死途の徒 作:三羽世継
蓮柄神社がどうして取り壊されてしまったのか。
部長のお爺さんは、それを語ってくれなかったという。知らないのか、覚えていないのか──話せないのか。
朱歹神社の成り立ちのように、過去に犯した人間の過ちが故のことであれば、詳しく伝わらないのもうなずけるけど、これもまたそういうことなのだろうか。
「……」
「黙っていないで何か答えてほしい」
「……」
正直な話、図書室や図書館で調べるには無理がある。携帯で"蓮柄神社"と完全一致検索をして、検索結果がゼロ。それはつまり、文書化されていないか、データベース化されないよう誰かが真実を隠し持っている事に他ならない。昨今どんなことでも、民話の類であっても誰かが記録しているものなのに、こう見つからないなんてありえない……と、考えた。
だから、知ってそうな人に聞く事にする。
まず訪ねたのは、嘉白だ。
「……蓮柄神社が取り壊された理由、か」
「その口ぶりは知っていそうだけど」
「知っているが、言えぬ」
「えぇ」
この期に及んで何を隠すというのか。
「それより、だ。先日……お前に言った言葉について、謝罪を」
「え、いいよいいよ。それは。私も悪いとこあったし。つい最近、私も子供過ぎたって自戒したばっかりだし」
「……だが、私とて、ヨルツキを殺したいわけではないのだ」
「えぇー」
生きたいと思わせる呪いのバングルをつけさせておいて、まだそんなにも揺れているのか。
いや、殺したいわけじゃない、という気持ちはわかる。四ツ木ちゃんとヨルツキちゃんのどちらにも生きていてほしいというのはれっきとした親心なのだろう。
けど、彼女に任せると決めていたんじゃなかったのか。
「
「もし、どっちかが死ぬ、って言っても、諦めきれない?」
「……情けないと思うか?」
「うん」
今更になって怖くなったのか。
なんというか、あまりにも、あまりにもだ。
神の眷属なんて仰々しい肩書をもっておいて、そうまで人間臭いのか。
「まぁいいけど、救いたいと思っているなら、尚更。蓮柄神社が取り壊された理由を教えて欲しい」
「関係ないだろう」
「そっちにはなくてもこっちにはあるから」
「……」
大きく息を吐いて、口の端を噛んで。
そんなに言い難い事なのか。
「わかった。話そう」
「いいんだ」
「天秤だ。あの子らの運命と、隠しておいた方がいいだろうという擁護。前者が勝ったというだけの話」
「擁護?」
「ああ。結論から言うぞ。蓮柄神社を
取り壊した、じゃなくて。
破壊したのは。
「──ホシミだ」
●
さて──。
かつて蓮柄の土地には、三つの神社があった。
とある祟り神を発端とする鎮めの社。それを調停した生者のための社。二つの諍いを根源とするもう一つの祟り神の社。ヨツギ、ホシミ、アカツキの三柱の坐すこれら神社は、一応、不可侵の場として崇められてきた。
唯一品場神社にのみ、神主という形でそこに住まう人間達が配置された。理由は単純で、抑え込まれた挙句不当な制約を受けたヨツギの不満が爆発しかねなかったためである。監視兼お世話係、というやつだ。
この三つが蓮柄の土地にある神社と認知されるようになってからというもの、蓮柄の土地は安寧が続く。周囲の土地でどんな天変地異が起ころうとも、ここだけは安全だと。天災も人災も避けて通る。まるで何かを忌み嫌うかのように。
けれどある日、不可侵であるはずだった神社の一つ、蓮柄に、一人の女が入り込んだ。
異国の土地からやってきた事が一目でわかるような容姿の女。誰も入る事の無かった*1蓮柄神社に、まるで実家へ帰ってきたとでもいうかのように足を踏み入れる様に、周囲の人々は恐怖した。
神の怒りを買うのではないか、と。
「だから人間達は、彼女を追いだそうとした」
「……まぁ、そうだよね」
「ああ。生きていない者は変化を恐れるが、生者が自ら望むのかと問われたら、そのようなことは無いと答えられる。人間とて日々が安寧であれば、その平穏を崩さんとする異分子は排除したがるものだ。ましてやそれが、自分達と違う容姿をしているものなれば」
暴力、という形で。
初めは、本当に、最初の最初は、交渉をしたのだろう。
