死途の徒   作:三羽世継

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四灯

「佚依、もっとくっついてくれても良いんだよ?」

「必要性を感じませんので」

「手とか繋がないかい?」

「必要性を感じませんので」

 

 さっきから、ずっとこんな調子。

 何を求めているのか、肌が触れあえば好意を抱くとでも思っているのか。

 やっぱり私は、この人の事を好きになれそうにない。

 

 

 ○

 

 

 女子同士の買い物。基本的に買い物という名の冷やかしであるとはいえ、欲しいものがあったらあまり我慢せずに買うし、いらないものであれば一切の興味を向けないし。実は周りが思っている以上に目的あって行動している事が多く──けれど同時に、目移りしやすいのも事実である。

 たとえば、安直にスイーツであったりとか。

 たとえば、出ていると知らなかった新刊であったりとか。

 いずれ買う事になるものを今買っているだけなので無駄は無い。少なくとも私は"カワイイアクセサリー"とか買わないし。

 

「佚依、これなんかどうかな」

「ブレスレットですか。いいんじゃないですか?」

「ううん、じゃあこれは?」

「ネックレスですか。いいんじゃないですか?」

「これとか」

「イヤリングですか。いいんじゃないですか?」

「……この調子で車を見せても"いいんじゃないですか?"と言いそうだね」

「いえ、普通にセンスがいいので。特に何を言う事もないかな、と」

「褒められると照れるな。ありがとう」

「劣悪なセンスを覚悟していたので、基準値以上でした」

「たまに言わなくていい事を言うよね、佚依は」

 

 実際、次々と見せられるプレゼントにする物はどれも可愛らしい。綺麗で、少しだけ怖い星命先輩が付けるには少々雰囲気の合わないそれらだけど、そうでない女の子に贈るものであるのならば上等だ。もっとこう、コロコロと表情が変わって。

 もっとこう、お淑やかな雰囲気で。

 

「佚依から何か提案はないのかい? 君が誰かに贈り物をするのなら、どういうものを選ぶ?」

「お札を渡す、じゃダメですか」

「物で頼むよ」

「ふむ」

 

 プレゼント。プレゼントか。

 友人間で贈り合うなら、やはり普通に欲しいものを聞く。聞いた上でこっちが買ってあげてプレゼントをする。自分の場合も同じ。誕生日プレゼントも同じだ。二度手間に思われるかもしれないけど、女の子というのはそういう生き物である。

 それで、今回。

 見ず知らずの、恐らく女の子であろう子に贈る物は、何が良いか。

 

 知らないよ、そんなの。

 

「その子の興味のある本とかどうですか」

「興味のあるもの……ううん、知らないなぁ」

「じゃあ、スポーツ用品とか。今時女の子でもスポーツやってる子多いですし」

「スポーツも……聞いたことがないね」

「あるいは勉強道具とか? 文房具みたいな必需品は結構喜ばれますよ」

「ふむ……勉強、している姿を見た事は無いな」

「本当に友人なんですか、その子と」

「ああ、彼女が生まれた時から知っている」

 

 知っているだけ、と見た。

 

「では、容姿的特徴は? 身長が高いとか、逆に低いとか」

「髪が長いね」

「なら髪留めとかどうですか? ぶっちゃけイヤリングやネックレスを誕生日に貰うの、重いですよ」

「……髪留め、か」

 

 髪留め。ピンでもいいし、クリップでもいい。

 星命先輩も髪が長く、けれど学校では後ろに結んでいる。下校時には解いているから、結ばないのが通常のようだけど。

 私はそこまで長くはないけど、やはり前髪が気になることは有るから、髪留めは重宝する。重宝しているし、種類があるとワンポイントになりやすくてありがたい。

 これなら無難だし、重くないし。もしかして凄く良いアイデアなのでは。

 

「……いや、髪留めはダメだよ」

「ええ」

「なんだか残念そうだけど、これは私の矜持のようなものでね。次に髪留めを贈るのはただ一人と決めているんだ」

 

 ああ。 

 あぁ、はい。そうですか。

 

「あとは、そうですね。バングルとかどうですか」

「バングル?」

「棒状じゃないブレスレットみたいなのです。まぁ、手に目を行かせるためのワンポイントとしては結構優秀なアクセですよ。金属製のものから革製のものまで色々ありますし」

「へえ」

 

 なんでもジャラジャラつければいいってわけじゃあないけど、片手にのみバングルがあったりすると、アシンメトリーが綺麗で良い。金属のを両腕につけるとなんだか手錠みたいになるのがアレだけど。

