死途の徒   作:三羽世継

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二十六灯

 品場神社からの帰り道のことである。

 ふと、気になって。

 ふと、思いついて。

 そこへ寄った。そこ。

 

 私の家……ではなく、先輩の家。

 

「アカツキ、お腹は空いていないかい?」

「ええ、大丈夫よ。……ふふ、不思議な……そう、感覚ね。お腹が空くのも、いっぱいになるのも」

「私も初めて生者になった時、戸惑っていたような気がするよ。ほとんど覚えていないけどね」

「こんな衝撃を毎日受けていたら、生者が変わり難くなるのも判る気がするわ」

「成程、耐性が付くんだね。私はもう生者になって長いから解り難いけど、確かに、満腹や空腹というのは大きな衝撃を脳に齎してくれる」

「毎日、お腹が空いて。そのために働いたり、作物を育てたりして。生者は大変ね」

「うん」

 

 ソファに座る二人。対面でなく隣。。

 身を寄せ合って、肩を寄せて、頭を預けて。

 ずーっと、ずーっと、話している。

 

 ううん。

 

「気になるか?」

「ならいでか」

「ふん。(なれ)の蒔いた種だろうに」

「別に羨ましいってわけじゃないよ。ただ、イチャイチャしてるなぁ、って。別にこのままでもいいんじゃないかなって」

「汝は……」

「ああうん、わかってるわかってる。ちゃんと戻るつもりはあるよ。まだってだけで。でもさ」

 

 強く抱き合うわけでもなく、ただ先輩の肩に頭を預ける(アカツキ)を見て、言う。

 

「幸せそうじゃん?」

「……否定はしない」

 

 一日経ったからだろう、とりあえずの折り合いをつけたのか、負い目らしい負い目も見えない。

 やはりアカツキを生者にするという判断は間違いじゃない。アカツキは別に神である事に拘りはもっていない。死の神の役割である停滞は、けれどアカツキにとって枷でしかない。

 もっと先輩と……ホシミといちゃついて、もっとホシミと愛を語らって。

 そうしてもっと、勝手に、どんどん、幸せになればいい。幸せに。相思相愛をもって、いつまでも。

 

「汝は、いいのか」

「何が?」

「アレは汝の身体だ。我には認識できぬが、何かをしているのだろう。一人でいるのにあれだけ幸せそうなのだ。ホシミが、いるのだろう。そのホシミと、汝の身体がじゃれ合っている事実に、汝は何とも思わないのか」

「え、うん。あれはアカツキで私じゃないし」

「……自らの肉体への執着心が異常に薄いな」

「あー……もしかしたら白達と同じで、生きていない者になったことで生者たる私の肉体が他人に見えてるのかも」

「本当か?」

「ううん。白が納得出来そうな理由考えただけ。私は元からこういう性格だよ」

 

 愛着があったわけでも、こだわりがあったわけでもない。

 十数年を共にした身体は、けれどそれだけだ。別にサイボーグになってもアンドロイドになってもヒューマノイドになっても、私は別に気にしない。

 私の元の身体が何に使われていようと、別にどうでもいい。それを知り合いが……身内が有効利用してくれているのなら嬉しくさえある。

 何百年、会っていなかったのだ。ホシミとアカツキは。

 それがこうして、互いが生者になったことで、美しい愛を再構築出来ている。そこにどんな感情を挟もうか。

 

「むしろ、いいの?」

「何がだ」

「最悪の場合。私が失敗したら、アカツキの幸せは崩れちゃうわけだけど。それとも、一度会えたらそれでいいのかな。また死の神に戻っても、それこそまた、ホシミは会いに来てくれるから」

「……それも、良いのかもしれぬとは思っている。また汝のように一時だけでも身体を貸してくれる者が現れては、その時だけ生者となって、ホシミに会う。それも一つの形であるのは間違いない」

「でも、って言いたそう」

「だが、だ。それは……正しく祟り神だろう。己が欲望のために生者に乗り移らんとする神。そうであるという状況に、アカツキが耐えられるかどうか」

「アカツキ、生者に配慮できるようになったの?」

「生者を気にしての事ではない。事実として、そういう、生者に害を為す生きていない者へ()()事は、停滞よりも恐ろしい事だ。それはつまり、アカツキが惨殺を繰り返していた頃……ホシミと出会う前の状態にまで戻るに等しい。果たしてアカツキが現在祟り神でなくなっているのかどうかは定かではないが、もし悪しき状態から脱せているのならば」

