死途の徒 作:三羽世継
生者が命を落とすと、死者になる。しかしすぐに死者になるわけではなく、死途という状態を挟む。
死途にあるものは生きていない者に分類されるが、そこが同義であるわけではなく、生きていない者の中には初めから生きていない者であったものもいる。
と。何度も考えて、反芻した事を、もう一度浮かべる。
今日も先輩の家に来ている。来て、今後の対策、のようなものを話している。
「そうだね。その辺りの知識はまだ、覚えているよ」
「先輩は死途を挟まない……んですよね。今の先輩が命を落としたら」
「次の瞬間、私は誰かの子として生まれ落ちる」
「記憶や意識は?」
「連続するよ。とはいえ知っての通り、虫食いが酷い。回を重ねるごとにどんどん昔の記憶は少なくなっていくし、それに気が付けないと来た。我が事ながらポンコツだよ、ほんと」
「……先輩がもし、アカツキに出会えたとしても、それは続くんですか」
「続く。私の愛恋とこの仕組みはなんら関係のない事だからね」
あぁ、やはり。
そうなのか。
もし、もしも。もしも奇跡が起きて、先輩の生まれ変わった先が見え、聞こえ、触り得る者であったとしても、それはたった数十年しか続かない。また二人は引き裂かれ、そこから数百、数千と思い続けるだけの日々が始まる。
「終わりは、来るんですか」
「……」
先輩は曖昧に笑うだけ。
来ないのか。それとも、来てほしくないのか。
一度出会って、そこで終わり、には出来ないのか。
それとももう時間がないのか。
「いくつか、考えました」
「何をだい?」
「先輩をアカツキに会わせる方法です」
「……それは、どういうものなのか……聞かせてもらえるのかな」
神妙に、真剣に。こちらの顔を、というか目を、じっと見つめてくる先輩。
顔は良いから、少し照れる。
「元から生きていない者は一度だけ生者になれる。神もまたそれは同じ。ただし生者となった神は死しても死途は経ず、もう二度と、生きていない者や神に戻る事は出来ない」
「うん。合っているよ」
「ならやっぱり、一番簡単なのは、アカツキに生者になってもらう、という方法だと思います」
「それは確か、出来なかったはずだ。朧気だけど……アカツキは死の神だから、対極にある生者にはなれない」
「はい。なので、器を用意し、その代に降りてもらう、という方法です」
「神の器を? ……正直言って、用意するのは難しいと思うよ」
「何十年後になるかはわかりませんが、造り得る人を知っています。ヨツギのお墨付きです」
「それは……」
人形だとか、ぬいぐるみだとかを、研鑽に研鑽を重ねた部長に作ってもらえば。
けどそれは、様々なリスクを伴う。アカツキの存在を揺るがしかねないというのもそうだし、結局、先輩がそれを忘れてしまえば最悪である事に変わりはない。
あるいは誰もいない朱歹神社で愛を囁き続ける誰か、が生まれてしまうかもしれない。アカツキが人形に入っている、という事実を持ち続けなければいけないし、次の生で探し当てなければいけないのだ。
「はい。簡単ですが、あまり好ましくないので、通ると思っていません」
「私もあまり、アカツキを変えたいとは……思わないかな」
「次の方法です」
「ん」
息を吸う。
目を見る。
「私が、」
「ダメだよ」
強い意思の感じる目で、少しだけ睨むように。怒るように。
止められた。
「……私が、代となり、アカツキを降ろす、という手法です」
「言い切ってもダメだ。それだけは絶対だめだ。君は私に、好きな人のために好きな人を殺せ、と言っている。それは、絶対にダメだ」
「ヨツギにも怒られました」
「当たり前だ。ヨツギに多少なりとも良識が残っているようで安心したよ。これで背を押していたのなら、私もやることをやっていたかもしれない」
「どんなことですか?」
「品場神社には代々受け継がれてきたものがあってね」
ははぁ。
何か弱味を握っているのか。
「私の意識を残したままで、っていうのは出来ないんですか?」
「出来ない。一つの肉体に宿り得る霊魂は一つまでだ」
「でも、四ツ木ちゃんは」
