死途の徒   作:三羽世継

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十四灯

 あのとき聞こえた声。

 それはやはり、笛の歌を歌う誰かの声だ。今こうして神様に会いに来て、笛を吹いてもらって確信した。笛の歌。弓の歌。どちらもこの、声であり声でないような歌声が、私に歌詞を告げている。

 

「神様は」

 

 後奏の途中。

 私が歌い終わって、神様が未だ笛を吹き続けているその最中に、口を開く。開いて問う。

 

「私が死んだら、悲しい?」

「──?」

 

 ピタりと笛が止んだ。驚かせてしまったかな。

 口から笛を離し、笛をどこかへと消して──コテン、と首を傾げる。

 

「どうして?」

 

 それを聞いて、安心した。

 神様は、やっぱり──ホシミにしか、興味がないんだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 (はく)に遮られたとはいえ、(びゃく)に諭された事は多少、私に効いている。無論全部じゃないけれど、確かに私は、妙なやる気を見せていたように思う。

 目に見える範囲、全てを救おうとする……なんてのは、物語に出てくるヒーローのような存在でないと無理だ。

 私は結局見えるだけで、聞こえるだけで。知識も足りなければ身体的な超常能力も有していない、一般人。四ツ木ちゃんとヨルツキちゃんの問題をどうにかする、なんてのも、私に出来るなら当事者らがやっている。先輩のこともそうだ。何より先輩が、どうにかできるように努力して、その全てが無駄に終わったのだろう。

 唯一気がかりなのは悪霊の件だけど、それもそういう専門家がいるんじゃないかと思ってきている。少ないとはいえ見えるだけ、聞こえるだけの者はそこそこいるのだと、皆が口を揃えて行っている。なればそういうなんか、専門の機関もあるんじゃないか、っていう。

 

 何より、悪霊のためなんかに、星命先輩の愛を押し進める、というやり方が……うん、快くない、気がする。ちゃんと嫌だと思える、気がする。

 

 正直先輩にはああ言ったけど、私自身が先輩を好いているかどうかはわからない。自分の事なのに、だ。

 好きと言われたから好きになる、なんてファンシーな精神の持ち主ではなかったはずだし、彼女の嘘で塗り固められた笑顔に惹かれたわけでもない。

 ただ、本当にそこに強い意思が……神様への全てを思い出してまで、私に言い寄らんとする気概があるのなら、私はそれを評価するというだけの話。どうせ神様の全てを思い出したら、私への想いなんていう勘違いは捨てることがわかっているから、気楽なものだけど。

 

 たとえ性格が違っても、たとえ経緯が違っても、好きな人の声で、好きな人の顔で、毎日の様に出会い得たら、それは好きになってもおかしくはないのだ。今回に関しては順番が逆だけど。

 

 私にはもう、先輩を責める事が出来ない。

 嘘で固められた──けれど、自身が嘘を吐いている事さえ理解していないのであれば、それは赤子も同然だ。長い年月を過ごしてきて、その原初は神で、けれど、けれど、そうだとしても、あの人は赤子だ。

 となれば、それを嘘だと罵る必要もない。嫌悪感露に拒絶する理由もない。憐憫が悪感情であるのは十に承知だけど、決して悪意ではない事を知っている。

 可哀想だけど。可哀相だから。そんな身勝手な冠を付けたのなら、私は星命先輩の好きを受け入れられる。

 

 自分勝手に、だ。

 

「佚依」

「はい。来ました」

「嬉しい、とは言っておくよ。この間はゆっくりする時間も無かったからね。上がってくれるのかい?」

「先輩が、許してくれるのなら」

「勿論。いいよ、ゆっくりしようか」

 

 部活を早上がりしてまで、行きたい場所。

 普通の住宅街の、少しだけ大きな、けれど普通な家。

 そこは坂井家……星命先輩の家である。

 

 

 

 ○

 

 

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 あの日の様に、お茶を出される。啜る。特別猫舌というわけでもないけれど、ある程度飲みやすい温度にまで下げられていて、先輩の気遣いを感じる。

 前回と違ってテーブルを挟んだ対面のソファに座る先輩。なるほど、テレビがないから、向き合う事に違和感のないインテリアレイアウトになっているのか。

 

