死途の徒 作:三羽世継
「嘉白は、星命先輩がホシミであることを知っているんだよね?」
「あぁ、知っている」
「その事について、先輩と話したりしたの?」
「していないな」
「どうして?」
「少なくとも嘉白である内は、坂井星命との関係性において、遥か過去の話を持ち出す意味は無い」
「折角出会えたのに?」
「そもそも私とホシミはあまり仲が良くは無かった……というと少々語弊があるが、アカツキの所に入り浸っていたホシミには会う機会自体がそこまで多くは無かったのだ」
神様とホシミが出会った頃。あるいはヨツギと神様が顔合わせをした時にはまだ、二匹は生まれていなかったという。
ヨツギとホシミが種を蒔き、そこへ神様が力を注いだことによって、狛犬である
「我らは発生後すぐ、二つに分けられた。
「ホシミが二つを調停したから?」
「ヨツギは和解だがな」
じゃあ、一応、ホシミが一番偉かったんだ。
神様の序列が偉いなのかどうかは知らないけど。
「ホシミとそんなに思い出が無いのはわかった。けど、
「何故伝えないのか、と問いたいのだな」
「うん。神様も白もホシミを待っているのに、どうしてかなって」
私のような体質でなくとも、嘉白だって十分にフィルター足り得るだろうに。
「残念だが、それは無理だ」
「やらないんじゃなくて、出来ない?」
「ああ。今の状態であれば確かに、ホシミを認識し得る。だが、
「覚えがあるどころか」
見えないにしたって私が虚空に向かって喋りかけてるとでも思っているんだろうか、とか考えてた。白のことだから全然ありそうだし、神様はそういうところあんまり興味無さそうだし、で納得していたけど。
星命先輩がいる、という事実そのものが認識できなくなるのか。
「今の状態のまま神様の所に行って"ホシミがいたぞ!"っていうのはダメなの?」
「私にはアカツキや
「それは……空虚だね。神様が聞きたい事も聞けないし、互いがどんな顔をしているのかもわからないなんて」
「結局はそれに行きつくのだ。奴が……ホシミがお前のような身体を手に入れぬ限りは、奴らが本当の意味で再会する事は成し得ぬ」
「難しいね」
難しい話だ。四ツ木ちゃんとヨルツキちゃんの件も、先輩と神様の件も。
生きていない者に対する知識が無さすぎるのもいけないし、当事者である彼ら彼女らが諦めているというか、いつかどうにかなるだろう、みたいな姿勢なのもよくない。
もっと真剣に取り組んでほしい。
「嘉白はいつ死ぬの?」
「お前には人の心がないのか?」
「だって自分で言ってたじゃん。もうすぐ死ぬ、とか。白も短命に設定したとか言ってたし」
「……保って、あと二年だ。丁度四ツ木が高校に上がる頃になるだろうな」
「なんでそんな短命にしちゃったの」
「仕方あるまいよ。生きていない者に生者の感覚などわからぬ。どれくらいの寿命が最適であるか、もな。無論、我らは三十中頃の身体で生まれた故、寿命そのものは二十年と無いが」
永遠を在る者。生きていない者。
彼らにとって、生者の生き永らえる時間など興味の対象ではないのか。
だのに、こうして父親をやることで、情が生まれてしまったと。
ふむ。
「馬鹿だね」
「それについては、言い返す言葉もない。嘉白など所詮は仮初の人格だが、
「神様達に相談しなかったの?」
「そもそも四ツ木とヨルツキを生む判断をしたのが
「あぁ、言ってた。飽きたから、って」
「相談など、するものか。良いか、祟り神を祀るというのはな、神である事にしておいてやるから暴れないでくれ、という妥協案だ。私にとってホシミは尊敬に値する神であるが、アカツキとヨツギは紛う方なき災害でしかないさ」
「神様まで?」
「アカツキはホシミ以外にほとんど興味を持たぬからな。丸くなったとはいえ、それはホシミとの約束あってのこと。奴はいつでも生者に牙を剥き得るぞ?」
「そうかなぁ。この前話した時は、その時代の事恥ずかしそうに話してたから、大丈夫だと思うけど」
