死途の徒   作:三羽世継

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二十四灯

 運命には二つの川の流れがあると嘉白は言っていた。

 生者の流る川と、生きていない者の流る川。二つの川を跨ぐ事が出来る者もいるが、それは基本短期間の事であり、必ずどちらに属するかを選ばなければならない。二つが交わる事は無く、海まで進んでいく。

 ただ、時たま。私の様に見えたり、聞こえたり、触れ得たりする者が、向こう側を認識できる。また、強い力を持つ生きていない者もまた、無理をすれば、生者に干渉し得る。そこには己の変質というリスクが伴い、度が過ぎれば悪霊や祟り神となって、明瞭な害と化す。

 

「そういう観点で見れば、アカツキは非常に特殊な発生と言えるだろうな」

「初めから祟り神だったから?」

「ああ。ヨツギでさえ、始まりは単なる夢の神だ。品場の山にある泉に発生した神。そのまま人間を知らなければ、興味を持たなければ、水害の祟り神にはならなかったやもしれない。だが、アカツキは違う」

「初めから生者が嫌いで、それはあるいは、品場神社にあったエドヒガンが原因かも、なんだっけ」

「……正直な話、悪霊や祟り神となった生きていない者が、元の……害のないモノになったという事例を、我は知らぬ。アカツキがその例となり得るのかどうか、判断がつかぬ。我ら生きていない者は変質しやすい。故、害のあるモノになったとしても、そこから変わらない事はない、はずだ。そこが終着点ではないはずなのだ。だが」

「わかんないよね。白だって、なったことないから」

「ああ」

「あるいは品場神社の切り株なら、何か知ってたのかな。結局話しかけはしなかったけど」

 

 なんだか、億劫で。

 

「もうすぐ、着く」

「うん」

「……我は、先ほど(なれ)といた者を認識できていない。見えぬ事もそうだが、(なれ)が会話をしていたという事実さえわからなかった。故に我はアレをホシミであると断定した」

「ん。あってるよ」

「そうか。……だが、同時に、(なれ)の言葉の端は聞き取り得た。"アカツキを消す"と、はっきりと聞いた」

「うん」

「神の眷属とは、神を守るモノではない。神に従うモノではあれど、神に害あるモノを遠ざけたり排除する、といった役目は持っていない。狛犬ではあるが、あくまで我らは神の創造物。生者の付け加えた狛犬の意味などは持ち合わせておらぬ」

 

 故に、と。

 白は揺らしていた身体を止めて、言う。

 

「信じている。出会ってまだひと月だが、(なれ)は信用できる。信頼できる。(なれ)の望む世界が、悲劇でなく、幸福に満ちた世界であると、それを掴まんと尽力していると、信じている」

「期待が重いなぁ」

「アカツキを、よろしく頼む」

 

 そして、ぽい、と。

 久しぶりの光と共に、外に排出された。赤い光。夕焼け空。

 

 そういえばアカツキは、この時間が好きなんだっけ? 

 あの頃は朱歹神社の事朱月神社だと思ってて、どうせこの辺一帯で一番高い山で、この神社の上に満月が来て、ブラッドムーンだったからそう名付けられたんだろう、みたいな考察をしていた気がする。それはもうとんでもない見当はずれだったわけだけど。

 

 排出された場所。

 車が通っている所を一度も見た事がないいつもの車道と、私と先輩以外の人が歩いている所を見た事のない歩道。

 だから当然、その側面に隣接するのは、階段だ。

 林に囲まれた階段。そして奥から、いつもの笛が聞こえている。

 

 ちら、と白の方を見るも、彼女は微動だにしない。着いてくる気はない、という事だ。

 

 ……よし。

 覚悟は、うん。決まってないけど。

 ちゃんとしよう。しっかりとだけは、するって。決めたから。

 

 

 

 ○

 

 

 

「あら? ふふ、今日は来てくれないと思っていたけれど」

「うん。ちょっと、来たくなって」

「嬉しいわ。ありがとう、イヨリ」

 