「戻りたいとは、決して思わないよね」

 

 黒い髪を指に巻く。これが今の私。

 死の神の枷はけれど、私にとっては特になんでもないものだ。

 

 もしこれを、一時の夢でなくしても。

 私はやっぱり、問題ないと思う。周囲の抵抗さえなければ、だけど。

 

「汝の成功を祈るしかあるまいよ」

「期待してて」

「信頼はせんがな」

「うん」

 

 行く。

 大丈夫だ。二人にはまだ、もうしばらくの間、幸せを噛み締めてもらおう。

 

 

 ○

 

 

 さて──。

 やるべきことの一つ目をする事にする。

 

 朱歹神社についてすぐ、笛を取り出す。

 

「また気の抜けた音でも出すのか」

「ううん。これ、持ってて」

「?」

 

 笛を白の上に乗せる。持つも何もだけど、これがあると、なんだか上手くいかない気がするから。

 笛を預けて。

 なれば私に残されたのは、この喉だけだ。

 

 発生の仕方は覚えている。喉が変わっても、多少のチューニングは必要だけど、歌い方は忘れていない。

 

「──ふわり、ふわり、流る、かんざし──」

 

 少し低い。私より声域が少しだけ。だから、合わせてもう一度。

 

「──ふわり、ふわり、流る、かんざし──」

 

 そうやって微調整を繰り返す。

 

 常々感じていた事だ。

 これは、私が歌うべき歌ではないと。

 ホシミに宛てられた歌で、アカツキの作った歌ではないとは知っていた。過去にいた笛の歌や弓の歌を聞き得るものが歌っていた歌で、誰が作ったものかはわからないと。そしてそれは最近、宙の神が歌うものであるとも判明した。

 その上で、思う。

 これは私や、過去の者達や、そして宙の神が歌うべき歌じゃない。

 

 これは。これは。

 これは確実に、アカツキが歌うべき歌だ。

 

「──きいろい髪に、からから揺れて──」

 

 ホシミを想う歌だ。ホシミへの希望を繋ぐ歌だ。

 アカツキの声で。アカツキの身体で。

 歌を、歌う。

 

「──どこへ、いずこへ、求めていくの?──」

 

 ホシミへの愛を込めて。

 

「……これは」

 

 やるべき事にして、試してみたかった事の一つだった。

 いつか聞いた、器の生成方法の話。生者と生者。あるいは神と神であれば、形としての器を生み得るという話。

 互いが同質の霊魂であれば、その生成が可能であるという事実を。

 

 私が今、神で。

 ホシミが今、生の神の霊魂を持っている。

 自らの持つこの感情が愛であるのかなんてわからない。つい先日、私は先輩を愛し得ないと言ったばかりだ。一途でない先輩をまともには愛せないと、そう告げたばかりだ。

 けれど、様々な形の愛を聞いて。

 しっくりはこなかったけれど、印象に残ったものはあった。

 

「──ふわり、ふわり、流る、かんざし──」

 

 自分と相手。己と誰か。その間にある繋がりこそを、愛と形容する。

 (はく)の愛だ。たとえその感情が嫌悪であれ、繋がっている時点で愛なのだと彼女は言った。

 先輩の事を想う。

 嫌い、ではない。愛してもいない。

 けれど、関心は大いにあるし、何より心から、幸せになってほしいと願っている。

 

 

 それが愛でなくて、なんだというのか。

 

 

「……上手く作るものだ」

「ふぅ。上手くいって良かった。けど……」

「あぁ、大丈夫だ。これはまだ生きていない者……生者にはなっておらぬ。見た目は肉体に見えるやもしれぬが、生者には見えぬし、腐敗もせぬ。これはまだ単なる器でしかない」

 

 器の生成。

 同質かつ同格の二つの霊魂が愛し合う事で生まれる肉体。神の器足り得るには、神と神の間に生まれたものでなければいけない。

 

 先輩が私へ向ける思いが本物である事は先日確認していた。それが嘘偽りなく、勘違いでもなく、自らがおかしくなってしまう程、強いものであると。

 なら、あとは私が神の霊魂をもって、私からの愛を捧げれば。

 器が出来るんじゃないか、と思った。

 

