死途の徒   作:三羽世継

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愛の其々
三十一灯


 みたいな話をした。先輩に。先輩たちに。

 酷く詰まらなそうな顔をしていたのが印象的なのは、ヨルツキちゃんだ。この場にいる誰にでも見えるようになったヨルツキちゃんは、つまらなそうな顔と、つまらなそうな声で、こういった。

 

「言わなくて良かったですそれ。ヨツギが幸せになるの、なんか嫌です」

 

 それは確かに同意する。この三週間、とても夢見心地だったけれど、なんだか人が変わったように親身だったのには違和感を覚えた。無論私のせいでもあるんだろうけれど、今まで散々私に突っかかってきて、私のやることなす事に否定的だったくせに、いきなりデレやがって、とか。そんな事欠片も思ってない。ううん。

 

「あのヨツギが、愛をねぇ。ふふ、世界では、何が起こるかわからないものね」

「私も全てを覚えているわけじゃないけど、ヨツギがそう……イチャイチャするのには、酷く違和感を覚えるよ。元より寂しがり屋というか、会話を好む神ではあったから、納得も大きいけれどね」

 

 とはアカツキと先輩の談。全面的に同意する。

 初対面の時、まさか私とヨツギがラブラブカップルになるなんて誰が思おうか。何が起こるかわからない。その通りだ。

 そして寂しがり屋で会話を好む神。なるほど、その納得にも重ねて納得する。言われてみれば、彼女は会話を楽しんでいる節があった。

 

「えっと、まだ全然わかんないんだけど、ウチの前代の神様と天然のお姉さんの神様Ver.? が付き合った、って話だよね?」

「うん」

「それって神社的にどうなの? 私……とお姉ちゃんは、佚依お姉さんの……養子? 子孫? になるの?」

「代替わりは別に子供じゃないけど、そもそも四ツ木ちゃんの両親が先輩とアカツキとヨツギの子だから、えーと……祖父母の再婚相手の姉妹は、なんていうんだろうね。三親等離れてるから特に呼び名はなさそうだけど」

「待って待って、私のお祖母ちゃんはホシミとそこの、えーと、アカツキ? なの?」

「うん。品場神社で眠ってるだろう嘉白に問い詰めたらいいよ。今この場にもいるけど、見えないだろうし」

 

 随分と複雑な関係になったものだ。

 イヨリ。神であり生きていない者である私。楔である私。私とイヨリが乖離している事に気が付いたのは、本当につい最近のこと。神である、生きていない者であった三週間で、そしてヨツギからの指摘で、ようやく気付くことが出来た。

 なんなら対話もした。自分自身と。と言っても彼女と私はそれなりに性格が違うし、似ている所は話し方くらいで、自分、って感じはしなかったけれど。

 また落ち着いたら、ちゃんと話そう。その時はヨツギも、そしてホシミやアカツキも一緒にね、なんて言って。イヨリはホシミを認識できるから、会話もスムーズになるだろう。ヨツギは置いてけぼりになってしまうかもしれないけど。

 

 生者として肉体を受けたヨルツキちゃんとアカツキは、今、どこも不調があるような様子を見せていない。定着ミスとかなくて良かった。そういうのがあるのかどうかも知らないんだけど。あとハダカで放り出されなくて良かった、とも思う。ヨツギ辺りがカンパしてくれたのかな?

 

「パパも神様なの?」

「父様……嘉白は狛犬ですよ。四ツ木。話せば長くなりますが、今は犬だと思えばいいです。これからも犬だと思って接せばいいです」

「わ、わかった。で……お姉ちゃんは、ウチの神様、だよね? 茶髪だけど、見た目完全にグッズの女の子だし」

「誠に遺憾ですが。ただもう、霊魂は神ではありませんね。無理矢理に剥がされたようです。かつては水跳夜月でありましたが、これからは品場夜月。品場四ツ木の姉と、堂々と名乗れるでしょう」