「それで、今日は何用かな」

「先輩に会いたくて」

「ふむ。それは願ったり叶ったりだけど、どういう心境の変化かな。またどこぞの神にでも何か言われたのかい?」

「ヨツギの性格はちゃんと覚えてるんですね」

「曖昧だけどね。あれほど……忘れてしまうと危険な神も、中々いない。断片的な記憶から察するに、仲は良かったようだけど、どうしてか……まぁ、油断ならない敵、みたいな印象が強く残っているよ」

「それで合ってます」

 

 そうかい、それは良かった、なんて朗らかに笑う先輩。

 その胸元。部屋着ではあるが、胸ポケットのついたそれに、一冊の手帳が挟まれているのがわかる。

 

「それ」

「うん? あぁ、これは日記だよ。君に言われて、付け始めたんだ。その日あった事だけじゃなくて、今憶えているアカツキの全てもね」

「順調ですか?」

「難航しているよ。指摘されるまで気が付かなかった。私はこんなにも忘れているんだね。彼女と出会ってから別れの日までにかなり長い年月があったはずだし、色々な事をしたはずなのに……ほとんど覚えていない」

「あれ、神様は同じような毎日の連続だった、って言ってましたけど」

 

 言うと、キョトン、とした顔になる先輩。

 そして柔らかく笑う。

 

「……今更ではあるけど。やっぱり、見えているんだね、佚依には。アカツキの姿が……それに、声も」

「言ってませんでしたか」

「明言はしてなかったかな。勿論、言の端から推察できることではあったけれど」

「はい。見えています。あの神社にいる神様も、狛犬の白達も、水跳夜月ちゃんも。先輩が神様だった頃の姿も見ました」

「それも、ヨツギだね。そしてどうせ、彼女は姿を現してはいないんだろう?」

「そういうのも覚えてるんですか?」

「いや、今のも推測さ。推理でもいい。君が出すヨツギの情報から、彼女ならそういう事をしそうだと思ってね」

 

 それでしっかり正解が導き出せるのは、やはり"忘れているだけ"だからなのだろう。

 でも結局それは思い出したのではなく認識を上塗りしただけ。これからも行動予測が合致することは有るかもしれないけど、経験に基づくものではないというのは、やっぱり悲しいと私は思う。

 

「それで、思い出せましたか」

「……アカツキが、何をしていたか、だよね」

「はい」

「思い出したよ……というと、少し語弊がある。推察できた、と言ってしまえば、君は悲しい顔をするかな」

「頭が良いんですね」

「ありがとう。伊達に長く生きてはいないようだ。ふふ、何十年ごとに死んではいるけれどね」

 

 それは笑い話ではないと思います。

 

 ……しかし、そうか。

 目論見が外れてしまった。先輩は留年しているけれど、それは進学も卒業もする気がないからであって、別に頭が悪いわけじゃない。

 他の情報をそれなりに与えられてしまえば、推理も難しくはないのか。

 

「ヨツギが胡弓を弾いて、私が踊っていた。日本で古来より使われていた楽器というのはそこまで種類が無くてね。弦楽器が一人いるのなら、あとは自ずと太鼓や打ち鉦のような打楽器か、笙に類する太笛、そして横笛の類に分けられる。無論、細分化するならもっともっとあるけれど、大まかな分類はこの四つだ」

「詳しいんですね」

「ある意味で生き字引さ。虫食いだけどね。それで、どの楽器がアカツキに一番似合うかを考えたら、一目瞭然というヤツだ。笛、なんだろう。アカツキは歌っていなくて、笛を吹いていた。笛の歌を吹いていたんだ」

 

 似合うかを考える。

 その時に使われている人物像……謂わばモデルは、誰なんだろう。

 私、なのかな。

 それともシルエットのようになった神様?

 

「そうやって、少しずつ補完して行ったよ。佚依は多分、ちゃんと思い出してほしかったんだろうけど、ごめん。私が耐えられなかった。恐怖したよ、忘れている事に何の疑念も抱いていなかった自分に」

「忘れた事さえ忘れてしまっていては、無理もないです」

「ありがとう。けどね、やっぱり、彼女の容姿や声だけは、どうしても君に置き換わってしまう。君の歌を聞きすぎたね。推察されるすべての思い出に、何故か君がいるんだ。おかしいだろう?」

「はい。おかしいです」

「……あぁ、おかしいんだ。本当は」

 

 言って。

 言って、立ち上がって……先輩は私の隣に来た。

 