今更ヤンチャしないでしょ。ホシミと出会ってから生者の気配が悍ましく感じなくなった、とか言ってたし。
……いや、あるいは。
再度……何かのはずみで、また生者の気配が悍ましく感じてしまうようになったら、どうなるんだろう。
「生者を大切だと思う、生者は脆い物であると認識する。アカツキはその機会に恵まれていない。
「でも私の喉とか体調は凄く気にしてくれるよ」
「笛の歌を聞き得る者は貴重だからな。何よりお前はアカツキも白も認識した。生きていない者は自らを認識した者のことを忘れはしない。お前個人に限っては、アカツキにとっても貴重なモノとして扱われているだろうよ」
「モノ、なんだ」
先輩も私をモノ扱いしてきたけど。
もしかして神様にとっての共通認識だったりするのかな。
「それは認識の違いだ。たとえばここでも発行している御守り。これはお前にとって、モノか、神か」
「モノ、じゃない?」
「これがお前を守り、あるいは導き、背中を押してくれる存在であるとしてもか?」
「私が保有しているんだから、モノ」
「そういう事だ。意識のあるなしでなく、その能力を有し、自らの懐にあると認識したのであれば、それはすべてモノだ。お前達の常識においては人間扱いされる、という言葉が余程上位にあるのだろうが、神にとって、特に祟り神にとっての人間扱いなど下も下。それはつまり殺してもなんら問題のない有象無象であるからだ」
近づいた生者を全て惨殺する、とか。
水害を引き起こして夥しい数を殺す、とか。
楽しんでやっているわけじゃない。ただ単純に、必要だったからそうした、という話。ヨツギがどうかは知らないけど。
それを優先順位の尺度で見るなら、自身や自身の所有物が上位で、生者は下位となるのだろう。
「じゃあ、私のモノになってほしい、って頼みこむのは」
「素直に見れば告白だろうな。独占欲も多少は入り混じっているだろうが」
……告白、なのか。
あの最低で劣悪な宣言は、本当に告白だったのか。
「じゃあそろそろ、本題に入りたいんだけど」
「今まで本題じゃなかったのか?」
「うん。雑談」
居住まいを正す。
姿勢をよくする。
「なんだ、改まって」
「──娘さんを、私にください」
「は?」
とぼけた"は?"でなく、威圧の"は?"が来た。
ちゃんと父親なんだなぁ、とか。
あと、ううん、どうしてだろう。この狭い部屋に、白い動物たちがわらわらと集まり始めた。ううん。しかもちゃんと睨んできてるなぁ。和解したよね、私達。
「……早く話せ」
「このままだと、四ツ木ちゃんかヨルツキちゃんのどちらかが消えてしまう。私はそれが嫌だ」
「それは、ありがたい思いだ。出会ってからまだほとんど経っていないだろうあの子達に、そこまで入れ込んでくれるとは」
「だから私は、ヨルツキちゃんに肉体を与えて、彼女を生者として続けさせたい。四ツ木ちゃんに切り替わるタイミングでそれをすれば、二人が同時に続けられるとヨツギから聞いた」
「ならん」
「……どうして」
「そも、どのようにして肉体を用意する。まさかとは思うが、見知らぬ女児を殺して、などとは言うまいな」
「その発想怖」
それはもうアレじゃん。
邪神降誕的な。生け贄を捧げますから、どうか、どうかー、って奴じゃん。
「なれば、如何にする」
「どうにかして神様と星命先輩を引き合わせる。この際私がフィルターになっても構わない。それで、二人に愛を育んでもらう」
「……器か」
「それは知ってるんだ。そう、これもヨツギに聞いた。二つの霊魂の愛があれば、代足る器は作り得るって」
「そうして出来上がった器にヨルツキを入れ、その子をお前が引き取ると?」
「うん」
「ならん。許さぬ」
冷たい顔だった。どうして、だろうか。
二兎を追う者は一兎をも得ず。ヨツギに言われた通り、四ツ木ちゃんを人間のまま、ヨルツキちゃんを神様のままというのは望み過ぎだと考えた。色々考えて、そこに戻り着いた。
だからヨルツキちゃんには白や神様との今生の別れをしてもらって、生者として、この世界に留まってもらう。その時色々大変だろうから、ウチに引き取ろうかな、って。