「なんでそんな口調堅っ苦しいの? お姉ちゃんなんだから、もっと砕けてよ」

「……追々慣れさせてください。環境に慣れていないのは私も同じですので」

「一刻も早くね?」

「はい。善処します」

 

 生者となっても、ヨルツキちゃんの胡乱な瞳というか、半目な感じは変わっていない。けれど、ずっと感じていた悲観的なそれは鳴りを潜め、一応、お姉ちゃんとして、というべきかな。四ツ木ちゃんを気遣うような素振りを見せたり、あまり不安がらせないようにしたりと、ううん、姉妹って感じがする。

 一人っ子だからあんまりわかんないんだけど。

 

「……(なれ)よ」

「うん?」

「色々、言いたい事がある。(なれ)のしたことが、この……我らにとっても、幸福と言える結果を引き起こした、とはいえ。とはいえだぞ。(なれ)はあまりにも相談をしな過ぎた。あまりにも勝手にやりすぎた。よって(なれ)にも、イヨリにも、ついでにヨツギにも説教がある」

「大体の責任は私じゃなくてあっちの私にあるから、そっちにしてほしいかな」

「ならん。……そして、礼を。ヨツギを、ヨルツキを。我らが子の双方を救ってくれてありがとうと。元は一つの霊魂でありながら、神を引き剥がし、無形の霊魂とした事で……言い方は悪いが、あの子は死ぬるようにもなった。四ツ木と夜月。どちらもが、生者として一生を過ごし、死ぬる。それを我は素晴らしい事だと考える」

(はく)と対面するのは、二人が死途を迎えてから、だね」

「ふん。元より死途になど来ずとも良いのだ。世に未練でもなければ、死者となりて、流転の畔へ向かえばいい。我は願うよ。あの二人が、未練なき生を送る事を」

「会えなくていいの?」

「生きている間は(なれ)が、言の葉を伝えてくれるのだろう?」

「ん。わかった」

 

 どの道、朱歹神社にはよく来ることになるだろうし。言伝くらいは別に、構わない。

 

 そう、どこか清々しい雰囲気の(はく)に対し、地面にべったりと四肢を投げ出して寝転がる(びゃく)からは、物悲し気なソレが漂ってきている。辛気臭い。色は(びゃく)の方が明るいのに。

 

「我は……何もわかってなかったのだな。ヨツギのことも、アカツキのことも……。ヨルツキの本心も、四ツ木の賢さも」

「ヨルツキちゃん曰く、"父様は頼りないので"だそうで」

「ぬぅ……」

「言い返さない辺り自覚あるんだね」

「──……。……──ある、から、こんなにも刺さっている」

「知ってる」

 

 どうやら自信を喪失しているらしい。まぁ頑張ってほしい。(はく)と違って、(びゃく)にはまだ二人と対話する時間がある。それは確かに短いと評し得るのだろうけれど、無いのと有るのとでは大違いだ。

 会話して、対話をして。

 自信を取り戻すでも、もっと失うでも、あるいは……二人の背を押す、でも。

 そこに関与するつもりはない。

 

「佚依」

「ん」

「そこに……君の目線の先に、(はく)(びゃく)がいるんだね」

「いるけど、先輩の事は見えて無いよ。生の神の性質で見えないんだって」

「ああ、知っている。だからこう伝えて欲しい」

 

 早速お仕事だ。

 職業として就いたわけではないけれど、まぁ、自認として。巫女、みたいな?

 

「"君達を縛る軛の内、二つ。神アカツキと、神ホシミを護る役目を解き、目的から解放する。"、"そして、神イヨリを護り、神イヨリに従い、神イヨリと共に在る事を"……"お願いするよ"」

「ヨツギはそのまま?」

「うん。もっとも、元より守られたいとも、従ってほしいとも思っていないだろうけどね」

 

 一言一句違わず、二匹に伝える。

 すると驚いた顔をして……けれど、二匹はにやりと笑った。

 

「断る」

「断る」

「断る、だってさ」

「だと思ったよ。アカツキとね、相談しての事だったんだけど」

(はく)が素直に頷くはずがないもの。余計な事ばかり覚えている(はく)と、余計な事ばかりを言う(びゃく)。ようやく解放されるかと思ったのだけど……やっぱり無理そうね」

