やはり俺の武偵ラブコメは間違っている。   作:みにぃ

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今回から少し書き方を変えてみました。変わった点としては、

・改行を増やした

・改行した際に全角スペースを入れるようにした

この二点となっています。
私個人としてはこちらの方が見やすい文章になっているかなと考えています。
アンケートを設置しておくので、今までのものと今回のもの、どちらが読みやすかったか答えていただけるとこれからの改善につながります。
今後とも本作品をよろしくお願いいたします。


第十一話

 時刻は三時過ぎ、もう外は冬の面影を残すことはなく、新芽が芽生え、若葉が芽吹き、きたるべき初夏へ向けての準備を始めている。

 大都会新宿と言えどもそれらを感じることは難しくない。街路樹や、あるいはアスファルトに生えている雑草でさえも春を感じさせるには十分だろう。

 しかし、それら春の暖かさに触れようとも心が暖まることなどなく、冷え切った記憶が、俺を現実へと引き戻す。

 この罪科から逃げるなと、忘れることなど許さないと、過去の俺が叫んでいるのだ。

 三年経った今でも、何も進めることができていない。三年間もあったというのに、小町自身の情報はおろか、警察や国に対し、圧力をかけられるような組織の話なども全く集まらない。

 …その点で考えて、恐らく神崎は、そのような犯罪組織と長い間戦ってきた。たったの三年、素人が調査した程度の情報とは、質も量も段違いの情報を持っているのだろう。

 なら、俺は…。

 

「着いたわ。ここよ。」

 

 神崎の声で思考を中断される。

 考えながら歩いていたため気が付かなかったが、目の前のこの建物には見覚えがある。

 新宿警察署、日本国内で最大の警察署だ。

 ここまで来て、ようやく神崎が何故ここに俺を、俺たちを連れてきたのかと考え始め、また先ほどまでそれを考えられないほど精神的な余裕を失っていたということにも気が付く。

 …落ち着け。何度も自問して、自答して、分かっているはずだ。後悔しようと懺悔しようと、小町は戻ってこない。

 なればこそ、今は神崎の話を聞かなければならない。信用できるのであれば、彼女は大きな戦力だ。

 確か神崎は自分自身が俺に協力する理由を示すと言っていた。気がする。あの段階で結構心にきてたからあんまり聞いてなかったけど。

 一体それはなんなのだろうかと、考えているうちにも神崎はスタスタと先に進んでしまう。

 その足取りは、迷いなく、慣れ親しんだ通学路を歩いているかのように淀みない。

 恐らくは、彼女は何度もここにきているのだろうと、そう思った。

 

 

 二人の管理官に見張られながら、面会室に入る。

 面会室には長机と、その前にパイプ椅子が置かれてあり、水玉のように穴の開いたアクリル板をはさんで、それらが鏡合わせのように配置されている。

 俺たちが面会室に来てすぐに、奥の扉から、これまた二人の管理官に見張られながら、美しい榛摺色の髪の女性が出てくる。顔立ちは整っており、その長い髪や、恐らくは規則で着せられているのであろう無機質な服も相まって、とても落ち着いた印象を受ける。世間一般的にも美人に分類されるだろう。

 俺はその女性を見ながら、どことない違和感を感じていた。デジャヴ、とまではいかないが、この人にどこかで会った、あるいはどこかで見たことがあるような気がする…。でも大概ここまで美人な人なら結構印象に残りそうなもんだけどな…。

 その女性は神崎と遠山、そして最後に俺を見ると、神崎に目を戻して話し始める。

 

「まぁ…、アリア、この方たち、どちらか彼氏さん?」

 

「ちっ、違うわよママ。」

 

 色恋の話題に慣れていない神崎は少し動揺しながらもすぐさま否定を返す。

 それにしても、神崎の母親だったのか。見覚えがあるように感じたのはそれのせいだろうか。

 ん?母親?

 

「じゃあ、大切なお友達かしら?へぇ~、アリアもボーイフレンドを作るお年頃になったのねぇ。昔はお友達を作るのもヘタだったのに、今では二人も…。ふふ。うふふ…。」

 

 母親…、だと?

