人生万事塞翁が馬というが、この考えを自分の考えとして持てる人間は少ないだろう。例えば、悲しい出来事が一つあったとしよう。それがたとえ自分の幸福につながるとしても、その出来事が起こった瞬間に感じる感情は本物だからだ。頭の中で思うことは出来ても、だからと言って感情の整理がつくわけではない。ともすれば、訪れるのかもわからない不確定な幸せよりも、目の前にある不幸を避け、幸福に縋るのが当然の判断といえる。結論を言おう。
「あたし、あいつの隣に座りたい。」
「先生、俺具合悪いんで早退します。」
もう二度と学校には来ない。
チャリジャック事件の後、俺は徒歩で登校した。事件の被害にあったことで入学式は欠席。遠山はまだ学校に近い位置だったようで、ホームルームは間に合ったらしいが、俺に関してはホームルームすらギリギリだった。
そして、その始まるや否やという状況のホームルームに来た途端、今朝の少女に俺の隣という罰ゲーム席を自ら所望してきたのだ。
登校して恐らくは一分すら経っていないと思うが、俺は教室へ来たままの格好で廊下へと引き返す。
「ちょっと!何帰ろうとしてるのよ!」
しかしその道は先の罰ゲーム少女に阻まれてしまう。
「いや、だって普通に嫌なんですけど…。」
朝遠目で見たときは分からなかったが、俺はこの少女を知っている。神崎・H・アリア。きれいな桃色の髪を二つに結んだツインテール。背は小さく、中学生、下手すれば小学生にすら見える。一年の三学期からここの強襲科に転校してきた。転校してきた後、すぐにファンクラブが結成されたという話を知り合いから聞いたことがある。が、その性格が災いし、友人らしい友人がいない、という話も有名である。いわゆるボッチだ。
まあ人が話してるの聞いただけだから本当かは知らんけど。
そしてもう一つ、彼女について俺が知っている話として、今現在記録更新中の連続犯人逮捕成功回数。八歳の頃から積み重ねてきたらしいその回数、なんと現在九十九回。しかも全て一回の襲撃でだ。規格外というほかない。まあ、それ以外はよく知らんけど。
しかしまあ、この情報だけで彼女の優秀さは十二分に伝わってくるというものだ。
そう、優秀なのだ。しかもとんでもなく。
それが…、俺にとって都合が悪い。
「第一、朝お前が助けたのは遠山の方だろ。報奨金だかなんだか知らんが、俺じゃなく遠山に請求してくれ。」
「ちょっ!お前バカ!」
今まで知らぬ存ぜぬを貫いていた遠山が声を荒げる。そしてそれがトリガーだったかのように教室は騒然とし始めた。
「はーいはーい!理子分かっちゃった!ツインテールさんとヒッキーくんとキーくんの関係性!」
ひらめいた!と言わんばかりに金髪と、フリフリに改造した制服が目立っている少女、確か峰理子とか言ったっけな。
彼女はクラスを代表するかのように手を挙げる。
峰さんは一挙手一投足のスマートさこそないが、推理を語りだす探偵のような、観衆の目を、耳を引くような、カリスマとでも言うべきだろうか。
不思議な魅力を醸し出している。
「ヒッキーくんの隣に座りたがっているツインテールさん…、そしてツインテールさんを朝助けたというキーくん…。これらから導き出される答えは一つ!」
おお…、まるで本物の探偵のようである。彼女のことをよく知らない俺でさえも、これから紡がれる彼女の言葉は恐らく今は語られていない部分までぴったりと当ててくるのだろうと、期待してしまうほど自信ありげに堂々と。
「ツインテールさんとヒッキーくん、キーくんのどろどろ三角関係なんだよ!」
…大嘘を言ってのけた。もう超嘘。純度100%の嘘である。てか三角関係作るとしたら遠山が助けないとダメだろ。…あいつ俺と神崎が遠山を取り合ってるとか考えてねぇよな…。
「いや違う!俺と比企谷は…!」
遠山が反論を試みるがもう遅い。教室内はなぜこの三人がそのような関係性になっただとか、どっちがどれくらいの関係性まで進んでいるのかという話しかしておらず、もはやツインテールさんとヒッキーくんとキーくんの三角関係は確定事項のようだった。
この混乱に乗じて帰ろうかな…。今ほとんどの人は遠山か神崎、あるいは峰を見ている。渦中の人物とは言っても、どうやら俺に質問の矛先を向けてくる奴はいないらしい。マジで友達いなくてよかった…。
そうしみじみ思いながら俺がこっそりと教室のドアに手をかけた瞬間だった。
ズギュギュン!
恋バナ(笑)をしていた平穏な教室には到底似合わない銃声が二連続で鳴り響く。
三人の関係性を話していた男子たちも、どろどろ三角関係ストーリーの内容について語り合っていた女子たちも、実は遠山と神崎が俺を取り合っているという妄想を膨らませていた女子たちも。その誰もがその二つの銃声で静まり返った。いやこのクラスの女子腐ってるやつしかいねぇのかよ…。
そしてその銃声を鳴らした張本人、神崎・H・アリアは教室中の視線を集めながら
「れ、恋愛だなんて…、くっだらない!」
ここで少し説明をしておこう。この我らが武偵高校だが、朝の出来事や、この風景からわかるように、普通の高校とは少し違う。
元々「武偵」というのは「武装探偵」の略称である。そしてこの高校はその「武装探偵」を育成する施設なのだ。では武装探偵とは何なのか。
一言で言うなら、「何でも屋」というのが正しいだろう。仮にも探偵であるため、当然事件の解決というのが仕事になるのだが、武偵が担当する範囲というのはとんでもなく広い。迷子の猫を探す、なんてことも仕事の範疇だし、テロリストの検挙だって武偵は担当する。
その担当範囲の広さから、全ての依頼を一人でこなすということは当然不可能。そのため、この学校ではいくつかに学科が分かれているのだが、まあそれはまた別の機会だ。
まあそんなものを養成する学校なのだから、日常的に銃火器なんかにも慣れておく必要がある。という理由により登校時の持ち物、生徒証のような感覚で拳銃と刀剣の携帯が義務付けられているのである。
そして、教室内での発砲も、また認められている。正確には「射撃場以外での発砲は必要以上にはしないこと」なのだが、まあその必要かどうかの裁定は生徒に委ねられているので、実質的にはないような校則だが…。
まあそんな理由で、恐らく神崎・H・アリアはこの場を黙らせるために必要と判断し、発砲による脅しをかけた。といったところだろう。
とはいっても教室の全員を黙らせるだけでそこまでするか普通…。そのあたりどうお考えなのかしらと神崎の方を見てみると、
「全員覚えておきなさい!そういうバカなことをいうやつには…」
羞恥と怒りで真っ赤になった顔で
「風穴開けるわよ!」
クラスの全員に殺害予告をしているところだった。