「そういえばヨルツキの事も知っているんだったね。もしかして、あの子が神か人かを選ばないといけないのも知っているのかい?」
「あ、はい。先輩こそ知っていたんですね」
「嘉白とは旧知だからね」
そうか。
でも、それでも、解決する気はないのか。
「四ツ木とヨルツキは……少々事情が違う。ヨルツキが夢の神であるのはわかるかな」
「はい。当代の夢の神、ですよね」
「うん。夢の神というのは夢に住んでいるものでね。普段は四ツ木の夢の中にいる。満月の夜のみ表出できるけど、それは別に一つの肉体に二つの霊魂がある、というわけじゃない。その時四ツ木は眠っているからね。途中で四ツ木が起きてしまえば、ヨルツキはすぐにでも消えるよ。同時には存在できない」
「嘉白も"夢を渡ってなら
「夢渡りは夢の神か、夢の神の眷属が故の特性と言っても過言じゃない。ただそれも、無理をしている事に変わりはない。知っての通り時間制限があるんだ。四ツ木の脳が、夢を夢だと認識できてしまうようになると……丁度今くらいの時期に、この仕組みは解けてしまう」
「夢を否定してしまえるから、ですか」
「まぁ、そんな感じだ」
じゃあ四ツ木ちゃんがずっとずっとロマンチストなら問題は無い……というわけでもないか。
あ、これ夢だ、とならない年齢。別に高校生の今となってもそうならない夢はあるし、小学生の頃にも夢を夢だと認識できる事があった気がする、けど。
でもまぁ、丸く言えば、思春期が終わる頃、なのかな。
「私が起きている間は私で、寝ている間はアカツキ、というのは無理、という事ですね」
「無理だし、意味がないね。結局佚依が眠っている間のアカツキは生きていない者。私には見えないよ」
「……確かに」
そうだった。
先輩と引き合わせる事が目的なのに、ヨルツキちゃんと同じ状態にしたって何も変わらない。
ううん、やっぱり私を代にするのが楽な気がするんだけど。
チラ、と先輩を見れば、未だに厳しい視線。ううん。
「……あと二つ、あります」
「君が傷付かない方法であるのなら、聞こうか」
「じゃあ一つは潰れました」
「どうせ一緒に死ぬ、とかいう方法だろう?」
「わかりますか」
「前に私が言った手段だからね。確かに見え、聞こえる、なんて稀有な体質を持った者は同時期には存在し得ない。そして私は死途を挟まない。なら、佚依と私が同時に死ねば……私が次代の見え、聞こえる身体を得られる可能性は格段に上がる」
「ですよね」
「けど、上がるだけだ。絶対じゃない。君の死が無駄死にになる可能性の方が遥かに大きいし、何より私は君に死んでほしくない。そもそも私のためにそこまでする理由はなんだい? 言い方は悪いけど、君は、フィルターになる事さえああも嫌がっていたじゃないか」
「あ、やっぱりフィルターだと思ってたんですね」
「違う。今のは言葉の綾だよ。それ以外に言い表す言葉が無かったから使用しただけだ」
少しちょけたら、思ったより真剣な声で返された。
……いや、今のはゼロ百で私が悪いか。すぐに意識から外してしまうけど、先輩は私を……好いてくれている、のだから。
そこまでする理由。
ヨツギにも言われた。私がそこまでする理由は無いんじゃなかと。
可哀想だから。許せないから。
たったそれだけで、命をかけるのか、と。
「利用されるのは嫌です。けど、障害にはなりたくないし、自ら献身するのなら、納得できます」
「障害?」
「私はロマンチストなんです。二股が嫌いなんです。一途がいい。先輩がアカツキを愛し、私に一目惚れしたというのなら、私は先輩の前から消えたい」
「それは」
「凄く驕った言い方をしますけど、惚れさせてしまってごめんなさい、という気持ちでいっぱいなんです。別に先輩の見る目がないとか、自分に自信がないとかじゃなく、それほどまでの年月を一心に愛した相手と、
「……」
正直に言えば、嬉しい。
好きだと言ってくれる事。愛しているといってくれる事。一目惚れをした、だなんて、私の人生において言われるなんて思ってなかった。創作物の、友達との馬鹿話で話すようなものだと思っていた。
だから、嬉しい。少なくとも嫌いではない相手から、そんなことを言われるのは。本当に嬉しいのだ。