どうか出ていってくれないか、と。ここは神の坐す社。生者の入っていい場所ではない、と。
けれど女は、ここは自分の家だと言って譲らなかった。この土地に尋ね人がいると。けれどそれは貴方達には決して見つけられない存在だから、私が探すと。そのための拠点として、自らの家を使うだけだと。
女の言い分に理解を示した人間はいなかった。
どころか狂っているのだろうと……当初の予定通り、暴力を以て、女を排除せんとした。
しかしどうした事だろう。
確かに異人とはいえ、女一人。だというのに大の男が寄ってたかっても、その身に触れることすらかなわない。殴れど蹴れど、次第に槍やら槌やらを持ち出すものが出ても尚、女はそこへ居座った。
その様子に見かねたのだろう、品場神社の神主達が、"これ以上神の社を穢すのはよせ"と、蓮柄の人々に言う。女を追い出すためだけに、いつの間にか自分たちで敷いていた不可侵を破り、神の社へ土足で上がってしまっていたのだ。
自分たちは掃除をしているだけなのだ、という大義名分は、まさにそれを仕事としている者達に咎められた事で失われた。
すごすごと撤退する蓮柄の人々に、けれど神主たちは言うのだ。"任せておけ"と。
神主らとて蓮柄を愛し、この土地の平穏を望んでいる。彼らにとっても女は異分子である。
そうして神主らは──ある間違いを犯す。
品場神社に保管されている、ある器。とある川の源流から掬い上げた水の入った──入っていた器。既に中の水は蒸発して久しいが、そこには確りと祟り神が宿っている事を神主らは知っている。神主らを取りまとめる宮司こそが、聞こえる者であったが故に。
それを持ち出したのだ。
持ち出して、蓮柄神社へと持って行った。
──"これに見覚えがあるかな、お嬢さん"
──"ヨツギの器か。懐かしいものだね"
──"ほぅ? なら、そのヨツギが何と言っているか、わかるかな?"
器の存在を知っていた女に多少驚いた宮司は、けれどその問いに応えられない女を見て、最後まで残しておいた可能性を捨てる。
本当にこの女が生の神ホシミである、という可能性を。
そして呼びかけるのだ。
──"夢の神よ──ここに、貴女の友を騙る女がいる。どうかその手で、この不届き者に罰を──!"
「ヨツギにはその女性が見えているの?」
「いいや、見えてはいなかった。だが、見えていないが故に確信したのだろうな。ヨツギには見えない……生の神の性質を持つ者が、目の前にいるのだと」
「女性とのやり取りまで認識出来たんだ」
「というよりは、聞こえる者の言葉を聞いて判断した、というだけだろう」
「ふぅん」
当然だが、ヨツギは別に、宮司に使役されているわけではない。そんな"お願い"を聞く神ではない。
基本適当な祟り神だ。友を騙られようが、友の棲家に入られようが、特に思う所は無かったのだろう。
だから、行動したのはヨツギではなく、女の方だった。
瞬く間に宮司へと近寄り、その器を奪ったのだ。そして、そして。
あろうことかそれを、床に叩きつけた。
当然の様に割れる器。
それに一番驚いたのは、周囲の神主や交渉役の宮司でもなく、抑え込まれていたヨツギであったのだろう。
夢の神。水害の祟り神。
それが解放される。かつてホシミが和解し、渋々ながらも封じられる事を了承した彼女が、一番。
──"な、なんてことを"
──"理解したよ。ここにはもう、かつて私を願った人間は存在しない。聞こえてはいないのだろうけど、いるんだろうね、ヨツギ。私にはもう、君と過ごした思い出はほとんど残っていない。アカツキの事だけを覚えていたんだ。仕方がないと、許してくれるかな"
片膝を突き、片手を額の前に置き、目を瞑り。
まるで祈るかのように問いかける女に、宮司は、神主らは、血走った目で叫ぶ。それはもう、神職とは思えぬほどの暴言だ。罵詈雑言だ。当然ではあったのだろう。彼らは決して出の良い家柄などではなく、監視と世話をするためだけに選びだされたただの人間。
取り繕われた表面など、ふとした衝撃でいともたやすく壊れてしまう。
まさかそれが、神の代を壊される、などというものになろうとは思わなかったのだろうが。
──"自由になるといい。ここは壊すよ。君達を、ヨツギとアカツキを、私の軛から解放する。いつまでも私の我儘に縛り付けて置くなんて出来ないからね"