「何故、お前などに、あの子の行く末が左右されなければならんのだ」
「……」
え。
「お前は散々私に言ったな。残酷な運命を敷いたものだと。強要したものだと。それについては反省している。悪いと思っている。あまりに見通しが甘かったと、嘉白である私ではなく、
ああ。
なるほど、そういうことか。
「私、思い上がってたかな」
「……先に言うでないわ。少しくらい若者へ説教をさせろ」
「そういえば私、ただの高校二年生だった」
傲慢、なのだろう。
私の意思一つで、四ツ木ちゃんとヨルツキちゃんの運命に決定を下す、なんてのは。神様と先輩に愛し合ってもらう、なんてのも酷く上から目線だし──何より。
最近色々な事に感じていた、可哀想、という感情自体が。
なんて──最低な。
「憐憫は悪感情かな」
「助けてくれと、願われたのでもない限りはな」
そうだ。
先輩はただの一言も、フィルターになってほしい、とは言っていない。
神様はただの一言も、ホシミを探してほしいとは言っていない。
四ツ木ちゃんも私には何も求めていないし、夜月ちゃんもそれは同じ。
「
「あれ」
「どうした?」
いつの間にか。
群がってきていた動物たちが退いて……酷く厳格な声が響いている。
動物たちは怖がっている、のだろうか。身を縮めて、部屋の隅でぷるぷると。
そこに、いた。
青い炎をぐるぐると滾らせる、純白の毛並みの獣。
「以前此奴は"お前が欲しい"だのとわざとらしく同情を誘ったの事があったのだろう? それを今更になって否定するのだ、何故かわかるか?」
「えっと」
「奴自身も揺れているが故だ。先ほど話していただろう。生者として生まれてからまだ二十年程。見た目が壮年故含蓄のある言葉を喋っているように聞こえるが、生者としてはまだまだ青二才に過ぎぬ」
「その」
「結局の所、此奴は自らの背を押してほしいだけだ。選ばない事を選んだ自身の背をな」
アタリが強い。
神様も
最早嫌いなんじゃないかってくらいには罵っている。がっつり歯を見せて、その鋭い牙を剥いて。
ふと、嘉白の目から生気が抜ける。
死んだ……のではなく、眠ったらしい。
するとその隣に、赤い炎を滾らせた純白の毛並みの獣が現れたではないか。
「やはりお前か、
「ふん。
「嘉白は我ではない、と言いたい所だが、その罵倒は甘んじて受け入れよう。今、
「絆されたなどと言い訳をするな。それは
怒っている、のだろう。
なんか途中貶された気もするけれど、確実に
半分くらい
「あの、それくらいで」
「
「いやあの」
「ヨツギに侵され過ぎたな。あの余計な事ばかりをする悪神に、霊魂まで汚染されてしまったようだ。いいか、そもそも我らは生きていない者。生者にそうも過干渉をするのは──」
ダメだ。
スイッチ入ってる。
ちら、と
あれほどいた動物霊たちは既に逃げていて、だからやっぱり助けられるのは私しかいなくて。
うん。
「お邪魔しました」
誰が助けるものか、っていう。
○
「また悩んでいる顔してるねー、コリワ」
「はい。相談してもいいですか」
「素直過ぎて怖いんだけど!?」
部活。
先輩に自ら思い出してもらう、という風にはしたけれど、やっぱり記憶の鍵となる物品はあった方がいいだろう、という理由で、神様のぬいぐるみ作りは続けている。
といってもまだ絵の段階だけど。
一応、部長に教わった基礎を反復練習する事で、簡単なヒトなら描けるようになってきた。吸収速度にはそこそこ自信があるので、あとは猛反復するだけでいい。あらゆる物事は経験値が大事だ。コツを掴めば一気に上手くなる、みたいなものだって、その後には反復練習が待ち構えている。
手芸部に入った当初はミシンの使い方すら怪しかった私が言うのだ。日々継続は確実な力になる。
「部長は、目の前で……そうですね。崖の縁に掴まって、今にも落ちそうな女の子が二人いるとして、どちらかしか助けられない場合、どちらを助けますか? その助ける判断基準は何にしますか?」
