やはり俺の武偵ラブコメは間違っている。   作:みにぃ

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第八話

やはりというべきか、恐らくは神崎に呼ばれたであろう遠山が窓から入ってくる。混乱状態だった車内は、救出の到着により一気に活気づく。まあ、そんなのは車内の生徒だけで、当の本人は雨に濡れたせいか、寒そうに震えている。今の遠山はとんでもなくクールなようだ。物理的に。

遠山は防弾ベストにフェイスガード付きのヘルメット、フィンガーレスグローブを装着し、体のあちこちにベルトが締められている。強襲科が突撃の際などに用いるC装備だ。これらを装備してから救出に来てこの早さとかマジかよ。とんでもない判断の早さだ。これには流石の鱗滝さんも裸足で逃げ出すレベル。

 

「遠山、着いたばっかですまん。ちょっといいか。」

 

「…比企谷?」

 

俺が声をかけると、遠山は少し眉をひそめる。

 

「まあ、色々思うところはあるだろうが、今は後にしてくれ。神崎はどうした。」

 

「…お前が乗ってるのに驚いただけだ。アリアもこのバスに降りてきてる。バスの背面に向かっていったはずだ。」

 

バスの背面。恐らくは神崎も車外に爆弾が仕掛けられていると判断したのだろう。ならば、そっちはあいつ一人で十分事足りるだろう。こっちは差し当たって、あのオープンカーを処理するべきだ。

 

「お前の言う通りだったよ。このバスは遠隔操作されてる。あと、バスに比企谷が乗ってた。協力してもらえるよう伝える。そっちはどうだ。」

 

遠山がヘルメットの側面を押さえながら、俺ではない誰かに話しかける。ヘルメット内のインカムか何かで神崎に連絡を取っているのだろう。

 

「了解だ。気を付けろよ。」

 

通信が終わったらしく、遠山はこっちに向き直る。

 

「比企谷、こんな状況だ。お前にも協力してもらいたい。」

 

「当たり前だ。死にたくないしな。…とはいっても、お前ら二人だけで大概のことはなんとかなりそうだけどな。」

 

「…この前言ったろ。今の俺はただのEランク武偵だ。神崎との約束だから来たが、本来呼ばれるような人間じゃない。」

 

「そんなん俺もだっつの。神崎と通信できるか?」

 

「ちょっと待ってくれ。」

 

そういうと遠山はヘルメットごとインカムをこちらに寄越してくる。

 

「神崎、聞こえるか?」

 

『ハチマン!?どうしてあんたがそのインカム持ってんのよ?キンジは?』

 

「今一瞬だけ借りてる。聞きたいこと、伝えることがいくつかある。お前は今爆弾処理か?」

 

『…ええ、そうよ。カジンスキーβ型のプラスチック爆弾。炸薬の容積は3500立方センチはあるわ。』

 

状況判断が早くて助かる。神崎は爆弾の解体をしながらだろうに、素早く、正確に爆弾の詳細な情報を伝えてくる。

ん?ていうか炸薬多くね?何3500って。バス爆破するにはちょっと多すぎませんかね…。起爆したら確実にバスに乗っている全員がお陀仏だ。

 

「了解。降下中に犯人が使っていそうなラジコンヘリとかの類を見たか?」

 

『特に見てないわ。バス相手にラジコンヘリは追跡が面倒だから、ないと思う。』

 

「現状こっちで確認してるのはバス後方のオープンカー。こいつはほぼ確定だ。警戒を頼む。他は特に見つけられていない。バス外からも確認頼む。」

 

『了解したわ。あんたはキンジから最低限装備借りて、こっちを手伝-あっ!』

 

バスに何かが追突したような衝撃。車内の生徒たちがもつれるように転がる。

 

「神崎?神崎?」

 

神崎からの応答がない。なにかあった。そうみるのが妥当だろう。

インカムが壊れた、あるいはヘルメットを落としただけだとは思われる。しかし、万が一の場合、救出が必要になる可能性もある。

 