 ありえねぇ…。いや、だがまあ、確かに顔つきはどことなく神崎に似ている。髪や肌の色こそ全く違うが、顔のパーツやちょっとした所作などは神崎そっくりだ。

 何故娘が高二にもなっているというのにこの人こんなに若いんだよ。最初に見たとき普通に二十代に見えたぞ…。

 でもよく考えると娘の方もまだ中学生みたいなもんだ。そう考えると神崎の家系は成長がかなり遅いのかもしれない。

 

「違うの。こいつは遠山キンジ、こっちは比企谷八幡。どっちも武偵校の生徒よ。そういうのじゃないわ。絶対に。」

 

 神崎が母親にそう説明すると、神崎の母親は目を細め、こちらに向き直る。

 

「お二人とも初めまして。わたし、アリアの母で、神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね。」

 

 神崎の母親は、この部屋には不釣り合いなほど柔和な笑みを浮かべ、俺たちに挨拶してくる。

 俺はどう返してよいのか分からず、なんとなく会釈だけ返す。遠山の方も俺と同じような心境らしく、どこか曖昧な返事を返していた。

 

「ママ。面会時間が三分しかないから手短に話すわ。こいつらは、武偵殺しの被害者たちなの。先週、武偵校で自転車に爆弾を仕掛けられていたわ。」

 

 神崎の母親は表情を硬くし、話を聞いている。そのような事柄に慣れていないのだろうか。しかし、ここにいる以上何らかの罪を犯しているはずだが…。

 

「さらにもう一件、五日前にはバスジャック事件が起きてる。ヤツの活動は、ここ最近急激に活発になってきてるのよ。てことは、もうすぐシッポも出すハズだわ。だからあたし、狙い通りまずは武偵殺しを捕まえる。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が、一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他もぜったい、全部何とかするから。」

 

 神崎の言葉で、俺は目を丸くした。遠山もこの話は聞いていなかったらしく、驚いたような顔をしている。

 

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を全員ここにぶち込んでやるわ。」

 

「アリア、気持ちは嬉しいけれど、イ・ウーに挑むのはまだ早いわ。…パートナーは、見つかったの?」

 

「それは…、どうしても見つからないの。誰も、あたしには、ついてこれなくて…。」

 

 そのやり取りに、俺はいつだか、神崎の原動力とは一体何なのだろうかと、思案を巡らせたことを思い出す。

 不本意ではあったが、神崎と過ごした期間で、神崎のことを多少は知ることができた。

 きっと彼女はとてつもなく優秀な武偵であると同時に、高校二年生にしては少々子供っぽいただの女の子でもあるのだ。どちらか一方がかけただけでも、彼女足り得ないのだと、そう考えていた。

 しかし今、それは思い違いだと確信する。

 彼女が武偵足り得たのは、きっと母親のことを想ってのことだ。彼女は、自分の母親を助けたいと、そう願うただの少女に他ならない。ただ母親ともう一度日常を過ごしたいと、そう願う純粋な少女なのだ。

 なんて、健気で、不器用で、報われないのだろうかと、そう思った。

 たった一人の少女が、母と過ごしたいと願うその思い一つを胸に、パートナーを求めてロンドンからここまでやってきたのだ。だというのにも関わらず、彼女はパートナーを見つけることができずに、たった一人で戦おうとしている。

 …そんな不器用な背中は、昔どこかで見たことがあるような気がした。

 

「神崎、時間だ。」

 

 壁際に黙って立っていた管理官が、壁の時計を見ながら無感情な声で告げる。

 

「ママ、待ってて。必ず公判までに真犯人を全員捕まえるから。」

 

「焦ってはダメよアリア。わたしはあなたが心配なの。一人で先走ってはいけないわ。」

 

「やだ!あたしはすぐにでもママを助けたいの!」

 

二人がそんな言い争いをしていると、二人の管理官が神崎の母親を羽交い絞めにするようにして引っ張り出す。

 

「やめろッ!ママに乱暴するな!」

 

 神崎がアクリル板に向かってとびかかる。しかし、当然生身の人間にどうにかできるような硬度ではない。アクリル板は少しも歪むことなく、向こう側の光景を映し続ける。

やがて神崎の母親は面会室の奥の扉の、その向こうへと連れてゆかれ、あまりにあっさりと面会は終わった。

 

 

「…キンジ、今日は先に帰って。」

 

 待ち合わせ場所のカフェまで戻ってくると神崎は急にそんなことを言い始める。

 

「…ああ、分かった。」

 

 遠山は納得した様子ではなかったが、特に何を言うでもなく一人で駅に向かっていく。

 

「…なんで帰らせたんだ。遠山もお前のパートナー候補だろ。」

 

「これから話す話は、出来る限り隠しておきたいのよ。…きっと、キンジも知ったら命を狙われることになるわ。」

 

「それを俺に話すってのはどういうことなんだよ。」

 

「あんたがこの話を聞くべき人間だと判断したのよ。いいから黙って聞きなさい。」

 

 俺は黙ったままでわずかに頷く。

 

