死途の徒 作:三羽世継
豪邸、だった。
確かに違和感はあった。というかがっつり言っていた。お手伝いさん、と。
お手伝いさん。無論、昨今ホームヘルパーなんてのはそこまでは珍しくないから、その類だと思っていたのだけど。
違う。
これは、あれだ。
豪族とか──その類の。先輩も、なんなら品場神社のそれですら足元にも及ばない規模の。
「いらっしゃい。ってあれ、どったん?」
「大丈夫。引いてるだけです」
「なして!?」
そして、それ以上に。
「まぁウチはちょっと雰囲気アレかもだけど、家族とかフツーだから! さぁ入った入った!」
「……」
「ちょ、やめてよ何もない所見つめるの! そ、そこに何かいるんのん……?」
「はい」
「ひぇっ」
いるわいるわ、だ。
わんさかわんさか。ぽこじゃかぽこじゃか。
動物霊の巣窟。この表現が最も的確だろう程に、部長の家は光で溢れていた。
「お邪魔します」
「うい~」
アカツキのような人型はいないけれど、その代わり現代の動物だけでない、見た事のない生物がちらほら確認できる。ついでにカバとかワニとか、現代日本ではまず見かけない動物までいる。動物園かここは。
門を抜けて、玄関へ入る。
あぁなるほど、傘立てには蛇がいて、靴箱にはリスがいて、床の至る所に鼠や猫がいて。
そりゃあポルターガイストも起きますわ、といった様相。
害ある動物は苦手。害のない動物ならそこまでだけど、品場神社の一件で嫌い度は少し上がっている。
うん。苦手かな、ここ。
「そんなキョロキョロしなくても……」
「部長ってお金持ちだったんですね。総資産いくらくらいですか?」
「踏み込むね!?」
「すみません、デリカシーを欠きました。口座いくらくらい入ってますか?」
「まだ欠いてる欠いてる」
私がキョロキョロしているのは調度品だのなんだののせいではないのだけど、確かに、言われてみればあるわあるわの盛りだくさん。そのポルターガイスト体質でよく割られなかったな、という量の壺や花瓶、よくわからないオブジェなどがそこかしこに。
なんというか、絵に描いたようなお嬢様具合だ。先輩はお金持ちではあったけど、割と庶民的な内装と格好でいたから、凄く新鮮。
なんならどうして今部長がお着物を着ているのかも凄く気になる。
「お着物、似合いますね」
「え、それはもしかして、普段の制服姿があまりにも似合っていないとかそういう」
「似合ってますよ。馬子にも衣裳っていう奴です」
「褒め言葉じゃないんだぁ」
長い廊下を行く。ウチの廊下はこれの半分もないくらいだ。
疲れないんだろうか、こんな家に住んでて。
そうして、そう思った時から更に歩いて、ようやく。
ようやくその部屋に辿り着いた。
連れられ、入る。
わぁ。
「部長って、お嬢様だったんですね」
「ふふん、見直した?」
「よく家柄をそこまで誇れますね」
「棘がありすぎる」
「でも、どうして手芸部に? お嬢様と手芸って縁も所縁も無さそうなのに」
「んー? それはまぁ、昔から縫い物好きだったのと、前にも言ったようにポルターガイストが多いから、かな」
「ポルターガイストが多いと手芸部に入るんですか?」
「というか、お供え物をすれば、怒りも収まってくれるんじゃないかな、って思ったのさ。でもお供え物に動物の死骸とか、十字架とか藁人形とかだとこう……怖いじゃん? だから」
「依代を、作ろうとしたんですね」
「そゆことーん」
依代。
確か
成程確かに、部長の部屋はぬいぐるみやあみぐるみで溢れている。話にも出てきた刺繍絵画やタペストリー、大きなベッドにある枕、カーテンと、様々な布類に美しい刺繍が施してあるのも特徴的だ。
そしてその全てに覚えがある。前に見た、というわけではない。
この作風は。
「これ全部部長が?」
「そそ。目に付いたもの全部やってみたくなっちゃってさー? 若気の至りって奴。てへぺろ」
「うわ」
「うわって何かな!?」
売れるのではないだろうか、と思う程に、仕上げられた装飾。
事実、それら作品の上だったり中だったりでは動物霊たちが気持ちよさそうに伸びをしていて、あれらが"上質"であるのをわからされる。
先輩が言っていたのだったか。"人の身でよくここまで"みたいな事。
「部長、少しだけ気持ちの悪い事言ってもいいですか」
「え、何々? もしかしてベッドで寝かせてくれとか?」
「あ、はい。そうです」