「遠山、神崎からの通信が途絶えた。様子を見に行ってくるから、装備を―」

 

「アリアが!?」

 

俺が言い終わる間もなく、遠山は、恐らくは神崎の様子を確認したかったのだろう。焦った様子でバスの窓から身を乗り出す。その動きとほぼ同時に、開いた窓からウォン!と独特のアクセル音がした。先ほどのオープンカーに動きがあった。先の衝撃も、オープンカーがバスに衝突した衝撃だったのだろう。

 

「皆、伏せろ!」

 

遠山が叫ぶ。ナイス判断だ。車内の全員が遠山の指示に従って頭を低くする。その直後、無人のオープンカーからUZIが顔をのぞかせ、乱射。

無数の弾丸がバリバリバリバリッ!とバスの窓ガラスを破壊して回る。まるで嵐だ。

弾幕が落ち着いたのち、車内の状況を確認する。見る限り生徒に被害は出ていない。車内に窓ガラスが散乱した程度だ。

いや、待て、違う。運転手は?この弾幕の中でもスピードを落とすことは出来ない。姿勢を低く、なんてことが出来るはずがない。

 

「遠山、運転手の方を確認しろ!場合によっては運転を変わってくれ!」

 

「わ、わかった!」

 

運転に関しては遠山に任せ、俺は外の様子を見に行く。未だ神崎との通信は途切れたままだ。恐怖か焦燥か、心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

一度、落ち着け。焦るな。早さよりも確実性を重視するべきだ。俺はあいつのように両立は出来ない。ならば、片方を犠牲にしてでももう片方を。

 

「比企谷!俺も神崎の様子を見に行く!」

 

俺がどうやって神崎の様子を見に行くか思案していると、既に窓に足をかけた遠山がバスの天井まで登ろうとしているところだった。運転席を見ると、乗り合わせた生徒だろう。慌てる様子なくハンドルを握っている奴がいる。

運転に関しては大丈夫と判断して良い。しかし、遠山がヘルメットもなしに外に出る、というのは非常にまずい。

 

「待て!遠山!」

 

呼び戻そうと声をかけるが、もう既にバスの外に出ていってしまっているのだ、風の音でこちらが何を叫んでも聞こえはしないだろう。

俺は遠山を追うようにして天井に出る。

 

「遠山!」

 

「アリア!ヘルメットをどうした!」

 

遠山は俺の声など耳に入っていないのか、強風の中、這うようにして神崎のほうへと向かう。同時に、爆弾の解除を行っていた神崎がワイヤーを伝ってバスの屋上へ上ってくる。

 

「キンジ!?なんであんたまで来てるのよ!」

 

「お前を心配してきてやったんだよ!」

 

「危ないわ!どうして無防備に出てきたの!なんでそんな初歩的な判断もできないのよ!すぐ車内に隠れ―」

 

神崎が言い終わる間もなく、豪風の中に独特のアクセル音が混じる。犯人のスポーツカーだ。スポーツカーはバスの横から前方へと駆けてゆく。

 

「伏せろ遠山!」

 

叫ぶ。が、すぐにそれは無意味だと察せられてしまう。遠山は俺からも、神崎からも遠く、俺や神崎が咄嗟に庇えるような距離にはいないのだ。

ならばこれから放たれるであろう弾丸全てを俺が処理する?冗談じゃない。物理的に不可能だ。そんなことができるやつは人間じゃない。

俺が防弾制服で弾を受け止める?防弾制服、なおかつヘルメットを装着しているといっても、バスの上で食らえば、衝撃で落下の危険性もある。よしんば落ちなかったとして、相手はフルオートの銃だ。いつまでも受けきれるようなもんじゃない。

 

…落ち着け。やるべきことを整理しなければ。

 

少なくとも銃の破壊。遠山のカバー。この二つはどちらも必ず行わなければ詰み。

いや、一つだけ、方法はある。詰み、というのは少し違う。遠山も、神崎も、そして俺も皆揃って王将であれば、詰みだったかもしれない。だが、生憎俺は王将なんて滅多なもんにはなれる器じゃない。