「おっっっっも」
「体重ですか」
「いや違う違う違う! そうじゃないそうじゃない!」
うるさいなぁこの人。
声が大きい。
「あー、えーと、確認するけど、絶対にどっちかしか助けられない?」
「少なくともその時点ではどちらか一方を助ける方法しか知りません」
「ふーむ。じゃあ、どっちが生きたがってる? ああ、この聞き方だとダメかな。んーと、たとえば片方が、"絶対絶対私を助けて!"とか、逆に"私は良いからあっちを助けて!"とか言ってる?」
「何も言っていません。部長にとってはその子達は見知らぬ子同然くらいの距離です。ただ、崖に掴まって、死にそうになっている所を発見してしまっただけ」
「なにそれキッツー……」
しかし、その問い。
生きたがっている方を助ける、とか言うつもりだったのかな。
「その子達の握力はもう限界?」
「はい。今すぐにでも離してしまうくらいには」
「その子達を見てる私は美少女戦士じゃない?」
「一般の部長です」
「なら、簡単かな」
部長は。
にっこりと笑う。
「──どっちも助けない。その子達の絶望の表情を脳裏に刻んで、それをトラウマとして抱えて、一生ずっと、死ぬまで墓まで覚えておく」
「こわ」
「勿論どっちも助けたい、ってのが前提だからね? どっちもを助けられるならそれが一番良いけど、どっちかしか助けられないなら、どっちも助けない。選ぶ、ってことは無価値にする事と同義だよ。その子達が生きた意味とか、人生とか、何もかもを無価値にして、私が選んだ、という事実だけが残る」
「人を殺したくない、ってことですか」
「そうだねー。こういうの、何を選んでも結局エゴになるんだけどさ。私は見殺しにした事や見放したことに罪悪感は覚えない。覚えない様にしてる。けど、少しでも私が関わった事で、何か不幸が起きたなら、ちゃんと背負うよ。責任を取るとは言ってないけどね。ずっとずっと、抱えるつもり」
人間が出来ている、とは決して言えない。
けど、意思は強い。部長の人間性は劣悪の類だけど、意志の強さにおいては高校生とは思えない程のそれ、な気がする。
勿論言葉がこうなだけで、実際に直面した時同じ行動を取れるかどうかはわからないけど。めちゃくちゃテンパってる部長も想像できるし。
「いい? 佚依ちゃん。こういうディレンマの問題で最も大切なのは、どっちを選ぶかどうかとか、何を判断基準にするかどうかとか、そういうことじゃないんだよ」
「はあ」
「自分の心が折れてしまわないかどうか。誰よりも、何よりも、一番大切なのは自分だって覚えておいて。自分を大切に出来ない人は、他人のことなんか考えられないよ」
それで、いいのだろうか。
そんな自分勝手で。
「いいんだよ、自分勝手で。この問題だったら、自分勝手に助ければいいし、自分勝手に見捨てればいい。自分勝手に救援を呼んでもいいし、自分勝手に蹴落とす事だってアリ。あ、勿論法律とかルールは守ってね?」
「部長じゃないですから、私は模範ですよ」
「私だって法律とか破ったことないですけど!?」
急に叫ばないでほしい。そろそろ慣れてほしい。
ただまぁ、少しばかり参考になったというか。
気が軽くなった、というか。
「今日、ちょっと早めに上がっていいですか」
「おほぉ、私のミコトバで何か決意した感じ? 感じ?」
「指って二十本もありますよね」
「怖っ!?」
その通りだ。
ちょっと、会いに行きたくなった。
「いいよ。いってらっしゃい」
「はい」
作りかけのぬいぐるみを保管箱にしまって、テキパキと帰り支度をして。
まだ残るらしい部長に失礼します、と告げて。
部室を出る。
○
「──それじゃあ一つ、自分勝手に助言をしてあげる」
背後。何かが聞こえて振り返る。けれどそこには、長い長い廊下があるばかり。
部長の声、ではない。
「死途にあって死途でない、
その声は、どこからか。
あるいは笛の歌や弓の歌と同じ──天上から。
聞こえた、気がした。