死途の徒   作:三羽世継

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三灯

 春の夜というのは存外早い。夏至にはまだまだ遠いのだから当たり前なのだけど、昼間あれだけ陽気の癖に、17時を過ぎたあたりから一気に暗くなるのだから感覚がバグるというか。下校時に寄り道をして、そこかしこに桜の舞い散る良い季節……であると同時、色々と危険の多い季節でもある。暖かくなると気が大きくなる人もいるからね。

 危険──危険だ。単純に人間の危険もそうだけど、それ以上に危険なモノがある。

 

 車道。住宅街に横たわるそれの上に、更に横たわる白い壁。

 ザラザラとした表面にはいくつもの鱗があって、それらがヌメヌメとテカっている。時折ピクピクと左右に動いては、その身を引き摺るようにして動いていく。

 白く、大きな、蛇。蛇だ。スネイク。頭は見えないけれど、胴の太さだけで三メートル、全長は百メートルにもなるんじゃないだろうか。測ったことないから知らないけど。

 

 それが横たわっているのだ。邪魔。

 

(なれ)、見えているのだろう。自ら蛇の胎に進むとは、剛毅だな」

「まぁ、慣れてるし」

 

 害があるわけでもない。

 危険と言ったけれど、それは蛇の巨体に遮られて対面から来る自動車や自転車なんかが見えないから危険、というだけであって、これらが私に害を為す事は無い。そもそも見えていると思われていない。多分。

 この蛇自体、車道を遮るように横たわっている。つまるところ、体の大部分は住宅街に突っ込んでいるわけで。体温の概念があるのかどうかは知らないけど、この巨体を隠せる日陰が存在しないから、途切れ途切れでも密集している住宅街を選んで涼んでいるだけなんだろうなぁ、って。

 そう思うと少し可愛い。蛇、嫌いだけど。

 

 下校時には基本、白がひっついてくる事になった。何か取り決めをしたとか、約束をした、というわけではないけれど。

 星命先輩がいる時でも、珍しくいない時でも、特に何の関係もなく、何が気に入ったのかついてくる。正直邪魔だし、鬱陶しい。横合いから自動車が突っ込んできたらどうする気なんだろう。避けられないじゃないか。どうせ避けられないと思うから諦めるけど。

 

「飛び越すんだ」

「起こしてしまっては可哀想だろう」

「可哀想とかいう感情、あるんだ」

「前にも言ったが、(なれ)には人の心がないのか?」

 

 可哀想と思うという事は、この蛇は神様の関係者じゃないんだ。蛇って神様っぽいのに。加えて、敵対してるとかそういうことでもないんだ。蛇って悪っぽいのに。

 ……まぁ、日陰で気持ちよく寝ているだけの蛇を起こすのが可哀想、という気持ちは確かにわかる。寝る子を起こすような真似、みたいな。違うか。

 

 赤黒い壁が一気に晴れる。本当に、これで目の前に自転車とかいても避けられない。まぁその時点で自転車側が曲がりもせずに突っ込んできていることになるんだけど。

 

「今日は行くのか?」

「一時間だけ」

「ほう。それは良いな」

「何か特別な事でもあるの」

「ああ、今日は満月だ」

 

 ふむ。

 流石にまだ夕焼けが抜けきっていない空にある月は、多少影がかかっているようにも見えるけれど。天頂へ行ったときにまん丸になるのかな。そんな遅くまでいるつもりはないんだけど。

 そういえば今日、星命先輩は来なかった。大事な用事があるだとかで。来るのがデフォルトじゃないんだから、来ない報告とかいらない。

 

「神様、満月が好きなの?」

「そのようなことを聞いたことは無いな」

「月が好きそうな名前してるのに」

「夕刻は好きらしい。空が綺麗だから、と言っていたのを覚えている」

「ふぅん」

 

 まぁ、風情というヤツもあるのか。夜に月と笛と歌。あの神社周辺に桜の木は無いから夜桜は見えないけど、それはそれでオツ、なのかもしれない。

 風情。風情か。私にはわからないかな。花火とか上がっててほしいし。

 静寂が心地良い、という感覚はわかるから、多分それの派生。多分ね。

 