「添い寝なら許す!!」
「あ、じゃあ遠慮します」
「なんでよー」
今すぐにでもヨツギに確認したい事が出来たから、聞きに行きたかったけど。
やめておこう。部長を待たせるのも悪いし。
「それで、どう?」
「どう、とは」
「ポルターガイストの原因。解決とか出来そう?」
「私の事霊媒師だと思ってるんですか?」
「え、見えるんじゃないの?」
さも当然の様に。
私の言う事の全てを、信じていた、ということだろうか。なんて純真な。部長の評価度が2上がった。
「いますよ、この家」
「う、うん」
「でも……」
辺りを見渡す。
どの動物も皆、気持ちよさそうにしている。中には今なお部長の肩に乗っかってきている子もいたりして、彼女が余程懐かれているのだという事がわかる。
私が持たなかった体質。触れ得る者。
「部長今、肩と頭が重い、ですよね」
「うひぃっ、どうしてわかったの、カナ……?」
「乗ってるんですよ。部長の肩と頭に」
「な、何が」
「リスが」
リスが。
足には所謂デブ猫が纏わりついている。
「りす?」
「はい。動物だらけですよ、この部屋」
「悪霊は?」
「今の所見てませんね」
「この肩がズシンと重いのは、リスが乗っているからだと」
「はい。部長、触れますよね。そっと頭を撫でてあげたらどうですか?」
「怖い事言うなぁ……」
言いながらも、そっと。
まるで見えているかのような距離加減で、リスの頭のある位置に手を持っていく部長。その手が、というか指が、ちょこん、と。リスの頭に触れる。
びくりとしたのは部長の方だ。一瞬だけ手を引いて、こちらを向いて。
けれど見つめ返すだけの私に観念したのか、もう一度自分の肩の辺りを、その中空を、撫でり撫でりとし始める。
感触がある、のだろう。
恐る恐ると言った感じだった手つきは段々と小動物を触るソレになっていき、それどころか掬う動きをして、見えていないリスを持ち上げる。
持ち上げて、眼前に持ってきて、両手を添えた。
「……」
「体重を感じますか」
「……うん。いるね、ここに」
リスもリスで、部長を見つめ返す。
全体が白い光に覆われ、ぼやけてしまっているから、くっきりとは見えないけれど。
確実に、目が合った。
──私と。
「え……」
「あ、」
感じたのだろう。
軽くなった事を。感触が、無くなった事を。
私も見た。
まるでいつかの──蓮柄神社で見た光景のように。
リスが、光の粒となって、世界に消えて行く様を。
認められたかったのか。
それが、目的だったのか。
「お、落としちゃった? それとも逃げた?」
慌てて床の方を探る部長。当然、周囲にいたデブ猫やら蛇やらなにやらに手がぶつかる。
今までよく生活して来れたな、とは思わないでもないけど、動物霊たち側も多少は気を遣っていたのだろう。それが、今。
構ってくれるとわかったから、どんどん群がってきている。
「あ、あれ、足が動かない。立ったまま金縛りは初なんだけど! ねぇ、ねぇ、佚依ちゃん。何が起きてるのか教えてほしいな!」
「みんな部長が好きみたいですね。構って構ってって、それはもうわんさかと」
「あの、その、それならわかったから! 潰れちゃう、潰れちゃうから! ちゃんとみんな見てあげるから待って待って!」
残念ながら私は触り得る者ではないので、剥がす事は出来ない。
頑張って埋もれてほしい。
「部長、やっぱりベッド借りますね。頑張ってください」
「ちょーぉぉおっ!?」
いいじゃないか、モフモフ地獄。
まぁ一部爬虫類が混じっているから、私は御免なのだけど。
ベッドに座る。うわぁ、ふかふかだぁ。
流石にガン寝は申し訳ないので、座りながら。
「な、なんか服の中にまで入ってきてるんですけど!」
「ぐっらっ」
「私の方が先に動けるようになったら覚えておモゴ」
Good Luck.
○
──"単刀直入に言うけど、難しいね?"
「そうなんだ」
──"神の代は相応のものでなければならないよ?
「馬尾とか、なんとか仙境の秘草とかじゃないとダメとか?」
──"必要なのは年月だね? それに、堅固さ。
「生者の肉の鎧に匹敵する代じゃないとダメ、って事か」
──"そうだね? けれど、そんなものを作り得る腕はないね? 勿論あの生者の子にも"
「部長クラスでもダメなんだ」
──"あの子が老婆となっても、同じことに費やし続けていれば、話は変わったかもね?"
