さて、霧ふり山脈――これはタウル族の言葉で〈始祖の山〉と呼ばれました――を出たタウル族は、人間たちと同じように西を目指しました。その道中で闇のエルフに会いましたが、交流は限定的でした。タウル族は先を急いでいたからです。
かれらの足は人間より速く、そして強かったので、かれらがエリアドールを越えて青の山脈に辿り着いたのは、人間よりもとても早くのことでした。
しかし、その足取りにはばらつきがありました。タウル族が一番目と二番目の胴体を持っているというのは既にお話しした通りです。かれらの二番目の胴体――つまり獣に似たほうの胴体はさまざまな形があって、そのためにかれらは五つの氏族に分かれていました。
すなわち狼の氏族、豹の氏族、山羊の氏族、野馬の氏族、山馬の氏族です。もっともかれらは獣とは全く違う種族で、この呼び名もただよく似ているというだけに過ぎなかったのですが。
霧ふり山脈に最初に辿り着いたのは、大きな身体と硬く小さい蹄を持った野馬の氏族でした。平地を速く長く駆けることに関して、野馬の氏族より優れた者はいませんでした。しかしかれらの細い脚は山脈の険しい山肌を登るのに不向きでしたから、かれらはしばらく山脈の東側にとどまることを余儀なくされました。
次に来たのは山馬の氏族でした。かれらはタウル族の中で一番身体が大きく、勇壮でした。その分身体が重かったので走るのは野馬の氏族より遅かったのですが、それでも種族の中で二番目でした。山馬の氏族は強い足腰を持っていて、その名の通り山を登るのが得意だったので、難なく霧ふり山脈を超えてその向こうの土地、エルフの治めるベレリアンドに入りました。そこでかれらはたくさんのことをシンダール・エルフから学んだので、かれら山馬の氏族がタウル族の長となりました。
ほどなくしてやってきたのは山羊の氏族と狼の氏族でした。山羊の氏族は山馬の氏族よりも岩や山が得意で、その代わりに平地を走るのはあまり速くなかったのです。狼の氏族は非常に高い耐久力がありましたが、身体の小ささゆえに歩幅も小さかったのでした。
山羊の氏族は難なく霧ふり山脈を登りましたが、かれらはしばらく山に留まりました。平地が好きではなかったのと、山を登れない野馬の氏族と狼の氏族に道を探すためでした。
タウル族とドワーフの最初の友情はこのとき築かれたと言われています。山を歩き回る山羊の氏族はドワーフたちと遭遇しました。ドワーフは勇猛で頑固でしたから、タウル族を見ても恐れることはなく、そのうちかれらが獣に似ているがドワーフにも似ていること、そして確かに言葉を話していることを発見しました。山羊の氏族もエルフでも人間でもない二本足の生き物に興味を持ち、友好的に接しました。二つの種族は共にエルフ語を習い覚えていたので、親しくなるまで時間はかかりませんでした。
ほどなくして三つの氏族はドワーフの王国に招き入れられ、そこを通って先に行きました。しかし山羊の氏族の半分はドワーフの館に残り、地下王国滅びるそのときまで鉱夫たちを背に乗せて運んだといいます。悪路に耐え、しかも小柄な山羊の氏族は、ドワーフにとって小馬よりもよき友でした。なんと言っても言葉を交わせるのですから。
最後に来たのは豹の氏族でした。かれらは瞬発力に優れていて、跳躍でかれらに勝る者はいなかったのですが、長距離を行くことは苦手だったのです。しかし柔軟な四肢と足の裏は山肌を登ることに長けていたので、ほとんど立ち止まらずに山脈を越えました。
この話を聞くと、タウル族の氏族の間には結束がなかったのかと思われる人がいるかもしれません。しかしそうではないのです。
かれらは優れた方向感覚と星読みの技術を持っていましたから、行き先を見失うことはありませんでした。また既に言った通り、かれらは何マイルも響き渡るほどの大声を出すことができ、氏族全員ともなれば数十マイルまでその言葉は届きました。ですから先に行ったとしても後から来る者たちが迷うことはほとんどなかったのです。
唯一山馬の氏族だけが声も届かないほど先行していましたが、それはかれらが頑健な身体をもって道を切り開こうとしたからでした。それにかれらは大勢で、しかも体が重かったので、ほかの四氏族が足跡を辿ることは容易でした。
さて、最初にベレリアンド――当時中つ国で最も繁栄したエルフの土地――に入ったタウル族は、先に述べた通り山馬の氏族でした。森と山を住みかとするかれらは、自然とドリアスの森、シンダール・エルフ最大の王国に吸い寄せられました。しかしドリアスの森には王妃メリアンの魔法の護りがありましたから、かれらは目の前に見えている森に入ることができず、困惑の歌を歌いました。
この歌を聞きつけたシンダール・エルフはタウル族の特異な姿に非常に驚き、かれらを〈
しかしほどなくしてかれらはドリアスの森を出ていき、後からやってきた他の氏族たちと合流して、はるか南の大森林に住まいを定めました。
タウル族は確かに巧みな歌い手で、狩人オロメから定められた友たるエルフに好意的だったのですが、鍛冶やものづくりの技、絢爛な宝石にはほとんど興味を示さなかったのです。
かれらは雨風をしのぐ住居を持たず、洞穴や大木に身を寄せて暮らしました。かれらは木を切り倒したり金属や石を加工したりするのではなく、その木の樹皮や草を編んで道具をつくることができました。また、豪華に織った布ではなく、狩った獣で作る毛皮の服を愛しました。毛皮と革の扱いにかけて、タウル族より優れた者は中つ国のどこを探してもいませんでした。
その生活はエルフにとっては野蛮に見え、かれらはいつしか幾ばくかの蔑みをもって〈
山馬の氏族もその嘲りを感じ取って森から去ったのです。かれらにとって自身の生活は全く野蛮ではありませんでした。偉大なるヴァラ、オロメがかれらに教えたことだったからです。むしろかれらは家を作って定住し、材を加工して着飾る暮らしを〈二本脚的〉と言って嫌いました。
それでもかれらは自身恩寵によって使命を忘れることなく生きていましたから、シンダール・エルフや川向こうの森エルフたちと交流を持ち続け、戦いのおりにはその力強い四肢でもって援軍に駆けつけました。
しかしかれらが歴史において重要な役割を果たすことはありませんでした。彼らにとってベレリアンドで起こった戦の原因――エルフの宝玉シルマリルの価値は理解しがたいものでしたし、エルフや人間――この定命の種族はタウル族よりかなり遅れてベレリアンドにやってきて、エルフの親しい友となりました――もタウル族を頼るよりはエルフに助けを求めたからです。
『歌う獣の国では暮らしてゆけぬ、いかなる文明もかれらは持たないのだから」
人間のひとりがこう言ったと、歴史書には記されています。
オロメの子たる〈月の民〉、頑健にして勇壮なタウル族が歴史に登場するには、太陽の第二紀を待たねばなりません。
中つ国がさらなる悪に覆われる太陽の第二紀、悪との戦いが主な物語となる時代――その中で、光と闇に二分された数奇なる種族として。