「なんで満月だと良いの?」

「着けばわかる。あぁ、しっかりと一刻を見ておくことだ。(なれ)に限って心配は無いと思うが、呑まれてはいかぬからな」

「お酒、飲めないよまだ」

「我も久しく飲んではいないな」

 

 そういうことじゃないのか。

 どういうことなんだろう。

 

 ……ついてからのお楽しみ、って言いたいんだろうなぁ、って。

 

 

 ○

 

 

 階段の一段目で、わかった。

 水の音がする。いつものように風が強くなるだけじゃなく、川のせせらぎか、あるいは滝のさざめきか。とかく水音が、朱月神社を取り巻いている。この近くに川は勿論滝なんて無いし、雨が降っているわけでもない。

 一段、また一段と歩を進めていくと、今度は肌でその湿度を感じ取れるようになる。空気に水が満ちている。飽和水蒸気。違うか。

 

「高い弦の音……バイオリン、じゃなくて、なんだろ、琵琶とか三味線とか?」

 

 あんまり詳しくない。琵琶や三味線がこういう音を出せるのかすら知らない。

 安直な言い方をしてしまえば、和風な、あるいは中華風な弦楽器の音だ。神様の笛に合わせて、しなやかな弦の音色が響く。時折音締が混じって、盛り上がっているんだな、という事が分かる。

 

「この先、我は黙る。怒らせるのが面倒故な。(なれ)にこの唄が聞こえるというのなら、歌ってやってほしい」

「いいけど、横から入って怒られない?」

「ああ、問題は無い」

 

 問題は無い、ねぇ。

 ……なんだか、いつもより多少の緊張感がある。だって今これだけ……笛と弦の音だけで、これほどまで完成されているのだ。そこに混じってもいいのだろうか、という緊張が。なんならこのまま聞いていたい。私は全然それでいい。聞き心地が良いし。

 

 けど、まぁ。

 

「──くるり、くるり、流る、かわぎし」

 

 理性では、紡ぐ言葉を止める事は出来なかったらしい。

 

「──きいろい神は、はらはら枯れて」

 

 まだ鳥居をくぐってすらいないのに、口から言葉が漏れ出でる。それはまさしく滝のように、とめどなく。前奏と後奏は長いけれど、歌自体は短い曲だ。だから、繰り返し、繰り返し。

 聞こえてきたままに、自然と口を衝いて出た言葉を。

 

「──いつか、どこかへ、委ねていくの?」

 

 鳥居をくぐる。

 

 鳥居の上……いつもの場所に、神様はいない。彼女がいるのは本殿の上。屋根の上。

 その隣にもう一人、銀色の髪の女の子がいた。その体には少しだけ大きな弦楽器を弾いて、目をつむったままの女の子。黒と銀。対比にはならないはずの色は、けれど不思議な相和をして、互いを輝かせている。

 

 ふと、神様と目が合った。

 と思えば、いつの間にか隣にいる。少しは配慮をしてほしい。驚く。驚かないけど。

 

「あぁ、今日も来てくれたのね。ありがとう」

「二人で楽しそうだったの、邪魔したかな」

「ううん、とんでもないわ! ふふ、貴女は弓の歌まで聞こえるのね。あぁ、嬉しい」

 

 弓の歌。普段の神様が吹いている曲が、笛の歌だったか。

 安直なネーミングセンスを期待していたから、弦の歌かと思った。

 

胡弓(こきゅう)、という。……(なれ)の物珍しそうな視線は、問いかけの意であっていたか?」

「聞いてないけど、ありがとう」

「礼だけで良い」

 

 知らない楽器だった。こきゅう。呼吸。コキュートス。

 表情をコロコロ変える神様や妙に馴れ馴れしい白と違って、銀髪の女の子は目を閉じたまま、此方に見向きもしない。ただ唐突に終わった演奏に、その姿勢のまま神様を待っているように見えた。

 

「ヨルツキ、澄ましていないで(なれ)も降りてこい。直接会うのは初めてであろう?」

「……はい、母様(ははさま)

 

 ううん。

 情報量。

 

