死途の徒 作:三羽世継
また、夢を見た。
あの時のように私は
小高い山に建てられたこの神社には、人の気、というものが一切存在しない。
ただ、一人。
両膝をついて、両手を組んで、目を閉じて。
あるいは西洋風とも取れる祈りを捧げている女性が、そこにいた。
──"蓮柄、という地名の意味は知ってる?"
「知らないけど」
──"蓮柄は、生すがら。生きている間ずっと、という意味があるの"
「へえ」
これもまた、だ。
自分と同じ位置から、自分じゃない誰かの声が聞こえる。夢の神。ヨツギ。
未だ慣れることのない感覚に辟易しながら、そのどうでもいい話に耳を傾ける。傾ける方向、内側なんだけど。
──"蓮柄は本来、生者のためだけの土地だった"
「はあ」
──"でも、今。これだけ生きていない者が蔓延っている土地も珍しいというくらい、蓮柄には生きていない者が集まっているよね?"
「よね、と聞かれても、普通を知らないし」
──"佚依ちゃんは、他の土地にいたことがあるよね? いなくはないけれど、少ない土地に"
「そこまで知ってるんだ」
プライバシーの侵害だ。
夢の神。夢とは、脳の記憶整理だと聞いたことがある。記憶なんて曖昧なものを、映画みたいに見ることが出来たりするのかな。
もしそんなことが可能なら、星命先輩にやってあげればいいのに。
──"その話だから、静かに聞いてね?"
「はぁい」
──"貴女の記憶にある通り、他の土地にはここまで多くの霊魂は存在しない。それが何故かと問われたら、簡単。神の庇護下に無い限り、生きていない者は、そう長く現世へ留まっていたいと思わないからなの"
「
──"それは自然消滅をしない、という話でね? 生きていない者には寿命が無いから、いつまでも在れる。けれど、いつまでも現世に在り続けることは、ひどく、ひどく詰まらないことでね?"
そう、だろうか。
永遠の命。命があるわけではないみたいだけど、私という個人が、何を忘れることもなく、永遠を続けられるのは。
……いつか死にたくなる、のかな。
──"
「死者蘇生が無理、って話だよね。それくらいは私でも納得できる」
──"けど、霊魂とは流転するもの。際限なく新しい霊魂が生まれてしまったら、この世界はもう霊魂だらけになっていると思わない? 貴女のように見える子の視界が、真っ白で埋まってしまうくらいに"
それは、そうだ。
地球が始まってから四十六億年だったかな。それくらいの時が経ってて、その間にずっと、生き物たちは生死を繰り返してきているわけで。
それならアノマロカリスとか、プテラノドンとかが見えてもおかしくはないはず。
でも、この土地に来る前まで。私の視界に映っていたのは、犬やら猫やらという現代の動物ばかりだけ。
この土地に来てからも……いや、一匹だけ、変なのがいたか。
品場神社の動物たちの中に、よくわからない生物がいた。
というかこの街に横たわっている大蛇や空を飛んでいる竜もおかしな動物だけど、ここでは割愛。
確かに、それだけの霊魂がそのままであるのなら、私の視界は真っ白な生物だらけになっていないとおかしい。
「そういうのは成仏する、ってこと?」
──"それは私達の言葉ではないけれど、そうだね? 生きていない者は、自らの意思でなら、消えることが出来る。そうする事で、ようやく──また新しく、生者として生まれ変わる事が出来る"
「ホシミのように?」
──"ホシミは生きていない者になる状態……
「ふぅん。それで、それが蓮柄だと違うと。神様達の庇護下? にあるから」
──"神は生者との間に一切の関係を持たない。けれど、生きていない者との間には、彼らに目的を与える、という役目を担い得る"
「それがあるから、成仏しないんだ。そういうのって普通解消させるものだと思ってたけど、むしろ引き留めるんだね」
──"無理矢理ではないけどね? 縋ってきた子達を庇護下に入れる、というだけだよ"
そうして出来上がったのが、品場神社の動物王国と。
それで、それで。
大分、長らく、話が逸れているように感じるけれど──本題。
「それが、ホシミ……星命先輩と、どう関係があるの?」
──"この土地には、神の庇護下に無い霊魂まで、多く蔓延っている。その理由が、ホシミにある。貴女も見たよね? モノに込められていた何かが、ホシミの手に渡った瞬間、蝙蝠になったのを"
「ああ。あれは神様故、じゃないんですか」
──"生の神故、で合っているよ。ホシミは生の神。そしてここは蓮柄の土地。なればこの地はホシミの庇護下にあると言えるね? 彼女がこの土地にいる限り、生きていない者には目的が与えられるし、本来生きていない者ですらない、モノに込められた愛情の類でさえ、生きていない者化する"
でも。
生きていない者は、星命先輩が見えない。
生の神であるが故に。対極に位置する者であるが故に。
「今まではそうじゃなかった、ってこと?」
──"そうだね? ホシミがこの土地に生まれない事は何度もあった。そういう時はここまで霊魂が飽和する事も無かった"
「そろそろ結論を急いても良い奴?」
──"貴女には堪え性というものが欠片もないんだね?"
