死途の徒   作:三羽世継

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二十九灯

 これだけ毎日、愛していると言っているのに。

 これだけ毎日、好きだよ、と言っているのに。

 

 ヨツギは一向に振り向いてくれそうにない。

 何が悪いのかを考える。多分、アプローチなんだろう。言葉をそこまで大事にしていないと見た。

 

「勝手に触らないでくれるかな?」

「でもヨツギ、人肌には飢えてるでしょ?」

「誰がそんなことを言ったのかな?」

「思い込んだだけだけど」

「じゃあ勘違いだね?」

 

 ヨツギは、案外小さい。普段浮いているから解り難いけど、平均的な女性、で思い浮かべるくらいの身長しかない。ともすれば高校生くらいに見えなくもないのだ。

 故に。

 身長の高いアカツキの身体で抱擁すると、すっぽり覆い込める。あるいは佚依(わたし)であれば、同じくらいの身長だったやもしれないが。

 

「何がしたいのかわからないね?」

「スキンシップから愛を覚えることもあるみたいよ」

「じゃあ、覚えないから、放してね?」

「んー」

「髪に顔を埋めるのはやめてね?」

 

 実際の話。

 ヨツギは夢の神だ。こうして私を夢の世界に引き摺り込む事も、こうして私の為すがままになっている事も、彼女の意思無しでは成立し得ない。神となったからこそ、この夢の世界においてヨツギの威光とでも呼ぶべきものがわかる。ここは確実に、完全に彼女のテリトリーで、だから本当は、本当に嫌なら、抜けられるはずなのだ。

 抜けて、拒絶して。もう誘わない、も出来るはず。

 それなのにそれをしないのは、初めに言っていた通り、納得させる理由を見つけて欲しい、という事なのだと思う。

 

 自分から変わりたくは無いから、変えてくれ、という要求。

 

「ヨツギはさ」

「抱きしめたまま話を進める気だね?」

「どうなの? ホシミやアカツキと、もう、ずっと、永遠……会えない事。悲しくないの?」

「別に、どうとも思わないね? だって貴女が来るまで、そうだった。生者であり生の神であるホシミを認識する事は能わず、見える者でも聞こえる者でもないから夢へも誘えない。アカツキはそもそも私と関わりたくないからね? 私も、特に彼女に思う事はない」

「でも友なんでしょ?」

「友である、という事実だけで、十分だね? それとも佚依ちゃんは、会話をしていなければ、直に合っていなければ、友ではなくなると……そう思う子なのかな?」

「うん」

 

 どれだけ仲の良い大親友でも。

 どれだけ仲の良い幼馴染でも。

 

 遠く離れ、会話の一切も無くなってしまえば、距離が生まれる。それは物理的だけでなく、心の距離だ。

 長らく認識のすり合わせが出来ていない相手は、過去の時点で記憶が止まる。あるいは、記憶にある大親友であれば、まだ友達かもしれないけれど。今を生きる大親友は、友達じゃないと思う。

 その頃には既に出来ている事だろう。新しい交友の輪が。新しい環境が。

 仲の良かった過去は忘れないだろうけれど、今の、知らない誰かは決して、友達じゃない。

 

「関係性は更新され続けるものだよ。こうして、会って、話して。アカツキが寂しくないとか言ってたのは、再会の実感が無かったから。もしこのままアカツキが神に戻って、またホシミと出会えない日々が始まったとしたのなら、それは酷く悲しい事だと思うだろうね。寂しいし、耐えられないし。それこそが関係性の更新不足。会いたいと思うのは、相手の今を自分に取り込みたいからだよ」

「そこまで考えられて、よく、自分は愛が何なのかわからない、とか言えるね?」

「でもこれは自己で完結してるよ。相手に対しての想いじゃない。自分の中の欠落を埋める行為の一環に過ぎない」

「うーん? 佚依ちゃん、なんか変な先入観が妨害をしているね?」

 

 だって愛とは、二つの霊魂の間に無きゃいけないんだろう。

 自己愛が過ぎるのならそれもまた可能だと白は言っていたけれど、それは特例。基本、自分と相手が必要だ。相手のためを思って、ではなく、自分のためだけの相手の今を収集するのが、愛だなんて思えない。

 

「その話、(はく)にしてみることをおすすめするよ?」

「したことあるよ。そうしたら"すまなかった"とは言ってた」

「それが答えだね?」

「うん。でも私の中ではこれが今の前提だから」

「それでよく、私に愛しているとか言えるね?」

「ヨツギには愛着があるもん。友達が欲しかったヨツギ。それだけで私が愛す理由になる」

「自分が根本から矛盾している自覚はあるのかな?」

「してないよ。正常」

「うーん」

 

 私の腕の中で、胸の中で、ヨツギがもごもごと何かを呟く。ちょっとくすぐったい……かと思ったけど、この身体にそういう感覚は無いらしい。 

 彼女の異装を撫でて、首筋まで手を這わせる。銀の髪。顔立ちも服装もこの髪も、正直日本的じゃない。ホシミが金髪……きいろい髪だったのも、何か関係があるのかな。

 