 女の子は渋々、と言った様子で立ち上がり、そのまま飛び降りる。神様みたいに瞬間移動が出来るわけじゃないらしい。

 で、母様と。その時に顔を向けていたのは、神様ではなく白の方だ。

 母様。

 でも犬じゃん。

 

「初めまして。私は水跳(みずはね)夜月(よるつき)と言います。中学一年生です」

「ううん。情報量」

 

 思わず声に出した。

 中学一年生。なるほど、確かにそのくらいの年齢だ。私の前にきても身長が低いし、顔立ちもそんな感じ。銀の髪が多少、大人びた感じを出しているけれど、あどけなさが勝る。

 で、中学一年生。

 中学生。

 

「中学生が出歩いていて良い時間じゃないよ」

「……天然の方ですか?」

「養殖ではないかな、少なくとも」

 

 問うべきはそこじゃない、というのはわかっている。

 ただ、親御さんはどうしたのか、とか……いや、白が親御さんなのか。じゃあここが家? 問題なし?

 

「母様。挨拶はしました。これでいいですか」

(なれ)、すまぬな。ヨルツキは人見知りなのだ。素っ気ない態度であるが、弓の歌を知る者にはそれなりに興奮している」

「素っ気ないランキングなら私の方が上だから大丈夫」

「そうか。それならそろそろ、我は引っ込むことにしよう。アカツキの我慢が限界だ」

 

 ああ、そういえば随分とほったらかしに。

 神様の方を見れば、嘴が。もとい、絵に描いたように口を尖らせて、あっちの方を向いていた。あっちってどっち。

 

「別に、いいのよ? 出会いは大事だもの。貴女が帰ってしまう前に、沢山歌を聞かせて欲しかったのに、とか思っていないわ」

「じゃあ、歌おうか。そっちのも、それでいい?」

「そ、そっちのって。折角名乗ったのに……」

 

 ふむ。

 確かに、この子は犬の子供だけど、犬じゃないか。

 

「ヨルツキちゃんも、それでいい?」

「あ、はい。……なんか駄々捏ねたみたいじゃないですか」

 

 みたいじゃなくて、捏ねたんだよ。

 

「──」

 

 静かに。

 何のタイミング合わせも、気持ちの切り替えもなく、笛と弓の音が響き始める。

 屋根に戻るのかと思ったらそんなことはなく、この場で、ぬるっと始まった。

 

「──くるり、くるり、流る、かわぎし」

 

 歌う。弓の歌。

 一音発するたびに周囲に水が満ちて行って、段々、段々と、溺れてしまうかのような感覚を覚える。どんどん水位が上がっているような、あるいは私が沈んでいっているような。

 

 あぁ、でも。

 

 そんなことは、ないのだ。

 私では──そこには。

 

 

 

 ○

 

 

 

「今日の放課後、買い物に付き合ってくれないかな?」

「素直にデートしたい、とは言えないんですか」

「デートをしたい、と言ったら断るんだろう?」

「はい」

「ううん、素っ気ないなぁ」

 

 昼休み。

 性懲りもなく現れた星命先輩は、開口一番にそう言った。まぁ懲りる場面に遭遇していないから性懲りようがないんだけど。

 当たり前のように二つのお弁当を広げて、当たり前の様に食器も二人分あって。流石に食器は無理なので私は割り箸を使うけど。

 最早昼食の誘いを断る事すら面倒になってしまった私は、なし崩し的に先輩と机を囲んでいる。

 

「服ですか?」

「いや、違うよ。と、ああ。ほしい服があるのなら言ってくれ。大丈夫、財力には自信があるんだ」

「要りませんけど」

「そんなに警戒せずとも、別に何も要求しないさ。これは単純に好意……というと、普段が単純な好意ではないように聞こえてしまうかな?」

「普段のが単純な好意であると思った事がないので、大丈夫かと」

「普段のは単純な好意だよ。本当にね」

 

 よくもまぁ、そんな嘘をぺらぺらと。

 それが私に向けられたものではないということは、あの時自ら証明しただろうに。

 