──"何を──"
──"ただ、一つだけ約束をしてほしい。夢の神よ。君の役割だけは、全うしてほしい"
言って。
女は、蓮柄の人々を無力化する際に奪ったのだろう槍やら槌やらを手に取る。今の今まで罵詈雑言を吐いていた神主らが制止のために駆け出すのも間に合いはしない。
まずは、床。
次は、柱。
品場神社や朱
破壊。効率的ではあるが、何の鮮やかさも美しさもない、ただの破壊。
力仕事を生業とする男衆でさえ止める事の出来なかった女を、どうして神主らが止められようか。
ヨツギに縋れども反応は無く、ただただ、生の神の棲家が壊れて行くのを見ているしかなかった。
そして。
○
「そして?」
「無尽蔵かに思われた女の体力も、とうとう底を突く。その隙を突いて神主らが女を拘束。しかし、何日も眠らず、さらには飲まず食わずだったらしい女は牢の中で死んだ。結局女が何者だったのか、どこから来たのかもわからないまま」
「……」
「彼女の死後、蓮柄の人々は蓮柄神社の再建を試みた。しかし、どうしてか、建てようとする度に嵐が来る。大雨が降り注ぎ、土木工事などままならない」
「水害だ」
「そうだ。それが解放されたヨツギの仕業である事など一目瞭然だったが、ホシミがいない今、彼女の暴挙を咎められる存在はいない」
「アカツキは?」
「それも同じだ。ホシミがいたから、互いの監視などという人間側からの約束事を守っていた。いなくなったら守る必要もない。その頃には随分と丸くなっていたが故、打診しにきた人間を殺したりはしなかったものの、一切口を利かなかったそうだ」
故にここで、蓮柄神社の歴史は途絶える事となる。
蓮柄神社で起こった事の詳細を知るのは当時の神主らだけ。神主らは内々にのみ事実を伝え、真実を隠した。
特に、ヨツギを縛り付けている器が割れてしまっている、という部分を。
「人間にとって幸いだったのは、私達がいたことだろうな。私と
「蓮柄神社を建て直そうとしなければ水害も起きなかったんだ」
「ああ。女が来る前と何も変わらない平穏がそこにあった」
彼女が何をしたかったのかと問われたら、やっぱり、アカツキを探しに来ただけなのだろう。
遠い異国の地から、想いの一つだけで。準備などそこそこに、ただ会いに。何か伝えたい事でもあったのか、見えも、聞こえも、触れもしない身体のまま、彼女はこの土地へ帰ってきた。
「その時に
「いけなかった、が正しい。基本私はこの社より外に出歩けぬ」
「
「私が死に、晴れてもう一度
「へぇ」
その辺りも何か面倒臭いしがらみがあるんだ。
「誰が悪かったのか……いや、誰も悪くなかったのだろう。彼女の言い分は正当で、蓮柄の民もまた同じ。平穏を崩されたくないと思う事になんの悪もない」
「いや女……もういうけど、ホシミが悪いでしょ。人間への理解が浅すぎだよ、それ」
「……はっきり言うな」
「しかも準備不足が過ぎる。寝ずに飲まず食わずって。仮にそこを拠点に出来ていたとしても、アカツキに辿り着くまでに飢え死んじゃってた可能性もゼロじゃないじゃん。元々自分の家だったにしても既に去っているわけだから正当性もないし」
「なんだ、嫌いか。ホシミのことが」
「事実だよ」
蓮柄の人々が可哀想だ。
無計画が過ぎる。浅慮が過ぎる。やっぱり彼女の言う信じている、という言葉に、重みなんてものがないんだと思い知らされる。信じているなら、信じているだけじゃなくて、その運を確固たるものにするためにもっともっと準備をしないと。
「まぁ、蓮柄神社が破壊された理由がこれだ。お前の満足いくものだったか?」
「生の神の役割は、破壊?」
「……成程。聞きたかったのはそっちか」
生の神、命の神。
人間に願われて発生したホシミだけど、そもそも神とは、生者になんら関りのないものだと言っていた。
発生原因に人間があったから、人間の願いを聞いただけで。
別に生の神としてのホシミに、人間を救う性質があるわけではないのだと。そう考える。