…当たり前のことだ。結果を出すためのリソースが足りないなら、結果を削るしかない。

俺はナイフを取り出す。右手に、普段俺が帯刀しているサバイバルナイフを握りしめる。

この事件の犯人が武偵殺しじゃなかったとしても、これで事実上の武偵殺しになっちまうな。

 

「ハチマン!後はあんたどうにかしなさい!」

 

ハッとする。ぐえっ、という遠山の声。

直後、発砲音が、四回。二回は目の前のスポーツカー。もう二回は。いや、考えるまでもない。

神崎が発砲したのだ。あいつの持っている、幾度となく脅された二丁拳銃。その音だ。神崎は既に行動を起こしていた。恐らく先ほどの遠山の声は、神崎が遠山に何か、体当たりでもして庇ったのだろう。

心底、とんでもないやつだと思った。たった一人で、銃の破壊、遠山のカバーを、恐らくは完璧に、やり遂げやがった。

俺は、恐らくは背後で遠山を庇ったであろう神崎を射止めんと飛来する弾丸に、右手に握ったナイフの腹を合わせ、左手で抑える。

ギャンッ!ギンッ!と音を立てながら、弾丸が弾ける。

それ以上の追撃はなく、見れば、やはりというべきか、スポーツカーの銃座は破壊されている。あまり本気の射撃をしているところは見たことがなかったが、うん。頭おかしいと言わざるを得ない。

…もはや恐怖すら覚えてきた。体当たりしながら銃打ってこの精度出せるってどうなってんだよ。身体機械でできてるんじゃないの?

 

「やるじゃない!助かったわ!」

 

俺が、神崎に畏敬というか、もはや畏怖にも近しいことを考えていると、背後からなにやらとんでもなくウキウキしていそうな神崎の声がする。

 

「…偶然弾けただけだ。てか、爆弾解除の方は?」

 

一応偶然の部分を強調して言うが、まあ、もう意味ないだろうな…。誰がどう見ても偶然じゃなかったし。

この流れは分が悪いということもあり、この事件のことに話と、ついでに頭も切り替える。かなりの窮地を乗り切りはしたが、まだ事件は解決していない。

 

「ヘルメットを持ってかれたから中断したわ。作戦を変更するの。」

 

「了解だ。一度車内で良いか?」

 

「オーケーよ。」

 

神崎が車内にワイヤーを張りなおす。俺たちがやるべきは周辺の警戒だ。

 

「遠山。」

 

先程から何も話すことなく、俯いている遠山に声をかける。すると、遠山はハッとして、俺の方を向く。

 

「どうした、比企谷。」

 

…気にしすぎだ。アホ。

 

「助かった。あのスポーツカーを誘い出し、破壊まで持っていけたのは、正直でかい。だからまあ、なに?その、あれだ。…ありがとう。」

 

俺がめちゃくちゃ言葉に詰まりながら言うと、遠山は首を横に振る。

 

「…そうじゃない。俺はそんなこと考えて動いてたわけじゃない。何も考えずに動いて、お前らを危険に晒しただけだ。」

 

「だが、結果として犯人に大きな損害を与えた。なら、お前の判断は正しかったってことだろ。お前が気付かないうちに、いつだか言ってた、なんかの条件でも発動してたんじゃねーの?」

 

知らんけど。と締めくくる。遠山は、少し俯いた後、そうだな、と呟く。

 

「悪かった。事件に集中する。」

 

「最初からしてくれ…。」

 

集中してなかったのかよ。本当だとしたらこいつ余裕ありすぎるだろ。この中の誰よりも強いじゃねーか。変身三回くらい隠してんのか?

 

「張れたわ!戻るわよ!」

 

神崎の一言で俺たちは車内に引き返す。ワイヤーを握る遠山の手は、もう震えてはいなかった。

 


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