「おかしい、と認識できたよ」

「はい。それはいい調子です」

「でも君が好きなんだ」

「はい?」

 

 自然な手つきで腕を回し、私を近付ける先輩。

 疑問符が。

 

「ねぇ、佚依。私は君が好きなんだよ。アカツキを愛している。それは本当だ。心から、心の底から、アカツキが好きだ。何も覚えていないけれど、ほとんど覚えていないけれど、アカツキの事は忘れない。たとえ全てを──あるいは名前さえ忘れてしまったとしても、私は必ず彼女の元へ行くよ。そう信じている」

「はい、それ一番かと。私にリソースを割く理由は無いのでは」

「違うんだよ。十割の内の七をアカツキに宛てて、三を佚依に……みたいな話じゃないんだ。どっちもなんだよ。どっちも好きなんだ」

「五十パーセントずつですか」

「十割ずつだよ」

 

 ……それは。

 つまり。

 

「二股……ということで、よろしいですか」

「そうなる、かな」

 

 ふむ。

 ……。

 

「最低です。それは神様が可哀想です。私に向ける好きの百パーセントを閉じて、神様に二百パーセントをぶつけてください」

「じゃあもう二十割を君に向けるよ。四十割だ。十分に持てるさ。だって私は元神様で、何十と生を経てきている」

「先輩のリソースが尽きない事はわかりました。けど最低な事に変わりはありません。不潔です。不健全です」

「じゃあどうしたら、君は私を好きになってくれる?」

「す──」

 

 好きになりません、と答えようとした。

 そう、だろうか。少なくとも先輩に好きと言われたら。……神様の事が無ければ、受け入れるつもりはあったはずじゃなかっただろうか。

 受け入れるつもり、というのは、けれど受動だ。どうしたら私から星命先輩を好きになるか、という問いかけに、上手く躱し得る答えを有していない。

 

「質問を変えようか。そうまでして君が私を受け入れない理由はなんだい?」

「先輩が、神様を見るために私を見ているから……神様が好きだから、神様の影法師になっている私を好いている。神様を思い出せないから、思い出せる代役たる私を愛している。……そんなの、嫌、です」

「……」

 

 これもまた、ちゃんと明言したのはこれが初だ。

 嫌だと告げた。誰だって嫌だろう。誰かの代わりなんて。しかもそれが知り合いなんて。

 けれど先輩は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。おかしい。ちゃんと明言したのが初なのは事実だけど、ほとんどそれに近い事は何度も言ってきたはずだ。

 

「なるほど。さっき君は、私に頭が良い、と言ってくれたよね」

「はい」

「じゃあそっくりそのまま返すよ。君は馬鹿だね」

 

 そっくりそのまま、という言葉を辞書で引いてきてほしい。

 

 先輩は私の肩に回していた腕に力を籠め、思い切り自分の方へ引き寄せる。

 あの日のように無理矢理抱きしめられる構図。けれど今度は、どんなに力を込めようとも離してくれそうにない。

 

「君は馬鹿だね。そういえばこの前も自ら雨に濡れていたっけ。うん、君は馬鹿だ。再三言うけど、君は馬鹿だね」

「四度目です」

「じゃあ再三再四言おう」

 

 少し、むっとする。

 一応私は先輩のためにいろいろ考えてたのに。なんでここまで言われなければならないのか。

 

「いいかい、佚依。私は君が好きなんだ。アカツキを抜きにしても、大好きだ」

「……そんなの、わからないじゃないですか。先輩はまだ神様の事を思い出せていない。忘れているのが容姿や声だけだとは限らない。もっと大切な思い出だとか、神様を強く意識したイベントだとかを忘れている可能性だってある。そういうのを思い出せば」

「変わらないよ。ふむ、話していて少しわかったけれど、君はあれだな。何か……何か、"好きになるきっかけ"のようなものを経なければ、人が人を好きになる事は無い、と考えている人だ」

「……」

「確かこの前も、"この世に一目惚れなんて存在しません"とか言っていたね。けど、それは間違いだ。なんたって私がアカツキを欲しいと思ったのだって一目惚れだからね」

「え」

「その後仲良くなっていくうちにどんどん好きも理解も深まっていったけどね」

 