「至れる可能性はあるんだ」
凄いな部長。
ヨルツキちゃんの代を作ってしまえば、目的が無くても悪霊化しない説。部長の家にいた動物霊たちが悪霊化していないのは、部長に認めてもらうという目的以外にも、ちゃんとした依代がそこかしこにあるからだ、と考えたのだ。
しかし、ヨツギの回答は、出来なくはないが難しい、というものだった。
「往年の人形師さんとか、ぬいぐるみ製作者に作ってもらうっていうのは」
──"その人が見える者か、聞こえる者か、触れ得る者ならば、可能性はあるね?"
「開口一番"幽霊は見えますか?"って聞かなきゃ」
──"それはそれで面白そうだけどね?"
祟り神め。
もう少し親身になれ。
「あれ、でも
──"それはそうだね? 佚依ちゃん。貴女はそういう才能がある"
「じゃあやっぱり、私がスキルアップすればいい話?」
──"無理だね? 少なくともヨルツキと四ツ木が自らを選ぶ時にまでは、間に合わない"
「そっか」
無理、か。
結構いい案だと思ったんだけど。
「じゃあさ」
──"それは、決して、許さない"
冷たい声。
いつものふざけたような、疑問符を無理矢理付けたような喋り方は鳴りを潜めて──ただの怒りが、流れ込んでくる。まるで河川が氾濫したかのように、滂沱の如く。
「何も言ってないけど」
──"心が読めるなんて今更だよ"
「……何がダメなの」
──"そもそも貴女は、そこまで自己犠牲に走るような性格じゃなかったはず。何がダメも何も、こっちが聞きたいよ。どうしてそこまで?"
「頼まれたから」
それに、許せないから。
だから──仕方のない事、になれば。最も良い着地点が得られるかな、と思ったんだけど。
──"それでもそれは、許さない。もし無理矢理に決行しようとするのなら、私に有るすべての力を以て、貴女を妨害するよ?"
「そこまで?」
──"佚依ちゃんは、自分の価値をわかっていないからね"
「じゃあ、先輩に上げた方がいい?」
──"怒るよ?"
怒れるのか、この祟り神。
いやむしろ元は怒っていたのか。怒り狂っていたが故に、祟り神か。
「でも、ごめん。私の運命は自分勝手に決めるからさ」
──"じゃあ、私も自分勝手に止めるよ?"
「ううん、祟り神のヨツギが、そこまで私を大事にする理由は何? 私、ヨツギに何かした?」
──"別に、どこかで勝手に死んでくれる分には問題ないよ?"
「あ、そうなんだ」
ただし、と。
少しだけ、僅かだけ──夢の世界が進む。
──"私の大切な子達を傷つけるのは、許さない"
「大切なんだ」
──"生者なんて有象無象より、遥かにね?"
「成程。ホシミとヨツギは和解しただけ、なんだっけ。全然変わってないんだね、ヨツギは。祟り神の頃から」
──"我ら心のみの存在を、身勝手な理由で深く傷をつけようものなら──相応の報いが待っていると心しておけ、生者"
「はぁい」
──"これは本心だけどね? 私は君が、大嫌いだよ"
知ってる。
私もヨツギは苦手だから。
「じゃあね、ヨツギ。また来るよ」
──"またね?"