けど。
けど。
私だけを見てほしい、わけじゃない。
相思相愛の中に入りたくない、わけじゃない。
誰かを愛したのなら、その人への想いを貫いてほしいという、幼稚で、夢見がちな、ただの我儘。
だって美しい。
だって美しいのだ。
私は──自らのフィルターという扱いに、心から嫌気が差すくらい、二人の関係に憧れた。
憧憬だ。別たれても尚思い続ける二人。神と人と、別々の存在になっても、忘却の涯にあっても、いつかどこかでを願い続ける二つ。
そんなところに、
「理想の押し付けなのはわかってます。でも、先輩が私を愛するというのなら、私は、自ら貴女達の糧となって、貴女の願いを成就させたい」
「……」
「驚きましたか。私も驚いてます。私、こんなに感情的になれたんですね」
だって、初めての色なのだ。
ずっとずっと心動かなかった毎日に、ようやく投じられた小石。
全身全霊を賭してそれを見守りたいと思うのは、不思議ではないはずだ。
「でもまぁ、ヨツギにも言われましたけど、これで先輩やアカツキが傷付くというのなら、やめます」
「そうしてくれると、助かるかな。……私には君を止める手立てが思いつかなかった。君が諦めてくれるなら、それが一番だ」
「それじゃあ、最後の手段です」
今のはほとんど本心だけど。
心だけの存在が、アカツキが、あるいは肉の鎧を得たホシミが。
傷付き、変化し……それが良くない方向へ転がってしまうというのなら、諦める。ヨツギの言う報復が怖いというのもある、のかもしれない。怖いというか、だるいというか。
「思いついた最後の手段は──代替わり、です」
○
「代替わり、というと……ヨツギとヨルツキのように、かな」
「はい。アカツキに代替わりしてもらいます」
「ふむ」
夢の神は役割を終えていると
だって、アカツキが発生する前から夢の神はいた。水害を引き起こす祟り神として、とはいえ、夢の神であったのは事実だ。
生の神ホシミが生者となっても神の性質を引き継いでいるように、ヨツギやアカツキにも神としての性質……つまり役割があると睨んでいる。
というか絶対あると思っている。生者に死という概念ある限り死の神であり続けるアカツキ。それには何か役割があって、その役割さえ誰かが引き継いでくれたら、アカツキはフリーになれる。
ヨツギ曰く生の神と死の神は互いに惹かれ合う、らしい。ヨツギがああも自由なのは引き合う存在がいないからだと。
なら、もし。
アカツキがヨツギのように移ろえる存在になったら、勝手に、次々と生まれ変わるホシミの下へ引っ張られていくんじゃないか、と。
「……いくつか問題点がある。まず、私が死の神や夢の神の役割を覚えていない、という事。……生の神の役割も、覚えていない。私が生者とならねばならなかった理由なんだけど、すっかり抜け落ちている」
「それはヨツギやアカツキに聞けばいいのでは?
「答えてくれたらね」
「?」
何故そんなに含みがあるのか。
そんなにデリケートな問題なのだろうか。
「次に、神が代替わりするには、神の眷属など、その神と関わり合いの深い生きていない者が必要になる。その条件を満たしている白達はもう、一度生者になってしまった。嘉白がギリギリとはいえ、
「他の、どこかの土地にいる神の眷属に生者になってもらって、嘉白に番ってもらう、というのは」
「現実的じゃないね。そもそも眷属を生み出す事にさえ嫌悪感を示す神も少なくはない。ついでにこうも神が集まっている蓮柄はかなり特殊でね、普通はもっと少ないよ。神が坐す神社を見つける方が難しいだろう」
嘉白もあと二年程で死んでしまう、のだったか。
……。ううん。
「それに、もし本当にアカツキを自由に出来たとして、彼女をいつ見えるようになるかわからない私に纏わりつかせるのは酷だ。生きていない者は変化を恐れる。何十年の間隔で全く違う土地で、全く違う環境で、目まぐるしく動く人間の傍にいさせる……というのは、ほとんど神であった頃を覚えていない私からしてもキツイ、と言わざるを得ない」
「アカツキがアカツキであれたのは、ずっとあの神社にいたから、でしたっけ」
