死途の徒   作:三羽世継

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二十八灯

「決めた」

「ん、まだ一週間経ってないけど」

「いい。最後まで、我は揺らぐ事にする」

「へえ」

「四ツ木とヨルツキに任せる。だが、最後に。ヨルツキと話をしてほしい」

「今無理だけど」

「否、可能であろう。夢の神は夢に干渉し得る。それはたとえ、夢の神自身の別側面たる生者の夢であっても、だ。夢の神は夢に対してのみ、絶対の権限を持つと言えよう。なぁ、ヨツギ。我が母よ! 聞こえているのだろう、この、何も知らぬ、死の神の身体を()る神を、夢へ誘え!」

 

 そんな会話が、あった。

 そんな会話があって。

 

 私は、なんだか、とってもファンシーな空間にいる。

 

 

 ○

 

 

 ファンシーだった。

 ポップな緑と白、黄緑やオレンジといった目に優しい配色に彩られた……多分森。木々に白い、多分生クリームだろうものがかかっていたり、そこにサクランボが乗っていたり、ファンシーでありメルヘンであり、言葉にするのならそう……お菓子の家。あるいは、お菓子の国、といった様相のそこ。

 

 そこに銀髪の彼女はいた。

 

「……なんか文句でもあるんですか」

「いや別に」

 

 ものっそいムスっとした顔。半目で、口をへの字に曲げて。眉間にしわを寄せて。

 文句はないよ文句は。

 ただちょっと意外だなぁってだけで。

 

「ここは、四ツ木ちゃんの夢、でいいのかな。それともヨルツキちゃんの夢?」

「どちらであろうと変わりはありません。私達は違う名前を、容姿をしていますが、その霊魂は同一です。ヒトとして生活していたら四ツ木になり、神として生まれ落ちていたら私になる。ただそれだけのこと。二つの可能性を内包しているというだけです。夢の神故に、夢を抱いたままでいられただけのこと」

「じゃあヨルツキちゃんの趣味なんだね」

「……話聞いてましたか?」

 

 見れば見る程、似ていないのが分かる。ヨツギに。

 銀の髪こそ同じだけど、顔立ちも雰囲気も、纏う衣装も、ヨツギのそれとは違う。最近はヨツギをずっと見ているから、違いが際立つというか。

 ただ、怒った顔は少し似ているかも。怒ったというか、不満そうというか。

 それがなんだか面白い。

 

「だって四ツ木ちゃんはこういうの苦手そうじゃん? リアリスト気味というか、耳年増で、こういうファンシーファンタジーメルヘン、って感じじゃないかなって」

「……それは、最近になっての事です。それこそが、私が消える理由です」

「ああ、そうなんだ」

 

 現実を見始める。

 思春期から脱する。

 

 夢を夢だと、認識してしまう。

 

「ヨルツキちゃんはここから先に進めないんだ」

「そう、ですね。私達生きていない者は、想像力というものに欠けます。生者は当たり前のように夢を見ますけど、生きていない者はそうではない。眠りませんから、夢も見ません。休眠とは安息です。それを嫌って、死途を経て、一度生きていない者になったとしても、また死者へと還る者も少なくはありません」

「安息が訪れた方がいい?」

「それは、どうでしょうね。私にとっての安息とは、即ち、このまま消える事なのでしょう。もしお姉さんの手に寄って救われてしまえば、私に安息は永遠に訪れない。死途を挟まないとはそういう事です。結果的には生きていない者になることと同義ですが、生者には相応の苦しみがある事を私は知っています。それに私が耐え得るのかどうかは、想像力を欠く私ではわかりません」

「このまま素直に眠りたい?」

「わかりかねます。すみません、無視をしているわけではないんです。ただ……やっぱり、心配で」

「四ツ木ちゃん、一人になっちゃうから?」

「はい」

 

 何がどう、想像力を欠いているんだろう、とは思う。

 四ツ木ちゃんの先行きを不安に思うのは、想像力が働いている、働きすぎているからに他ならない。確かに自身の未来についてはあまり想像できていないようだけど、それはもっと大きな心配事が隣に控えているからに過ぎない。