「破壊。あるいは、変動。生きるとは変わる事だ。生まれてからずっと同じであり続けられる生者は存在しない。何かに出会う度、何かに気が付く度、価値観が破壊される。再生した価値観は変動している。生の神はそれを司る。飢饉が続けば救いを、平穏が続けば災いを。生の神の周囲にあるものは、生かされる。生きた状態にされる。強制的にな」
「生者は変わり難いんじゃなかった?」
「変わり難いだけだ。変わらぬわけではない」
「ホシミは生の神であるが故に、神であり続ける事が出来なかった?」
「生きていない者であり続けることが出来なかった、が正しい。変動を恐れる性質に、神の役割が耐えきれなかった。アカツキとの時間を過ごすため、限界まで耐えたが、努力虚しく、という奴だ。生の神として発生した以上、生の神自身でさえその役割から逃れることは出来なかった」
そうして生者となった生の神。その理論で行けば、法則でいけば、生者ではあり続けられない。だから生きていない者に戻る事が出来る。ただし、それよりも大きく力強い法則として、一度生者になった神は二度と生きていない者にはなれない、というものが存在する。
なれば後は、二つの仕組みに雁字搦めにされた道を歩くだけの日々だ。死に、生まれ変わり、死に、生まれ変わり。同じである事を許さぬ役割が、ホシミから記憶さえも奪っていく。変わり難い生者であるが故に、変わりやすいものから変えられていく。記憶も、思考も──大切な人に関する事の、すべても。
「神とは決して万能の類ではない。その在り方は呪いに近く、自ら神となった者は極僅かだろうな」
「ふぅん。じゃあアカツキは、死の神だから、生の反対で……変われない? 変わらない事が役割?」
「停滞、だ」
もう、諦めたのか。
隠さずに教えてくれる。教えてくれた。
こんなに簡単に教えてくれるのは、ヨルツキちゃんのためなのだろうか。正直、先輩や白がああまで隠していたのがどうしてなのか気になる。
「停滞。成長しない。アカツキは、発生時からまるで成長していない。変動はしよう。しかしそれは、前に進んだのではなく、その場で立ち止まって形を変えただけ。アカツキが新しいものを得ることは無い。知識が増えようと、誰かを愛そうと、誰かに愛されようと、自ら変わろうと。アカツキは進む事が出来ない」
「成長しないと、何かダメなの?」
「寂しい、そうだよ。置いていかれる事は。周りが、生きていない者までもが、自らを置いて先に進む事が」
「白達は一緒に居続けるんじゃないの?」
「私達眷属は、本質的に神々と同じようなものだ。それぞれが三分の一ずつしかアカツキの性質を引き継いでいない。遅くはあるが、私達も成長するのだ。お前も成長する側だからな、その感覚はわからぬだろう。アカツキは置いていかれる。常に進まざるを得ないホシミにも、泡の如く消えてしまうヨツギにも。目まぐるしく移り変わる、生者にも」
なら。
一つ、問う。
「アカツキを殺す事は、出来るの?」
「……。……出来る」
長い溜めを挟んでの、口の端を噛んでの言。
重く苦しいそれに反し、私の心には安堵があった。
「神殺しをするか、娘」
「しないよ。でも、終わりが来ることは……終わらせる事が出来るというのは、救いになるよ。あとはホシミか。ホシミが死んですぐに生まれ変わるのは、生の神だから、じゃなくて霊魂が神だから、という話でいいんだよね?」
「ああ、そうだ。死途を挟まぬのは神の特権だろうよ」
「じゃあ、生の神じゃなくなれば、どうなるのかな。記憶が消えて行く事が無くなって、周囲を変動させる事もなくなる? あるいは"見えないまま"という状態が破壊されて、ある日突然見えるようになったり」
良い事ばかりじゃないか。
神である事は呪いと同じ。成程、確かに。
「神の持つ霊魂から、神を剥がす。成功すれば偉業に等しいな。どのようにするつもりなのか、聞かせてはくれるか」
「その前にもう一つ。今、夢の神の役割は、誰が、というかどっちが持ってるの? ヨツギ? ヨルツキちゃん?」
「役割はヨルツキが持っている。性質はヨツギが持っている。……が、ヨツギが今どこにいるかは知らぬし、ヨルツキも生者を選べば解放される」
「解放されたらどうなるの?」
「世に溶ける。夢の神の役割など、旧時代の遺物に等しい。生者でいう尾骨や虫唾のようなものだ。世界にとって要らぬもの故、切除しても問題は無い」