 私が声をかける前に、階段を上りくる私に気が付いたのだろう、アカツキの声がした。これもまたいつものように、鳥居の上から。

 和装。ひらひらと袖が風に舞い、流れる雲のようにはためき、ひらめき、その暖かい色の頂点では、彼女の美しい黒がなびいている。

 林の多くが夕焼けを遮ってしまうけれど、時折覗く隙間が光を通し、彼女の姿を幻想的に彩る。

 やっぱり、綺麗だ。美しい。様々な要因やしがらみを全部無視してしまえるほどに、彼女は魅力的だと思う。

 

 うん。

 

「アカツキ」

「何かしら?」

 

 ……声を出せ。出す。

 先輩には普通に言えた。アカツキだって赤子同然なんて言われているけれど、ちゃんと大人だ。話せばわかる。大丈夫、アカツキにはホシミがいるから──私が簡単に想像し得るような、悲しそうな顔なんてさせずに済む。

 この美しい顔を曇らせてしまうようなことなんて、あってはならな──。

 

「私は、アカツキを愛していない」

「……ふふ」

「綺麗だとは思っている。美しいとは思っている。貴女の容姿も、声も、雰囲気も。ただ想い人を待ち続ける姿も、たった一人のために歌い続ける姿も、そして、自身の変動に対し、勇気ある一歩を踏み出す姿も」

 

 美しいと思っている。

 美しい。あまりにも、眩しい。

 

 けど。

 

「私は、アカツキを愛してはいない」

「イヨリ。愛とは育むものよ。たとえ今自らの愛に気が付かなくたって、共に過ごしている内に、いつの間にか、気付けば、自覚しているもの。だから今、拒絶しなくても、離れなくても、いいのよ?」

「ううん。私はアカツキとは、絶対に愛を育めない。アカツキから私へ向けるその感情がたとえ愛だとしても、私は貴女へ愛を捧げられない」

「どうして?」

 

 アカツキはまだ、鳥居から降りてきてはいない。

 いつもなら瞬間移動で私の横や眼前に来るのに、今日だけはずっと、鳥居の上にいる。

 

「──私が、アカツキを。……貴女を、ホシミを通してでしか、見ていないから」

 

 あぁ──そうだ。

 散々、嫌がってきた。フィルター扱い。生者が生きていない者を見るためのフィルターとして使われる事を、嫌ってきた。

 でも、違う。違うというか、それだけじゃないというか。

 私も同じなんだ。

 見ていない。この体質がどうとかいう話じゃない。私が、アカツキを、先輩というフィルターを通してでしか認識できていない、という話。

 

 先輩の語るアカツキが美しかった。

 先輩の想うアカツキが綺麗だった。

 先輩の好くアカツキが可愛らしく。

 先輩の愛すアカツキに心惹かれた。

 

 初めは違ったはずだ。

 初め。一番。最初。アカツキと出会った直後は、先輩のことなんか知らなかったから、あの一瞬だけはアカツキをアカツキとして見る事が出来ていた。

 あの時思った美しいも、綺麗も、確りと憶えている。

 だからこそ言える。

 今思う、私の抱く、アカツキへの想いは──変質している。

 

 生者は変わり難い。 

 だが変わらないわけではない。

 

「ホシミがいる限り、私はアカツキをちゃんと見ることが出来ない。アカツキがホシミを愛する限り、ホシミがアカツキを愛する限り、私は、貴女をしっかり見ることは出来ない」

「なら、どうすればいいのかしら? 私は貴女と愛を育みたい。けれど貴女は、私に愛は向けられない。その終着点はどこにあると思う?」

()()()()()()()

 

 出来ないのなら、出来るように。

 今の自分がダメなら、次の自分に。

 それでもダメなら──今度は、逆の立場で。

 

「ねえ、アカツキ」

 

 交代しようよ、そこ。

 

 

 

 ○

 

 

 

「アカツキ!」

 

 先輩が呼んだ名前は、私のものではなかった。

 酷く息を荒げて、あぁ、全力で追いかけてきたのだろう。大きな犬である白の走力に敵うはずもないが、彼女に今出せる全速力で朱歹神社へとやってきた。

 しかし、境内を見回せど、当然ながらアカツキの姿は見えない。元から見えないのだ。ただ、"消す"なんて言われて、それを恐れてきた。それが怖くて、それを止めるために来た。