「たとえば」

「ん」

「私が佚依ちゃんの言う通り、寂しいと思ったとして。じゃあ、どうするつもりなのかな? 死の神となってしまったら、結局、ホシミやアカツキとは別れることになるけれど」

「私がいるよ」

「でも貴女は、あと八十数年くらいで死んじゃうね?」

「ヨツギも永遠を求めるの?」

「……成程ね? 佚依ちゃんにとって、幸せとは、永遠でなくて良いものなんだね?」

「え、うん」

 

 それは、そうだ。

 そもそもアカツキを生者にしようとしているのは、先輩が永遠を欲しがったからだ。先輩が、此度だけでは受け入れられないと、アカツキを残してしまうのが心残りだと。忘れてしまってでも、ずっとずっと続けたいと、そう言ったからだ。

 私にとっては違う。私は別に、一度会えて、それでよかったね、でいいと思うし。

 私は別に、死ぬまで一緒にいて、その後は、違う人生を歩み始めてもいいと思うし。

 生者であるのに神の時間を有すからこその傲慢なんだろうけど、それが満たされないと幸せになれないというのなら、私は支援する。だって私の世界において、ホシミとアカツキは幸せでないといけないから。

 

 永遠に会えないのが寂しい、悲しいというのはわかる。

 碌な思い出も残せないで永遠のお別れは辛いだろう。けれど、十二分に生を謳歌できたのなら。

 

 満足の行く人生だった、と思えたのなら。

 その次は、別に、今生で愛した人々に囲まれなくたっていいと思う。それは綺麗に完結した物語として。それは余計な後日談や短編のついていない、蛇足の無いお話として。

 永遠に続く物語なんて駄作にしかならない。終わらない事は決して良い事じゃない。

 

 私はそう思う。

 

「私は別に、私を好きだとか、私の後ろにいる誰かが好きだから、とか。そういう理由さえなければ、全然フィルターになってもいい。巫女、みたいなことだよね。神様の言葉を民衆に伝える役割。それなら何も構わない。ヨツギにとってホシミやアカツキに然程思い入れが無いのなら、月に数回とか、年に数回とか、交流の場を設けるくらいでいいと思う。寂しくなったら私を引き込めばいいし」

「ならないね?」

「なるかもしれないじゃん。変わりやすいんだから」

「……結構よかったよ? あと二、三押しくらいしてくれれば、傾けるかもね?」

 

 ほう。

 こんなことでいいのか。

 永遠。それがいらない、という思想。そして友には会うべきだという思想。

 

「夢の神ではあり続けたいの?」

「別にこの世界に思い入れはないね?」

「じゃあ夢の神である必要はないね」

「そこには完全に同意するよ? 別に、生者の夢にも然して興味ないからね?」

「死の神になるのが嫌な理由は?」

()()()()()()()()()、だね?」

 

 ──白む。

 ああ、大体わかってきた。

 

「停滞したくないんだ」

「さっきから、言っているね? ずぅっと言っているね? 変わりたくないと。変えたいのなら、納得させろ、とね?」

「ヨツギ自身は変わりたいんだ。成長したいんだ。死ぬ事も、怖くないし、ずっとずっと進んでいたいんだ」

「どうだろうね?」

「でも、死の神は成長できるよ」

「……それは無理だね?」

「アカツキは変わったよ。私に、私と、愛を育もう、って。自身の変動の可能性があるのに、自ら、私に愛を囁いてきたよ」

 

 (びゃく)はああ言っていたけど、やっぱりそれは、(びゃく)の認識不足だと思う。些かアカツキに対して否定的なきらいのある(びゃく)では、アカツキを理解しきることは難しいんじゃないかって。

 私が直に接して、私が話してきたアカツキは、少なくとも、こんな短期間で新しい一歩を踏み出し得るくらいには、成長していた。

 

「死の神の役割は停滞。だけど、その程度のものに縛られない事は出来るんじゃないかな。変動があれば」

「……変動する事は、むしろ、良い事だと言いたいんだね?」

「そうだね。少なくとも今の自分に満足できないのなら、積極的にしていい事だと思う」

「じゃあ、あと二つ」

 

 良いのかな、こんな簡単な事で。

 ……いや、そうか。変わりたい。変わりたかったんだ。ヨツギは。

 

「夢の神じゃなくてもよくて、死の神になってもよくて、友とは会いたいものであって、けれど永遠は要らなくて。他に、何が納得できないの?」

「なんだと思う?」

「……私の愛が受け取れないのは何故?」

「それは、佚依ちゃんが愛を理解していない……というか、自分自身の愛を持っていないからだね?」

「借り物の考えじゃ、なびいてくれない?」

「当たり前だね?」

 