「馬鹿が。(なれ)のような赤子に等しい神を放ってなどおけるか。イヨリの方がまだ安心感がある。僅差だが。(なれ)が何を言おうが、どう思おうが、勝手に見守らせてもらうし、勝手に共に在る。母よ、我ら狛犬。元より動けぬ身なれば、その神の元で骨をうずめるのが本望よ」

「あと体よくヨツギとイヨリを押し付けるのはやめろ。お前達も巻き添えに決まっているだろう。ヨツギもイヨリも面倒事しか起こさぬ祟り神だ。抑えつける事くらいは手伝え」

 

 とうとうイヨリも祟り神扱いにされてしまった。まぁ元々悪霊だから間違ってない、のかな?

 

 今や死の神となったヨツギと、無形の……楔の神イヨリ。

 ううん、なんというか、字面だけみると確かに祟り神感ある。物騒そう。仏法僧。

 

「さて。とりあえずみんな、帰ろうか。いつまでも神社の地べたに座ってたんじゃ、なんだ。疲れるだろう、生者になったんだ。ああ、四ツ木と夜月は、私とアカツキで送っていくよ。だから佚依は、帰ると良い」

「……」

「もしかして、家も両親も、自らの姓も忘れているのかな?」

 

 悪戯気に、そう聞いてくる先輩に。

 私はちゃんと、首を振った。

 

「うん。じゃあ、一人で帰れるね」

(びゃく)はこっち。(はく)はイヨリ……佚依についていってあげてね。ふふ、貴女の声はもう、聞こえないけれど。"わかっている"って、鼻を鳴らして言うのでしょうね」

「ふん。……まさかアカツキとの会話が、対面でのそれが、昨夜で最後となるなどとは思わなんだが……まぁ、いずれ、だな。あるいはホシミが狙っていたように、見え、聞こえ得る者となる日も来るやもしれぬ。待っているさ。気長にな」

「ええ。じゃあね、(はく)

「え、聞こえたの?」

「いいえ? でもどうせ、(はく)なら何か別れの言葉を言ったのだと思ってね? ふふ、どうかしら。間も、完璧だったでしょう?」

「うん。聞こえてるんじゃないかと思うくらい」

「……私はあの子が発生した時から一緒にいたのだもの。……あぁ、いけない。貴女が言葉を伝えてくれるのなら、お話は何時だって出来るものね。今は……家に帰りましょう」

「うん。じゃ」

「またね、お姉さん」

「また。ありがとうございました、お姉さん」

 

 手を振って。

 品場神社一行を見送る。どこかむすっとした顔でついていく(びゃく)も、一瞬此方を見て鼻を鳴らした。

 

 そうして、その姿が見えなくなるまで待って。

 傍らに佇む(はく)を見上げる。

 

「帰るか? それとも」

「ん。ちょっとだけね」

 

 振り返る。

 

 そこに、いた。

 二人が。

 

 

 

 ○

 

 

 

「今感動のお別れシーンで、家に帰ろう、みたいな雰囲気だったから、一応空気を読んで隠れてたんだけどね」

「隠れる気があるならもっと遠くにでも行ってるでしょ。わざわざ私の視界にチラチラ映る所で浮いててさ。気付いてほしかった以外にある?」

「ないかな。一応、私達にも何か言う事ないのかな、とか思ってね」

 

 死の神ヨツギ。楔の神イヨリ。

 何故かヨツギがイヨリに……姫抱きをされている状態で。何故かヨツギが、こちらに顔を向けていない状態で。何故かイヨリが、とても、得意げな表情で。

 そんなの声をかけないわけないじゃん、っていう。

 

「用件は?」

「名前」

「名前?」

「うん。教えて欲しい。私は自分の名前や経歴こそ思い出したけれど、貴女の事は何も知らないから。貴女が佚依という名前で、見え、聞こえる者であることしか、知らないから。だから、貴女の本当の名前を教えて欲しい」

