死途の徒   作:三羽世継

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二十灯

 土砂降り、といって過言ではないのだろう。

 少し調べ物をしに図書館……へ行くのは面倒なので、学校の図書室に居残っていたのが仇になった。放課後、生徒も教師もまばらな時間。司書さんは書類を職員室に届けに行くだとかで戻ってきておらず、その間いてくれる? というお願いを聞いたのが運の尽き。

 轟音を立てて落ちる空の滝に、一人溜息を吐く。

 

 雨の神様に愛されている、と言った。勿論言葉の綾だし、実際に会った事があるなんてはずもない。

 けど、そういえば、と。

 

「雨って、水害だよね……」

 

 肘をついて、窓越しの雨空を眺めて、一言。

 ずっとあの空飛ぶ竜の仕業だと思っていたんだけど、違うのかな。あれが竜神とかその類で、雨を司っていて、私を寵愛しているんじゃないかと、そう考えていたけど……もしかして、と。

 もしかして、私を愛しているのはヨツギだったりする?

 

「嫌いだし、苦手だから降らせているんだけどね?」

「え?」

 

 背後。

 その声は、響いたり、曖昧になったりすることなく、直に耳朶を叩いた。

 振り返る。

 

「やぁ?」

「……部長?」

 

 部長。部長だ。

 けど、その顔に浮かべている嗜虐的な笑みは、今まで見てきた部長のどれにもそぐわぬもの。

 その話し方も、雰囲気も。

 

「まさかとは思うけど、ヨツギ?」

「まさかもなにも、どう考えてもそうだね?」

 

 言って、図書室の机に腰を下ろす彼女。

 足を組んで、折り畳んだ方の膝に肘をついて。

 いや、いや。余りに行儀が悪い。短パン履いているとはいえスカートなんですよ蓮柄高校は。

 

「夢遊病的なものって理解で良い?」

「正解だね? この子、触れ得る子だから、夢には出られないけれど、こうして一時体の自由を奪うくらいは出来る」

「悪霊だ」

「祟り神だけどね?」

 

 一刻も早く退治した方がいいんじゃないかって。

 そう思う。

 

「……何用?」

「だって、ね? 私のいない所で勝手に話を進めてくれちゃっていたから、苦言を呈しに、ね?」

「ヨツギを神座(かむくら)から引き摺り降ろす話の事?」

「随分と悪い言い方をしたね?」

 

 それをわざわざ言いに来たのか。

 別に、いつもの様に夢の中へでも引き摺り込めばいいものを。

 

「満月が近いと、出来ないね?」

「そうなの?」

「夢はもうヨルツキの領域になりつつあるからね? 私はこうして、一人寂しく人間の身体を操るしかないね?」

「そんな暇潰し感覚で」

 

 でも、そうなのか。

 満月だけはヨルツキちゃんが夢の神だから、そこに近づくにつれ、ヨツギは棲家を追われる事になる。

 そういえばヨツギを神座から引き摺り降ろした後、その満月の法則はどうなるんだろう。

 そもそもどうして、満月だけヨルツキちゃんが出て来られるのだろう。

 

「別に、満月だから、というわけじゃないんだけどね?」

「どういう」

「初めは月に一回、という感じだったね? それが満月と重なっただけかな」

「じゃあ、満月は本当に関係ないんだ。月の魔力みたいな話はないんだ」

「ファンタジーだね?」

 

 神が何を。

 

「勿論、完全に関係がないわけではないよ? 夢の神は水害の神。月の引力……潮汐力は大潮にも影響するから、気分が高まるようなことは、なくもないね?」

「なるほど。納得できるような納得できないような」

「半ばこじつけだね?」

「やっぱり」

 

 適当なんだ、何もかも。

 

 まぁ本当に、ヨルツキちゃんが出て来られる頻度がひと月間隔であった、というだけの事なのだろう。四ツ木ちゃんが夢を夢だと認識できない状態。思春期が終わるその直前。満月によってテンションが上がる人もいるらしいし、深夜テンションの中学生なんて空も飛べるし世界も斬れる。そういう感じだ。