起きる。
視界が白む。
急速に血が巡り始め、クリアになっていく思考。
勢いよく目を開ければ──そこには。
「あ」
「……」
ペンを片手に、ニマニマとしたアホ顔を晒す部長の姿があった。
ヘッドバット。
○
「うう……見ての通りお嬢様なのにぃ」
「お嬢様は後輩の顔にペンで落書きをしようとしないかと」
「寝る前に私をほったらかした事忘れたのかぁ」
「忘れてませんよ。どうでしたかどうぶつふれあいタイムは」
「死ぬかと思った」
来た時より、少しばかり数を減らした動物霊たち。
成仏したのだろう。ヨツギは"私達の言葉ではない"と言っていたけど、便利だから使わせてもらう。
「物音を立てると、部長がそっちを見てくれる。物の配置が変わっていれば、部長が確認しにきてくれる。昔懐かしの人形が枕元にあれば、部長がしっかりと見つめてくれる」
「なんという構ってちゃん行動……。うひぃ、私は基本モテモテだけど、まさか動物の幽霊にまでモテるとは」
「モテモテなんですか?」
「彼氏とかいたことない」
でしょうね、とは。
でも許婚とかいそう。偏見だけど。
「私、マジで霊媒師の才能あるのかなぁ」
「どうでしょうね。部長に所縁の無い幽霊を撫でても、ウザがられるだけなんじゃないですか?」
「やめとこーっと」
でも、と。
部長は続ける。
「私なんかに撫でられた程度で満足してくれたなら、結構嬉しいかなって」
「随分と自分を卑下しますね」
「いやだってさ、さっき佚依ちゃんも言ったけど、私自身が何かできるわけじゃないって言うかさ。所詮家柄だけ良いお嬢様だから、全部お父様たちのお金でさ」
「お父様」
「あ、両親の、ね」
「お父様」
「ぱ、パパのね!?」
「パパも結構」
「ええーっ!?」
お嬢様、か。
部長があまりに庶民的過ぎて全然だけど、もしかして失礼な態度取りすぎているんだろうか。いや部長がお嬢様だろうとそうでなかろうと、かなり失礼な態度を取り続けている自覚はあるんだけど。
「……だから、ありがとね」
「はい?」
「いやだって、佚依ちゃんが今日来てくれなかったら、私ずっと悩んでたよ。私何悪い事したんだろう、なんで幽霊に憑りつかれてるんだろーって。こんな頻繁にポルターガイストと金縛りにあって、家に帰ると肩が重くて、って、私は前世でどんだけの悪事を働いてたんだろう、って。ずっと思ってた」
「悪い事はしている気がしますが」
「えっ」
「いえ、続けてください」
「あ、え、うん。それで、それでね? でも、今日……ちゃんと触れあってみたら、ホントに動物でさ。一部蛇とかいたのはびっくりしたけど、なんかすごい伝わってきたんだよね。あ、懐かれてるなーってのが」
「そうですね。部長はこれでもかという程に懐かれてます」
「そしたらさ、愛着が湧くじゃん?」
湧くじゃん? と言われても。
少なくとも私は湧かないけど。
「だからこれからは怖がるんじゃなくて、じゃれついてきてるんだな、って思えるし。それで、幽霊たちが成仏してくれたんなら、私は良い事をしたんだな、って思えるし」
「それは良かったですね」
「だから、ありがとうって」
「はい。受け取りました」
「そこはどういたしましてじゃないんだ」
だって別に、私は何もしていないし。
部長が勝手に助かった事だ。お礼は受け取るけど、返事はしない。
「あ、お礼は金一封でもいいですよ」
「いつからそんながめつい子になっちゃったの……およよ」
「嘘です。でもお礼が欲しいのは事実です。ので、この部屋にあるぬいぐるみを一つ、貰って行っても良いですか」
「ほへ」
「参考にしたくて。ちょっと難航気味なので」
実際、この部屋にあるぬいぐるみは全て既製品かと思う程の出来栄えだ。
拳大の小さなものから私の座高程の大きさのものまで、ずらりと。
その中で一つ、これを、と言って、指差す。
「……佚依ちゃんもそれ選ぶんだ」
「も?」
「うん。話したでしょ? 去年の文化祭で、坂井さんが私の作品見て買いたい、って言ったって話」
「まさか、これなんですか?」
「そそ。うーん、うーん。……むふふーん」
「あ、いいです。結構です」
「いやいや! 贈呈しましょう! ここは! だって蓮柄が誇るラブラブカップルが、その両方が欲しいと言ったもの! それが私の人形とあらば!!! 進呈いたしましょう!!!!」
うるさいってば。
流石に家の人もなんだなんだって見に来るでしょ。
それとも慣れてるのかな。奇行と奇声には。
「……ありがとうございます。ちなみにこの作品の、作品名は」
「三枚の羽と書いて、
「羽……にしては、随分とタマゴ型ですけど」
「あ、ごめん。私作品名に意味とか考えないタイプなんだ。考え付いて、思い浮かんだものをつけてる。だから理由とか聞かないで」
「わかりました」
作品名って、そんなんでいいのか。
作者が良いって言ってるんだから、いいのか。
「そろそろ帰ります」
「えー! まだ来たばっかじゃん!」
「他に何かめぼしいものがあるんですか」
「うわ言い方悪っ!」
「失言でした。他に何かお値打ち品があるんですか?」
「盗む気満々だ……」
そこから。
プチ調度品鑑賞と、部長の過去作鑑賞。
そしてニコニコ笑顔でやってきた部長のお母さんによるアルバム鑑賞を経て、帰宅の次第となる。
……お金持ちは、すごいな、って。
そんなありきたりの感想を抱いて。