死途の徒   作:三羽世継

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道途の徒然
二十五灯


 神様になりました。

 

(なれ)、何をしているのだ」

「何が?」

「やるべきことをするために神になったのだろう。今、何をしているのかと、聞いている」

「……鳥居の上で、日向ぼっこ、かな」

「……」

「いや、やってるから。やるべき事。その一環だから」

「……」

 

 要は働けと、そういう事だろう。

 まぁ、見た目、サボっているように見えるのは仕方がない。実際サボっているのだから。

 もとい。

 

「神になって、何が出来るのか。神ってどんな存在なのか。あとアカツキは何を見て、何を聞いていたのか。笛ってどうやって吹くんだろう、とか」

「アカツキこそ、今戸惑っている事だろうよ。アカツキに生者となった経験などない。家に帰って学校に行って食事をして。初めての事ばかりだ。(なれ)のように覚悟をしていたわけでもなく、戸惑いに晒されている」

「それはまぁ、先輩が何とかすると思うよ。あと、私は別に覚悟とかしてなかったし。私の拒絶をアカツキが受け入れたら、それで終わりだった。受け入れずに、少しでも抵抗を見せたからこうしたまで」

「あらかじめ我にもヨツギにも声をかけておいて何をいうのか」

「取れる選択肢は多いに越したことはないでしょ?」

 

 実際、先輩との対話も、アカツキとの対話も、どう転んでも良いと思っていた。

 たまたま、この選択肢を取らざるを得ない結果に……彼女ら風にいうのであれば"運命"に流されたというだけだ。意図的ではないし、恣意的でもない。強いて言うなら欲望に従った、とは言えるかもしれないけれど。

 

「何をするつもりなのか、というのは、まだ言わぬのか」

「え、言った通りだよ。ヨツギを死の神にして、アカツキを夢の神にする。夢の神なら生者になることへの拒絶反応が無いから、夢の神の霊魂を持つ人間として生きていける」

「ヨルツキはどうするつもりだ」

「今はまだ救いたいと思ってる。でも聞いておきたかったんだ。もし、嫌々……救われたくない、って言ってるのに、私が無理矢理に救ったとして、そうしたら、ヨルツキちゃんは」

「祟り神にならないのか、という話か」

「うん」

 

 ちょっと嫌な事があった程度で。

 ちょっと興味を引かれた程度で。

 

 神は簡単に祟り神になってしまう。生きていない者は簡単に悪霊になってしまう。

 それなら、続きたくないのに無理矢理続くことは。勝手に自分の立ち位置を変えられ、続かされることは。

 

「可能性は、大いにある」

「やっぱり?」

「もし、アカツキに対して此度の事を施すつもりなのであれば、死の神になるのはヨルツキとなるだろう。(なれ)の考えた分離方法が成功したとして、四ツ木とヨルツキはもう一生関わり合う事は無い。それは、少し前の我であれば、気にもしない不利益であっただろう。だが」

「妹のような存在だと思って、ずっと見守ってきたに等しいヨルツキちゃんにとっては、ストレス、か」

「それならば消えてしまいたいという気持ちも……わからなくはないのだ」

 

 神である事は呪い。

 なってみて、わかった。全くその通りだ。

 

 思ったよりも不便だ。浮いていられて、朱歹神社のどこへでも現れる事のできるこの身体は、しかしその程度しか出来ない。風を起こすには疲労が伴う。人体を切り裂く程の強い風など一つ起こすだけで死ぬほど疲れるんじゃないかな。

 そして、そんなことよりも、なによりも。

 

「変わりやすい、っていうのは、本当みたいだね」

「わかるか」

「うん」

 

 感情の振れ幅が、すごい。

 先輩を想えば、アカツキを想えば、ヨルツキちゃんを想えば。

 すぐに激情に駆られそうになるし、すぐに落ち込みそうになるし。心だけの存在。心がむき出しの存在。

 なるほど、と。

 

「これは、ストレス感じちゃダメだね」

「我も生きていない者であるが、神ではない。神の感覚はわからぬが、それほどか」

「なんていうのかな、人間……というか生者には、落ち込んでも落ち込んだままじゃなくて、反動で元に戻るみたいな機能があってさ。精神は弾性なんだよね。けど神様になったら、なんというか、折れたら折れたまま、って感じがする」

「成程。ならば、生きていない者と同じだな」

「そうなんだ。大変そう」

 

 だというのに、気を抜けばこの世界から離れていってしまいそうな浮遊感が凄い。何か未練が無ければ、世界に溶けてしまいそうな。何か役割が無ければ、薄れていってしまいそうな。