 無論贈る時は両腕分で、あとはその子のコーデに合わせて付け替えればいいし。バッグを持つ方の腕にだけ、とかね。

 

「うん……うん。やっぱり、相談して良かったよ」

「お役に立てたのなら幸いです」

「そういうのは幸いそうな顔をしてから言うと良いよ」

「そろそろ帰っても良いですか?」

「嘘だろう?」

「まぁ、流石にそこまで非常識じゃありません」

 

 一緒に買い物に来て、先に帰るとか。

 あんまりやらないよ。あんまり。

 

「どのバングルにするか、は、先輩が選んでください。私はその子を想像できないので」

「先輩じゃないけど、わかった。それくらいはするよ」

「ちゃんとその子を想像してあげてくださいね」

「ああ、勿論」

 

 まかり間違っても、先に提示してきたイヤリングやネックレスのように……神様が現代風の恰好をしたら似合いそうなもの、なんかを選ばない様に。

 

 

 

 ○

 

 

 

 図書室で本を取る。取って開いて、開いて調べる。

 調べているのは民俗学だ。民族学(エソロジー)じゃなくて、フォークロアの方。この辺り一帯に伝わる民話だとか、伝承だとかを探す。ペラペラと、普通の本に比べてもかなり薄いページがめくれて行く。

 朱月神社。何故か、どうしてか、未だこの神社の読み仮名がわからない。どこにも載っていないのだ。漢字表記こそされているけれど、ルビが振られていない。

 ちょっとモヤモヤする。いやまぁ神様の名前がアカツキで、弓の歌を弾いていた子の名前がヨルツキなんだから、ツキっぽい名前でいい感じはするんだけど。

 

 ……思い出すのはあの夜の事。

 白に言われて多少警戒していた"呑まれる"という事態には陥らず、良い音を聞いた心地の良い耳のままに帰宅したあの日。

 水に溺れる感覚があった。でも苦しくはなくて、浮力に包まれ、身体が軽くなった感じだった。あるいはアレが呑まれている状態なのかもしれない。かもしれないというか、多分そうなんだろう。帰ってこれただけで。

 呑まれると何が危ないのだろうか。帰ってこれなくなるのだろうか。

 水跳夜月と、彼女はそう名乗っていた。でもそんな名前の神様はいない。少なくとも今全力で調べて、一辺とも情報が出てこない。

 

「あれ、佚依ちゃんじゃん。何してん?」

「……部長。そちらこそ、何してるんですか」

「委員会のサボりー」

「うわ」

 

 朱月神社の情報もヨルツキちゃんについても一切進展が無いまま過ぎ去った三十分。

 その折に現れた妖精さんは、劣悪な人だった。

 

 あ、でも。

 

「部長って、この土地の人でしたっけ」

「え、何々どういうこと? もしかして私貴族様だとか思われてる?」

「すみません、部長に難しい話を振った私が馬鹿でした。反省しています」

「しくしく、後輩のアタリが強いよぅ」

 

 実は、という程でもないけれど、私はこの土地に元から住んでいたわけじゃない。

 小学校の頃にこの土地へ越してきたのだ。だからというわけじゃないが、周辺については思ったよりも知らない場所が多い。

 あの神社も、笛の音に誘われなければ一生知る事の無い場所だっただろうと断言できる。

 

「で、何? 生まれも育ちも蓮柄の私に何を聞きたいのかな佚依ちゃん」

「この辺り、神社ってありますか?」

「神社? 品場神社の事?」

 

 品場神社。

 全然知らない所が出てきた。

 

「それ、どっちにありますか?」

「あっち」

 

 あっち。

 真反対である。正反対である。朱月神社のある方角と。

 

「他には?」

「えーっ? ……えー? えーと、神社……神社でしょ? まぁ稲荷神社とか八幡神社はいっぱいあるよ。ちっちゃいけどね」

「詳しいんですか?」

「んーん、全然。でもほら、小学生の時やらない? 地域の施設マップをつくろう! みたいなの」

「覚えてるんですか」

「ほら、私記憶力だけは良いから」

 

 確かに。手芸知識の引き出しは非常に多い。劣悪な人間性と適当な性格の人ではあるが、有能ではある。

 けど聞きたいものは出て来なそうだと直感した。

 

「ありがとうございました。役に立ちませんでした」

「しくしく、後輩のアタリが強いよぅ」

「でも見直しました。0が1になりました」

「元がマイナスじゃないだけマシかなぁ」

 