 四ツ木ちゃんが人間となって、ヨルツキちゃんが夢の神となったら、その満月の仕組みは完全に撤廃されるのだろう。あるいは器に降ろしたヨツギに何らかの関係が出てくるか。

 

「その件だけどね?」

「協力を拒む?」

「ああ、ヨルツキに座を譲るのは全く以て問題ないね? けど、私はそんな小さい代に入りたくはないね? 神でなくなったとしても、単なる浮遊霊としてどこかへ行くから、放っておいて欲しいってお願い」

「悪霊になったり、また祟り神になったりしない?」

「確約は出来ないね? けど、夢の神の力は失うわけだから、大それたことは出来ないよ」

「ふむ」

 

 まぁ、一応ヨツギも救う、という前提でこのタマゴのぬいぐるみ……三羽を手に入れたわけだけど、いらない、というのならそれも仕方なしではある。

 なんとなく、本当になんとなく、ヨツギもヨルツキちゃんやアカツキ達の近くにいたほうがいいんじゃないか、という思いで行おうとしていた事だけど、確かに、ヨツギを手元に残しておく理由は無い。

 

 白達にも随分と嫌われているようだし。

 

「一つ、聞きたいんだけど」

「どうやって私とホシミが和解したか、かな?」

「あ、うん。教えて」

「動揺しないね? 少しつまらない」

「今更でしょ」

 

 散々やってきたやり取りだろうに。 

 ……誰も知らないのなら、本人から聞けばいいという判断。

 

「ふふ、じゃあ、夢の中ではないのにもかかわらず、昔話の時間にしようね?」

「部長の身体を返すつもりはないんだ」

「結構居心地がいいね?」

 

 あーあ。

 祟り神に気に入られちゃった。

 

「それじゃあ──はじまり、はじまり……だね?」

 

 蠱惑的に、小首を傾げて。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 夢の神は覆い尽くし、飲み込み、鎮め、溺れさせるものだ。生者を夢に呑み、生きていない者を鎮めこむ。水害の性質はこの役割から(きた)るものであり、夢とは水の要素を持つものである。

 

 ヨツギ。夜を注ぐと書いて、ヨツギ。

 あるいは世を継ぐと書いて、ヨツギ。

 

 初めから祟り神であった彼女が発生した場所がどこなのか、いつなのかはわからない。ヨツギ自身ですら覚えておらず、誰も記録していない。気が付いたらいた、水害の神。それがヨツギだ。

 生者らが繁栄する()すがらの土地においても、ヨツギの方が先にいた。ヨツギは気分屋だったから、初めの頃は水害を起こさないでいた。いたし、生者の営みなど欠片も興味を持たなかった。

 

 それが、その矛先が明確に生者へ向いたのは、ヨツギの最も大切にするある川の源流に、血が流れた事を原因とする。

 手負いか、諍いか。とかく何かしらの理由で血が流れた。流した者は生者で──人間で、その人間は、源流にある泉に身投げをしていて。

 

 そこからだ。

 祟り神ヨツギが、麓の村を見るようになったのは。

 

 生すがら。生者のための土地。他の土地よりも多く生者がいて、生きていない者の少ない土地。

 初めは、興味だった。

 興味。興味があったから──洪水を起こした。

 

 そこに殺戮の意図などない。そこに面白半分の心さえない。

 ただ、水の浸っていない土地の事はよくわからないから、という理由で、水を流した。

 

 当然。必然。

 突然の水害に、生者は神の存在を認知する。見える者がそこそこいて、聞こえるものがそこそこいたのだろう。山の上の泉に住まうヨツギの姿は度々目撃されていて、此度の主犯がヨツギであることまで辿り着かれていた。

 

 故に、やってくるのだ。

 生者の、見え、聞こえる者達の集団が、ヨツギの泉の元に。

 

「問う! 神よ、何故、我らの土地を浸す!」

「何故? 理由なんかないよ?」

「なんだと!? あの水により、多くの死者が出た。老いた者。女、子供! 神とは理由もなく人間を殺すものであるか!」

「そうかな? よくわからないけど、残念だったね?」

 