 これを、何百年と続ける、なんて。

 

「初めから神であれば、多少は違おうさ。生者が神となった前例など無い故、はっきりとしたことは言えぬが」

「でも、少しわかったかも」

「何がだ」

「ホシミの気持ち」

 

 留まっていなければ。

 停滞を続けていなければ。この身体は、どうにかなってしまいそうだ。新しい事に挑戦したら、当然、苦痛が伴う。踏み出すには勇気が必要で、受け入れるには寛容さが必要だ。自分の何かを削らなければ、前には進めない。

 神とは、たとえ死の神でなくとも、ずっと停滞しているのが基本なのだろう。

 だというのにホシミがあれだけ精力的に動いていた理由。無論彼女の性格もあるのだろう。

 だけど。

 

「何かをしていた方が、自分を保てる気がする」

「ほう」

「よし」

 

 うん。

 覚悟はまだ、全然、出来ていないけれど。

 行こう。

 

「む……どこへ行くつもりだ」

「別に、境内で使える瞬間移動が出来ないってだけで、外を出歩くことは出来るんだよね」

「ああ、それはそうだが……否、だから、どこへ行くつもりだと言っている」

「品場神社」

 

 告げる。

 すると、白は神妙な顔をして。

 

「我も行く」

「えー」

「何故嫌がる」

「……ちなみにだけど、乗れる?」

「許さん。歩け」

「じゃあ一緒に来ないで欲しい」

「子供か(なれ)は」

「まだ高校生だよ」

 

 十分子供。

 ねだる。触れられるようにせずとも、同じ生きていない者同士であれば、接触は可能と見ている。ホシミとアカツキがそうだったし。

 じゃあ、乗れるよね。

 

「……わかった」

「ん」

 

 乗る。いきなり乗る。

 背中にもある青い炎は、けれど熱さは無い。ただ幻想的に周囲を彩り、昼間でも暗い朱歹神社を青く染める。

 感触は想像通りだった。ろくに手入れをしていないと思っていたけど、もふもふしている。雨とか基本濡れないからゴワゴワにならないんだろうな。この神社、風通しもいいわけだし。

 

「走らないでね」

「気分次第だ」

「走ったらアカツキに報告する」

「その前に(なれ)が怒られるだろうよ。(なれ)はまだ、アカツキの癇癪を見た事が無い。あれは恐ろしいぞ」

「怒られるような事、したかなぁ」

「無論本気ではないだろうが、それをアカツキの前で言うなよ。我まで巻き込まれかねん」

 

 のそのそと朱歹神社の階段を下りて行く白。その背に乗る私もゆさゆさ揺れるけれど、案外乗り心地は良い。アカツキの身体に体重というものが存在しないから、というのもあるのだろう。ただ白の背という座標に固定されている感じ。だから揺れそのものはダイレクトに伝わるけれど、震動ではない。

 

「結構、いるんだね」

「何がだ」

「生きていない者。屋根の上とか、木の上とか。私達に見えない所にこんなにいるんだ」

「この土地が特別なのはあるがな。ただまぁ、我のような巨体を持っていない限りは、人目に付かぬ所にいる事が多い。生者に見られ、認識される事は無かれど、生者に見られたいと、認識されたいと自らが思ってしまうやもしれん。そうなればいつの間にか悪霊となって生者を害している可能性もある」

「ポルターガイストだ」

「そういった事例に出くわしたことがあるようだな」

「結構ね」

 

 見られたい。構ってもらいたいと思うようになってしまった子ばっかりの家とか。

 まぁあれは悪霊になっていなかった……のかな、多分。悪霊の定義がよくわからないんだけど。

 

「生きていない者にとって、生者は害?」

「こちらではそうなのだろう。我にとってはどうでもいい存在ではあるが」

「ああ、夢の世界では逆なんだっけ」

「逆とまでは行かぬが、生者にとって生きていない者はあまり好ましくない存在であっただろうよ」

「ふぅん」

 

 夢の世界か。

 今度ゆっくり探検してみたくはあるけれど、まぁそんな時間はないか。

 

 笛を取り出す。

 口を付けて──ぴゅいー。

 

「気の抜ける音だな」

「笛だもん。空気の抜ける音が鳴ってるんだけど、知らなかった?」

(なれ)こそ笛の吹き方を知らぬのだろう?」

「違う。笛は空気の抜ける音じゃなくて摩擦の音が鳴ってるはず」

「誰に向かって喋っているのだ(なれ)は」

 

 自問自答かな。

 別に何か解決策やら具体案が浮かぶわけではないけれど。

 

「品場神社で何をするつもりだ」

「切り株にね」

「成程」

 