 パタン、と本を閉じる。閉じて戻す。戻して立ち上がる。

 スカートに付いた埃を払って、一息。

 

「じゃあ部長、ちょっとついてきてください」

「え、何々? もしかしてプレゼント? サプライズ?」

「お楽しみです」

 

 この後、委員会室に無理矢理連れて行くなどした。

 

 

 

 ○

 

 

 

「きいろい髪、っていうのは、金色の髪で合ってる?」

「ええ、そうよ。昔はああいうのをきいろ、と言ったの」

「あぁ、なんか聞いたことあるかも。で、からから揺れているのはかんざしだよね。常盤色の」

 

 歌詞の理解を深めていく。神様はどちらかというと今すぐにでも歌ってほしそうなのだけど、これは私にとっての大事な入力なので我慢してほしいところ。

 イメージというのは強固であればあるほど感情が乗りやすくなるものだ。尚、歌った人と聞いた人が思い浮かべるイメージに齟齬があるのは問題ない。こちら側は感情を乗せやすく、相手側は感情を受け取りやすい。同じものを見ている必要はどこにもない。

 ただまぁ、一応歌を歌うものとしては、声の一つで全員の心象風景を合致させられたら、すごく嬉しいよね、っていう。

 

「それで、最後の歌詞がわからないんだよね。どこへ、いずこへ、求めていくの? って。これ誰に聞いているんだろう」

「さぁ……誰、なのでしょうね」

「神様も知らないの?」

「私の歌じゃあないもの」

 

 ううん、新事実。

 いやまぁ確かに、神様はこれを歌っていないと言っていたか。自分は笛を吹いているだけだと。

 

「白、知っている? 誰が、誰に聞いているのか」

「アカツキ。(なれ)の知らぬことを我が知るはずがないだろう」

「そう? 貴女、無駄で余計な知識を沢山蓄えているじゃない」

「む。……そうは言うがな、(なれ)の方が生まれは早いのだ。昔の事は、我にはわからんよ」

「いつも余計な事には口を出す癖に、肝心な事は何も知らないのね」

「いつも以上当たりが強いなアカツキ」

 

 これは、あれかな。

 早く話を終わらせたいと見た。 

 その証拠に、白から救援の睨みつけが飛んできている。助け船を出せと、そういうことだろう。

 

 頷きで返す。

 

「早急に人の心を取り戻して欲しい」

 

 はいはい。

 

「神様、そろそろ歌おっか。この場にいる誰もが知らない事を話していても仕方がないし」

「あらあら、気を遣わせちゃったわね。ごめんなさい、私は……その、我慢というのが利かなくて」

「いいよいいよ。その方が可愛げがあるし」

 

 いつも笑顔を貼り付けている誰かさんと違って。

 

「あ、そういえば、ヨルツキちゃんは?」

「ヨルツキは満月の間しか顔を出さぬ。次に(まみ)えるのはひと月も後だろう」

「そうなんだ。それじゃ、今日は笛の歌で」

 

 ええ、と。

 嬉しそうに、神様が笛に口を付ける。本当に、一体いつ取り出したんだろう。

 

 ぶれのない音が奏でられ始める──その間に、結局誰が誰に向けた言葉であるのかを、少しだけ考える。

 安直に考えるなら、神様から先輩へ、だ。けれど神様が知らないというのなら、先輩から神様へ? それだと対象がごっちゃになる。どこへ、いずこへ、求めていくの。先輩は何かを求めてどこかへ行ってしまった、ということだろうか。

 それとも、特に意味はないのかな? いやいや、かんざしの方はしっかり覚えていたんだから、意味が無いわけ。

 

「──くるり、くるり、流る、かんざし」

 

 思考が中断される。自然と言葉が出る。

 歌が、始まった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 空を見上げれば、蛇……じゃなくて、多分竜が飛んでいる。長い胴体の、小さい腕の奴。そういえばああいう竜には龍という方の漢字が当てられがちだけど、語源を考えたら龍は二足歩行の奴で、長いヤツは竜の方のはずなのになぁ、とか。

 さっき調べた知識で苦言を呈してみたり。

 

(なれ)は、よく雨に降られるな」

「雨の神様に愛されてるんだと思う。私の事が好きすぎて私が外出するのに合わせて引っ付いてきちゃうんだろうな、って」

「晴れの神には嫌われているのか?」

「好かれてるけど、私よりも好きな子が他の街にいるんじゃないかな」

「前向きなことだ」

 

 雨宿り。

 傘は持ってきていた。ただ、傘の骨が折れてしまったというだけで。

 だから学校を出たすぐにあるバス停のベンチで立ち往生だ。

 

「濡れないんだ」

「濡れようと思えば出来なくもないぞ」

「私が白の中に入って、濡れないようにして貰って一緒に歩く、っていうのはどうかな」

「中々猟奇的なことを考えるな(なれ)は」

 

 そうだろうか。

 もしかして、濡れないようにすると透けない様になるのだろうか。ああ、確かにグロテスク。

 

 しかしそう考えると、普段白蛇の胴体を突っ切っているのは結構危なかったり?