「先輩、バイトとかしてるんですか」

「いや? していないよ。する意味がない。家の懐は潤沢だからね、困っていないのさ」

「お金持ちなんですね」

「有体に言えば。魅力を感じるかい?」

「ここではいと答えるような奴だと思っているんですか?」

「思っていないさ。勿論、君は誠実な人間だよ」

「魅力を感じます。お金持ち」

「そういうのは、もう少し表情を変える努力をしてから言った方がいいよ」

 

 しかし、お金持ちなのか。だから卒業する気がないのかな。しなくても生きていける財力があったら、確かに私も……ううん、そんなことはないか。そんな毎日、今よりつまらなそうだし。

 星命先輩は、あぁ、けれど、神様を求めるという大波を抱えている。その毎日が詰まらなくあるはずがないか。少しだけ、羨ましい。

 

「それで、買い物。付き合ってくれるのかな」

「いいですよ。今日は暇なんで」

「……本当に?」

「朱月神社へ共に行きたい、という誘い以外であれば、別に。先輩を嫌いだと思った事はありませんから。鬱陶しくて邪魔だな、と思った事は幾度かありますけど」

「君はその無気力な顔から放たれる毒舌がどれほどの刃となるかを理解した方がいい」

「素直は良い事じゃないですか?」

「素直であることと気を遣わない事は決して同義じゃないよ……」

 

 だって、初対面で自分のモノになれ、なんて相手に。

 何の気を遣え、というのか。

 

「それで、何を買いに行くんですか?」

「誕生日プレゼントをね。近所に住んでいる子に何か送りたいな、と」

「そういうのは自分で選んだ方がいいかと。純然たる部外者が選択に混じるのは野暮かと」

「去年までは本人に欲しいものを聞いていたんだけどね。少し前、その子から"今年くらいは自分で考えろください。プレゼントというものの趣旨を理解しやがれください"と言われてしまって、悩んでいたんだ」

「随分と口の悪い子ですね」

「悩んで悩んで、うん、私では考え付かないと思い至ったよ。年下に上げるプレゼント、というのは、こうも悩ましいものなのか、とね」

「一万円札でも渡しておけばいいんじゃないですか?」

「もしかして相談する相手を間違ったかな?」

 

 確実に間違いだと思う。

 素っ気ないランキング堂々の一位を飾ろうとしている私に贈り物の相談など。

 

「しかし(なれ)はいつも独りだな。友人がいないのか?」

「……。まぁ、わかりました。放課後ですね」

「ああ、ありがとう。HRが終わったらすぐに来ても良いかな?」

「いえ、正門前で待っていてください。迎えに来られると、周囲が煩いです」

「今更じゃないかい? こうして毎日の様に食事を囲んでいる姿を見られているんだ、ふふ、佚依は私の彼女として認識されているよ」

「じゃあ今回の件は無しということで」

「ああ、わかった、わかった。正門前だね。わかったよ、絶対迎えには来ないから。でも、約束は守ってくれよ? これでも楽しみにしているんだ」

「はい」

 

 (こいつ)。本当にどこにでも現れる。というか気軽に話しかけないでほしい。誰かと話している時に話しかけられると、音が被って聞こえない。ただでさえ荘厳な声なのだ。邪魔。

 

 昼食を食べ終わったので、解散の次第。

 先輩とていつまでもこのクラスに入り浸っているわけじゃないというか、五限目の準備があるとかで足早に自らの教室へ戻っていった。忙しいなら来なくていいんだけど。

 

(なれ)はいつも不機嫌そうだな」

「不便だから、不満なだけ」

「力が欲しいのか?」

 

 なんだその問い。ああ、神様みたいな瞬間移動みたいな、超能力みたいなのがあれば、不便じゃなくなる、みたいな話かな。

 それなら。

 

「要らないよ。出来ることが多ければ多い程、不便も増える」

「良い心掛けだ。ヨルツキにも見習わせたいものだ」

「人の心が無くなるけどいいの?」

「やはり無いのだな、(なれ)

 

 人外よりはあるんじゃないかな。ミリくらいは。

 

 チャイムが鳴る。

 五限目が始まっても、白は教室の中に留まったままだった。

 

 邪魔だってば。

 

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