 聞いておきたい事がある。

 この体質が神となってまで引き継がれると思っていなかったから、諦めていたけれど。

 神となって尚、見え、聞こえる者であるのなら。

 

(びゃく)に会ってく?」

「会わざるを得んだろう」

「じゃあ私は境内で降りるね」

「……? 奴も境内にいるだろうよ」

「あぁ、そっか。いつも宿舎にいるから」

「そんなに怠けているのか奴は」

「うん。いつ行っても私と話してくれるし」

 

 無理矢理時間を空けてくれているんだろうな、と思いつつ。

 

「着くぞ」

「ん」

 

 着いた。

 

 

 ○

 

 

 うわぁ。

 これが第一声となったのは、あの日以来……だったかな。

 

「……めちゃくちゃ睨まれてるけど」

(なれ)は死の神故な。死の神は生者と対極の位置にあるが、性質としては生者寄りだ。何故なら、生きていない者は死なぬのだから」

「それがどうして睨まれる結果に」

「睨んでいるつもりは無いのだろうよ。興味がある、程度か。何より汝の霊魂はアカツキでないのだ。違和を覚えるのも致し方なかろう」

「そういうものなんだ」

「そういうものだ」

 

 一歩踏み出す。

 彼らが一歩下がる。

 踏み出す。

 下がる。

 踏み出す。下がる。踏み出す。下がる。

 

「問題なさそう」

「ああ。切り株の場所はわかるか?」

「うん、大丈夫」

「そうか。なれば我は、久方ぶりに四ツ木の様子でも見てこよう」

「え、いないでしょ。まだお昼だよ?」

「……ああ、そうか。勉学に励む時間か」

「うん。どうする? 四ツ木ちゃんの通ってるとこどこか知らないけど、中学校まで行く? 私まだここで色々するから、行っててもいいよ」

「いや、良い。もう(なれ)から目を離すのは止めたのだ」

「あ、だからついてきたんだ」

 

 過保護な。

 ……あるいは、勝手にさせるとやらかす、とか思われてるのかな。

 

「それじゃあ」

 

 歩いて。というか、半ば浮いて。

 品場神社の御社殿をスルーして、右手側。四隅にあるからどこでもいいとは思うのだけど、なんとなく、正面にあるものじゃなく、裏手にあるものを選んだ。

 そこへ近づいて。そこへ歩いて近づいて。

 

 気付く。

 

「……」

「いるか? 我には見えぬが」

「微かにだけど」

「ほう」

 

 微かにだけど、いる。

 もう消え入りそうだけど、そこにいる。

 

 声を出せる状態ではないのだろう。あるいは、元から喋り得ぬ存在か。

 周囲を確認できる状態でも、こちらの声を聞ける状態でもない。

 

 ただそこに、まだ、いる。

 

「エドヒガン、だっけ」

「ああ」

「でもこれ、生者が付けた名前だよね」

 

 あなたの本当の名前は何なのだろう。

 ……流石に聞こえないか。

 

「じゃあ便宜上、エドヒガンって呼ぶけどさ」

「人間に対し、人間、と呼んでいるようなものだな」

「うるさいよ犬」

 

 エドヒガン。

 ヨツギを抑えるために植えられ、しかし守った生者によって折られた切り株。

 彼岸桜。向こう岸にある桜。死途から見ゆる仇桜。

 

 手を添える。

 触れはしなかった。まだ、生きているのだ。この木はまだ、生者。故に。

 

「次来るときは、死途にね」

「……」

「あ、死ぬつもりはないよ」

「そうか」

 

 私が目指すべき場所は、決まっているから。

 

 

 ○

 

 

「それで?」

「なんで怒ってるんだろう、と思って」

「ふむ。お前は相当な馬鹿らしいな」

「そうかな」

 

 嘉白、ではなく、(びゃく)

 職員宿舎へ向かえば、当然の様に私達を出迎えてくれた彼は、何か怒っていた。どこかイライラしていた。

 (はく)は素知らぬ顔であるし、我関せずと言った感じだけど、私はそうも行かない。

 切り株だけでなく、(びゃく)にも用があるのだ。話を聞いてもらう必要がある。

 

「昨日、お前はアカツキからその体を奪った」

「人聞きの悪い言い方だね。交換しただけだよ」

「人間となったアカツキがこの神社へとやってきたのだ。泣きながらな」

「そうなんだ」

「初めてだ。初めて、アカツキが涙を流しているのを見た。無論お前の姿ではあったし、生者にしか見えなかったが、アレは確実にアカツキだ」

「うん。そうだよ。見た目私の中身はアカツキ」

「どういうつもりだ」

「ちょっとね」

 