 あまりに。

 あまりにも──理解が無さすぎた。

 今の今まで関わってこなかった故当然であるが、生者に、人間に、何の理解も示さぬ神がそこにいた。

 なれば、人間側の激昂も当然。正当な怒り。見える者達は槍やら鉈やらを次々とヨツギに投げ始める。物理的干渉は意図しなければ行われないが故に、激しい音を立ててそれらは泉へと落ちる。あるいは、それが目的だったのやもしれない。(ここ)を棲み処にしているとわかっていたから、わかっているから、穢してやろうと。

 

 けれど、ヨツギは神であった。

 

「──雨?」

 

 人間達への興味は無かった。どうでもよかった。

 煩わしささえもなかった。

 

 ただ。

 

「ダメだよ? 綺麗な水源は、大切にしなくちゃ」

 

 まるで常識を説くかの様に。

 当たり前のことを、言って聞かせるかのように。

 

 瞬間、大雨が降る。

 土砂降りの雨が降る。それは見る間に泉の水量を増加させ、溢れさせ、更には周囲一帯に大きな大きな揺れを引き起こす。

 地震か、と思ったのだろう、生者たちが慌てて下山していく様に、ああ。

 突如巻き起こる、巨大な土砂崩れが襲い掛かる──。

 

 

 これが、祟り神ヨツギの最初の殺戮。

 先の洪水はまだ可愛いものであったのだろう。明確な、追い払うという意識の乗っていない、水を浚ってみただけ、という大水。それを遥かに勝り行く土砂崩れ。

 見え、聞こえる者達の集団のほとんどがそこで死に絶え──命からがら生き残った者が、この神の脅威を生すがらの皆に伝える。

 山の上に坐す神。水害の祟り神。あそこには近づくな。

 死なば一人で行け。決して生すがらを巻き込むな。

 

 そうやって人間達は、不可侵を敷いた。

 触らぬ神に祟りなし。近づかなければ、これ以上刺激しなければ、祟りは起きない。そう言って。

 

 けれどその考えは、逃げ帰った見える者と聞こえる者たちの夢にヨツギが現れた事実に、淡く、儚く散った。

 夢の神。見せるのだ。自らが斧や槍、鉈のように持ち上げられ──泉に捨てられる夢を。大きく血を流し、泉に身投げをする夢を。土砂の濁流にのみ込まれ、窒息する夢を。

 

 悪夢。悪夢。

 その範囲は逃げ帰った者達だけでなく、生すがらの民の全てに広がった。

 

 そこからはずっと、ヨツギの水に悩まされる日々が続く。一年を通して激しい水害と、眠れば必ず見る悪夢。少し、また少しと人口は減っていき、一人、また一人と倒れて行く。村は水に浸り、山は崩れ、川は氾濫する。安寧の場などどこにもない。どこにいても危険で、どうしようもない。

 

 人々は苦悩し、そして決断をする。

 夢の神を祀る社を建てる事を。

 

 

 ○

 

 

「そこから先は、聞いたね?」

「うん。でも和解の話は聞いていない」

「急かさないでね? 堪え性をもってね?」

「喋るのが遅い」

 

 

 ○

 

 

 

 エドヒガンを建材とした社を建てられて尚、ヨツギの力は好調に近かった。

 相も変わらず大雨を降らせるし。

 相も変わらず、河川を唸らせるし。

 

 そこへ、一人。

 金の髪を持つ神がやってくる。

 

 

「あれ? 貴女は?」

「私は生の神ホシミという。夢の神ヨツギにお願いがあってきたんだ」

「お願い?」

「うん。雨の頻度を下げてはくれないかな。生者が困っている」

「困らせているよ?」

「悪意があるのかい?」

「初めは無かったけれど、なんの断りもなしに私をここに閉じ込めた。怒るのは当然だよね?」

「……ふむ」

 

 本当に。

 本当にそれまで、無かったのだ。品場神社に閉じ込められるまで、悪意も、揶揄いも、害意の類の一切が無かった。

 それを引き起こしたのが人間達である。

 しかしそれも必要な事だったと、ホシミは語る。

 

「君が思っているより生者は弱いんだ。水には特に弱い」

「死途に行くのがそんなに怖いの?」

「生きている事が素晴らしいみたいだからね」

 