「うん。でも、それにしたって変化を抑えられる、程度の方法だ。今の私じゃ元のアカツキも今のアカツキも全く思い出せないから、この長い年月でどれほど変わってしまっているのかはわからないけどね」
「大丈夫です。ヨツギに見せられた夢の中のアカツキと、今のアカツキはほとんど変わってません」
「それは良かった。……少しだけ羨ましいかな。その夢……私も見てみたい」
「私の体質じゃないと無理だそうです」
「だろうね」
問題点。
問題点ばかりだ。
けど、解決できそうではある、と思ってしまう。
「先輩、質問なんですけど」
「なんだい?」
「愛し合う二つの霊魂の間には、器が出来る、でしたよね」
「ああ、うん」
「その器には、元から霊魂が入っているんですか?」
「それはないよ。器は器だ。そこに二つの霊魂の欠片を入れる事で、新しい霊魂になる。入れるまでは人形に過ぎない」
「私と先輩が愛し合っても、器は生まれますか?」
「生まれる。ただ……申し訳ないけれど、その霊魂が生者になる事は無い。自分で告白しておいて酷い話だとは思うけどね。たとえ忘れてしまっても、私は神だ。神と生者の霊魂では釣り合いが取れないんだよ。神と神か、眷属と眷属か、生者と生者でないと、霊魂の比重とでも呼ぶべきものが傾いてしまう。そうすると、命を保てない」
そうなのか。
それは初耳だ。じゃあ私がアカツキと愛し合う、というのも、ダメか。
「再度聞きますけど、生者になれなくとも、器は生まれるんですよね」
「生まれるけど、生まれる、という言い方が少し語弊があるかな。出来る、が正しい。私と佚依が愛し合ったら、何かが出来る。作成される。それは器の役割をするけれど、生者ではない」
「その器は、神の代足り得ますか」
普通の製法では、堅固かつ年月が必要だとヨツギは言っていた。
なら普通の製法でない、そういう、霊魂だのなんだのが絡んだものであれば、どうなのか。
「足り得る、ね。まさに四ツ木がそうだ。二つの霊魂による愛の結果に出来た器の質は、生者にならないというだけで、特に何も変わらない。神の代に十分足りる」
なら、これで。
アカツキとヨルツキちゃんの分が確保できた。
「でも、やっぱり意味がないよ。私が生まれ変われば、」
「それです。そこを解決するべきです。先輩が憶えていないというのなら、他の神様達に聞いてきます。誰も喋ってくれなかったら調べてきます。もし先輩が──もう、生まれ変わらなくてもよくなったら。その上で、今生、アカツキと出会えたら。ハッピーエンド、ですよね」
「……いや。アカツキを独り残してしまうことになる」
「それは」
仕方のない事なのでは、と言いかけた。喉まで出た。
アカツキが存在し続ける限り、何度も再会して、何度も忘れて、段々全てを思い出せなくなって、それで、それで、どこまでも続いていく、とでもいうのか。
その方が悲しくないのか。
いつか会えるという希望を捨てないでおけることが、そんなにも魅力的なのか。
自分の事を全力で棚に上げて言うけれど──望み過ぎ、ではないだろうか。
「──なら、アカツキも共に死ねば、満足ですか」
「……佚依。いくら君でも、言って良い事と悪い事があるよ。先も言ったけどね。君がそこまでする必要はないんだ。この生で無理でも、私には次がある。アカツキを待たせてしまう事になるけれど、次で、その次で、私は君のような身体を得られるかもしれない。そうしたらどんな手段を用いてでもアカツキの元に向かって、今まで出会えなかった分の愛を語らうよ。そしてその生の死に際に彼女と再会の約束をして、また繰り返す」
「全てを、忘れてしまいますよ。もう……そこまで虫食いなのに」
「良いんだ。たとえ全てを、名前さえも忘れてしまっても、私達は必ず再会出来る。そう信じている」
アカツキと同じことを言う。
……なんでそんなに投げやりなんだ。なんでそんなにやる気がないんだ。
信じてる、とか。
そんな、そんな──自分のない、コトバ。
「愛って、その程度なんですか」
「……」
ちゃんと言葉にするのなら。
失望、だろう。
もっと崇高なものだと思っていた。
もっと情熱的なものだと思っていた。