 だから何を、と思う。思うのと同時に、そっか、とも思う。

 

 安息。

 先輩もアカツキも、このまま万事上手くいけば──もう、終わりは来ない。死途を挟むことなく生まれ変わり続ける二人には、休息の時間は与えられない。日々の睡眠こそあるのだろうけれど、それだって現世に縛られる事に変わりはない。

 死ぬ、という事が。

 生者の一生を、あるいは霊魂の軌跡を俯瞰した時の、休息点になっているのだと。

 それが来ないのは──ただ、疲弊するだけであると。

 

「永遠は怖い?」

「永遠が怖いわけではありません。神であれば、永遠を続く者もいましょう。けれど。永遠そのものが恐ろしいのではなく」

「変わってしまうのが怖い、だよね」

「……少し、お姉さんが羨ましいんです」

 

 ──白む。また。

 また何かが変わった。私の中で。

 

「今、お姉さんには目的があります。生きていない者は何かに一心になっている間であれば、祟り神になる事は絶対にないんです。()()()()()()()()()()()に動かされることは無いので。……今の私には、目的がない。前にも話した通り、私は祟り神になりたくはない。でも、今の状態でさえ、寸前なんです。あと一歩分、嫌な事が何かあれば、私は簡単に堕ちてしまうでしょう」

「夢の世界の管理は?」

「それはお姉さんがいれば問題ありません」

「でも私、そんなに長く生きないよ。保って八十年くらいじゃない?」

「八十年、何の目的も持たずにこの状態を維持し続けろ、というのですか?」

「無理かな」

「少なくとも、私には」

 

 そっか。

 多分、私なんかよりよっぽど感受性の豊かな子なんだろう。

 外界で起こった出来事について、強く考えてしまうのだろう。涙を流すし、地を叩くし、声を上げて叫べる。叫び得る。そういう、情熱を持っている子なんだろう。

 そんな子に八十年は厳しいか。うん、それは仕方がない。

 

「生者になれば、祟り神にならずに済むけど、それはどう? 永遠はそれでも怖い?」

「生者になっても、己を変動し、豹変し、堕ちてしまった方は沢山います。生者は変わり難いだけで変わらないわけではない。そして、悪性にならないわけでもない。いいですか、お姉さん。永遠とは最後が無い事です。そのままでいられる確証がない事です。今、どれほど善人でも。今、どれほど気の良い人でも。何かのはずみに──何か、嫌な事があって。何か、つらい事があって。それで、()()()()()()()で、変わってしまうんです。子供や小動物を大事にするような人が大勢の生者を殺す者と成り果てる事もあるでしょう。沢山の生者に好かれる人間が大衆を煽って戦火を撒き散らす事もあるでしょう。それが、変動です。決して生者に起こりえない事ではないんですよ」

「それが、怖い? 永遠に続けば、もしかしたら、どこかで。いつかどこかで、そうなってしまう可能性があるから。神であっても、生きていない者であっても、死途にあっても、生者であっても。そうなってしまう可能性がゼロではないのなら──ここで終わっておきたい?」

「私はそう、考えます。私は、私自身の強さを信じていませんので」

 

 それは。

 ……それは、確かに。私にはどうにもできない事柄だ。

 ここで"そんなことはない"だとか、"君には確固たる信念があるよ"とか言えたら、違ったのかもしれない。

 けれど──何よりも、私がそれを見つけていない。

 他者に簡単に影響される愛の形を口にするのだ。先輩と出会い、気付きを経て、簡単に変わった。アカツキに告白され、悩み、神に至るまでの行動力を見せた。それぞれがそれぞれに直接かかわったわけではないかもしれないけれど、少なくとも、朱歹神社に辿り着く前までの私と今の私は、隔絶した差のある存在となっていることだろう。

 だから、たとえば。

 私が──大きな悪意に晒されたら。"それは悪い事だ"とはっきり言う事の出来ない程のものに触れたら。

 

 簡単に。

 

「わかってくれましたか。私が貴女に救われたくない理由。折角死に場所を……いえ、この言い方は正しくありませんね。折角、綺麗に終わり得る場所を見つけたのです。気がかりは残りますが、私が変わってしまっては本末転倒です」