 それは。

 どこか、一瞬だけ……ほんのちょっぴりだけ見えた、ホシミの神としての感覚。

 即ち──理解が出来ない、という名で肩を竦める。

 

「生者の味方ではないんだ?」

「違うよ。困っていたから助けてあげただけ。ふふ、君もだよ。困っていたら助けてあげよう」

「それなら」

 

 ヨツギはこの時、閉じ込められて困っているんだよね? と言おうと思った。

 そうすれば助けてくれると思ったから。

 

 けれどヨツギの口は、違う事を口走っていた。

 

「友が欲しいかな? この土地に神は私だけだから、面白味がないの」

「ああ、わかった。今日から私達は友だ。そして、これからは私もこの土地へ根を下ろす神となる。よろしくお願いするよ」

「うん」

 

 ありきたりだ。

 捻くれもののヨツギにしては、あまりにも素直な言葉。

 けれどそこに疑念を抱く者は存在しなかった。

 

 そして。

 

「じゃあ、友からのお願いだ」

「いいよ。大雨の頻度を下げても」

「ああ、ありがとう。別に降らせるな、とは言っていない。仕方のないものは起こしても良い。それだけで君は、祟り神から崇められる神へと一変する」

「別に、そこは気にしていないけどね? それじゃあ、和解の印に、一つお願いをしてもいい?」

「何かな」

「この社の奥。洞窟の隙間より流れる、もう枯れかけた源流。その先の泉に、生者だったモノが一つ、転がっている」

「へえ」

「それを取り除いてほしい、というだけだね?」

 

 和解の交換条件。

 それは、ホシミが生者に干渉し得るが故の頼みか。

 あるいは本当に友好の証か。

 

 なんにせよ、こんな簡単な事で和解は成った。

 読み合いも探り合いも無く──ただ、二柱が繋がったと、それだけの事実。

 

 これが、人間達の知らぬ歴史の一端である。

 

 

 

 ○

 

 

「……友達欲しかったんだ」

「多分、つまらなかったんだね? みんな怖がるし、みんな刃を向けてくるから、普通の話し相手が欲しかった。別にホシミでなくとも同じことを言っていたね?」

「確かに、会話って大事だよね」

「生きていない者にとっては変動の可能性でもあるけれど、確固たる意思があれば、甘美な嗜好品だね?」

 

 コロコロと笑う部長……もとい、ヨツギ。

 ……いけない。

 

 本当に、たった、たったこれだけの短時間で──ああ。

 

 愛着が湧いてしまった。

 

「私が、まだ一緒に居て欲しい、っていったら、残ってくれるの?」

「あれ? 佚依ちゃんは私が嫌いじゃなかったっけ?」

「今好きになる要素が出来たから」

 

 悪い癖、なのだろう。

 なんでも救いたがる。そんな技量も、力も、知識だって足りていない癖に。

 

 ヨツギに我儘を、押し付ける。

 

 

 そんな私の我儘に対し、ヨツギは、にっこりと笑って。

 

「嫌だよ? それ、狭そうだもん」

 

 何の考慮もせず、全否定をした。

 

 

 ○

 

 

 雨が上がって。あれだけ土砂降りだった空が快晴になって。

 

「部長」

「んにゃび?」

「そろそろ十九時ですけど、帰らなくていいんですか?」

「……?」

 

 一向に起きる気配のない部長をゆすって叩いて起こす。

 

「……え」

「おはようございます」

「あ、え……ぅ?」

「もう夜ですよ。帰りましょう。雨は上がりました」

 

 心此処に在らずと言った様子の部長に再度告げる。

 ……はやくしてほしいところ。

 

「え、ん? いや私、さっき玄関開けて……ん?」

 

 そんなところから連れ戻したのか。

 そんなに嫌だって言いたかったのかな。

 

「帰りましょう。家、送って行きますよ」

「いやそれはこっちのセリフ……でもないんだけど、ん、ん? ええと、ここ学校……あ、うん。帰ろっか。アレかな、下校する夢をみたのかな? ん?」

「もう、お婆さんたら。ご飯は一昨日食べたでしょう?」

「やめて、寝起きだと唐突なボケに耐えられない」

 

 明日は満月だ。

 ……色々、心しておこう。

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