 確かに。

 神様の話では、神様とホシミが出会う以前に二人が接触した事実はない。本当に初めましてで、いきなり"私のモノになってくれないか"と言われたのだ。

 それはまさしく、一目惚れ……なのだろうか。いや、あるいは、神様を鎮めるための方便としてそういうことを……。

 

「一目惚れは存在するよ。容姿や声もあるんだろうけど、それだけじゃない。出会った瞬間に、何かが合致するんだ。それこそ、運命の流れがね」

「一目見て、好きになったから……なんて理由で、今の今まで、神様を好きなんですか」

「うん」

「記憶の喪失に、虫食いに苛まれながら、死んでも生まれ変わり続けるなんて恐ろしい運命を背負いながら、ずっとずっと想い続けられるんですか」

「そうさ。これが私の愛だ。薄っぺらいと思うかい?」

 

 一目惚れ、なんて。

 誰かと誰かが出会い、その瞬間にわかるのは容姿と声くらいだ。それが好みであるかの嗜好は、けれど街中で音楽を聴いて"これ良い曲だな"と思う程度の感情でしかない。そこから関係を深めたうえで、あれは一目惚れだった、なんて言う人もいるだろうけれど、もしその関係が壊れたのなら、一目惚れというのがどれほど幻想であったかを思い知らされることだろう。

 一目見て、相手の全てを見抜いて、好きになる。告白する。添い遂げる事を誓う。

 そんなの。

 

「私は君に、それを感じた」

「そん、なの」

「アカツキと同じ感覚だ。君と出会った時、彼女に出会った時の事を一瞬だけ思い出したんだよ。そして最近、君が教えてくれた……彼女が手の付けられない程暴れん坊だった話で、さらに色々なものが蘇った。それらを全部吟味した上で言うけれど、やっぱりこれは一目惚れだ」

「そ、」

「被せて、封殺させてもらうけれどね。君は随分と、私からアカツキに対する……私がアカツキへ向ける想いを尊重してくれているように思う。けどその始まりは一目惚れだ。それを加味したうえで、君に対する想いを聞いてほしい。私はあの日、君に一目惚れしたよ。どうかな。君に一目惚れした私のこの想いは、偽物かな。嘘かな」

 

 嘘だ、と断じる事は出来ない。

 だってそれをしてしまえば、先輩の神様への想いまで嘘になってしまう。先輩と神様の間にある愛情は本物だ。何度生まれ変わっても、相手の姿形も声も、なにもかもを忘れて行っても尚愛し続ける先輩。何百と時が経とうとも、一切ぶれることなくホシミを想い続けている神様。

 あれは本物だ。神様の笛を聞いて、神様の想いを聞いて、直に私が感じ取った。白達も、あのヨツギでさえも、二人の愛が本物であることを認めている。

 

 私が、私なんかが、それを否定する事は出来ない。

 

「佚依」

「……」

「私は君が好きだよ。愛している。二股になってしまうね。最低だと思う。その上で、それを重々承知である上で、私からの告白を聞いてほしい」

「……」

「私のモノになってくれないかな、佚依」

「嫌です」

 

 ガーン。

 恐らくこの世で最もこの表現が似合う顔をしている。目の上に縦線が何本も入っている事だろう。

 金の髪が、心なしか萎びたように見える。

 

「聞いてきます」

「……う、な、何をだい」

「神様から。ホシミが浮気したらどう思うかとか、二股したらどう思うかとか、あと私がホシミを好きだって言ったらどう思うかとか」

「っ、それは、好きだって思ってくれているってことかい!?」

 

 そっち、なのか。

 前者二つじゃなくて、そこなのか。

 

「……煩わしくない、と思う程度には」

「ああ……ああ、十分だ! うんうん、うんうんうん!」

「まだ好意にも、愛にも至ってません。勘違いしないでください」

「うんいいよ、それでいい。私は君に一目惚れをしたけど、君はそうじゃなかったってだけだ。君側は一目惚れでなく、深く深く私を知って、私を好きと思える出来事を経験して、全てはそこからでいい」

 

 ……ダメだ。

 退路を塞がれた。

 

 ダメだ。

 これ以上ここにいちゃ、だめだ。

 

「そろそろ離してください。普通に暑苦しいです」

「ん!」

「ウキウキしないでください。うざいので」

「それは承服しかねるかな」

「だるいです」

「存分にだるがってくれていいよ。私は今嬉しくてたまらないからね」

 