 

「奴とて自ら身体を分断されたくはあるまいよ」

「透けてる方が快適?」

「無論だ」

 

 まぁ、そうだよね。

 どれだけ陽を浴びても焼けないって事だし。日焼け止めクリームがいらないってことだし。

 

「それで、どうするのだ(なれ)

「どうするって?」

「夜まで続くぞ、この雨は」

「ふむ」

 

 どうしよう。

 

 学校には携帯電話を持ってきていない。校則だ。じゃあ携帯電話の意味ないじゃないか、という声もあったけれど結局は封殺され、持っている子がいたとしたらそれは隠し持っているだけ。違反者である。別に通報しないけど。まぁ職員室で預かってもらうことも出来るので、通学時下校時は持っている子も多い。

 私はそういうのがだるいので、最初から持ってきていない。受け渡しをするのも、怒られるのも、隠すのも面倒。

 

 住宅の密集した街であるため、コンビニも無い。いや無い事は無いけど遠い。

 友人や先輩と買い物をしにいった所にならコンビニも沢山あるけれど、やはりそれも遠い。この辺りは、本当に何も無いのだ。

 

「どうしよう」

「ここですかさず傘を差し出せたらカッコよかったかな?」

「なんで傘持ってないんですか先輩」

 

 いきなり来た。

 ずぶ濡れの先輩が。

 

「天気予報見てなかったんですか」

「家にラジオがないものでね」

「テレビは?」

「勿論無いよ」

 

 何が勿論だ。

 

「佚依は傘を持って……いるようだけど、壊れてしまっているのか」

「さっき強風にあおられて、ボキっと」

「これは、流石に供養かな。芯が行ってしまっている」

「そうですか。結構長い間使ってたから、無理させちゃったかもですね」

 

 中学生の頃から使っていた傘だ。

 とっくに耐久年数を超えてしまっていたのかもしれない。白の言う通り、私は雨に好かれているから特に。

 

「……もしよかったら、その傘を私にくれないかな」

「流石に気持ちが悪いです」

「あ! あ、ああ、いや、そういうことじゃないんだ。私は、というか私の家は、そういう長く愛されたモノの供養なんかをやっていてね。大丈夫、ヘンな事には使わないさ」

「……」

「ほ、本当だぞ?」

 

 未だ右手に持つ傘を見る。

 薄く、仄暗く、けれど確かに白い光を放つ傘。光源にはなっていない。バス停が明るくなる気配はない。だからこれは、白や蛇と同じ類のもの。

 消え入りそうなその光は、まるで彗星の尾のように、星命先輩の方へ伸びて行っている。

 

 行きたいのか。

 それとも、生きたいのか。

 

「わかりました。渡します」

「ああ、受け取るよ」

 

 渡す。手渡す。

 折れた傘だ。曰くも謂れも無い、ただの傘。壊れた傘。

 

 それが先輩の手に触れた途端──鳥になる。

 鳥? 否、蝙蝠、だろうか。

 それは大きく大きく翼を羽ばたかせ、高く遠く、雨空の向こうへ消えて行く。

 

「雨、止まないな」

「……そうですね」

 

 蝙蝠になったのは光だけだった。

 今も変わらず先輩の手元に傘はある。ただもう、光ってはいない。

 

(なれ)、最終手段というものがあるが、どうする?」

「……」

「我が雲を晴らす、という手段なのだが」

 

 やめておいてほしい。

 それは多分、紛う方なき超常現象だから。

 というか、そんなことをしなくても問題は無い。

 

「まぁ、気長にバスを待ちましょう、先輩」

「先輩じゃないけど、そうだね。あと一時間くらいで来るようだし」

 

 ここはバス停なのだから。

 解決法は待てばいいだけ。時間が解決してくれるという奴だ。違うか。

 

 それじゃあ。

 今まで、ありがとね。

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