「貴女は、三羽佚依」

「うん。あ、こっちは三羽世継ね」

「まだそう名乗ってはいないからね?」

「照れちゃって」

 

 ……一応、この子は自分だったわけで。性格に結構な差があるから自分だとは思えないと言った手前、アレなんだけど。

 あんまりイチャイチャしないで欲しい。なんか胸焼けがするから。

 

 それで、名前。

 

「何だと思う?」

「常盤色と、何か関係があると思う。あれにだけ、反応が良かったから」

「うん。関係がある」

「緑系?」

「違うかな」

「じゃあ永久とかそっち系?」

「違うね」

「ううん。ヨツギはわかる?」

「知らないよ? 興味も無いからね?」

(はく)は?」

「それこそ我は前に聞いたのだ。答えは無かったが」

「ああ、それは私の時だけど」

 

 名前。

 苗字。

 姓。

 

 別に隠す事でもない。別に勿体ぶる程のものでもない。

 

「そのままだよ」

「そのまま、って、もしかして常盤?」

「字が違う。字は、時を(あわ)せると書いて、時和。時和(ときわ)佚依(いより)

「へえ。出来過ぎじゃない?」

「じゃあ、運命なんだよ。先輩も言ってたでしょ。運命が合致した、ってさ。多分、貴女が私に落ちてきたのも、偶然じゃないよ。あるいは宙の神様が意図したのかも」

 

 自分との対話。あまり口を挟まないでいてくれるヨツギと白に感謝を。

 ここが今生の別れではないし、これからも……それこそ、私が死ぬまで。あるいは死途となっても、イヨリとの関係は続いていくのだろう。

 だけど、ここが、区切りだと思うから。

 

 とりあえずの、終着点として。

 

「初めまして、三羽佚依さん。そしてさようなら。またね」

「うん、初めまして。時和佚依ちゃん。じゃあ、また今度」

 

 踵を返す。

 十六年一緒にいた、同じ名前の、違う誰か。姉妹ですらない私達は、別々の道を歩む。違う人が好きだし、違う相手を愛している。

 けれど、まぁ、多分。

 今が幸せなのだと、どちらもが言えることだろう。

 

 じゃ、ね。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「で、なんだけどさ」

「はい。なんですか」

「いやー、私はね? 一応ね? 部長なわけじゃん? 部長じゃん? ん~~、いや、いやね? 嬉しいよ? 嬉しいんだよ? 幽霊部員ばっかりで、部活の体を成していなかったウチが、こうやって賑やかになるのはすっごく嬉しいんだけどね? ね?」

「早く言わないと眼球に縫い糸入れますよ」

「針じゃないのに怖い!?」

 

 対面。対辺。

 横に長いテーブルの、一辺に部長が。

 その対辺に、三人が。

 

「相談してほしかったなぁ~~~! ね、ね、なぁに、だれだれその子! いや聞いたよ! 入部届の時に聞いた! 名前知ってる知ってる品場朱月さん! んー、うんうん可愛いとっても可愛い! 転校生なんだってねぇ、高校二年生で転校は大変だよねぇけどそうじゃない! そうじゃないんだよ佚依ちゃん!」

「佚依、そっちのフェルト貰ってもいいかい?」

「あ、はい」

「むむ、むむ、難しい……のね、こういうのは……。細かい事は、生者の……むむ」

「アカツキ笛上手いのに、案外不器用なんだね」

「聞けぇいいい!」

 

 先輩を挟んで、私とアカツキ。

 珍しく笛でなく針を持って、これまた珍しく難しい顔をして、大苦戦真っ最中なアカツキ。その頭には、髪留めが一つ。

 そして意外や意外、慣れた手つきで可愛らしいウサギを縫っていく先輩。彼女の頭にも、お揃いの髪留めが一つ。

 

 そして図案用の絵を描く私。……私の頭に髪留めはない。別に今髪長くないし。学校で付ける程じゃないし。

 

 まぁ、手芸部の一コマ、という奴だ。

 