 それは、確かに、そうか。

 それぞれに愛があり、それぞれに違う愛があり、だから、私には私の愛がないといけない。

 愛着がある、程度じゃダメなのか。私にとってのそれは十二分の感情を持つものだけど、ヨツギにとってはそうではない、というだけの話。

 私にとって。

 私にとっての、愛。

 

「じゃあ、対話といこうか」

「愛については語らいたくないんじゃなかったの?」

「変動は良い事だと言ったのは貴女だね?」

「良い事なら受け入れると、そう言えるんだ」

 

 夢の神ヨツギ。

 あぁ、意欲的だ。積極的だ。

 だってそもそも、誰も、何も行動しようとしなかった……みんながみんな悲観的で、消極的だった生きていない者達の中で、唯一。

 彼女だけが、自ら、私に話しかけてきた。

 

 変わりたいと思っていたから、か。

 

「さて──」

 

 ヨツギは私に抱きしめられたまま、そんな、どこぞの名探偵みたいな口調で。

 

 

 

 ○

 

 

 

 初めに、と前置きをして、ヨツギは語り始めた。

 

「佚依ちゃんは、愛の定義って何だと思う?」

「二つの霊魂の間に生まれる形容し得ない何か?」

「それは(はく)の愛だね?」

「別れたくない、離れたくないと惜しむ心?」

「それは(びゃく)の愛だね?」

「運命の」

「それはホシミの愛だね?」

「妹が心配で」

「それはヨルツキの愛だね?」

「……もうストックがない」

「聞いているのは佚依ちゃんの愛じゃなくて、愛の定義だよ? 何をしたら、あるいは何を考えたら。何を思い、何を抱き、何を求めたら、愛と言える?」

 

 ふむ。

 言い方からして、ヨツギは答えを知っているのだろうか。

 それともわからないけど知っているフリをしている?

 

「愛おしいと思ったら、じゃない?」

「愛おしいと思うのと、好きだと思うのの違いは何かな?」

「……ううん」

 

 違い。

 違い。

 

「無いかな」

「成程? 相手を好くことも、愛する事も、同義なんだね?」

「私にとっては。好きな時点で、多少の愛は有ると思うし。愛している時点で、好いている事は間違いないと思うし。強いて言うなら、度合いの差?」

「じゃあ、佚依ちゃんにとって好きの定義はなんだろうね? 佚依ちゃんが好きだと思うのはどんな時かな?」

「好きは、簡単」

 

 私にとっての好き。

 それは。

 

「興味があるかどうか」

「……だけ?」

「うん。興味があったら、好き。無かったら好きじゃない」

「成程ね?」

 

 だから、わからない。

 どうして私を愛してくれないのか。ヨツギはこんなにも、私にアプローチしてきているのに。

 

「それなら、確かに? 貴女と私は愛し合っているね?」

「やっと認めた」

「じゃあ、最後だね? 残り一つ」

 

 ……本当にそれでいいのか、という思い。

 私にとっての愛の定義。好きの定義。それを知る事が出来たら、愛し合っていると認める。

 

 わからない。そんなに軽くていいのか。

 もっとこう……それこそホシミとアカツキのように、深く深く、重いものがあって、譲れないものがあって……もっともっと、狂ってしまうものじゃないのか。

 私自身が、私自身の愛をこうだと捉えていると自覚した上で、こんなにも軽いものなのかと思っているのに。

 ヨツギには無いのか。自らの愛が。

 

「じゃあ、これは、おまけで教えてあげるね? 私にとっての愛」

「おまけって……」

「私にとっての愛は、"相手に合わせる事"。相手の思想に、相手の意思に。自分を曲げてまで、変えてまで、合わせられるなら……合わせてもいいと思えるのなら、その時点で、私はその相手を愛しているね?」

 

 ……。

 結果こうなったから、必然的に、自分は相手を愛しているのだろう、という推測。

 それがヨツギの愛なのか。

 ああ、それは、軽いのではない。ともすれば一番大きいかもしれない。目に見えない程に大きいから、小さく感じられるくらいの。

 それを、軽いだの、無いだのと罵るのは……ダメだ。

 反省する。

 

「さぁ、最後の一つだよ? 何かわかるかな」

「ヨツギが納得できない最後の理由?」

「そうだね?」

 

 周りの事を話した。愛の事を話した。ヨツギの事も話した。

 それで、残っているもの。

 

 決まっている。

 

「……私、か」

「うん、そうだね? 貴女──佚依ちゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──貴女の話をしよう」

「──うん」

 

 白む。

 違う。ずっと白かった。ずっと灰色だった。

 そのベールが、フィルターが、ようやく剥がれてく。神となったことで、生者の時には見えなかったものが、少しずつ。

 

「佚依ちゃん。貴女はいったい、何者かな?」

 

 その問いに。

 私はようやく、ヨツギの抱擁を解いた。

 

 解いて。言う。

 

「私は──」

 

 

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