いや、多分私じゃなくても、話が長いって感じると思う。回りくどいというか。
神様は凄く分かり易いのに、ヨツギはなんかねっとりしてる。風と水の違い、みたいな?
──"ホシミは今、ほとんどの記憶を失っている。でもそれは消えてしまっているのではなく、忘れてしまっているだけ。アカツキを彷彿とさせるものがあれば、あるいはアカツキの存在を確かめる事が出来れば、彼女の記憶も少しずつ戻っていくはず"
「それを私にやれってことだよね。いいよ、利害の一致で」
──"ホシミがこの土地に生まれて、二種の感応を持つ子がこの土地に来て、アカツキと出会う。そんな奇跡は、またとあるかわからないほど。これ以降生まれ変わりを重ねたら、ホシミが忘れてしまうかもしれないよね?"
結論はわかった。私のやろうとしていた事に、なんら変わりはない。
その上で、だ。
その上で、他の……霊魂の飽和だとか、この土地の性質だとかの話をすればいい。まず結論を。ディベートの基本事項だ。
「それで、霊魂が飽和するのは不味いんだ?」
──"飽和する事がダメというよりは、このままホシミが死んでしまうと大変なことになるからね?"
「大変なこと」
──"霊魂は目的がある。与えられた目的が。それがあるから、余計なことをせずに済んでいる。聞いたよね? アカツキの過去の話。たくさんの人を殺していた、という話"
「あれ、本当なんだ」
──"生きていない者は、生者に干渉する術を持っている。霊障、という言葉で表されていたかな? 悪霊、地縛霊、狐憑き……。なんでもいいけれど、目的を失った霊魂は、そういう悪いモノになりがちなの"
「成仏はしないんだ」
──"目的が達成されて、目的が無くなった、なら良いんだけどね? 目的を与えられて、けれど唐突にホシミが死に、いなくなったら……"
「全部が悪霊になる?」
──"最悪、ね?"
唐突にそんなこと聞かされましても。
ううん。
まぁ、これもまた利害の一致、というヤツなのだろう。あるいは、言い方は悪いけれど一石二鳥か。
星命先輩の記憶を取り戻す事で、星命先輩は本当に好きな相手を思い出せるし、私がこれ以上言い寄られる事は無くなるし、この土地が悪霊の巣窟になることも避けられる、と。
ただし星命先輩が死を選べば──と。
「もしかして、あんまり嫌い嫌い言わない方がいいのかな」
──"その辺りの采配は、お任せするよ?"
「悪霊の巣窟になってもいいの?」
──"私は祟り神だもの"
そういえばそうだった。
水害の祟り神。近づく者だけを惨殺していた神様も相当だと思うけど、水害の方が被害は遥かに多いよね。
「けど、こうやって夢を見せてまで、ホシミを救いたいとは思ってるんだ」
──"借りがあるからね? 勿論、多少は、巻き込んでしまった貴女にも悪いとは思っているよ?"
「全面的に思っててほしかった」
──"貴女は数奇な運命に恵まれる。そう、聞かなかった?"