「祟り神になっても、悪意に晒されても、四ツ木ちゃんを守る、っていう選択肢はないの?」

「……食い下がりますね。完全に納得したのだと思っていましたが」

「私、諦めは良い方だからさ」

「? 諦めが悪い、ではないですか? 今の状況なら」

「良いんだよ。だって、これがダメなら次コレ、って。いくらでも出せるよ。ヨルツキちゃんの納得出来る場所。ヨルツキちゃんがこの世に残りたいと思える理由。ヨルツキちゃんが、自らの変動を度外視してまで、存在を続けたいと思える、思い続けられる願い。どれか一つを押し付けたりしない。無理なものは無理だもんね。だから」

 

 ──君が諦めなくていい理由を、必ず見つけ出してあげる。

 

 言えば。

 言えば、ヨルツキちゃんは苦虫を嚙み潰したような顔になる。元から不満顔だったけど、もっと、さらに、より強く。

 うん、その顔はヨツギにそっくりだね。

 

「前に、聞きました。どうして私を助けたいのか」

「前に、言ったね。私の寝覚めが悪いから、助けたいって」

「なら一つ思いつきました。私はお姉さんに得をさせたくありません。夢の神として、お姉さんにはとびきりの悪夢を見てもらいたい。そんな嫌がらせの心で、お姉さんの願いを妨げます」

「いいの? それはまさしく悪霊だけど」

「……無しです。今のなし」

「ん」

 

 可愛いなぁ、と思った。

 子供だ。私が子供みたいな返しをしたから、というのもあるんだろうけど、ヨルツキちゃんも相応に子供なんだと確信する。四ツ木ちゃんも相当に耳年増だったけど、ヨルツキちゃんも、だ。口調で随分と大人ぶっているけれど、納得できない事は納得できないし、言葉遊びでさえ嫌な事は嫌。

 私だって子供だ。だけどヨルツキちゃんよりは、大人。

 だからもう少し。

 

「先の質問ですが、祟り神や悪霊となっても四ツ木を守る、というのは無理です」

「どうして?」

「それらは害を齎すもの。それらの寵愛とは、どう巡ったとしても、対象にとっての害にしかなりません」

「でもヨツギとアカツキに好かれている私は、今こうして幸せだよ?」

「好かれ……? え? ヨツギがお姉さんを好いているのですか?」

「うん。最近は毎日愛し合ってる。……おっと」

 

 ちょっと横に逸れる。

 がらぁん! という音を立てて落ちる、タライ。上空からだ。

 ……古風な。

 

「こんな感じでね」

「は、はぁ。……いえ、ですが、お姉さんに害が無いわけではありません」

「そう?」

「自覚症状がないのが何よりも問題です。おかしいとは思いませんか? 貴女は神となった。それは本当に、お姉さん自身の行動でしたか?」

「うん。多分、変わってしまっている、って事を言いたいんだろうけど、それは自覚してるよ。元々いた私は今の私に潰されて死んじゃったんだろうね。でも私は私でさ。夜に眠って、朝に起きるのと、何か違うかな」

「……全然、違いますよ」

「同じだよ」

 

 もし、眠った瞬間に心臓が止まっていて。もし、眠った瞬間に首を斬られて。

 もし、起きた瞬間に心臓が動き出していても。もし、起きた瞬間に身体を挿げ替えられていたとしても。

 

「ずっと気になってはいたんだよね。生きていない者は変動を恐れる、っていうの。生者となっても変動の恐怖からは逃れられない、っていうの。変動とは自死と同じであり、それを恐れるのは当然だー、っていうの」

「……」

「そんなこと、ないでしょ」

 

 たとえ。

 たとえ、子供を慈しみ、小動物を愛し、命というものを尊重していた人が、大量殺人鬼になってしまっても。

 たとえ、出会った事のない妹を気にかけ、消えゆく自らよりも妹に全てを託すような神が、あらゆるものを水に浸す祟り神になったとしても。

 