「いいかな佚依ちゃん! 私は嬉しい……私は嬉しいんだよ! 佚依ちゃんが一週間も学校を休んですっごく心配したし、その後学校に来てもどこか落ち込んでて、めちゃくちゃ話しかけづらかったし! それが、少し時間を空けてみればナンテコッタイ! いつも通りのテンションに戻って、坂井さんと転校生を連れてきちゃってまぁ! 更に更に入部!? 入部届ですか! お姉さん大混乱の極みだよ!」

「部長、そろそろうるさいんで口縫い合わせていいですか?」

「ごめんて!」

 

 アカツキは品場神社の縁組になった。お金の力だ。

 名を品場朱月に改め、転校生、という形で蓮柄高校へ入学。まぁ戸籍云々で散々色々あったんだけど、お金の力が解決した。白達の時もお金の力だったみたいだし。

 とはいえ、アカツキは今の今まで神として、生きていない者として存在していたわけで、当然、生者の勉学になどついていけるはずもない。

 無いのだが……どういうわけか、彼女の成績は私よりも良い。誠に遺憾である。

 そこからまぁ、そこそこの紆余曲折があって。けれど最終的に、問題を無くして……今に至る。

 

 星命先輩とアカツキの両名が手芸部に入部した。して、今制作活動中だ。

 

「縫い物に慣れてない新人部員がいるんですよ部長。騒いで手元が狂って怪我しちゃったらどうする気なんですか」

「うっ!! ……佚依ちゃんが、正論、だと……!?」

「刺しますよ」

「こっわ」

 

 部長は軽い人だから、すぐに慣れてくれるだろうと思っている。実際初めてアカツキと対面した時、"銀髪美少女カワイイ!"なんて言って抱き着こうとしたくらいだ。

 ニコニコ笑顔の先輩に止められたけど。

 

「く……なんだこの幸せ空間……! 金銀美少女が仲睦まじく手芸をしている……? もしかして私は夢の世界にいるのか……!?」

「夢の世界に行きたいんですか?」

「そりゃあ勿ろッ……いや、待って。佚依ちゃんの言う夢の世界って、それ即ち死後の世界とかないよね」

「出来た。どうかな、佚依。五つ目の作品にしては上手い方だと思わないかい?」

「今嫉妬してるの伝わってますか?」

「うん。ふふ、嬉しいな。私に嫉妬してくれるなんて。そうだ、少し手ほどきをしてあげよう。手取り足取り」

「ホシミ! まずは私からお願い……難しいの、これ」

「優先順位はアカツキ上めでお願いします。ぶっちゃけ手つき危なっかしすぎて、編み物を奨めたい所存です」

「こ、コタエハー?」

「……想像にお任せします」

「怖いぃ」

 

 一気に、騒がしくなった。いやまぁ単体で騒がしい部長がいたとはいえ、だけど。

 でも……なんだろう、部活をしている、って感じがある。すごく。

 

 手芸部に、部活感なんか求めてなかったけど。

 なんか、その……あー、高校生っぽい? って言えばいいのかな。少なくとも灰色じゃない感じはあるよね。

 

「ぬぅうぅううっ! 坂井さんを頼る朱月ちゃんから滲み出る幸せラブオーラッッ! まさか自己紹介の時に言っていたラブラブカップルは本当だというのか!?」

「ん? そうだよ、私と朱月はラブラブカップルさ。けど、それだけじゃない」

 

 ぐい、と。

 抱き寄せられる。いや今針使ってるんだから危ないってば。

 

「私達が、ラブラブカップルなんだ。三人とも、卒業までお世話になるよ、手芸部部長さん?」

「あー……あはは、うん。よろしくね、坂井さん。去年まで怖い人だと思ってたけど……ううむ、可愛い子二人を侍らせて、けしからん……」

「私は別にラブラブって程じゃないんでやめてください。二人の……その、おこぼれ程度でいいんで」

「君、流石にそろそろ認めるべきだと思うよ? 昨日だってあんなに……」

「あ、あんなに!? 何々!? なにシたの佚依ちゃん!? え、もしかしてあんなことやこんなことを、キャー!?」

「首絞めますよ」

「直接的過ぎるッ!」

 