「じゃあ、ヨルツキちゃんにヨツギの性質も与えたら、どうなるんだろう」
夢の神。夢の世界に住まう神。その役割がどんなものかは知らないけれど、今現在、夢の神を名乗り得る神が二ついる。
今は代替わりの最中で、ヨツギからヨルツキちゃんに引き継ぎをしている途中なのだと思う。ヨツギが性質を渡していないのは、ヨルツキちゃんが生者を選ぶ可能性があるからだろう。神を選べば晴れてそれを渡して、自らはどこへなりとも消えて行く。
そういう神だと知っている。
「今すぐにでも神となるだろうな。四ツ木は消え、ヨルツキが残る。その際ヨツギは……浮遊霊にでもなるのだろう」
「ならさ」
ヨルツキちゃんとヨツギの立場を入れ替えたら、どうなるのかな。
問い。疑問。
今夢の神の二柱は、持っている物が違うだけで、ほぼ同じ状態にある。どちらかに役割と性質が偏れば、すぐにでも神として確立する程に。
なら、二つが入れ替わってもなんら問題ないはずだ。元々代替わり……能力が同等であるとされて、変わり得ると認識された二つなら。
「ヨルツキを夢の世界に住まわせるということか?」
「うん、ヨルツキちゃんが夢の世界にいて、ヨツギが四ツ木ちゃんと共にいる状態で、四ツ木ちゃんが生者を選んだら、ヨツギはどうなるのかなって」
「ふむ」
「世界は四ツ木ちゃんとヨツギを同一存在と見做して、ヨツギを消そうするのかな。それとも、これらは別々の存在であったと……そこに繋がりは無かった事にするのかな」
「……どう、であろうな。何分前例がない故判断が難しいが、可能性はあるのやもしれん。しかし仮にそれが成功したとしても、今度はヨツギの器が必要になる。奴も夢の世界から追い出されるなど夢にも思っていないだろうし、自らが飽きた、などと言って生み出した禍根に絡めとられるとは考えてもみなかっただろうからな」
これだ。
まだヨルツキちゃんに何も聞いていないから、捕らぬ狸の皮算ナントカになる可能性もあるけれど、この方法ならヨルツキちゃんと四ツ木ちゃんの双方を救える。
ヨツギの器は目星がついている。あとは少し、想いを乗せるだけ。なんでも私が選んだっていう事実は、暗示程度でもおまじないが乗るらしいから。
「アカツキも代替わりさせる気か」
「うん。先輩には否定されたけど、知らないから。もう、先輩に高望みはしない。私は勝手に動くよ」
「……そちら側に首は突っ込まぬが、ヨルツキの事は頼む。明後日の満月には私も顔を出すが、その時は
「うん。わかった」
難儀なものだ。
自分じゃない自分の言動が信じられないなんて。
果たしてそれは自分なのか、という疑問もあるけれど。
「……喧嘩は、どちらかが意固地になっていては、一生終わらないぞ」
「喧嘩じゃないし。嘉白に言われたくないし」
「私だから言うのだ。
「……最後に一つ、聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「前、
「あるさ。私は今でも彼女を愛している。もっとも、それは
「愛って、何?」
最近よく聞く言葉。
愛とは何か。私の理想としていたものと、どれほど違うのか。
「……愛とは、別れたくない、と思う心だ。離れたくない。別たれたくない。出会えない事を辛く思うことそのものではなく、今、繋がっている二つの糸が千切れてしまう事に対する恐怖。それが愛だ」
「恐怖なんだ」
「少なくとも、私にとっての愛はな。妻と別たれる事。娘と別たれる事。それを恐れる気持ちこそを、愛と呼ぶ」
「なのに、今の今まで行動してなかったんだね。背中を押す事さえせずに」
「ぐっ……う、うぬ……」
「指摘されて苦しむくらいには自覚があるんだ。じゃあ、それはちゃんと」
薄っぺらくはない、愛なんだろう。
嘉白はただ、足を踏み出す勇気が無かっただけで。
彼の持つ愛は、本物なんだ。
「ありがとう。少し、参考になったかも」
「出来る事なら秒毎にこちらを刺さんとするのを止めて欲しいのだがな……」
「勝手に頑張らせてもらうよ。嘉白の愛のために、四ツ木ちゃんもヨルツキちゃんも、絶対助ける」
「あぁ、ありがとう。それと、ヨツギの扱いは雑で良い。優先順位も下位でいいからな」
「あ、うん」
嫌われてるなぁ、ヨツギ。