「さっきママと話していたイ・ウーという組織についてよ。とは言っても、あまり多くは語れないわ。そこは理解しておきなさい。」

 

 まあ、大方予想通りだ。小町を探していた三年間で、多くの組織を調べたのだ。だというのに、イ・ウーというのは俺が聞いたこともないような組織だ。間違いなく裏社会、それもかなり深い部分のものだろう。

 

「イ・ウーという組織は、世界的に巨大な戦力を誇る秘密結社の名称よ。やつらの目的は不明。ただ、強力な超能力者を集めているという話を聞いたことがあるから、恐らくは巨大な戦力を集めて、奴らに都合の良い世界を作るとか、そんなところだと思う。」

 

「漫画みたいな話だな。世界征服を狙っている秘密結社とは…。で、それが何で俺に話すべきなんだよ。」

 

「…あたしの直感では、イ・ウーが、あんたの妹の失踪に関わっているわ。」

 

 そう言うと神崎は、少し不安そうに俺の目を見てくる。なんだよ。なんでちょっとしおらしくなってるんだよ。

 まあ実際、直感というのは少し理由としては弱いが、冷静に考えてそこまで深い部分の組織でもなければ、既に俺が見つけていたり、神崎が潰していたりしそうなものだ。そう考えれば、確かに調べてみる価値は十分にあるように思える。

 

「なるほどな。まあ事実がどうであれ、調べてみる価値はあるな。」

 

 俺がそう言うと神崎は一瞬だけ安堵したような表情をして、その後すぐに真面目な表情に戻る。表情筋さん忙しそうっすね…。

 

「じゃあ、この話はここで終わりよ。」

 

 次に、と神崎は続ける。

 

「言ったわよね。あんたが本気を出さない理由を当てたらアタシのドレイになるって。」

 

 覚えている。それは二週間近く前に、神崎とコンビニへ向かった時に話した話だ。

 

「確かに、話したな。」

 

 なんとも歯切れの悪い返答を返すと、神崎は一気に表情を険しくしてこちらを睨んでくる。

 

「…まさか、あんた今更あれはなしとか言うつもりじゃないでしょうね!あんたのことを信じたから、あたしは今日のことだって話したのよ!?」

 

 違う。違うのだ。もはやそんなことを言う気など微塵もない。

 ただ、彼女と彼女の母親が話していたそれを、聞いてしまった。

 神崎が真に求めているパートナー、それは神崎アリアという人間を理解し、神崎と世間をつなぐ橋渡しになれるような人間、そして何より、神崎アリアに合わせられる人間。

 …そんな条件の上で俺を選ぶなんていうのは、妥協だ。俺が忌み嫌う、ただの欺瞞だ。

 神崎アリアはきっと、どこか俺と似ている。家族を失い、ただ当たり前にそこにあったはずのものを取り戻さんとしている、ただの子供だ。

 だが、だからこそ浮き彫りになってしまうのだ。俺と彼女では、本質が大きく違う。

 神崎アリアは真っ直ぐに、理想を見続け、進み続けた。

 俺は捻り歪んで、過去の自分に押しつぶされないように、逃げ続けた。

 そんな人間が、神崎アリアを理解など、出来ようもない。神崎アリアと世間をつなぐ橋渡しになど、なれるはずもない。

 

「…お前が探してたパートナーってのは、俺じゃない。大体、お前だって誰でもいいわけじゃないだろ。俺じゃお前の…」

 

「うるさい!!」

 

 俺が言おうとしていた言葉は、神崎の一言によって遮られる。

 

「あんたに何が分かるのよ!あたしだって誰彼構わずパートナーに誘ってるわけじゃない!あんただから…、あんたたちだから誘ったのよ!それなのに…」

 

 それ以上は言葉になっていなかった。感情が決壊してしまったかのように神崎の目からは涙が溢れ、頬を伝ってゆく。

 神崎は流れるそれを乱雑にぬぐい、俺を睨みつけると駅の方へ走り去ってしまう。

 追いかけなければいけないと、そう思った。だが、足が動くことはなく、俺は神崎が人混みの中へ消えてゆくのを黙って眺めていた。

 気付けば固く握られていた拳はしびれ、力を抜けば、みるみるうちに冷えてゆく。

 俺は改札を抜け、電車に揺られた。

 窓から時たま見える夕焼けが、いやにまぶしく、目を閉じた。

 そのまま意識を手放してしまおうという、その思いとは裏腹に、益体もない思考ばかりが瞼の裏でぐるぐると回る。

 間違い探しはいつまでたっても答えを見つけることはなく、ただ、また間違えたのだという実感だけが、胸に残った。

 

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