死途の徒   作:三羽世継

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二十三灯

「まず、話を聞いてほしいんだ」

 

 そう、告げられた。

 意気込んで、勇んで、心して挑んだ私の鼻がぽっきりと折られた。

 先輩は。

 星命先輩は、私が何を言う前に掌を差し出してきて、制止をかけたのだ。

 

 夕焼け空……なんでもない歩道。蓮柄が田舎故人の気はなく、置いてある寂れたベンチに座る女子高生二人に目を向ける人間などいない。

 

「君のその顔を見ればわかる。もう、曖昧にしないで、保留をしないで、きっぱりと断りに来た……そんなところだろう?」

「はい。なので」

「でも。それでも、私がそれを理解しているとわかった上で、こちらの話を聞いてほしい」

「……わかり、ました」

 

 いつにない強気。いつにない強引さ。いや、先輩はいつも強引で強気だけど、自分の意見を押し通す、といったタイプではなかった。それが、こうも。

 上手くは表現できないけど、迫力がある、といえばいいのかな。

 気圧されてしまって、黙るしかない。かろうじて認可の言葉を出すくらいしか出来ない。

 

「この間言われた事をじっくりと反芻したよ。それで、君の立場になって考えてみた。結論から言うけど、私は君を諦めていないし、君が好きである事に変わりはない。全てを吟味した上での答えがこれであると理解してほしい」

「……」

「不満そうな顔だね。うん。じゃあ、次」

 

 にこりと笑って。

 ぺこりと、頭を下げる彼女に、珍しく驚いてしまった。

 

「ごめん」

「何を」

「ごめんね。君に、期待をさせてしまった。君は勝手に期待したと言っていたけど、違う。意図的に私がさせたんだ。させる結果になるとわかっていて、した。ただ、悪気があったわけではないというか……いや、そうだね、ちゃんと形容しよう。いいかな、今から見苦しい言い訳をさせてもらっても」

「……はい」

「ありがとう。……佚依。私はね、好きな物には好きというようにしているんだ。欲しいと思ったら欲しいと言うし、好きだと思ったら好きだと告げる。どうしてって、機会を損なって、時間が過ぎる事で離れていってしまうものを私は幾つも知っているからね。ほら、好物を最初に食べるか、最後に食べるか、みたいな性格診断があるだろう? 私は圧倒的前者。だって好きな物をとっておいたら、それを食べる前に、世界が崩壊してしまうかもしれない。大地震や洪水で食べられなくなるかもしれない。唐突に体調不良になって、受け付けなくなるかもしれない。だから好きな物は初めに食べる。一番に、()()()()()()()、好きと告げて置く」

 

 告げられなくなるかもしれないから。

 出来る時に、出来る事を。

 

 その思想に納得はある。人生何が起こるかわからないから、早め早めにやりたい事をやっておく。唐突に病気になるかもしれないし、交通事故に遭うかもしれない。自身では対策しようの無い、言葉にするならば"不運"に苛まれた結果、何もかもが出来なくなるかもしれない。

 だから、最初に。

 だから、あらかじめ。

 

「あの時言っておけばよかったという後悔をしたくないんだ。過去に戻る事は出来ない。運命とは一方向にしか流れ得ない。これが私の愛の形。後悔をしないために、最高効率で行動する。……そこに環境だとか、相手の気持ちだとかは、全く考慮していない。誰に迷惑をかける結果になろうとも、自分のしたいことをする。一目惚れというのは、私の中の行動基準から漏れ出でた欠片に過ぎない」

「周りを省みず、自分のしたいことだけをする。なるほど、心当たりがあります。というか、先輩の行動は全部そうですね」

 

 だからか。

 だから蓮柄神社に現れたという異人に生まれ変わったホシミも、何の準備もせず、何の配慮もせずに現れた。ヨツギの時も、アカツキの時も、作戦だのなんだのを考えず、単身向かった。

 私に告白して以降もそうか。人目を気にせず、私さえも気にせず、自分の好きな事をやろうとする。

 もし、そうせずに、時が経ってどうしようもなくなってしまうのが、怖いから。

 そこで後悔をしたくないから。

 

「ああ。でもそれは、私の行動理念だ。君にとって。あるいは、もっと大多数にとってはそうでないかもしれないし、そうでない事の方が多いだろう。その一例として、私の告白が、佚依の価値観を変動させる程の影響を与えてしまった今回の件が上がる。運命が合致した()()で、私は君を好きだと確信した。これから関わっていく内に、もっともっと、どんどん好きになっていくと直感した。そして、今この瞬間を逃さば、君に好きだと告げる機会は無くなるだろうと予覚した」