 けど、けど。

 

 ああ──もう、遅い。

 

「……」

 

 狭い境内の真ん中で惚けて立つ私。

 自分の掌を眺めたり、裏返してみたり。ぺたぺたと頬をその手で触ってみたり、冷たい地面に指を当ててみたり。

 その異常さに気付いたのだろう、先輩が恐る恐ると言った様子で、私に近づく。

 

「……佚依?」

「え?」

 

 先輩が私に声をかける。

 その声にゆっくりと顔を上げる私。きょとんとした表情で、けれど、金の髪をその視界に入れて──大きく目を見開いた。

 そして、立ち上がって。

 

 思い切り抱き着く。

 

「ちょ、わっ!?」

「ホシミ!」

 

 どっちも日本由来だろうに、随分とアメリカンだな、とか思った。

 ハグて。情熱的がすぎる。そのままキスしてもいいよ。

 

「い、佚依、どうしたんだ」

「……ああ、ああ。そういうこと。そういう事なのね。ホシミ。ホシミ。嬉しいのに、とっても嬉しいのに──あぁ、悲しい。苦しいわ」

 

 ごめんね、と内心思う。

 でもまぁ、ほら。喉元過ぎれば熱さを忘れる、みたいなさ。

 

「──……アカツキ?」

「ええ。ええ、そうよ。ホシミ。ずっとずっと、会いたかった。けれど」

「佚依、どこにいる!?」

 

 先輩は私をぎゅっと抱きしめて、けれど顔は周囲を見渡す。きょろきょろと、まるで何かを探すかのように。

 まるでも何も、なんだけどさ。

 

 でもやっぱり先輩の視界には何も映らない。

 でもやっぱり先輩の世界には、生きていない者は映らない。

 

 映るのは、生者だけ。

 

「ダメだって、それだけは絶対にダメだって言ったじゃないか! なんで、どうして、一番ダメな方法を取る!」

 

 あるいは先輩が見えなくなるのかもしれないと思っていたけれど、杞憂だったらしい。

 ちゃんと見える。という事は目論見通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私。

 先輩に抱きしめられて──あぁ、泣いているのかな。

 彼女の胸の中で涙を流す、私。

 

 (アカツキ)

 

「っ、そうだ、それなら……アカツキ! 佚依がどこにいるか、見えるんじゃ」

「……見えないわ。……近くにいるはずの白も、宙の神も、イヨリも。何も見えない」

「そんな」

 

 どうやら見える者とか聞こえる者のそれは体質ではなかったらしい。

 体質ではなく、霊魂。神様である事だって肉体に関係のない霊魂の話だ。所謂オカルトで、超常的なそれらは肉の鎧ではなく、中の魂こそが大事であるのだと、今更になって知った。

 

 神は死途を挟まない。

 死んだらすぐに生まれ変わる。生者となっても神の霊魂は失われず、神の種類は問わない。

 

 故にもう、二人は、どちらかが取り残されるという事が無い。

 どちらも同じ時を歩む。

 どこで生まれるかはわからないけど、今の時代、行動を起こせば巡り合う事も容易だろう。あるいは次の生、その次の生と。

 続くのだ。神の霊魂故に。

 忘れてしまうのなら、更新すればいい。いつか忘れてしまう日が来るのなら、その前に新しいものを蓄えればいい。

 

 たとえ自ら達が神であったことを忘れてしまっても、生者であり、共にいた時の記憶が必ず二人を引き合わせる。

 

「これで一件落着、かな?」

「馬鹿が。まだ何も終わっておらぬわ」

 

 ありゃ。

 いつになく怖い顔。身体に纏う青い炎も、激しく渦巻いている。

 

「わかってるよ。まだやるべきことがある」

「……このままで終わるのなら、(なれ)は最も……汝に関わった者すべてを不幸に陥れる、最悪の選択肢を取ったことになる。それだけは忘れるな」

「ん」

 

 慟哭する二人を眼下に収めて。

 大きく、伸びをする。

 

 長い黒髪。華やかな和装。

 笛。

 

「人生、何があるかわからないね」

 

 少なくとも今は決して、灰色などではないと。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ──"やぁ"

「あれ、眠った覚えないんだけど」

 ──"生きていない者は眠らないね? けど、強制的に夢の世界(こちら)へ引き摺り込む事は出来る"

「ふぅん」

 ──"まずは第一段階、成功おめでとう、と言っておこうか?"