「聞いた。だるい」
──"頑張って。期待してるから"
ああ、本当に。
こっちの考えなんて、わかっているクセに。
○
「や」
「あ、はい。食べましょうか」
「……」
机の上に出ていた筆記具等をしまって、ウェットティッシュで軽く拭く。
持参した割り箸を取り出して。
「あれ、もしかして今日は作って無かったりします?」
「あ、あぁ、いや。勿論二人分作ってきたよ。だけど……こう、もっと嫌がられると思っていたからさ」
「いつまでも同じ攻防をするのはどうかと思いましたので。時間の無駄でしょう」
「そ……れは、そうだね。そうだ。じゃあ、食べようか」
言って、お弁当を広げてくれる先輩。いつものように前の席の子の椅子を反転させて、いつものように腰を下ろして。
いつものように、私の顔を眺めて──顎へと、手を伸ばしてきて。
「……えっと」
「なんですか?」
「こう、嫌がったりとかは」
「嫌がってもやるんでしょう?」
「それはそう、なんだけど」
顎に指を添えて、くい、とやるやつ。
出会った時にもされた。嫌い宣言をしてから、学校でもやるようになったそれ。
嫌われているから、嫌われる行動も出来る、と意気込んでいた彼女はしかし、こちらが抵抗しないと動揺するらしい。
……流石に態度を改め過ぎだろうか。
先輩を死なさないようにする、というのに対し、具体的な対策として従順になる事を考え付いたのだけど、違ったかもしれない。
「……じゃ、じゃあさ、佚依」
「はい」
「あーん、とか……してもいいかな」
「喉奥箸で突きますよ?」
「お、おぉ。ふふ、そう……恥ずかしいんだね。でも、ほら……口を開いて? あーん」
反射的に拒否してしまったけど、ソッチの方が嬉しそうな顔をする。
本当に、本格的に気持ちが悪い。
「今日の帰り、しゅ……アカツキ神社に寄ってあげるので、勘弁してください」
「それは、本当かい? ……ううん、それなら仕方ない。大人しく身を引こう」
これは有効的手段とみた。
今度から学校での対処法はこれにしよう。
「で……でも、でも、一回だけ。一回だけ」
「えぇ……」
「ほら、卵巻き。佚依の好み通り、少ししょっぱめで、チーズが入っている」
「……」
選択肢である。
多分、私が当初に考えていたような、拒絶と自死が等号で結ばれるような脆さはまだ、先輩には無い……様に見える。であれば、ここで断った所で何が起きるという事もない……と、思う。
流石にあーん、なんて行為は恥ずかしい。私にだって羞恥心はある。あーんを断られた程度で自死するような人でもない、と思う。
これは断ってもいいヤツ。
「……あ、あーん」
「おぉ……!」
恥ずかしい。
断ってもいい奴だ。それは同時に、断らなくてもいい奴で。
「ど、どうかな」
「……美味しいですよ。いつものように」
「良かった」
「そういえば、神様は味の好みとかあるんですか? そもそも食事をしなかったり?」
「え? あー……どう、だったかな。食事を必要としないのは事実だけど、別に食べられないわけではないから……アカツキは」
「辛い物が好きだった。そうですよね」
今、必要な事は、というかやるべきことは。
先輩に神様を思い出させる……と同時に、私と神様が違う、という事を、はっきりと認識させなくてはならない。
今みたいな好みの話とか。容姿も、喋り方も、声も。
私に絵心があれば容姿も何とかできたかもしれない。声は少し、難しいか。けれどどうにかこうにか、やらなくてはならない。
「あ、ああ。そうだ。そうだ。アカツキは、そう……鼻にツンとくるようなものが好物で、面白い、面白いと言って……」
「でも、口が塞がってしまうのはいけないから、食べるのは好ましくないわ、と」
「懐かしい。懐かしいな」
夢から覚めた後、
今度品場神社にも行こう。神様にも直接聞こう。ヨルツキちゃんも、何か知っているかもしれない。
神様を神様たらしめる要素の全てを聞き出して、先輩に伝えよう。
「これから沢山、一緒の時間を過ごしましょうね」
「え! あ、あ、あぁ」
いつか彼女が、全てを思い出せるように。
○
「えーと……図案はサンプルがいっぱいあるからさ!」
「……」
「あれ無反応。集中してる?」
集中してるから黙っててほしい。
先も述べたけど、私には絵心というものがない。絵を習ってこなかったので経験値が無さすぎる。
そんな状態で神様を描くのは、かなり無理がある。朱歹神社で写生するのは神様の我慢的に無理があるだろうし、写生をしたとしても寄せられて二割くらいな気がする。
まぁそんな画力の奴が、今この場で描く、なんてのは。
「……どうしよう、これ、ヒトだよね? 多分ヒト……。ワンチャンクラゲ? ナメクジ?」
「黙っててほしいです」
「ごごごめん! ……その、良かったら絵の描き方とか教えようか……? なんて」
「……部長、そんなことできるんですか」
「基礎の基礎くらいなら」
……ふむ。
急がば回れ、だろう。ヨツギに言われた、堪え性がない、という言葉。ヨツギはヨツギで話が死ぬほど長いというあちら側の欠点があるにせよ、私に堪え性が無いのは事実な気がする。
だるいから、結果を急く。
スキルアップを目指す、というのは、今必要なことかもしれない。
「人間の描き方でいいんだよね?」
「はい。お願いします」
「おっけー。じゃあまず、方眼紙を出してきましてー」
神様を描く、だけじゃない。
神様のぬいぐるみを造るのが、最終目標だ。
今正にこの部屋で私の制作を見守っている白に、"ほう、これはアカツキか?"と言わせるようなクオリティのものを。
それさえあれば、先輩も。形が残っていればもう、忘れないと思うから。
見えるものがあれば、もう。