「別に、学校でも」

「言えなかったと思う。いや、少し違うかな。あそこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が正しい。あそこで告白していなければ、毎日の様に昼食を囲む事も無かった。あそこで告白していなければ、君を私の家に呼ぶ事なんてなかった。今日、今この日までに起こった私と佚依との出来事の全ては、あの日私が告白をしたことに起因する」

 

 それは。

 それは、そうだ。

 もし、告白を受けていなければ、神社で見かけた金髪の先輩、程度の間柄だっただろう。

 もしかしたら名前すら知らなかったかもしれない。もしかしたら同学年であるとすらわからなかったかもしれない。

 それらIFのストーリーは、決して、起こり得なかった話ではない。当たり前のように、当然のようにあったかもしれない隣人だ。

 

「運命とは、始点と終点だけが決まっているものだ。その川の中で、水面に顔を出す魚もいれば、誤って川底に衝突してしまう魚もいる。私はそれが怖い。私はそれを拒む。ゆっくりでいい。ゆったりでいい。速くなくて良いから、確実が良い。確実を取るためには、早い判断が必要だ。最も流れの急でなく、最も強くなく、最も安全な場所を見極めて、そこへ入る。私はそういう奴だ」

「私と過ごす日々が、最も安全そうだったから、選んだんですか」

「君と過ごす日々が、最も楽しそうだったから、だよ」

 

 あの時。

 私を殺さないのか、と問うた時。先輩は、"残念ながら好きになってしまった"と言っていた。だから私は、今の日々を好んではいないのではないかと思っていた。思っていたけど、どうやら違うらしい。

 あるいは残念でなければ、喜び勇んで放棄していたのやもしれないけど。

 

「──でも、君は違った」

「……」

「君にとっては真逆なんだろう。運命が合致した()()では、君の心は揺れ動かなかった。佚依にとって運命とは培い、掴み、繋ぐものであり、私の様に安全圏を見極めて逃げ惑う臆病なそれとは違い、自ら激流に突っ込んでまで勝ち取る物だった」

「そこまで熱血じゃないですよ」

「いいや。君は自覚していないだけで、とても情熱的だよ。私などでは及ばない程にね。……それが多分、最大の不幸だ。君は私の告白を受けた事で、変わった。一度は断ったそれに対し、けれどどうにか受け入れられないかと探ってみたり、どうにか諦めさせられないかと理屈をこねてみたりと、様々な行動を重ねた。安全圏に入ったら流れに身を任せる私の傍らで、一生懸命流れに逆らって、流れさえも変えんと抗って……だから君の目には、私が酷く怠惰に映った事だろう。実際、そうだ。安全だからと、抗う事など念頭にすらなかった。"気長に待てばいい"。あぁ、その通りだ。これ以上身を揺らして、安全圏から離れたくない。摩耗していく記憶をどうにかしたいと思いつつ、どうにもできないと知っているから、余計な事をしたくない。もし、もし──」

 

 ちゃんと、だ。

 今、初めて先輩は、ちゃんと。

 感情を出している。あの貼り付けたような笑顔などどこにもない。苦笑いではあるけれど、ちゃんと。

 

 苦しんでいる。

 

「もし──私が君を、アカツキよりも好きになってしまったら」

 

 ああ。

 だから、そうなのだ。

 好意の量は七対三ではないと言っていた。五対五でもなく、十対十だと。

 けれど決して、三対七とは言わなかったし、十対十一だとも言わなかった。

 絶対に越えないのだ。私への想いは、アカツキを。アカツキを想う気持ちに、私へのソレは絶対に勝らない。

 

「最低な事を言っている自覚はあるよ。だから何もしなかった。もし君と一緒に、私に纏わる問題を解決せんと尽力してしまったら。協力して調べ物をしたり、アカツキやヨツギとのコンタクトに熱心になったりしたら」

 

 ──私は君に、アカツキ以上の魅力を感じてしまうかもしれない。

 

 それでも先輩は、その顔を隠そうとはしない。目元を腕で覆ったり、空を仰いだりはしない。

 ちゃんとこちらを見て、目を見て、話す。

 

「今いるここは、絶対に安全なんだ。君が私を嫌っても、好いても、私が持っているアカツキへの想いが揺らぐことはない。彼女の姿も声も何もかもを忘れてしまっている私に残された、最後の、最後の、僅かな想い。多分普通に恋愛をしたら、すぐに越されてしまうくらいの量なんだ。信じている。信じている。忘れない様に信じている。けれど、無いんだ。足掛かりとなる記憶があまりにもない。少ない。超えちゃいけない。越させちゃいけない」