「ん。協力ありがとう」

 

 勿論の事だけど、私に神様をどうこうする力はない。

 そんなファンタジーな能力は持ち合わせていない。だから借りたのは、同じ神の力だ。

 

 夢の神ヨツギ。

 私を嫌っている癖に、やけに協力的なこの神の助力あって、アカツキを神座から引き摺り下ろす事に成功した。そして、私が神座に上がる事も。

 

 ──"最初に計画を聞かされた時は、正気を疑ったね? 私からの忠告を、何一つ聞いていないんじゃないかって"

「実際考慮はしてないに等しいけどね。別にヨツギに気を遣う理由なんて無いし」

 ──"およそ協力者に対する言葉じゃないね?"

 

 そっちだって同じくせに、何を言ってるんだか。

 

「生きていない者は変わりやすい。下手に変わると悪霊や祟り神になってしまう。生者は変わり難いけど、変わり難いだけで変わらないわけじゃない。でも、同時に、変わったとしても、悪霊や祟り神にはならない」

 ──"だから一度アカツキを生者にして、衝撃を与えて変える。そのための器は佚依ちゃんの身体を使う。そして"

「死の神は生者にはなれない。だから、死の神たる部分だけを他のモノに移しておく必要があった。神から神の性質を引き剥がすのは偉業だと嘉白が言っていたけれど、それが一時の夢であれば、可能だった。短期間であれば二つの川を跨ぐ事が出来ると証明したのは、何より嘉白達だからね」

 ──"わかっているとは思うけど、永遠じゃないからね? 死の神の性質は今、貴女の用意した器に入っている。佚依ちゃんの身体に入っているのはただのアカツキ。でもそれらはいずれ元に戻る。夢が覚めたら、全部元通り"

「わかってる。わかってるよ。全部やる前に理解した。その上で、言うけど」

 

 今回は自由に動くことが出来た。

 本当に何もない、人っ子一人いない、生きていない者さえも見えぬこの世界で、ようやく。

 

 振り返る。

 そして──正眼に収める。

 

「初めまして、ヨツギ。死の神になってくれないかな」

「初めまして、佚依ちゃん。ちなみに答えは嫌だよ。頷かせたいなら、力づくでお願いね」

 

 ヨルツキちゃんと同じ、銀の髪。

 宙に浮いているから、足先よりも下へ伸びた長い長い髪は、シルクのよう。白磁の肌。真白の目。後光差すかの如き黄金色の異装は、どこか落葉を思わせる。

 

「意外そうな顔をしているね?」

「ああいや、普通に喋れたんだ、って」

「この間も普通に喋ったね?」

 

 いやそれは部長の身体に入ってたからで。

 ……別に深く追求する気はないけどさ。

 

「ちなみに、力づくって? 暴力?」

「それでもいいけど、多分佚依ちゃんは勝てないね? だから、どんな手段を使っても良いから、私を説伏させてみてね?」

「自分の行動に理由が欲しい、って聞こえる」

「そう言っているよ? 私も自ら変わりたいとは思わないからね?」

「ああ、そういう」

 

 だから、そうか。

 いうなれば──目的を与えて欲しいと。

 

 そういうことだ。

 

「アカツキが生者でいられる時間は、どれくらい?」

「保ってひと月。早くて二週間くらいかな?」

「案外もつね。あれ、そういえばヨツギには週間の感覚あるんだ」

「生者の事情に関する常識が欠片もないアカツキと一緒にされたくはないかな?」

「アカツキが特別なんだ」

 

 でも、二週間か。

 それだけあれば十分。

 

「私は君が嫌いだけど、もし、全てが丸く収まったら、君に愛していると言ってあげてもいいよ?」

「え、いいよいいよ。いらないいらない。ご遠慮します」

「だろうね?」

 

 わかってるならヘンな振りするな。

 

 ……二週間。

 あと少しで、うん。

 大丈夫。

 

 

 

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