(なれ)の愛の形は見つかったのか?」

「ううん。今借りたのは、(はく)の愛の形。まだ私らしいのはわからない」

「そうか」

「もし、(はく)(びゃく)も、ヨルツキちゃんを続けさせるって決断をしたら、私はなんとか頑張って、ヨツギとも愛し合うつもり」

「ヨルツキのための肉体を用意するか」

「そのために一週間って言ったからね。タイムリミットには余裕を持たせないと」

「周到な事だ」

 

 ──。

 

 ふと、視界が白んだ。

 光に塗りつぶされたような、あるいは、己の輪郭が溶け出したかのような。

 けれどそれはすぐに正常に戻る。

 

「む?」

「うん?」

 

 白が顔を上げる。伴って笛が転がり落ちるけれど、少し念じるだけで私の手元へ戻ってきた。

 うーん便利。

 

 それよりも、だ。

 

 白の視線の先。私の目線の先。

 いつもの鳥居の下から、奥から、話声が聞こえてくる。足音も。

 

「……」

 

 あぁ、来たのか。熱心に、律儀に。

 手を繋いだ二人。

 

 先輩と(アカツキ)が。

 

 

 ○

 

 

「いるんだろうね、そこに。いや、どうだろう。君は行動力がある方だから、いないのかもしれない。でも話したい事を話させてもらっていいかな。昨日、君の犯した暴挙から、一日。アカツキと二人で話し合ったんだ」

 

 先輩はそうして、目を瞑ったまま、言葉を紡ぐ。

 隣にいる(アカツキ)は少しだけ不安そうだ。何に怯えているのかはわからないけれど、私ってあんな表情出来たんだなぁ、という所感。

 

「言っておくけれど、もしこのままにするつもりなら、私は君を許さない」

「あれ、なんかすごく怒ってる。白、そこにホシミがいるんだけどね。表情が凄く怖い」

(なれ)のそれは本気なのか? どう考えても、事の裏側を知らぬ者なのであれば当然の反応だろう。我の記憶にあるホシミの顔が般若のようだ」

「君は散々、私の事を勝手だとか、デリカシーが無いとか罵ってきてくれたけれどね。もう全部を返すよ。君には少し呆れている。佚依。もし、私のためを思っての行動なら、あまりにも筋違いだ。アカツキのためでもね。私達は君のせいで深く傷付いている。反省してくれ」

「別に先輩やアカツキのためにやってるわけじゃないからセーフでいいんだろうか」

「何を聞かれたのかは知らぬが、汝が悪いのだろうな」

「えぇ」

 

 別に誰かを想っての行動じゃない。

 私が嫌だからやっているのだ。筋違いのはそっちの方だ。誰が先輩のためなんか思うものか。確かにさっき幸せを願いはしたけれど、それは私にとって二人が幸せになるべきだと、それが確定事項となっているからであって、先輩の気持ちなんか知った事じゃない。

 勝手に傷付いてほしい。知るもんか。

 

「いいかい? 君には心から反省してほしい。私も、アカツキも傷つけて、それを事前に相談しなかった。そして」

「もしかして説教しに来たのかな」

「もしかしなくてもそうだろうな」

「──ありがとう」

「……?」

 

 あれ、なんだかグチグチと文句を言う流れだったように思ってたけど。

 感謝された?

 

「ありがとう。本当に。アカツキと出会うのは、正直、まだまだ、もっと先だと思っていた。何百と同じことを繰り返してきた私だけど、ただの一度も、見え、聞こえ、触り得る体を手に入れた事は無かった。諦めてはいなかったけれど、もっともっと摩耗して、もっともっと失って、その末にようやくあるかないか、くらいだと思っていた。それがまさか、こんなにも早く」

「私からも、ありがとうを言うわ。知っていたの。ホシミがこの土地に来ていた事。今回だけじゃなく、何度も、何度も。けれど会いに来ない──あるいは、来ても見えない事実だけは、見ないふりをしていた。それを受け入れてしまえば、悲しいと、そう思ってしまいかねないから。けれど、こうして……生者の身体を得て、ホシミを認識して。あぁ、わかったわ。私は、本当は、もっともっと早くに、ホシミと再会したかった。このままであるのは絶対にダメだけれど、もし、神に戻っても。私はもうじっとはしていられないでしょうね」

 