 あ、今この人凄くめんどくさい。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ふふーん、そういうってことは、帰ってきてくれる、って認識でいいのかな?」

「揚げ足取りは通常時でもだるいんでやめてください」

「うん。いってらっしゃい」

 

 あぁ、なんだその得意げな顔。

 ……一目惚れ、なんて。

 ありえるわけないのに。

 ない、のに。

 

 

 

 ○

 

 

 

「ホシミが、他の神を? それとも生者を?」

「あ、生者を」

「生者なら問題は無いわ。だって、ホシミは今生者でしょう? それで私への想いを忘れてしまうのなら、ちゃんと怒るけれど」

「怒るんだ」

「勿論。でも、生者は子を成す歓びがあるのだと、(はく)から聞いているもの。私達には縁遠い文化だけど、理解がないわけではないのよ。白達が生まれた時、私にも嬉しい、という感情が芽生えたくらいには」

「子供は、出来ないかもなんだけど」

「そうなの? それでも、番う事に歓びがあるのなら、それは尊重するわ。ふふ、今の私をみたら、ホシミはなんていうかしら。生者を尊重する気持ちを覚えてくれて嬉しい限りだよ、とか。褒めてくれるのかしら」

 

 なんだろう。

 凄く、思っていたのと違う。

 怒りはする、というので少し震えた。だって元祟り神だ。人間を沢山殺しまくっている、かなり危ない神様。もしかしたら星命先輩を殺しに行く、までするのかもしれない。

 けど後半は相反して、なんだか、凄く可愛らしい。

 (びゃく)が言っていた生者を大切にするだとか、尊重する心が育っていない云々はどこにいったのか。というか(はく)が本当に色々教えてくれたのか。母の気持ちとか、その辺。

 

「神様は」

「?」

「私が死んだら、悲しい?」

 

 だから。

 

「どうして?」

 

 その返答に、酷く安心した。

 やっぱり神様の興味は、ホシミにしか向いていないんだって。

 

「でも、大丈夫よ」

「え?」

「確かに私はまだ、貴女を生者の括りでしか見ていない。身近な生者が死んだら悲しいものだと、(はく)に教えてもらったの。でもそれは多分、貴女の求めている答えではない。そうでしょう?」

 

 笑う。

 笑みだ。神様の笑みは、やはり極上のそれ。まるで全てを見透かされているかと思うような美しさに、けれど踏み止まる。

 

「私はまだ、貴女が死んでも、悲しいとは思わない」

「うん」

「だってまだ、貴女の名前を聞いていないもの。だってまだ、貴女と時を過ごしていないもの。愛とは時間を経て育まれるものよ。私と貴女の間に、まだ愛は芽生えていないでしょう?」

 

 愛。また、愛だ。

 先輩のは一目惚れで始まる愛。神様のは時間と共に培う愛。

 

「ありがとう」

「え?」

「貴女は、私が祟り神であると聞いても、ホシミを待ち続けているだけなのだと知っても、私と話してくれるのね。私を私として見てくれるのね」

「いや別に、それは特別な事じゃないよ」

「そうかしら? でも貴女は、ホシミとも出会っているのでしょう?」

 

 ひゅ、と。

 喉が絞まる。

 

「ホシミと私が愛し合っている事を知って、それでも私に会いに、歌いに来てくれる。私にとってその子はもう生者なんて大枠にあってはいけないと、そう思ったの。貴女とはちゃんと、愛を育まなければいけないのだとね」

「……え、あれ」

「ホシミを愛する気持ちは本物よ。それは今も変わらない。けれど、こうして私と貴女が同じ時を過ごす中で、愛が育まれてしまうのも仕方のない事」

「いや、あの」

 

 ん? 

 うん?

 

 なんか雲行きが、というか、え、あれ?

 そういう話してたっけ私。

 

「大丈夫よ。二つの愛を持っていたって、何も問題は無いわ」

「あーっと……」

「だから、改めて。私はアカツキ。この朱歹神社の祟り神。貴女の名前を教えてくれるかしら?」

 

 これ、は。

 先輩に二股は最低と言った手前、どうするべきか。

 どうするべきか、なんて。

 

「佚依」

「イヨリね。ありがとう」

 

 流石にここで名乗らない、なんて選択が出来る程、私は剛毅じゃない、ので。

 ええと。

 

「これからも、よろしくね?」

「あ……うん。よろしく」

 

 ええと。


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