん。あたしの話も、良い?」
と、ここまでずっと俺たちのやり取りを静観していた神崎が、口を開く。
「もうすぐ時間なの。着いてきて。」
そういった神崎は、手早く服や荷物をまとめるとこう続ける。
「ハチマン、あたしもこれから、あたしがあんたに協力する理由を見せるわ。キンジと一緒。だから、それに納得できたなら。」
神崎は腰に手を当て、こちらを指さし、きりりとしたつり目でこちらを見つめ、しかしどこか不安げに、あるいは願うように、こう言った。
「あたしのドレイになりなさい。」