 ああ。

 もう、ほとんど成功している。

 変わったんだ。アカツキはもう、消極的にはいられない。死の神の役割たる停滞を、既に乗り越えてしまっている。

 私のやる事が終わったらすぐにでも戻していいだろう。そしてあの器を。

 あるいはアカツキが歩き出したら、死の神の役割から離れて行くのだろうか。それとも強制的に引き戻されるのだろうか。

 

 わからないけれど、わかった。

 

「アカツキ」

「ええ」

「また来るよ。どうせ、今回の暴挙にはヨツギが絡んでいるんだろう? ヨツギが他者と協同していられる時間なんて、せいぜいがひと月くらいだ。いや、もっと短いかな。あの祟り神は堪え性が無いからね。ふふ、そういう所は君とよく似ている」

 

 それはやめてほしいけれど。遠慮しておくけれど。

 

 踵を返し、手を振って去っていく二人に、私も手を振り返して。

 

 ……なんだろうね。

 何百年もかかったんだから、もっとかかると思ってたけど。

 存外、案外。私の想定なんて、軽々と越えてくるわけだ。これなら大丈夫そうだね。

 

「去ったか」

「うん」

「アカツキは、笑っていたな」

「うん」

「ならもう、言う事は無い。(なれ)を信じると言ってしまったからな。汝も、己の信じた道を行け」

「りょーかい」

 

 大丈夫だ。彼女らも。

 私も。

 

 

 

 ○

 

 

 

「それで?」

「悩んではいる」

「私を説得するんだよね? そんなに時間はないよ?」

「それは知ってる。あともう一つ、ヨツギと愛し合わないといけない可能性も出てきた」

「……? いやだよ?」

「それも知ってる。だから悩んでる」

 

 今、私の知っている神は四つ。四柱。

 生の神ホシミ。死の神アカツキ。夢の神ヨツギと、同じく夢の神ヨルツキちゃん。

 内、ホシミとは先ほど器を作ってしまった。となれば、アカツキとか、ヨツギとか、ヨルツキちゃんとか、その三柱との愛によって、ヨルツキちゃんのための器を造る必要がある。場合に寄ればヨツギもか。

 ヨルツキちゃんを救うかどうかは一週間後になるとしても、現状最もコンタクトを取りやすいのがヨツギであるのには変わりなく、あらかじめ準備をしておくにはヨツギと愛を交わした方が効率がいい。

 

 アカツキとの愛はまだ、育んでいる途中だ。つまりアカツキ側からもそれが明確な愛とはなっておらず、私からもただ綺麗で美しい、という所止まり。それは想い合うという質には少し足りない気がする。

 ヨルツキちゃんとも同じ。というか、ヨルツキちゃんとはあんまり話せていないから、愛には余りに足りな過ぎる。四ツ木ちゃんは中学一年生なわけだし。うん。あの子は友達。

 

 やっぱり、ヨツギだ。

 

「え? 嫌だよ?」

「でもヨツギしかいないんだよね」

「……? アカツキでいいんじゃないかな?」

「今、アカツキは私の事見えないからさ。私が神であれるタイムリミットまでに、神と愛を造る必要があるんだよね。候補者はヨツギしかいないの」

「嫌だよ?」

「まぁまぁ。話そうよ。私、愛って何かよくわかって無くてさ。ヨツギにとっての愛はなに?」

「話さないよ?」

 

 ……なんだ。

 昨日まで協力的だったのに。

 

「忘れているかもしれないけれど、私も神で、生きていない者だよ? 愛を覚えたら変わってしまう。変わるのが嫌だって、言ったはずだよね?」

「ああ、そういうこと」

「理解してくれたようで何よりだよ?」

「でも、ホラ。アカツキはもう変わったよ。私が変えたから、私が殺してしまったようなものだけど。あ、うん。そうだった。ヨツギが嫌がっても、私がやりたいからやるんだ。時間は一週間あるからね。ゆっくり話そうよ、ヨツギ。ほら、言ってたじゃん。全てが丸く収まったら、私に愛してあげると言ってもいい、って」

「断ったよね?」

「受け入れるからさ。愛し合おうよ、ヨツギ」

「嫌だよ?」

 

 これは堅そうだ。

 けど、私には先輩という素晴らしいサンプルケースがある。ああやっていけば、どう考えても拒否している相手の心を開けるのだと知っている。

 ……開かれた側だからね。

 

「これからよろしくね、ヨツギ」

「嫌だよ?」

 

 あと少しの間だけ、よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

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