なのに、なんだ。その態度は。
「私に向けて好きだのなんだの言ってたのも、"いつか振り向いてくれたらいいや"っていうスタンスだったから、いつも同じような言葉で、貼り付けた笑顔だったんですね」
「……佚依」
「勘違いしてました。勝手に期待してました。ごめんなさい。勝手に期待して、勝手に失望してます。先輩にとって愛というのは、そんな、道端に百円落ちてたらラッキー、みたいな、
「佚依」
「運命が合致したとか。それってつまり、自分磨きをしたり、自ら好きになった人に全力でアプローチするとかじゃなくて、合致するまで何もしない、って事ですもんね。本当に。私が子供でした。私が何も知りませんでした。斜に構えていたし、達観ぶってました。愛ってもっともっと、強くて、頭がおかしくなるような、そういう感情だと思ってました」
無言で抱きしめられる。
けど。
けど。
「先日、アカツキに告白されました。一緒に愛を育みましょう、って。
ああ。
今さっき、先輩に望み過ぎだと思ったクセに。
私もそうだ。でも、私の方がずっと子供だ。憧れた。結局、憧憬に過ぎない愛情に、それがそんな、薄っぺらいものであったなんて見せつけられて、ああ、我慢が出来ない。
可哀想だからとか、許せないからとか、けどそれはすべてじゃない。もっともっと根っこの所は、単純に我慢が出来ないからだ。
勝手に色を付けてくれたみんなが、勝手にいなくなる。
そんなの、私が嫌だ。
「ごめんなさい。勝手です。自分勝手です。勝手すぎて、嫌われるんじゃないかとも思ってます。言っている事もバラバラで、支離滅裂で、私こそ、もっと大人にならないといけないし、もっともっと、物事を知らないといけない。でも」
「……」
「私は、好きですと言いたいです。愛していますと言いたいです。先輩にも、アカツキにも。異物とか障害とか、私のこの、馬鹿な考えも取り払って。神様とか生きていない者とか、変なしがらみも全部拭い去って」
心から──共にいたいと。
そう。
○
「……ごめん」
抱きしめられたままだから、顔は見えない。
どんな顔をしているんだろう。金の髪。生の神ホシミ。
「……いえ。そうですよね。まだ出会ったばかりで、重すぎました。でも、これでわかりましたよね。私じゃ先輩の想いには応えられないし、先輩も私の理想には応えられません」
理想が高すぎた。愛に憧れがありすぎた。
私なんかよりよっぽど現実を知っていて、自身の境遇への理解も深い先輩だ。こんな小娘の言葉、どれほど軽く感じられた事か。実際、私の考えるそれよりも、私の抱えるこれよりも、ずっとずっと、大きいはずだ。先輩の背負ってきたもの。先輩のアカツキへの愛情は。
こんな、私程度の言葉で変わってほしくないのもまた、事実だ。
じゃあ結局どうしてほしいんだと問われたら、それもわからない。私を代として使ってほしいと、その思いが未だあるくらいで、もう。もう、わからない。
「とりあえず、ホシミがどうして生者にならなければいけなかったのかを調べてきます。他に方法が無いのかも探します。ごめんなさい。私は私に出来る事をします。高望みはしません。私は私の出来る範囲で、私を好きだといってくれた貴女達に
「報いる、なんて……言わないでくれ。そんな、返せるもの、みたいに」
「ごめんなさい。いきなり取り乱して、いきなり冷静になって。そうですよね。好きな相手にこんなこと言われて、まだぐちゃぐちゃですよね。すみません」
「そんなことは」
「私も、ぐちゃぐちゃなんで。表面上は取り繕ってますけど、今日はダメっぽいので、帰ります。ごめんなさい。落ち着いたらまたちゃんと話しましょう」
「……ああ、わかった」
先輩が離してくれる。
顔を上げるけど、同じタイミングで俯いてしまった彼女の顔は見えない。
本当に、ごめんなさい。
押しつけがましかった。反省しなければいけない。
「ありがとうございました。また」
「ああ……また」
ソファから立ち上がれる気配のない先輩に礼をして、そのまま部屋を、家を出る。
あぁ、また降りそうだ。
今日くらいは勘弁してほしかったんだけどな。
でもまぁ、心情的には。
「お似合い、かな」