「後悔していますか。私を好きになった事。あの時、私に出会ってしまった事」

()()

 

 言った。

 はっきりと、きっぱりと。

 

「大好きなんだ。愛している。君の言う通り、出会ってからまだ浅い。愛し合うような出来事なんて経験していない。互いを信頼し合う機会になんて恵まれていない。けど、愛している。好きなんだよ。運命が合致した程度で、大好きなんだ。アカツキに──アカツキを、アカツキが、好き。好きなのに。アカツキとどれほど長い時を過ごしたか。アカツキとどれほど喋っていたか。アカツキとどれほど、愛を確かめ合ったか。忘れない。忘れていない。内容が虫食いでも、事実だけは忘れていない。けど、けど、どうして、なんでだろうね。なんでかな。どうして、どうして」

「私がその告白を断って、忘れてください、と言っても」

「──無理に決まっている。ああ、今ここで、君に嫌いだと言えたらどんなに楽だろうね。私の大事なアカツキへの気持ちを侵食する、凌駕する、私の、私の、保有できる全ての半分以上が君だ。家にいて、ふと気が付いたら君の事を考えている。何の関心もない勉学の最中も、通学中も、──あぁ、あの神社で、アカツキの前で──祈りを捧げている時でさえ」

 

 君の事を、考えている。

 

「……だから、無駄だと言いたいんですか。私が断っても、嫌っても、避けても、何も変わらずに先輩は私を好いているから、と」

「それだけじゃ、ない」

「あぁ、これ以上好きになるのが怖いから、ホシミやアカツキ、ヨルツキちゃん達の事も熱心には考えられないと。そういう事ですよね」

「……ああ」

 

 ふぅ、と溜息を吐く。

 成程確かにこれでは、私の決心も決意も無駄だ。

 断っても好かれるのだから。嫌っても好かれる。私の望んだ、私を忘れてアカツキに一途になってほしいと、戻ってほしいという願いも、先輩側がこうでは意味がない。

 

「じゃあ、アカツキには消えてもらいましょうか」

「……?」

「私は一途が良いんです。二股は嫌いです。だから、私を諦められないというのなら」

 

 アカツキの方を消すしか、ないでしょう。

 

 告げる。

 先輩の我儘だけが通ると思わないで欲しい。

 私にだって我儘はある。

 

「な、何を」

「私達生者と違って、生きていない者は変わりやすい。何か嫌な事があれば、あるいは興味のある事があれば、簡単に悪霊や祟り神に変貌する。それを嫌って、生きていない者は生者にあまり関わりたがらない」

「佚依……早まっちゃダメだ」

「前も言いましたよね、確か。先日アカツキに告白されたんです。一緒に愛を育みましょう、って。でも私、アカツキの二股も許せません。だから、初めは普通に、丁寧に断ろうと思ってたんですけど、気が変わりました。こっぴどく振って……アカツキを変えてしまう程の衝撃を与えましょう。私への想いどころか、ホシミへの想いすらも忘れてしまう程に」

「佚依!」

 

 抱きしめられかけるけど、避ける。躱す。

 私への想いを強くしたくないというのなら、そういう接触は避けるべきかと。

 アカツキを消してから、そういうスキンシップをたっぷりすればいい話で。

 

 ここが先輩の家でなくて良かった。

 配慮より行動を先んじる先輩だ。もしかしたら監禁でもされていた可能性もある。

 

 

(はく)

 

 

 呟く。

 それで──私の身体が浮きあがる。

 

「な……(はく)ッ!? そこにいるのか!」

「もしもの時、名を呼ばれたら、(なれ)を朱歹神社に運ぶ。あの代の対価にしては些か安すぎるな。しかし、もしもの時とは一体何なのか、そして一人長椅子で何をしているのやらとは思っていたが……いるのか、そこに」

「いいから、行って。道中話す」

「ふむ。何やら物騒な単語も聞こえたが、まぁ良いだろう。我は(なれ)を信じるぞ」

「佚依、待つんだ!」

 

 襟首を噛まれて持ち上げられて。

 そのまま、ひょい、と。

 それで、ぱくっ、と。

 

 あれ、そこまでは聞いてない。

 

「浮いている所を見られても困るだろう」

 

 うわうるさい。めちゃくちゃ反響する。

 それにもう、先輩の姿が見えない。見えるのは鋭い牙と歯と、ざらりとした舌に口蓋に……ううん、グロテスク。

 舌にだけ触れられるけど、頬なんかに感触はなくて……ファンタジーだ。

 

「──!」

 

 何か、大声が聞こえた気がしたけれど。

 

 私の耳には何も、届かなかった。

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