 相変わらず、ホシミは認識できないのか。

 不便だね。

 

「どういうつもりだ、娘」

「私が神になって、世界征服をしようかなって」

「答えろ」

「……まぁ、私なりに、ハッピーエンドを探してるんだよ。周りはみんな様子見日和見で動かなそうだったから」

「……」

 

 一切、その鋭い眼光を逸らすことなく、私を見つめる(びゃく)。ちらっと(はく)の方へ視線を投げかけるも、助け船を出すつもりは一切ない様子。裏切ったな。

 とりあえず居住まいを正す。

 正して見上げて。

 

「私からも、聞きたい事がある」

「……答えると思うのか。お前が答えぬというのに」

「ヨルツキちゃんについて」

「……」

 

 こちらの言い分だけを聞け、というのが難しい話であるのはわかっている。というか詳細を話す分には構わないし、聞いてくれていい。

 ただ、こちらの問題を早急に解決したいというだけの話。

 

(びゃく)はまだ、ヨルツキちゃんに続いてほしい?」

「……」

「ヨルツキちゃんは続きたくないと言っていた。祟り神になってしまうくらいなら、消えた方がいいと。祟り神になってしまう理由はいくつかあると思うし、私に起因する事も多くある。その上で、私が救ってもいいかどうかを聞きに来た」

「……救っても、いいかどうか?」

「そう。救われたくないと言っている子を、無理矢理、救ってもいいかどうか。私の欲望で、私のエゴで、ヨルツキちゃんを掬い上げてもいいか。あるいは可能性に、祟り神になってしまう道を与えてもいいかどうか」

「──……」

 

 本人の意思は聞いた。

 私はそれを無視しようとした。

 (はく)はまだ選んでいない。じゃあ、(びゃく)は?

 

「決められない?」

「……ヨルツキの意思は、祟り神になってしまうくらいなら、続きたくない、という事だった」

「うん」

「あの子を祟り神としない方法が、お前にはあるか」

 

 ふむ。

 ううん。なんというか。

 

「花も取らず実も取らずだね? ……って、ヨツギなら言いそう」

「だが、多くを望めと、そのために行動しろと散々言っていたのはお前だろう」

「それは」

 

 確かに。

 

「一番確実なのは、ヨルツキちゃんも生者にしてしまう方法。ただこれは、成功したとしても夢の神の役割と性質が分離された状態での受肉になるから、神の霊魂としての機能が上手く働くかわからない。"次"が無いかもしれない」

「無くていい」

「無いと困るのはこっちなんだよね。ホシミにはあるんだから、アカツキにもないと困る」

「……ならば、ホシミから生の神の霊魂を奪うのはどうだ」

「さっきから悪い言い方するなぁ」

「アカツキから死の神の霊魂を外したのだろう。感覚でわかる。それがどのような手法なのかはわからないが、それが可能であるのなら、そしてお前が神との霊魂の交換を成し得るものであるのなら」

「たとえば、私が生死と夢の神になるとか?」

「おい」

 

 (はく)から厳しい声が飛ぶ。

 一時の事だと説明していた手前、気に入らなかったのだろう。

 

「複合出来るのかな、神の役割や性質って」

「わからぬ。可能性は、あるだろう」

「おい。(なれ)(びゃく)も、乗り気になるな。それはダメだ。アカツキが悲しむぞ」

「でも最も合理的だと思わない?」

「思わぬ。どちらも、今を生きる生者を一人潰してまで自らを続けたいなどとは思わん」

「私が神様になりたい、って言ったら?」

「……なりたいのか」

 

 これは一時の夢だと言われた。

 保って一ヶ月。短くて二週間だと。

 

 でも、もし。 

 これを永遠と出来る術があるのなら。

 現状ではあるけれど、私は別に、人間じゃなくてもいいと思っている。

 

「咎を背負わせるか」

「それも愛でしょ?」

「……」

「まぁ、大丈夫。とりあえず今の所はやる気ないよ。でも、白達がヨルツキちゃんをどうしたいかで、変わってくるかも」

「脅しか」

「ううん。選択肢。だって私は救いたいと思っている」

「ヨルツキの意思を無視してでも、か」

「うん。私が救いたいから、救いたい」

「……」

 

 決めきれないのだろうことは分かっていた。

 でも、そんなに時間は無い。

 

「一週間後、また来るよ。考えておいて」

「……ああ」

「うん。それじゃあ、白」

「帰りは乗せぬぞ」

「えぇー」

 

 もう引き延ばしにはさせない。

 決断の日は定めた。

 

 あと少し、だ。

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