 それは、悪い事じゃない。

 確かに世界的に見れば、あるいは倫理的に見れば、悪に堕ちたと見えるのだろう。

 でも個人では。

 でも、自らの中では。違う。変動は成長だ。神の性質がなんだ。神の役割がなんだ。気付きを得るという事の前には、些事に等しい。

 変わる事は嬉しい事だ。だって違う可能性の戸を叩ける。それが最終的に悪事となってしまっても、違う自分を見つけられたことに変わりはない。彼女らに合わせて言うのなら、変動した所で、霊魂は変わらない。祟り神となっても、生者となっても、霊魂が変わらなかった例がこの土地にいる。

 

「その結果、大切な相手を殺してしまったり、殺されてしまったりしても、ですか」

「うん。それも自分だよ。変わる前の自分と、変わった後の自分。それらを他者であると捉えるのは逃げだと思う。私が生まれた時に、私に潰されて死んだ私を、私は私だと思っている。純粋無垢だった佚依ちゃんの事を、私は自らだと思っている。私は私を殺したんだよ。勝手に死んだわけじゃない。私が殺したんだ。この手でね」

「……詭弁です。詭弁ですし、結局それは、私が変わりたい……変わってもいいと思える理由にはなりません」

「四ツ木ちゃんを傷つけたくない?」

「当たり前です。たった一人の妹なんです。たとえ今の私だろうと、変わった後の、他人でなく、私自身であろうと。私はどの状況においても、絶対に、四ツ木を傷つけたりしない。したくない」

「じゃあ大丈夫だね?」

 

 私は私のエゴのために、言う。

 駄々をこねる──否、正論を言い続ける彼女に、私の我儘をぶつける。

 

「え……」

「たとえ変わっても、祟り神になっても、悪霊になっても。ヨルツキちゃんは絶対に四ツ木ちゃんを傷つけないし、見捨てない。祟り神のヨルツキちゃんも、悪霊のヨルツキちゃんも、あるいは生者のヨルツキちゃんも。どれも今のヨルツキちゃんである事に変わりはなく──」

「四ツ木が大切である事にも、変わりがないから、ですか」

「そそ」

 

 子供や動物を慈しんでいた人が大量殺人犯になったのだとしたら、最初から。その人にとっての大事なものは、命ではなかったというだけの話。

 祟り神になったことで最愛の妹を傷つけるような事をしてしまうのなら、それは、最初から。その神にとって、妹の安否はどうでもよかった、というだけの話。

 

 そうではないのだと。

 そんな"かもしれない"は起こりえないのだと。何故なら、今の時点で、ヨルツキちゃんが四ツ木ちゃんを愛している事は確実であるのだから、と。

 

 そう、言う。

 

「……改めて問うよ。私の勝手なお願い。消えず、続きたいと思ってくれる?」

「……嫌です」

「ええ」

「嘘です。……嘘です。わかりました。わかりました。どうせ、父様には任せて置けません。四ツ木の事もそうですけど、品場神社のことも、父様では頼りなさすぎる。私が……私が、生者となって。二人を助けます」

「おっとそっちを選んだか」

「え?」

「ああいやこっちの話。うん、良い答えを聞けてよかったよ。それじゃあ私はそろそろ戻るね? 愛しのヨツギちゃんが、そろそろ痺れを切らす頃だからさ。……おっと」

 

 落ちてきた黒板消しを避ける。

 ……古風というか、幼稚な。

 

「あの、出来れば、四ツ木にはあらかじめ話をしていただけると助かるのですが」

「それは勿論。ただ、ちょっとまだ……あー、私が人間に戻るには時間がかかるから、今度ね」

「はい」

 

 じゃ、そういうことで。

 後ろ手を振って。

 

 この、ファンシーでメルヘンな世界を去る。

 去って──直後、現実。

 ではなく。

 

 ヨルツキちゃんによく似た、むすっとした表情のヨツギが、目の前にいた。

 

 

 ○

 

 

「やぁ、愛しのヨツギ」

「勝手な吹聴はやめてくれないかな?」

「じゃあ許可を出して欲しい」

「嫌だよ?」

 

 こっちはまだまだかかりそうかなぁ。

 

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