 実を言えば、まだ。

 少しばかりの遠慮がある。

 イヨリが抜けた私からは、拒絶に対する情熱や、一途な愛とか、ロマンチックすぎるあれそれも共に抜け落ちている。それが悪い事というわけではなく、なんというか、頑固過ぎなのが緩和した、という感じで。

 だから、まぁ、多少は。

 完全に一途、じゃなくても、受け入れられる。

 私が先輩やアカツキを好きなのも事実だと、認める。どっちも好きだと。でも愛しているかどうかはわからない。好きと愛が度合いの違いだったのはイヨリの話であって、私じゃない。

 私はまだ愛を知らない。愛ってなんですか。

 

 だから、それは追々、だと思う。

 

 それでも……それでも、二人と一緒に居て、楽しいと思うし。嬉しいと思うし。

 一緒に居て、暖かい気持ちになれるから。

 

「佚依ちゃんさ」

「はい」

「怖くなくなったね。坂井さんもだけど。なんか、変わったー、って感じする」

「……そうですか?」

「うん。どうかな、私の助言が効いちゃったりした?」

 

 助言。

 自分勝手に、やればいい。

 自分の心が折れてしまわない様に。それを、判断基準にして。

 

 ……ああ。

 

「とても。多分、今。私がここに在れるのは、部長の助言のおかげです。部長が私に言った、"自分勝手にでいい"という言葉は……私が幸福を掴むのに、最も役立ってくれました」

「え、重い……想定よりずっと重い! 嬉しいけど重い!」

「……なるほどね。君か。佚依にヘンな事吹き込んだのは」

「そして別方向からの冷たい視線キタァ!?」

「佚依は私の……私達の大切な子なのだから、あまり無理はさせないでね、ブチョウさん?」

「援護射撃!?」

 

 あたふたと慌てふためく部長に、心の中で礼をする。ううん、ちゃんと実際に、頭も下げる。

 ヨルツキちゃんの説得も、ヨツギとの対話も、自分勝手のエゴがなければ出来なかった。私は多分、遠慮して、相手の意思を尊重して、助かりたくないというのならそれでいいと、繋がりたくないのならそれでいいと、そうしていたと思う。

 勿論励起したイヨリの意思も絡んでいたとはおもうけど、やっぱり、それ以上に。

 私が今こうして、先輩とアカツキと並んでの日常を送れているのは、部長の言葉のおかげだ。本当にそう思う。思うから。

 

「ありがとうございます。部長は、私が唯一尊敬している人です」

「ええっ!? 君本当に佚依ちゃん!?」

「あ、あれ、佚依。私の事は尊敬していたりしないのかな」

「はい。尊敬してません」

「はっきり言うね……」

「佚依、私はどうかしら?」

「アカツキは確かにちょっと前まで敬ってたけど、なんか……割とポンコツだなって」

「ふふ。なら、ホシミとお揃いね?」

「ちょ、アカツキ!?」

 

 言う。言葉にして、口にして、音を紡いで。

 

 そして、上を、天を、宙を見上げて。

 そっちにも一応、ありがとう、とは。言っておこうかな。どうせイヨリが言っているだろうけど。

 

「ありがとうございました」

「いやいやいやまだ私卒業しないよ!? まだ五月だよ!? いやもうすぐ六月だけどさ!」

「これからもよろしくお願いします、部長」

「テンションジェットコースター……あ、よろしくよろしく」

 

 これにて。

 こっちの話も、おしまいとさせていただこう。

 

 死途の徒へと上がったイヨリに、生者のまま、新しい日々を過ごす私。

 変動は自死ではなく、愛とはそれぞれで、神と人と、行いにこそ力が宿る。

 あぁ、私達に関わったみんなの全ての道行に、どうか幸あれ。

 

 

 それじゃ。

 




死途の徒 / 完
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